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Angel Life  作者: 飴娘
第1章
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1話『わからない』






「お⋯⋯⋯⋯ィ⋯⋯。⋯⋯い、エ⋯⋯ィ⋯⋯?」


「⋯⋯?」


「おーい、エルシィー? 1人で何してんだ、こんなとこで」


「⋯⋯ヴェン」


「そだね? オレだね?」


 そっと静かに青い瞳を開いた彼女は“ヴェン”と呼ばれた少年を真っ直ぐに見つめる。

 そして炎のように真っ赤な頭に巻かれていた彼の黄色いハチマキを、クイクイなどと軽く引っ張ってみせた。


「おーおー、なんだなんだ?」


「⋯⋯夢じゃない」


「立ったまま寝てたのかよ」


 彼女のよくわからない謎の言動に対し、素直に呆れるような心配するような、なんともいえない顔をしてみせた。

 果たして本当に寝ていたのかはさて置き、誰が座っている訳でもないベンチの前で彼女は目を瞑ったまま、ただじっとしてたのだった。

 エルシィーに目線を合わせていたヴェンはとりあえず立ち上がる。

 そしてエルシィーの体をひょいと持ち上げ、ちょこんと座らせてやった。そんな彼女の姿はまるで人形のよう。

 そして再び、エルシィーの前にしゃがみこんでは顔を覗き込む。そうでもしないと目を合わせてもらえないし、合わない。


「座りてーのかと思って。で、何してたんだ? お散歩か?」


「⋯⋯わからない」


「ふーん⋯⋯珍しくアイツも一緒に居ねーし、迷子か?」


「⋯⋯覚えてない」


「は? マジで寝てたってこと?」


 ヴェンの問いにそれ以上は何も答えず答えず、ただただハチマキをぎゅっと握りしめている。

 視線が合うように縮こまったというのに合ってないような合っているような。エルシィーは今どこを見つめて何を考えているのか。

 なんてヴェンには彼女の考えている事なんて全くさっぱりわからない。

 きっとどんなに頭を捻って捻って首がもげそうになろうとも、わからないでいるだろう。


 そんな暫くの沈黙を埋めるかのように、近くの木々や花々が揺れ始めた。心地よい緑の音と共に、優しい風が2人の間を駆け抜けていく。

 今日は誰に聞いて回ったとて、皆「良い天気」と答えるだろう。

 しかし、こんなにも春日和だというのに彼女の顔に影を落とすかのように、隠すかのように、それらが邪魔をする。


 エルシィーならいつも誰かしらと一緒に居る。というより誰かと一緒に居てもらわないと危なっかしくて堪らない。

 実際、ヴェンが何回か声をかけ、肩を揺らしても中々に目を開かなかないでいた。

 それも立ったまま寝ていたというならば、余計にこんな少女を1人になど到底させられるわけもない。

 それだけは理解しているうえで、彼女の中で何かしらの整理がつくのを待っている。

 

 ふとヴェンは、ここに来るまでの道を振り返る。そういえばやけに静かだと。

 立派な木々と色とりどりの花々に囲まれたここは森の中にある住宅街となっていて、所々で桜が舞い、木漏れ日がそれを更に綺麗に演出させている。

 思い返せばエルシィーに声を掛けた時点で、周りには誰も居なかった。今居るこのベンチも普段、誰かしら誰かと会話する為に使われていたりする。

 寧ろ、いつもならば子供たちが家の前で騒いで遊んでいたり、賑やかなはずだ⋯⋯。


ーー今日は、何かイベントでもあたっけ?


