孤独だった僕と私の噂話
私はいつものように森で草花の様子を確認しつつ、今夜の夕食にしようと木の実を集めて回っていた。
パキッ
小枝が折れるような音に気づき視線を向けると、大きなカゴを背負い斧や鎌を持った男が二人草木をかき分け姿を現した。
「「うわぁぁああ!」」
男たちは私の姿を見るなり悲鳴をあげ我先にと逃げ出した。
彼らは森を抜けた近くに住む村人であろう。
村の住人はよくこの山へ木の実や薬草、獣を狩りによくやってくるのだが私を森に住む化け物だと認識し怯えているようだ。
確かに人間ではない、私はこの森にある大きな木の精であるが、見た目はほとんど人間と変わらない。
違うのは尖った耳と緑色の頭髪、頭の両側から木の枝のような角が生えているというくらいではないだろうか。
見た目は違えど心は同じだ、逃げられれば悲しく思うし会う度なぜ逃げるのかと不快に思う。
それに森を自分勝手に荒らす人間には時折怒りすら覚える。
そんな気持ちを抱きながら私は森の奥へと進む。
森をかける風の音、木々の隙間から垣間見える青空、辺り一面に咲き広がる草花を見れば悲しさも怒りも忘れられる。
今夜の夕食も集まってきたので来た道とは別の道で帰路につくことにした。
すると森の中でも比較的日の当らない木の陰にうずくまる幼い男の子の姿を見つけた。
声をかけようか迷ったが幼い子供が一人日の暮れかけている森の中にいるのを見過ごすことはできなかった。
「……どうしたんだ?」
男の子はビクッと体を震わせ溢れんばかりの涙を目に浮かべ顔をあげた。
よく見ると全身痣や擦り傷だらけだった。
獣に襲われたのならこんなものでは済まないだろう、獣にでも追われたのか。
男の子は私を見るなり静かに涙をこぼした、泣いたのは私を恐れたからだろうか。
「大丈夫だ、大丈夫」
私は安心させようと男の子の頭を優しくゆっくり撫でてやる。
しばらくそうしていると男の子は1人でいた訳を嗚咽を交えながら話し始めた。
「……うっ、あのね―――――」
名前はヒロと言うらしい、どうやら彼に両親はなく村の家をたらい回しにされ暴力まで日常的に振るわれているらしい、そんな毎日に耐えられなくなりこの森に逃げてきたようだ。
「そうか」
私はヒロの前にそっと右手を出し何もない掌から一輪の白い花を咲かせて見せた。
ヒロはとても驚いた様子だったが私がその花をヒロの手に持たせてやると嬉しそうに笑った。
「……あ、ありがとう」
「ああ、お前……私の家に来るか?」
ヒロが村の奴らに嫌われていたのかは分からない、でもよく思われていないことは確かだ。
それにこれから行くあてもない。
私と似ているから同情したのか、私も1人に慣れたといえど寂しかったのか、またその両方かは私自身にも分からなかったが、どうしても放って置くことはできなかった。
「いいの?」
ヒロは不安げに訪ねてくる。
私は軽く頷き返事をした。
「ついてきな」
そう言って私は立ち上がりゆっくり歩き始める、後ろからヒロが立ち上がるのがわかった。
ヒロは小走りで私に追いつくとそっと私の手を握った。
そんな健気なヒロの頭を私は優しく撫でてやった。
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私たちは森の奥まで進むと森で一番大きいであろう立派な木が見えてきた。
その木の根元にぽっかり空いた穴にきれいに取り付けられている扉を私はゆっくりと開け部屋に手をかざす。
すると部屋に咲いていた花が明りを放ち部屋を隅々まで照らした。
「ここが私たちの家だ」
「うわぁ、すごい!」
