8.後輩イベント
「ひどい目にあった……」
痛くて涙が出るとかいつぶりだよ……。
この恋愛ゲームには幾度となく酷い目に合わされてきたが、今回のは群を抜いている。
俺自身に高熱という物理的な攻撃をしてきたことは言わずもがななんだけど、周りの反応が酷かった。
いや、何でみんな人間から煙が出てるのに大した反応を見せないの……?俺の気付かないうちに、人間から煙が噴き出すことが常識な異世界に転移しちゃったのかな?
反応を見せたとしても望んだそれじゃないし。すれ違ったとき、『青春だねぇ』とか呟いていたおじいさんはきっと、身体から発煙しながら走る青春時代を送ったのだろう。ジェネレーションギャップってのは怖いね。
あと俺はこのデパートに絶対に苦情を言うと決めた。
煙が発生してるのにスプリンクラーも火災報知器も反応しないって……。
そして駆け込んだ、男子トイレの洗面台の前。
そこには、すっかり排熱して元通りのスマホが鎮座していた。濡らしたハンカチでどうにかポケットから取り出したら、急速に冷えたのだ。
いや、このスマホすごいよ……あの高熱に耐えて、急に冷えても普通に動いたんだよ?これは商品レビューで未来永劫語り継ごう。
「さて……ここからだ……」
スマホ型に赤くなった右足の太腿(激痛)に濡らしたハンカチを押し当てながら、そのスマホを見やる。どこからかゴゴゴと重低音が聞こえてくるようだ。
耐えてくれた英雄たるスマホ様に罪はない。全ての元凶はその中に巣食う恋愛ゲームの悪魔……リンちゃんである。
リンちゃん……彼女がヒロインとなったのはつい一週間前のことだ。特に何をするでもなく普通に生活していたら、急に向こうから近づいてきたのが始まりだった。
ヒロインと出会うプロセスは色々ある。GPS機能により街中が恋愛の場となるこのゲームは、歩いていればヒロインと出会えるスポットが点在しているのだ。基本的にはそのスポットに自分から近づいてヒロインと話すことで、場合によっては関係を持つことに成功するのである。言ってしまえばナンパに近いかもしれない。
他にはゲーム内のイベントで合コンのようなことに参加したり……現実の出会い方と酷似していると言えるだろう。さすがリアルを追求するだけはある。
しかし他の出会い方として、向こうからアプローチをかけてくることも。
これは主人公のステータスによる。まあ、現実でイケメンだったりお金持ちだったら人気になりがちになるのと同じことだ。
そして分かり切っていることだが……俺の評価は“便利さ”や“無様さ”がカンストしている訳で……ぶっちゃけヒロインから近づいてくることは天文学的数値でまずあり得ない。悲しいね。
まあ近づいてくるのはお金目的だったりするヒロインの皮を被った化け物くらいだ。
だが……
『リアルな二次元恋愛物語!』
「うわ起動した……壊れてりゃいいのに」
だが、リンちゃんは違った。
お金やら服やらを欲しがる訳でもなく、ただただ元気に引っ付いてくる。朝から晩まで十分刻みでゲームにログインしないと文句をいってくるが、それを除けば全然良い子なのだ……あれ、それって致命的じゃね?
だから、害はないのかなと思って頑張って攻略していたのだ。ま、さっき俺の右足の太腿が焼かれたんだけど。
……でもこのヒロイン、何でか根津鳥に似てるからやりづらかったなあ……。
学生で後輩キャラだし、元気だし、何より名前がリンちゃんだし。
まあ今回の出来事で既に絶縁状態だろう。メッセージには何も来てないけど、はいはい知ってる知ってる。ひき逃げならぬ、焼き逃げとか酷すぎないかな……。
『もー!あれだけメッセージ送ったのに無視なんて酷いよー!リンちゃん泣いちゃうよー?』
……ホーム画面に残っているだと……?
『全く……無視するなんて良くないことなんだからね?ぷんぷん!』
しかも罵詈雑言が飛んでこないの?君本当にこのゲームのヒロインですか?
怒っている……のだろうが、可愛らしく頬を膨らませる姿は到底ガチギレしているようには見えない。
え、じゃあガチギレじゃないのに俺の足を焼くほどの攻撃をしてきたってこと……?この子が本気で怒ったら国一つ滅ぶんじゃないかしら。
なんて冗談(冗談だよね……?)はさておき、まさかの絶縁ならず。
彼女はヒロインとして今もホーム画面でその立ち姿を披露していた。絶対終わったと思ってたのに……やはりこの子は他のヒロインと違っていい子なのかもしれない。
焼かれるのは二度とごめんだけど。
『そうそう!先輩に見せたいものがあるんだ!メッセージに入れといたから、ちゃんとチェックしてね!』
どうやら彼女は俺に何かを見てもらうために連絡をよこしていたらしい。まるで我慢の効かない子供だ……。
「ん、ムービー?」
『……あーあー、先輩!見えてますか?リンちゃんですよ~!』
画面の中心に座りながらこちらに手を振っているリンちゃんが現れた。
へえ、何気にこの恋愛ゲームでムービーなんて初めてじゃなかろうか。本当にこのゲームは変なところですごい――
『えへへ~、先輩がずっと構ってくれないので、私リンちゃんは本当に愛してくれる人を見つけちゃいました~!』
……は?