 とはいえ、特にそんな心当たりがある訳でもない。

 単にお昼時でもある。たまたまご近所さん達が揃ってどこか出掛けているのかもしれない。ヴェンがその内の1人である。


「⋯⋯何か忘れちゃったみたい」


「んあ? おぉ、そっか」


 エルシィーに何を聞いていて、何の答えを待っていたのかもこの数秒で忘れる始末。

 仮に今日、何かこの街で大きな催しがあったとしても忘れている可能性の方が大きい。

 そんな彼女に目を戻しては、


「まー、とりあえずオレと公園にでも行くか! 散歩しよーぜ!」


 否定されたとしても彼女を置き去りにする選択肢は一切無く、嫌がられても強制的に連れて行ってやる。

 そんな気持ちで膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がーー


「でぇっ。そだった⋯⋯離せそ?」


 そう聞いてみても何故か、頑なに手を離そうとしないエルシィーに「なんでぇ?」と間抜けな顔をしてみせた。

 手を持っていかれそうになったことに少し驚いたのか、それでもその口から何を発する事もなくヴェンを見上げていた。しかし、その表情はピクリとも動かない。


「めっちゃいい天気なのに今日は元気ねーな! どしたんだって!」


「⋯⋯皆はちゃんと居る?」


「はぁ⋯⋯? そんなの公園行かねーとわかんねーよ。だから早く行こーぜっ⋯⋯と」


 その小さな手を無理に引っペがそうとするわけでもなく、そのままエルシィーを抱き上げた。

 彼女のこのペースに合わせていたら、一体何時間ここに留まることだろうか。

 なら歩きながら話を聞けば良いじゃないか。とにかくヴェンは考えるより先に体が動くタイプである。

 風が悪戯でボサボサにしてしまったふわふわなオレンジの髪を整えてやると、それに隠れていたエルシィーの顔はキョトンとしていた。


「軽っ。ちゃんと食ってないだろ。後でなんか食おーね」


 その言葉には素直に頷くエルシィーに、


「大変だぞー、この都市まちで迷子とか。良かったなーオレが気づいて」


「⋯⋯あっち」


「え? あっち?」


 大きく吸い込まれるような青の瞳でヴェンを見つめては、こくこくと小さく頷いた。ただその表情は相変わらずである。

 指差す先に特に何がある訳では無さそうだが、エルシィーにお散歩気分が芽生えたのならそれはそれで良いことだ。

 そんな彼女に対してヴェンはにっこりと笑顔を見せ、

 

「じゃ、ついでに美味いもん探しに行くか〜」

 

 きらきらと春の匂いが漂う森の住宅街を、美味しいご飯と彼らの言う“みんな”を見つけに、桜と陽の雨を浴びながらのんびりと歩きだすのだった。




ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆




「お腹が空いたからって流石に買いすぎじゃない?」


「え〜! だって沢山食べて貰わないと〜!」


「あの子は僕と同じで少食だと思うけどね」


「残ったのはレラが食べるもん〜!」


 肩を竦める彼に片頬を膨らませ、ぷいっと短いツインテを揺らしながらそっぽを向く。

 その両手いっぱいにお弁当やパンやお菓子が詰め込まれた、信じられないほどの大きさの紙袋を抱えている。

 そんなレラの姿は道行く誰しもの目に留まり、なんなら最悪は二度見されるほどのものだ。

 

 そんな魅力的な食べ物を取り揃えている屋台やカフェ、レストランがずらりと並んでいるこの大通りは、お昼時というのもあって賑わうこと賑わうこと。

 そのおかげで目立つこと目立つこと。なんてったって、彼女は浮いている。


「たくさんご飯を食べるのも良いけど、調査しに来たって事も忘れないでね?」


「は⋯⋯! 忘れてたよ〜。西区のなんだっけ〜?」


「西区の妙な魔力⋯⋯かな? 普通の人は特に何も感じないらしいけど⋯⋯どうやらそこに住む魔道士さん達は、たまに気になって仕方がなくなっちゃうらしいね」


 制服の懐から取り出したメモ帳、はたまた資料のような小さな紙を見つめては顎に手をやる。


「この件に関しては僕は何もわからないだろうな⋯⋯。どうして任されたんだろ」


ゆうくんにはレラが居るからだよ〜! あ、あのサンドイッチも美味しそう〜⋯⋯」


 その言葉に“ゆうくん”と呼ばれる綺麗な顔立ちの少年は、ふふっと微笑む。

 今はレストラン街のあれこれに目が無いうえ、きっとお昼でも食べたら更に忘れてしまうのだろう彼女だが、“魔力”を調査するに当たってとても心強い味方であることは間違いない。