私が家の中へ入れてやるとヒロは物珍しそうにあたりを見渡し、キラキラと目を輝かせていた。
家の中には森の中ではもちろんヒロがいた村でも売ってはいない食器や服がいたるところに散らばっていた。
「……まぁ、少し散らかってるがな」
ヒロの眼差しに私は少し恥ずかしさを覚え頭をポリポリとかく。
「これどこで買ったの?」
「あぁ、これは森の木の実や薬草、獣の皮を町に売った金で買ったんだ」
「ぼ、僕も町に行ってみたい」
連れて行きたい気持ちもやまやまだがここから町までは歩いて2日ほどかかる、それに夜は獣がよくでる運が悪ければ賊に会うことだってある。
「ヒロがもっとでかくなったらな」
そう言って今回は諦めてもらうことにした。
森で人間の子供を拾ったはいいがどう育てていけばいいのだろうか。
私は今まで人を育てたどころか関わってきたことがない、子育てこれが今後の大きな課題となることは明白であった。
どうしていこうかと思考を巡らせているとグゥ~と気の抜けるような音が聞こえた。
「とりあえず今日は飯食べて寝るとするか」
私はヒロを椅子に座らせ木の実や獣の肉を焼きテーブルへと並べる。
「食べていいの?」
村ではろくな食事も与えられていなかったのだろうか、ヒロは不安げに私を見ていた。
「あぁ、好きなだけ食べな」
「ありがとう!い、いただきます」
そう言って美味しそうに食べるヒロの姿を見てから私も席へと座り初めて誰かと食事をした。
「美味しいね!」
ヒロが満面の笑みで私を見つめる。
「あぁ、うまいな」
誰かと食事をするのも案外悪くないなと思った。
食事を終えるとヒロは片づけをすると言ってくれたので、その間に私は寝床の準備をすることにした。
「今日はもう寝よう」
ヒロが片付けを終わらせる頃合いをみて私は寝床へと案内する。
ヒロが寝床に入るのを確認すると私は部屋を煌々と照らすいくつかの花に手をかざし明りを消した。
「おやすみなさい」
私も寝床に入ったとき今にも消えそうな小さな声が聞こえた。
「おやすみ」
ヒロに聞こえるよう私もそう呟き目を閉じた。
ここから2人の生活が始まった。
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翌朝私が目覚め、ヒロの寝床へ目をやるとヒロの姿はなかった。
どこへ行ったのかと心配になり部屋を見渡す。
部屋にヒロの姿はなかったが、昨日まで散らかっていた部屋は綺麗に片づけられていた。
「あいつ……」
恐らくヒロが早く起き掃除してくれたのだろう。
私は少し申し訳なくなり頭をポリポリとかく。
リビングへ行くとそこにヒロはいた、掃除がひと段落ついたのだろう、手や顔についた汚れを水で洗い流していた。
「ありがとな」
「うん」
私がヒロにタオルを渡してやるとヒロは嬉しそうに頷いた。
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ヒロとの生活が始まってしばらくたったころ私たちはいつものように夕食を探しに山を散策していた。
私の横を歩いていたヒロが木の実を見つけ走り出す。
「ユグ! これはー?」
「あぁ、それは食える、採って帰ろう」
楽しそうにヒロは木の実を拾い集める。
ヒロは最初に比べかなり明るくなったと思う、少なからず私に心を開いてくれたのだろうか。
そう思うとなんだか温かく感じる。
それから私たちは家に帰り私は夕食の準備をしようと食器やら木の実を洗い始めた。
「ボクも、ボクも洗うの手伝うよ」
そんな私の姿を見てヒロが声をかけてくれる。
