7.デートイベント(2)
「やっぱりオススメなだけあって旨かったな。さすが根津鳥せんせいだ」
「そうでしょうそうでしょう!もっと褒めてくれてもいいんですよ♪……と言っても、うちの高校の生徒で衣服とかの買い物と言ったら、大抵の人はここに来るんですけどね~」
俺の褒め言葉に気を良くしたのか、彼女はその胸のある胸をえっへん!と張った。
普段は適当な弁当やパンと言った安価重視で食事をする俺にはあまり馴染みのないメニューだったが、美味しく頂けた。
こういうお洒落なカフェとかは値段ばかりで量は少ないみたいな偏見もあったが……その認識も改められる。根津鳥が言うだけのことはあるな。
今は店内ではなく、外に置かれた席でゆっくりとくつろいでいる。
俺はアイスコーヒー、根津鳥はこれまた洒落たパンケーキを頬張りながら食後の会話を楽しんでいた。
「……ふむ、俺はスイーツとかは飲食店より安いコンビニのものを買う主義だけど、それも美味しそうだな。同じものなら味も変わんないものだと思ってた」
「節約が過ぎますよ先輩……そ、その……良かったらちょっとくらい食べさせてあげても……」
「はは、大丈夫だ。根津鳥の買ったものだし」
「……むう……というかこれは先輩がお金出してくれたじゃないですか……」
そんな軽い言葉を交わしながら、何を考えることもなく今のゆったりとした時間を堪能する。
あぁ……癒されるなぁ……こうも心が穏やかなのは久しぶりな気がする。この至福の時間を邪魔するものは、誰として存在しないのだ。
そして俺は優雅にアイスコーヒーを口に付け……
……たいんだけどさあ……。
「それでですね、あの時は……先輩?」
「……ん?何だ?」
「いえ、今一瞬すごい真顔になってましたけど……どうかしました?」
「……いや、何でもない。俺は時折真顔になる体質なんだ」
「ふふっ、何ですかその体質ー?そうそう、それよりもですねー……」
……どうにか誤魔化せたようだ。
うん、言っていいかな。
――さっきからポケットに入れてあるスマホの震えが凄いんだけど。
十中八九、あの恋愛ゲームの通知……それも今攻略中のリンちゃんからのメッセージに違いない。昼食前にも来ていたあのヒロインだ。
もうね、ずっと。震えすぎて俺のスマホの内部構造がバラバラになってるんじゃないかと心配になる。ぶるぶるって擬音より、既にガクガク・グラグラって表現が適してると思うんだ。
あの恋愛ゲームの通知はどのヒロインからもあったが……リンちゃんのそれは飛び抜けている。
おはようからお休みまでメッセージのオンパレード。
十分に一回はゲームアプリを起動しないと、すぐに好感度が下がる。構ってちゃんの極みみたいなヒロイン。
今日の朝だって目覚まし時計じゃなく、彼女のメッセージ通知で起こされた。
しかし残念だったな……今の俺は、どれだけ催促されようとスマホに手を出すことはない!
さすがの俺も後輩女子と二人きりの場であの恋愛ゲームに現を抜かすほど、分別付いていない男じゃないのだ。
電源を切っても勝手に再起動。バイブ機能を切ろうとしたら謎のパスワードがかかってて操作不能ときたら、もう無視するしかないだろう。というか俺のスマホで好き勝手しすぎぃ……!
だからずっと無視を決め込んでいたんだが……さすがにしつこい。かれこれ三時間ずっと震え続けている。
いい加減諦めて……おや?
「あ、先輩!私もドリンク頼んでいいですか?」
「ん?あ、ああいいぞ。好きな奴を奢るさ」
「やったー!ありがとです!」
振動が……止まった……?
え、もしかして諦めた?俺ヒロインに勝っちゃったの?別の意味で攻略しちゃったの?まじかよ俺凄いぞ!ヒロインの攻撃に勝ったんだ!
絶対にヒロインの好感度は地に落ちてると思うけど、気分良いから今に限ってはどうでもいい!
うんともすんとも言わないもんな!よっしゃあ!!
あー、やっと落ち着いてこの至福の現実を過ごせるぅ……!
「このフルーツドリンクも美味しいです~♪……って先輩?今度はやたら笑顔ですけど、どうかしました?」
「いや……楽しそうにしてる根津鳥を見てると、こっちも幸せな気分になるな~って思ってただけさ」
「ふえっ!?ちょ、それは……嬉しいですけど……恥ずかしいですよぉ……っ」
ほら、普段なら絶対言わない本音もきざっぽく言える。
あの悪魔どもに勝ったという高揚感がすごい……今ならこの店のメニュー全部奢ってもいいぞ!