 如何せん、自由人というかマイペースというか、そこだけが少し心配だ。


「ん〜⋯⋯?」


「どうしたの? 人が多いから邪魔になっちゃうよ」


 突如、ピタッと停止し眉をひそめては辺りを見渡すレラ。

 勇人は何かを感じることは無いが、ただただこの人混みの中で立ち止まる事に対して周りを気にする。

 誰かがぶつかってしまえば、物の1つや2つ、袋からこぼれ落ちてしまーー


「え⋯⋯? えぁ〜!?」

 

「レラ!?」


 魔力で身を纏い、宙に浮いていたはずのレラが突然、何かに叩き落とされるようにして落下した。

 咄嗟に受け止めようとするも間に合わず、背中から地面に落ちしてしまったようで、気が付けば両手いっぱいに抱えていた全ての食料の下敷きになってしまっていた。


「なんだなんだ、大丈夫か!?」


「あら貴方も? 怪我はないかしら?」


 一瞬の出来事に驚くあまり、勇人を始め、周りに居た人達も一拍置いて彼女に手を差し伸べ始める。


「ご⋯⋯ごめんね、レラ。受け止めてあげられなくて。頭とか打ってない? 大丈夫?」


「いた〜い⋯⋯ぅ〜。うぅ、違うの⋯⋯」


 埋もれてしまった彼女の体を丁寧に起こすと、頭を抑えてはちょっぴり泣きそうな顔をしていた。

 何が“違う”のかはわからないが痛いことには違いないだろう。

 だいたい勇人の頭の高さくらいから地面に落下し、そのうえ有り余る程の食べ物たちの追撃。痛くないはずがない。


「いっぱい買ったねぇ、嬢ちゃん達」


「あーあー、どれも潰れたりしてなきゃ良いけどなァ⋯⋯」 


 手分けして拾うのも大変なこの量を、この昼下がりのレストラン街にぶちまけてしまえば、もう周りはちょっとした騒ぎになるもの。

 だが、それを迷惑だとか嫌な顔を一切見せる事なく手を貸してくれる。そこが都市まちの優しさである。

 そんな周りに勇人はひざまずいては礼を言い、そそくさと馬鹿みたいな大きさの紙袋に全てを詰め込んでいく。

 それなのに先程まであんなに食にしか興味無かったはずのレラが、


「違うの、あそこに居るの。何か」


 どこか遠い場所を淡い綺麗な瞳で強く睨みながら、ふわふわな勇人の頭をトントンと強く叩く。

 申し訳無さを感じつつも一度手を止め、レラが険しい顔つきで見つめている先を振り返るものの、勇人にはそれが一体なんなのか。何が見えるわけでも何かを感じ取れるわけでも決してない。


「僕には何も。魔法が使えなくなっちゃったの? この荷物、僕じゃ持てないよ?」


「使えなくは無い、飛べなくなっちゃった。少しは平気」


 まるで空の色をした透き通るような髪を靡かせているだけで、勇人に目をくれる事は無かった。


「そういえばわたくしも、何だか少し目眩がしましたわ」


「そうか? 目眩なんて感じなかった」


 そう不思議そうに呟く貴婦人対して、ぽかんとしながらも、未だに片付かない沢山の食べ物を掻き集めてくれている若い男。

 自らの魔力で宙に浮くことすら出来なくなったレラに、その男と同じく何も無い勇人。

 そして今朝に頼まれた「西区に漂う異様な魔力の調査」の件。

 レラの見つめる方向が西区だということに気づき「もしかして」と周囲を確認するべく立ち上がる勇人の目には、異様な光景が広がった。


 体調を訴えるような言葉と共にその場にしゃがみ込む者。レラのように何かに違和感を覚えたのかキョロキョロと落ち着かない様子の者。

 そんな人が何人も居て、人によって症状はそれぞれであるということ。

 あれだけ大勢の人間が行き来していた流れが止まり始め、戸惑いと不安の声が大きくなっていく。

 この状況を煽るかのように日は陰り、不快にも感じさせる、なんだか嫌な風が頬を撫で去る。

 