「じゃあ、ヒロが採った木の実を洗ってくれ」
「うん!」
ヒロはよく私を手伝ってくれる、ちなみに今私たちの家がこんなに綺麗に片付いているのはヒロがよく掃除をしてくれているおかげだ。
私はあまり掃除が得意ではないようだ、私が掃除の手伝いをしてやろうとするとヒロにユグは見てるよう諭されてしまう。
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ヒロと過ごしてから気づけば幾カ月たったある日
家の外にある机に今朝森で採取してきた木の実やら野草を並べ、片手に持つ本と見比べて何やらつぶやいているヒロの姿があった。
「えーっと、これは辛い木の実―――――、これは切り傷に効く薬草で―――――」
そんなヒロの姿を見ていた私はヒロのある変化に気づき必要そうな道具をいくつか持ち声をかけた。
「ヒロ、お前髪が伸びてきたな、私が切ってやる」
「え、このままでいいよ」
ヒロは手で自分の髪を撫でる。
「それじゃ女の子みたいだそ、良いから大人しくここに座れ」
「わ、わかったよ」
ヒロは渋々頷き、嫌々私の促す椅子に座った。
私は手先の器用さなら自信がある、迷いなくヒロの髪を切っていく。
「で、できたぞ!」
「ありがとう、変じゃない?」
変じゃないと聞かれ私は内心ドキリとしてしまったということはつまりそう言うことだ。
決して上手く切れた訳ではないが、そこまで酷いわけでもない。
まぁ初めてにしては上出来だろう。
多少長さが不揃いではあるが……。
「あ、あぁ。全然変ではない」
「そっか、ならよかった」
多少の罪悪感が芽生えかけたが、嘘はついてない。
今度は上手くやろうと心に誓う。
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ヒロと過ごしてからもう幾年かたったある日
私たちは家の外に並んで寝そべり談笑しながら空を眺めていた。
ゆっくりと雲が流れ、大木から日の光が2人を照らし心地いい風が頬を撫でる。
のんびり時が過ぎていく。
「気持ちいいな」
「うん!」
私が隣を見るとヒロは気持ちよさそうに目を細めていた。
ヒロはゆっくり目を開けると私たちの家である大木を眺めひとり言のようにつぶやいた。
「この木を見てると落ち着くね、家の中にいる時はすごく安心するし」
「そうか、ありがとう」
私は照れ臭そうに返事を返す。
「何でユグがありがとう?」
「さぁ、何でだろうな。ヒロ今度一緒に町に行ってみるか?」
私は誤魔化すように提案してみた。
私がそう言うとヒロは勢いよく起き上がった。
「え! いいの!? 行きたい! ずっと行ってみたかったんだ!」
この後、早速準備をして翌朝私の耳や角を隠す為ローブを着て2人で家を出た。
町へ行けば多種多様の亜人がいるが頭から木の枝が生えている種族などいないので念の為隠す様にしている。
町に着くとヒロは目をキラキラと輝かせ道の両脇に並ぶ出店、様々なデザインの建物、人々の行き買う姿全てを忙しなく首を上下左右に向け眺めていた。
しばらく出店の続く道を歩くとヒロが足を止め肉の串焼きを売る出店をだらしなく口を開け見つめていた。
「なんだ? 食いたいのか?」
「うん! 食べたい!」
すごく嬉しそうに満面の笑みを浮かべている、そんな顔で見つめられて断ることができるやつがいるのだろうか。
断る理由もなく1つ買ってヒロに渡してやった。
「ほら、食っていいぞ」
「ありがとう! ユグ!」
「それを食べ終わったらヒロが集めた薬草を売りに行こうか」
ヒロは肉を口いっぱい頬張りながら大きく頷く。