「……えと、その……今日は一緒にお買い物もして、ご飯も一緒に食べられて……本当に楽しかったです。改めて、ありがとうございました」
「何だ改まって……それにお礼を言うのはこっちの方だ。俺の我儘に付き合ってもらったんだから」
「それでもです!私、こんな性格ですから素直に楽しんでると鬱陶しがられることとかもあって……だから今日は本当に楽しめたんです……!先輩はこんな私でも普通に接してくれるので……だから、その、ありがとうです……っ!」
「根津鳥……」
意外だ、なんて……そんな感想は失礼だろう。
顔を真っ赤に染めながらも、確かに彼女は話してくれたのだ。彼女も一人の人間であり、高校生の女の子。俺とは全く違う悩みや苦しみを持っている。どれだけ明るく元気に振舞っていても。
俺にその気はなかったとしても、彼女は言ってくれた。心から楽しかったのだと。ならば俺はその想いを、感謝をそのまま受け取るだけだ。
そしてこれからも、今の俺でいればいい。
……なんだろうな。むずかゆいが、心がポカポカと温まる気分だ。
“右足の太腿らへん”がポカポカと温かい。
「……?」
……右足の太腿らへん……?
え、何?何でそんな中途半端なところがポカポカしてんの……?
あ、なるほど。俺の心は右足の太腿らへんにあったんだ。初めて知ったなあ……え、待って?右足の太腿らへんってこれ……
――ポケットに入れてるスマホの所じゃ――
「っ!!?」
熱っっっっっっっっちいいいいいいいいいいいいあああああああああああああ!!!!!!!!!!!
熱い熱い熱い熱い熱い!!!
右足の太腿らへんだけが焼かれるみたいに熱いぃ!!
え、嘘でしょ!?
あのヒロイン、ついに現実世界の俺に物理的な攻撃を仕掛けてきたんだけど!!?
だってあの恋愛ゲーム以外考えられないもん!こんな狂気の沙汰みたいな蛮行!
『構ってくれなきゃ怒っちゃうぞ?ぷんぷん!』
え、怒るって、ぷんぷん!ってそういうこと?
怒なの?めっちゃ怒ってますって感情表現ゆえの高熱攻撃!?
何!?バイブ機能じゃ効果がないからこんなことしてんの!?まるで焼石押し付けられてるみたいに熱い……!!
というかスマホのどこからこんな熱量が生じてんだ!!そりゃスマホを使ってれば熱を持つことはあるけど、こんな叫びたくなる熱が出るのはヤバくなぁい!?洒落になってないから!
スマホが壊れる!いやそれ以前に俺も壊れちゃうぅ!!
「……っ!!ぐ……っ!!」
「も、もう……先輩がそんな恥ずかしいがらないで下さいよお……っ。煙まで出して、こっちが照れるじゃないですか……っ」
いや煙を出してるの俺じゃなくてスマホぉぁ!!
え、というかこの子は何?人は恥ずかしくなったら煙が生じるものだと思ってるの!?ファンシーな感性をお持ちなのねっ。漫画じゃないんだよこの世界は!
やべえ熱いし、右足のポケットからモクモクと煙出ちゃってるし!
これ普通に火災案件……根津鳥も恥ずかしがるなあっ!目の前の現実をちゃんと見て!助けて!君が真面目な話を続けてるから、熱いとか騒ぎづらいんだって!
というか周りの人たち、おい!!
人間から煙が出てんだぞ!その異常性に何か言うことないの!?
『ヒューヒュー!お熱いね~』
『いいなぁ、妬けちゃうわぁ……』
いやマジでお熱いから助けてくれませんかねぇ!!?
それとヒューヒュー鳴らしてる暇があるならスプリンクラーと火災報知器を鳴らせや!
そうだよ現在進行形で焼けてんだよ!あんたが妬けてる場合じゃない!俺がジューシーに焼けてんの!!そんなに羨ましいならむせび泣いて代わりますけど!?
てか痛い痛い痛い……!!
もう熱いじゃなくて痛い!!
……ごめんなさい、マジもう限界です……っ!
「す、すまん根津鳥……俺少しお手洗いに失礼するわ……っ!」
「へ?せ、先輩!?」
「財布は置いとくから、好きなもん頼んでてくれ!」
堪らずその場を離脱……!
根津鳥を一人残すことは申し訳ないし不安もあるけど、ちょっと頑張って下さい!俺の命も割と真面目に危険なので……!
というかお願いだから、人体から煙が出てることに誰か疑問を持ってよぉ……!