「西区じゃなかったのか⋯⋯? こっちは南区だよ?」


「西区で一瞬だけ何かが。それなのにずっと続いてて、ゆっくり近づいて来てるの」


 普段のレラからは想像出来ないような口調とその強ばった顔つき。どう足掻いても、ただ事ではない様子だ。

 そう、ここレストラン街は都市の南区に当たる場所。

 西区まで相当な距離があり、なんならこの都市まちの誰しもが遠いと感じることだろう。


「じゃあ今、西区はどうなってるんだ⋯⋯?」


 悔しくも勇人には今のこの場の状況把握だけが精一杯。だからといって結局周りに何かをしてやれることが見当たらない。どうすしたら良いのかもわからない。

 ただただ漠然とした不安と焦りを覚えるだけだった。


「なん⋯⋯だか、ごめ⋯⋯なさい」


「おいおい、奥さんまで! 何がどうなってやがるってんだ!?」


 先程の貴婦人の目眩が強まったのだろうか、それとも気分が優れなくなったのだろうか。

 どちらにせよ、ガタイの良い中年の男が気づいて抱えていなければ、倒れて頭でも打ってしまっていたかもしれない。

 次々と倒れていく者が増え、楽しくお昼を過ごそうと活気に溢れていた人々の声は、助けを求める悲鳴にも似た声や混乱に変わっていく。


「これが西区での原因だとして移動してきたなら余計だ。絶対に止めないといけないはずなのに城の奴らは何をしているんだ⋯⋯?」


「魔力が少ない魔道士の人達がみんな倒れていっちゃうの、魔力を何かに吸い取られてるんだよ。ゆうくんは何も無い? 大丈夫?」


 ほんの少しだけ向けられた目線に勇人は静かに頷く。レラの目は少しだけ悲しそうな、不安そうな、そんな目をしていた。

 勇人の体に何の異常も無いのは、体内に魔力持つ人間ではないからだ。

 基本、魔力を感じ取れる者は“魔道士”と呼ばれ、体内に魔力を持つ人間だけである。そして魔道士たちは様々な魔法を操ることができ、レラがその1人だ。


「良かった。巡回組も魔力が感じ取れるように魔道士達で構成されてるはず⋯⋯レラ達が特別なだけで。もしかしたら動けなくなっちゃったのかもしれない」

 

「レラの足を地面につかせる程なら⋯⋯それもそうか。その何かをせめて僕たちで食い止めなくちゃいけないんだけど、視えてるの?」


「わからない⋯⋯でも何だか大きくて、凄く気になる魔力で⋯⋯ゆっくりこっちに近づいてきてるの。それも嫌な感じなの」


「そもそも何が目的で魔力を吸収してるんだ⋯⋯? だとしたら西区は危険区域に達しているんじゃ⋯⋯」


 辺りが混沌としている最中さなか、その感情たちに飲み込まれないよう、必死に冷静で居ようとする勇人。

 どうにか自分を落ち着かせるため、腰に掛けていた剣の柄を握るものの、焦りが止まらることはない。


 ーー冷静に、冷静になれ。何が、誰を⋯⋯何をしたらこの場は助かって、どうしたら場は収まるんだ?


ゆうくん行こう。あっちの森の方、ヴェンが住んでるから心配だよう⋯⋯!」


 今にも泣き出しそうな顔で強く腕を引いてくるレラ。おかげで我に返ることが出来た勇人。

 魔力を感じ取れてしまう彼女が、その“何か”に大きな不安と恐怖を覚え、取り乱してしまうのは仕方が無いことだ。周りの影響も強いだろう。

 寧ろ、自分は何も感じない人間なはずで、レラが落ち着くよう傍に居てあげなければならない。

 そんなレラの力に逆らい、


「この状況で他の巡回組が機能して居ないなら、いち早く城に報告しに行くべきじゃない⋯⋯? 何より西区の状況がわからないまま向かって、僕は良くてもレラに何かあったらどうしたらいい?」


「ヴェンが巻き込まれてたらどうするの!? レラなんかどうでもいい!」


「レラが良くても、僕は? そこに僕は居ないの? なによりヴェンはお馬鹿で強いからきっとどうにかしてるはず、大丈夫。1人よりを助けるより、今はここに居る市民を優先しなくちゃーー」