私が昔から木の実や薬草等を売っている店にヒロを連れて来たのだが、店の前に着くとヒロは小走りで先に店内へ入って行ってしまった。
「こら、待て!」
ヒロが店内に入ると二人の小太りな男女がいた。
「あらいらっしゃい、可愛い坊やだねぇ。何か欲しいものがあるのかい?」
ヒロは首を左右に振った。
「坊主迷子か?案内所まで連れて行ってやるぞ?」
「いや、すまない。私の連れだ何か失礼をしたか?」
ここで私も店内に入りヒロに追いついた。
「あぁ、ユグちゃん久しぶりねぇ。全然大丈夫よ。大人しい子ね」
「久しぶりだなユグちゃん、ユグちゃんの連れだったか」
「ええ、お久しぶりです。それが少し訳がありまして」
軽く挨拶を交わし持ってきた薬草やら木の実を出すとおばさんは私が出した品物を奥へ運んで行き、おじさんがお金の入った小袋を渡してくる。
「いや、おじさん多すぎますよ」
「いいんだよ、訳は聞かねぇが小さい子がいりゃ何かと入り用だろ、好きなもん買ってやりな。わしらサービスだ」
そう言っておじさんはにっこり笑った、奥ではおばさんもにっこり笑ってこちらを見てる。
「「ありがとうございます!」」
私とヒロで二人にお礼を言うとまたおいでと手を振って見送ってくれた。
優しい夫婦と私たちはそんなやり取りを交わし店で薬草等を売りヒロの服を何着か買い仲のいい親子のような姉弟のようにお互い微笑み手を繋ぎ帰路に着いた。
「あぁ、このときはすごく幸せだった。ずっと、ずっとこの生活が続けばいいだなんてそんなことを考えていたけど、この世界は、この世界の人間はそんな優しい人ばかりではなかった」
ゆっくりと目を開け横たわる自分の下半身を見ると、両足は真っ黒く焼け焦げ、足の原形をとどめていなかった。
「はぁ……」
私は深いため息をつき顔をあげた。
数刻前まで緑豊かだった森は消え失せ、今森であった場所は火の海へと変わり、空は黒煙で覆い隠されている。
騒音の中からよく聞きなれた声が遠くから近付いてくる。
「ユグ! ユグ――――、あぁ、何でこんなことに……」
涙を流し駆け寄ってきた可愛げのあった少年は穏やかで優しい青年へと成長していた。
ヒロは自分の頬を袖で拭い私を抱き上げた。
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僕らが眠りに落ちたころ。
あいつらは何の前兆も前触れもなく押し寄せてきた。
夜更け僕はふと目が覚めた。
再び眠りに着こうとそっと瞼をおろす。
目を閉じたことで音の感覚が鋭くなったのかは分からないが、外で声が聞こえたような気がした。
言いようのない不安と恐怖が僕の胸を締め付ける。
恐る恐る窓の外を除いてみると木の陰に複数の明かりが見えた。
松明の火だ。
その明かりに照らされ何者かがこちらの様子を窺い息を潜めているのが分かる。
明かりに照らされ見えたのは人だけではない、1人1人が鎌や斧、鉈を手にしていることが見て取れた。
その光景を見た瞬間僕はすべてを悟った。
部屋と飛び出しユグの眠る部屋へと飛び込む。
「ユグ! 早く起きて!」
気持ちよさそうに眠るユグを強引に揺さぶり起こす。
「なんだ、まだ暗いじゃないか。どうしたこんな時間に――――」
ユグの口を僕は手で塞ぎ言葉を遮る。
「しっ! 静かに! 外にたくさん人がいる! 逃げよう! 武器を持ってる! きっと僕らを殺しに来たんだよ!」
「ヒロ。落ち着け。私が話してくる。ヒロは隠れてなさい。もし、もしだ、もし私が襲われ殺されそうになっても絶対出てくるな。いいか? そうなったら逃げろ、町まで行けばきっと大丈夫だヒロならうまくやれる。いいな! いつもの商人の店へ行け!」