『おっす~どうも~!彼氏さん、見てる~?ということでリンちゃん、もう俺っちに夢中っぽいから、そこんとこよろしく~!』
『やんっ!ちょ、先輩が見てるのに~』
寝取られたあああああああああああああ!!!!!!!!!
だからこれ恋愛ゲーム!!R18なエロゲーじゃないんだよお!!
ヒロイン攻略してたらNTRエンドって前代未聞なんだけど!?
うわしかもこの二人がいるのよく見たらベッドの上だし。男の方も顔だけ見せない筋肉マッチョで本当にそれっぽいし!これ何のゲームだっけ?
というか言わせてもらうと彼氏じゃないから!強がりとかじゃなくて、マジでお付き合いまでいってない!この寝取った男の人騙されてるよ!!それにその子、構ってほしさに人の足を焼く狂人だけどホントに寝取って大丈夫!?よく考えてから寝取ったんだよね!?
あ、もしかして君この恋愛ゲームの被害者なんじゃ……?
『あんっ、先輩がいけないんですよ?私を放っておいて、他の後輩女子と買い物デートなんてするから……』
何で知ってんのこいつ!!?
え、怖い怖い怖いっ!!ホントに怖い!!
何で俺の現実世界の行動が把握されてる訳!?しかもすごい詳しく当ててくるじゃん!!あれか、これもこの恋愛ゲームの謎技術か?助けて!俺のプライバシーが息してません!!
あと放っておいたのは三時間ちょっとだろうが!朝はこれでもかと構ってやったろ!
うさぎは寂しいと死ぬというが、何?お前は寂しいと寝取られるの?うさぎもドン引きの生態だなおい!!
『んっ、では先輩!私たちは幸せになるので、さよならです~。じゃあね~!』
『“後輩の寝取られエンド”がギャラリーの思い出に追加されました☆』
追加しないで主人公!!これは思い出じゃないよ、ただのトラウマだから!!
思い出はそんな卑屈なもんじゃないって!これを思い出にしたら二度と恋愛なんて出来なくなるぞ!
俺の分身としてもそれを思い出にするのは止めてくれぇ……!
「ああ……リンちゃんがヒロイン枠から消えた……」
そしていつものヒロイン抹消通知。
……いやあれ、ヒロインなの……?十分に一度のログインを催促し、バイブを鳴らし続け、答えないなら相手を焼き、しまいには寝取られ動画を送るのが?
辞書でヒロインって調べたら、そう書いてあるのかな……?
……すごいヒロインだったな、リンちゃん……色んな意味で。間違いなく一番凄いヒロインは君だよ。何がとは言わないけど。
しかしその分、全くショックとは感じないのが救いか。衝撃は尋常ではないが。
だってこっちは足を焼かれてるんだよ?これで別れてショック受けるとかどんなM男だよ。強がり抜きに別れられて嬉しいわ。ミキちゃんのときと違って、お金を貢いでいた訳じゃないし。
「……戻るか。根津鳥も一人残してきちゃったからな……」
今回は三木先輩のときのように誰かに見られた訳でもなく、精神もまあ……落ち着いている。いきなりいなくなったことに一言二言は言及されるだろうが、それだけで済むだろう。
俺はその言い訳を考えながら、男子トイレを跡にした。
……寝取られ動画をデパートの男子トイレで一人見る男子高校生ってヤバいな……。
「……あ、先輩!もうどこ行ってたんですか!?心配したんですから……」
「すまん、ちょっと腹痛がひどくてな。かっこ悪いと思って言えなかった……あれ、俺のアイスコーヒーのカップとかストローはどうした?」
「それなら私が回収しときましたよ」
「……?ああ、片づけてくれたのか。ありがとな」
根津鳥はさっきと同じ店の席にいた。改めて店内じゃなくて良かった……もしそうだったら戻りづらくて仕方ない。
根津鳥はずっと待ちながら、俺の荷物や買った衣服などを見ていてくれたらしい。彼女一人で他の男などが寄ってこないかと心配だったが……大丈夫みたいだ。
「その、腹痛の方は大丈夫ですか?あれでしたらもう解散した方が……」
「いや、大丈夫だ。根津鳥さえいいなら、このまま続けたい。色々とお礼も返せてないしな」
「……分かりました。無理はなさらないでくださいね?」
いつもの元気な彼女が身を潜めている。
本当に心配をかけたようだ。正直、あのリンちゃんと姿が被ってしまうが……やっぱり彼女は優しい子だ。
さあ、気を取り直して再開といこう!
「そういえば先輩?」
「何だ?」
「“後ろにいる女性”は、先輩のお知り合いですか?」
「……何でここにいるんだ?紬」
「あんなに連絡したのに出てくれなかったのは、こういうことなんだ……?」
バッとスマホを確認。
メッセージ:61通、電話着信:29回
「……その女の子、誰?」
お前も連絡してたのかよぉ……!!?