「見つけた。レラとゆうくんだ? 何を喧嘩してるの?」


 生暖かい、気持ち悪い、怖さや不安や悲しみや絶望にも似た、何か。

 そんな死んだような風が、一瞬。


 そして“それ”が居た。

 来た、来ていた、触れられていた。

 目眩と吐き気と、暗転した空の色と、空気と、嫌なものを全部連れてきていた。


「ぅ、げほっ、おぇ⋯⋯っ」


 腹の底から迫り上がってくる何かを手で押さえ込んでは、今にも吐き出しそうな顔で地面に膝をつく勇人に、


「うぅ、う⋯⋯? な⋯⋯何を、してるの⋯⋯? や、め⋯⋯て」


 突然の激しい動悸と息苦しさに目が一杯のレラは、肩に置かれたその気持ちの悪い手を弱々しくもそっと退けていた。

 

「嫌がらないでよ、傷付いちゃう。なぁんてね。探したんだよ? 会えて良かった」


 と両手をひらひら、言葉の割にはどこか気味の悪い笑みを浮かべたのも一瞬。すぐさま嗚咽を漏らしながら目を見開き、必死に肩と口で呼吸をしている勇人を見やる。

 そして彼の青いマントに向けて指で円を描くようにすれば、それが後ろで捻れて勇人の首を締めつけ始めた。


「やりすぎちゃった? ごめんね、ゆうくん」


「ぅ⋯⋯ぁレヴィ、ディ⋯⋯ア?」


「ねぇ見て。力加減がわからないから、こーんなになっちゃった」


 次に勇人に向けて片手を振ってやれば、誰がどう見ても独りでに彼の体は持ち上がる。

 そして地面に足の着かない高さまで乱暴に締め上げては、無理矢理にでもその光景を見せつけた。


「ぃ⋯⋯っ。⋯⋯!?」

 

「どうして今日はそんなに酷いことするの!?」


 勇人を奴から解放するべく掴みかかろうとするも、ひらりと体を翻され、一瞬で距離を置かれてしまう。

 おかげでレラにも、そいつの見せたかった異様な景色が嫌でも目に映ったのだ。


 わけがわからない。

 倒れた、倒れていた。どう足掻いても、どう見ても、どう信じられなくとも、ただただ倒れて倒れて倒れまくっていた。

 今ここを歩いて日常を過ごしていた全ての人間が、先程まで馬鹿みたいな量のご飯を袋に詰めてくれていた人間が、気を失う者を支えていた人間が。全く知らない人々が。

 声を上げることも無く、助けを求めることも無く、静かに、ただただ静かに、石畳の道を埋めつくしていた。

 