息を切らし口早に話す僕の両肩を強く掴み、子供を言い聞かせるようにそう言うとゆっくり家の外へと歩き出す。
「何言ってるんだよ! 逃げればいいじゃないか! あんな大勢武器を持ってこんな夜中に話し合いにでも来たと思ってるの?」
ユグの腕をつかみ引き寄せ説得を試みる。
「はぁ、何言ってるんだ、まだそんなことわからないじゃないか」
僕の腕を振りほどき再び歩みを進める。
「ユグ、お願いだよ。行かないで、頼むよ」
僕は懇願するがその願いが届くことはなかった。
ユグは振り返り僕に優しく微笑むと深く息を吐き外へと出て行ってしまった。
僕は外へ行くユグをただ見送ることしかできず、その場に崩れ落ち溢れる涙を堪えるだけだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は外へ出るとこぼれそうになる涙を袖で拭い客人たちに問うた。
「こんな夜更けに私に何用かな?」
客人たちは怯える者や殺気立つ者しかおらず、会話は成り立ちそうにない。
よく見ると客人たちの中には何人か見たことのある人物がいる。
森の近くにある村の人間だ。
恐らく他の者も同じ村の連中であろう。
20人程であろうか、その全員が武器を持ち男だけときたら勘ぐりもするだろう。
きっと討伐隊のような集団が編成されたのだろう。
ヒロにはとぼけて見せたが、いくら世間に疎い私でも察しは付く。
男たちは互いに何度か顔を見合わせると各々雄たけびを上げ、武器を振り上げ距離を詰めてきた。
私は咄嗟に両手を前へ突き出す。
その動作に合わせ地面から交差するように大きなツタが生え、振り下ろされた武器を全て受け止めた。
「な、なんだよこれ!」
「化け物だ……」
「こんなの、生かしちゃおけねぇ」
男たちは恐怖や怒り言をつぶやくなか、私は諭すように村人たちに声をかけた。
「やめてくれ! 私に争う意思はない! 頼む! 私にこれ以上関わらないでくれ!」
だが、そんな私の声に耳を傾ける者はすでにおらず、私の声は村人たちの声にかき消される。
「死ねぇ!」
「全員でかかれ!」
気づけば私は男たちに取り囲まれていた。
私は手を軽く左に動かす。
ツタはうねうねと動き私を包むように渦を巻き、私を包む半球の障壁と化す。
「私はどうすれば……どうしたらよかったんだ」
暗いドームの中私は頭をかかえその場に座り込む。
ドームの外からは今も絶えることなく村人たちの叫ぶ声とドームに武器を振り下ろす音が響いている。
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僕は見ていた、両方の拳を強く握り締め、歯を食いしばり、堪えていた涙を留めることはできず溢れだし、ただユグが奴らに一方的に攻められている姿を眺めていることしかできずにいた。
ユグはわかっていたのだろうわかっていたはずなのに僕の為におどけて見せたのだ。
僕だけ逃げる時間を稼ぐために。
「ユグ、僕は……どうすればいいんだよ!」
何であいつらは僕らを襲うのか、何でユグはあんなことができるのか、助けに行きたいけど怖い、誰が怖い?あいつらか、それとも……手足が震えている、胸が苦しい、涙で視界がぼやけて外が見えない、あぁ、このままじゃユグが……
考えれば考えるほど頭の中はぐちゃぐちゃになって何も分からなくなる。
僕が何もできずここにずっと突っ立っている今もユグはあいつらの攻撃を必死に耐えている。
僕は今何をしたい?
「……ユグを助けたい」
じゃあ考えるまでもなく逃げる選択肢はない、僕にできることはただユグを助けに行くことだけだ。
僕にユグが助けられるかどうかなんてわからない、きっと僕が行ったところでユグを助けられるわけでもないだろう、下手をしたら足手まといになってしまうかもしれないけど、ただ僕だけ逃げ出すことはできなかった。彼女にもっと生きていてほしかった、最後まで彼女と一緒にいたかった。
僕には彼女が、ユグが僕の全てだから。
僕がそう決断するとその後は即行動に移した。
「――――よしっ」
長く息を吐き意を決し僕は家を飛び出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
村人たちの雄たけびに混ざり、よく聞きなれた声が聞こえた気がした。
「やめろぉぉおお!」
「そ、そんな、まさか……」
嫌な予感がして私は木々の隙間から外の様子を除いた。
外ではヒロが村人に殴りかかり、武器を奪い暴れまわる姿が見える。
「ダメだ、ヒロ。なんで……」
最初こそ村人は戸惑いを見せたが、ヒロはすぐ囲まれ、取り押さえられた。
その後の光景は見るに堪えないものだった。
「化け物の仲間か!」
「やっちまえ」
「殺せっ」
村人たちは力任せに殴り、蹴り、やりたい放題だ。
その光景を見た私は頭の中で何かが弾けた音がした。
そんな私に気づく様子はなく村人たちはヒロを痛め続ける。
鉈や鍬を持った男たちが武器を振りかぶったところで1人の男が何かに気づく。
「こいつヒロじゃねーか?」
「10年以上前に村から消えたと思ったら化け物に連れ去られたのか!」
「きっと洗脳されてんだ!」
「あぁ、間違いねぇ」
そんな会話をしている最中、突然目の前に太いツタが生え鞭のようにしなり村人数人が吹き飛んだ。
目の前で起きたことが理解できず、他の村人たちはその場に尻もちをついた。
「今すぐヒロから離れろ! お前ら全員森から出ていけ! 二度と来るな!」
私は今まで出したこともない大声を発した。
喉が痛い。口の中に鉄の味が広がる。
私はいくつもの茨のツタをうねらせ村人たちに威嚇し警告した。
村人たちはそんな私の姿を見て、恐れ、畏怖し後ずさる。
そんな中、村人の一人が叫ぶ。
「焼け! 森を焼け!」
村人たちは次々松明を投げ捨て、森から逃げ出す。
火の手は乾燥していた為かあっという間に広がり、森が火の海と化すのにそう時間はかからなかった。
我先に走り去る者、足を引きずり逃げ出す者、負傷した者を担ぎ脱出を試みる者、村人たちはそれぞれ火の海と化した森から姿を消した。
「ヒロ!」
私は辺りを見渡しヒロの姿を探した、そう遠くない場所に殴り蹴られ気を失っているヒロの姿を捉え足早にヒロのもとへと歩き出したそのとき右足に焼けるような痛みを感じた。
「うっ! ……あぁ、木が……」
後ろを振り返ると私が、私の源、つまり森で一番大きい木でありヒロと二人で過ごした我が家に火が燃え移っていた。
私はあまりの痛みで歩くことができずその場に膝から崩れ落ちた。
「もう少し……」
もう少しでヒロに届く、もう少し時間がほしい、もう少しヒロと話したい。
火は留まることを知らず燃え広がる、どんどん下半身が焼け焦げていくのが分かる。
私は這いつくばりながら少しずつヒロへ近づくが痛みに、熱に耐えることができず、意識が朦朧としていく。
「――――だ、だめだ」
私は仰向けになり夜空を仰ぎ見るがその夜空は黒煙と炎に覆い隠されてしまっている。
「……ヒロ」
走馬灯というやつだろうか、頭の中にヒロと過ごした日々が次々に映し出される。
「はぁ……」
短いため息がこぼれる、このため息は幸せな思い出に耽るため息だろうか、それともこんなことになり最後ヒロに別れも言えない悲しみのため息か、もしくはその両方かもしれないそんなこと今の私にはわかるはずもない。
ここで私の意識は途絶えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……」
僕はゆっくり目を開けるとあたりは火の海と化していた。
「ユグ……」
全身がひどく痛む、どこからか血が出たのだろうか服には血が滲んでいる。