「なんでこんなことしてるの!?」


 怒りと恐怖を混ぜ合わせたような、そんな怒鳴り方をするレラ。

 罪のない人間を巻き込んだこと、勇人に乱暴を働くこと、それを助けてあげられないこと、何より今起こりうる全てに対して彼女は腹を立てていた。


「えー⋯⋯俺のせいなの?」


「じゃ、誰が⋯⋯したっ、て⋯⋯言うの」


 足も着けられず、力が入らないままの体。今にも消え入りそうな声とは真逆に、睨みをきかせる。

 そんな勇人の表情に随分と嬉しそうに口角を上げた。

 そして締め付けられないようにと必死に抵抗していた勇人の両手を無理矢理引き剥がしては手を繋ぎ、


「あはっ。俺が来るのわかってたんでしょ? 止められなかった君たちのせいじゃないの? 優秀なんでしょ、勇人くん」


 確実に人を馬鹿にしたように愉快に笑ってみせる。

 だがそんな声とは真逆に、そいつの黄色い瞳は冷たい目をさせ、勇人の額に思い切り頭を押し付けた。

 両手は強い力でねじ伏せられ、足も着けられないままでそれを避けられるわけがなく、容赦のない頭突きをまともに食らってしまう。

 まともに呼吸も出来ないくらい首を絞められ、そもそも弱りかけていた勇人は見事に目を回して項垂れる。


ゆうくんを離し⋯⋯て!!」


 どこからか片手に収まるほどの水の塊を創り出し、素早く投げつけるも、


「やーだー風邪引いちゃうでしょ。あ、ヤキモチ? レラちゃんにも用はあるけど待ってよ。俺ね、ゆうくんの力が欲しいんだよね」


 目にも止まらないスピードで飛んでいったそれは片手で軽くあしらわれ、音もなく消え去った。

 そして特に意味のない笑顔を飛ばし返すものの、嫌味に捉えられたその行動はレラに苦虫を噛み潰したような顔をさせる。


「あれ? ゆうくん寝ちゃったの? 起きて。そんな弱っちくないでしょ」


 わざとなのか本気なのか、気を失っているの勇人の顔を持ち上げては強く頬を叩く。


「⋯⋯っげほ、ぅ。僕は⋯⋯男とキスする趣味、は無いんだ、けど⋯⋯⋯⋯?」

 

「俺も好きな子としかしないけど?」


「じゃ、交渉決裂、だ⋯⋯ねっ!」


 解放された片手で即座に鞘ごと剣を抜き、力いっぱい振り払ってはそいつを退しりぞけてみせる。

 自分を殺しかけていた魔法は解け、膝から地面に崩れ落ち、剣で体を支えるものの、痛々しい咳と激しい呼吸が止まらない。

 そんな彼に駆け寄り、必死に背中を摩るレラ。その目を勇人には向けることはせず、警戒しなければいけない相手にきちんと睨みをきかせていた。


「あーぶな。暴力良くないんですけど」


 そう言って白いパーカーのあちこちを叩いているものの、その剣もレラの魔法と同様、奴に掠ってすらいない。

 あの様子ではマントごと勇人を解放したのも“わざと”だろう。


「あれ、なんか。白い⋯⋯?」


 改めて冷静になり、奴の姿を見たレラが呟く横で苦しそうにも勇人は小さく頷いた。

 ちょこんと角の生えた白く大きめのパーカーに、さらさらとした白い髪。すらりとした背は勇人よりも高い。


「そりゃ魔力が尽きかけたらストレスで白髪にでもなっちゃうよねって話。移動も出来なくて大変だったんだよ?」


「西区から逃げてきたってこと? だからって魔力も持たない人間まで巻き込む⋯⋯」


 ふと自分の言葉に違和感を感じた勇人。

 そして、そこら中に倒れ広がる人々の群れに目をやる。

 そして先程、肩を触れられただけで崩れ落ち、吐き気を催した自分のこと。ちょっと前のレラの言葉を思い出した。


「ここに居る全員が全員、魔道士なわけない⋯⋯何をした?」


 答えを間違えれば殺してみせそうな視線を放つ。そんな殺意に満ちた勇人に少し怯えたような表情を見せるのは奴ではなく、レラの方だった。


「なんだと思う?」


 そんな勇人に怯みもせず、なんなら相変わらず人の気に触るような態度で首を傾げてみせた。


「でも⋯⋯レヴィ〜が人を殺すことなんてしないと思う、の⋯⋯⋯⋯」


「ん。そうだね、レラは俺のことよくわかってくれてるね」


 その言葉と同時に、今居たはずのその場から姿を消した。

 そして瞬きをすれば、横に居たはずのレラもいつの間にか勇人との距離を置かれ、レヴィディアに抱きつくようにされていた。

 今の彼を嫌がることもないが逆に良しともしない。でも出来れば近寄って欲しくもなければ触れられたくもない。

 でも何も言えず、何も出来ず、不安で不安でいっぱいなレラ。


「魔力が無くなっちゃうと俺たち魔道士は最悪、死んじゃうんだよね。実際、死にかけながら来たし。だから“精力”も皆が死なない程度に貰っちゃった」


 片手でレラを抱き、もう一方で「ご覧」と言わんばかりに手を広げてみせる。

 その言動が死ぬほど気に食わない勇人の目は更に鋭さを増した。


「こんなにも大勢の人を巻き込む必要は?」


「特に無いよ? 無いけど⋯⋯どうせなら要らないから。俺は好きな子と2人きりでずっと一緒に居たいからね。もっともっと魔力も精力も沢山必要なの。だから、ね? レラちゃん。魔力いーっぱい、ちょうだい?」