体を起こそうと力を入れてみたが上手く力が入らずなかなか起き上がれずにいる。
首だけ動かしユグの姿を探すと近くに倒れているのが見えた。
「ユグっ!」
僕は痛む体を無理やり動かし立ち上がる、仰向けで倒れているユグのもとへ小走りで駆ける。
涙が溢れだす、痛みを必死に堪えユグのもとへたどり着いた。
ユグの両足はすでに焼け焦げ、膝から下は崩れ落ちている。
ユグの体はまだ焼け続けているのが目に見えてわかる
「ユグ! ユグ――――、あぁ、何でこんなことに……」
僕は泥まみれの服の袖で涙を拭いユグの上半身を抱き上げるがなぜか全く熱くなかった。
僕はそんなことには気づく訳もなくユグに声をかけ続ける。
「――――だめだ、だめだ! ユグ! ユグっ! 起きてよ!」
「……ヒロ、痛いぞ。そんなに強く掴まないでくれ」
痛いはずなのに、苦しいはずなのにユグはいつもと変わらない笑顔を僕に向ける、いつもは嬉しいはずなのにそれが今の僕には耐えられないほどに苦しい。
「僕は、どうすればいい? 何をしたら治せる?」
「そばにいてくれればそれだけでいい、もう治らないよ。ほら私たちの家を見てくれ」
ユグは僕たちの暮らしていた家である大きな木を指差す。
「隠してたわけじゃないんだ、私はあの木の精霊でね、あの木が燃えてしまったってことは私も燃えて消えてしまう。私が幸せに暮らせた代償かな」
そんな冗談めかしたことを言ってユグはおどけて笑っている。
「何言ってんだよ! そんなわけないだろ! ユグが誰だって何だって関係ない! ユグはユグだ! ……僕のせいだ、僕がここに来ちゃったからあいつらが来たんだ! だから――――」
僕の言葉をユグは顔を強張らせ遮る。
「違うっ! それは違うぞヒロ。私はお前と過ごせてすごく幸せだった、毎日がすごく楽しかった。お前が成長する姿が微笑ましく嬉しかった。だからお前のせいなんかじゃない。欲を言えばヒロともっと、もっと一緒に――――」
今度は僕がユグの話を遮る。
拭ったはずの涙が気づけばまた流れていたがそんなことは気にせず僕は声を荒げ叫ぶ。
「やめろよ! そんな最後みたいなこと言うなよ! また森を散歩して町に行って今度は行ったことない遠くの王都にだってユグと一緒に行くんだ! だから……だからそんなこと言うなよ!」
気づけばユグも泣いてた、ユグの泣いてる姿なんて初めて見た。
ユグはいつでも明るくて、頼りがいがあって、何でも知ってて、強くて、優しくて、強気で意地っ張りだ。
そんなユグが今僕の頬にそっと優しく触れ涙を流してる。
この時僕はようやく実感し始めた、本当に最後なんだって、もう会えなくなるんだって。
そしたらもっと涙が溢れて来た。
僕の顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ、そんな僕の頬嫌がるそぶりすらせず、わがままな子供をあやす様に愛おしそうに撫でる。
「ヒロよく聞いて、さっきも言ったと思うけどこれからヒロは一人で町に行きなさい。それからよく薬草や木の実を二人で売りに行った店の商人の下で働きなさい。そうすればしっかり生きていける」
「僕なんて雇ってもらえるわけないだろ」
「大丈夫、あの商人とは長い付き合いだ、話はつけてある。あいつは話のわかる良い奴だ、ひどい扱いはしないだろうさ。ははは、私も無責任だな」
そう言ってまたユグは笑う。
そうこうしてる間にユグの体は腹部あたりまで焼け焦げてきている。
もう二人の時間がそう残されていないことは明白だった。
「ヒロ、何度も言うが私はお前と会えて最高に幸せだった! お前と過ごせて最高に楽しかった! ありがとう」
ユグは本当に幸せそうに、嬉しそうに力強くそう言った。
僕は何度も頷きうん、うんと返事をするだけで精一杯だ。
「ヒロ最後だぞ? 最後こそ笑顔で別れようじゃないか。ほら顔上げてくれ、お前のぐちゃぐちゃの泣き顔が最後なんて嫌だぞ?」
俯き泣きじゃくる僕の頭を出会ったころのように優しくゆっくり撫でる。
「ユグだって泣いてるじゃないか」
「あぁ泣いてる、でもちゃんと笑ってる!」