「レラ達も⋯⋯要らないってこと⋯⋯⋯⋯?」


 抱きついて離れない白い悪魔のようなその存在に、恐怖に、レラの声が震えていた。声も、体も、怯えていた。

 魔力を吸い取られるなんて魔道士に言わせてみれば、たまったもんじゃない。

 しかもこの気が狂っていそうな相手にされるなら尚更の話だ。

 

「⋯⋯あんまり女の子に手出してると嫌われるよ」


 もう何の躊躇いもなく抜刀した剣を片手に、目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、その風圧と共に一振り。

 勿論、レラに当たらぬよう、確実にそいつだけを斬り上げたーー


「〜〜っ。あれ⋯⋯あぁ。身代わりってこと。コイツ、返してあげるね」


 はずだった。確かに、そのはずだった。


「な⋯⋯っ!?」


 “白”の反対色は“黒”という。

 その黄色い目、そして斬られたはずの奴と同じ顔をした“黒”が“白”の彼から姿を現した。いや「分離した」という表現が正しいだろう。まるで蝶が蛹から孵るように。

 人を愉快に煽り、レラに引っ付いていた“白”は、腹から自身を真っ赤に染めながら気を失っていた。

 あんなにも、どうやっても、何をやっても、こちらの攻撃は彼に掠りもしなかったというのにだ。

 そんな“白”の髪を片手で掴むようにしていた“黒”は、


「次は殺してやる」

 

 先程までの不愉快にも愉快な笑みをこぼしていた奴とは違い、その乱暴に手を離した先にいる瓜二つの“じぶん”を蔑むような目で見下ろしていた。

 黒色に突き放され地面に倒れ込む白色を、自分が衝動的に斬ってしまった相手を、咄嗟に勇人は支え、抱えた。

 だが身長差もある故に上手くは出来ず。そのまましゃがみ込み、そっと仰向けにしてみせる。


「レヴィ⋯⋯ディ、アが2人⋯⋯?」


「黒色のレヴィ〜⋯⋯なの」


「俺は“レヴィディア”じゃないよ。2人のことはよく知ってるけどね」


 パッと勇人とレラには優しくヒラヒラと手を振るその後ろには、闇にも似た小さな空間が広がっていた。


「早くその“レヴィディア”を殺してよ」


 だがその優しさも一瞬。

 頼むより先に視線で殺してしまいそうな顔でそう言い残し、その空間に寄り掛かるようにして何の事情も聞かせてくれないまま、“黒”は闇に消えていった。

 刹那、そこの空間は閉じ、普段通り。

 いや、大量の人々が昏睡状態のまま倒れている、地獄のような景色へと戻ってしまう。


「レヴィ〜がレヴィディアじゃないって⋯⋯同じ顔と魔力してたの。殺してって何⋯⋯?」


「⋯⋯あの前髪のピン⋯⋯⋯⋯は」


 何もかもが理解できないまま取り残された2人を静寂が包む。

 生温い、触り心地の悪い、気持ちの悪い、拭いてしまいたい。そんな赤で塗られた自分の手を呆然と見つめる勇人。

 その腕の中には安らかに眠っているのは、確かにレヴィディアなのだろう。だが自分たちが知っている人物とは、また懸け離れているようだが。

 あの一瞬でどう避けたかは知らないが、死に至るほどの傷を負っていないのも不思議だ。


 ふと視界を広げれば、ふざけたような人と人と人と人と、そしてどう足掻いても人が。それらが倒れ散らかした街並みが。自分たちを囲むようにしていた。そして誰1人として目を覚ましてはくれないようだ。

 あんなに後で皆で楽しく食べようと大量に買い占めた物たちも、もう何だか要らないという気分にまでさせられてしまった。

 あんなにも暖かくて堪らなかった今日この日が、いつの間にか馬鹿みたいに冷たい風が、今にも雨が降り出しそうな空模様が、空気が。どうしてだっただろうか。

 どうしようもないこの街を、この場を、状況を、誰が、誰か、


「どう、しよう⋯⋯か」


 誰にも届かない声で、誰かに助けを求めるかのような声で、レラに力無く笑うのであった。






“白”の反対色は“黒”でもあり“赤”でもあるようで。

前回のプロローグといい今回といい違う意味でR15の連続になってしまったなという気持ち。


誤字脱字等あれば御手数ですが、教えてくださると嬉しいです。

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