そう言ってユグは最高の笑みを見せてくれた。
だから僕も袖で顔を拭い、俯いた顔を上げて最高の笑みを見せた。
「ははは、何だよそれ」
ユグは僕の首に腕を回し僕の頬にキスをした。
そしてユグは灰になり風に乗って空へ消えた。
僕はもうユグのいなくなった空を抱きしめる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ユグがいなくなってすぐ雨が降った。
長い間降っていたと思う、雨のおかげで火はすっかり消えた。
雨の中僕はユグの墓を造った。
ユグであったであろう小さな木の枝を一本拾い、盛った土の上に突き刺し、そして燃えていない森の中を歩き、白い花を見つけ墓の前にそっと置いた。
ユグは町に行けと行ったけど今はそういう気にはなれなかった。
それに体中痛いし町まで行く体力はない。
僕は墓の前にゆっくり腰を下ろした。
「ねぇユグ、僕はユグに出会って救われたんだ。僕を産んだ母さんは僕を産んで死んでしまった父さんはその後すぐ病気で死んだって聞いた。僕は村では不幸をもたらすとか言われてさ毎日ひどい扱いを受けてた。それで逃げて森で迷ってるところを君が救ってくれた」
こんなこと今更話してもユグには聞こえていないだろうし、届くことはないかもしれない。けど、聞いてほしかった。ただ僕が話したかったんだ。
「あの時ユグが頭を撫でてくれて、一緒に来るか? って言ってくれて本当に嬉しかった。それで綺麗な白い花を僕にくれたろ? ほら、同じ花を採ってきたんだ。ユグはそれから僕に薬草や木の実のこと字の読み書きを教えてくれた。それから初めて町にも連れて行ってくれたよね。すごく楽しかった」
話しているうちに目頭が熱くなり、ようやく治まった涙が込み上げる、頬を伝い流れるものが自分の涙なのか雨なのかはわからない。
「初めてユグが僕の髪を切った日、僕の髪型すごく変だったよね。あれは笑えたよ。でも今じゃすっかりうまくなったよね。僕もユグの髪うまく切れるようになったと思わない?僕の髪これから誰に切ってもらえばいいのさ」
僕は頭をかかえ項垂れる。
そして思い出したかのようにまた一人話し始める。
「そういや僕がユグの誕生日にプレゼントしたブローチはどこにやったのさ。あの誕生日の日と町に行く時しか付けなかったよね。それから――――――」
まるでユグが目の前にいるかのように話し続けた。
きっとユグの死が受け入れられなかったんだと思う。
僕は一人色んな話をし続けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あれから何日経ったであろうか。
もうすっかり雨は止み空は暗く曇っている、僕は流す涙は枯れ果て、話す気力もなくなっていた。
今は膝を抱えうずくまっている。
いつまでもこうしていちゃいけないそう思った。
ユグがいたらきっと僕を叱りつけるだろう。
そろそろ町に行こう。もう少しもう少しだけしたら。
そんなことを思っていると後ろから声が聞こえた。
「いつまでそうしてるつもりだ!」
その声には怒気が混じっているがとても幼い声の様だ。
僕は声のした方をゆっくり振り返る。
するとそこには緑の髪に両脇から枝の様な角が生えている小さな女の子が両手を腰に当て立っていた。
「ユグ?」
僕は思わずそう呟く。
だってすごく彼女に似ていたから、彼女が幼かったらきっとこんな姿だろうと思う女の子がそこにいた。
「そうだよ、ちなみにブローチは汚れないように寝室に隠してあるんだ!」
女の子は何てことない顔で平然と肯定した。
「え、だってユグは……え?」
思わず自分が創った墓を振り返ってしまう。
「きっとヒロが突き刺した枝が根付いたんだと思う。それにしてもヒロ、酷いぞ。全部聞いてたし、見てたぞ! いつまでそこで一人で泣いて喋ってるつもりだったんだ? 傍から見たらただの変人――――」
何やら彼女は話していたがそんなこと知ったことか。
僕はふらつきながら立ち上がりユグに駆け寄り強く抱きしめた。
流し切り枯れたはずの涙がまた溢れだす。
「ユグ! ユグ! 酷いのはどっちだ! 僕は! 僕は……」
「悪かった、もう大丈夫だ! もう大丈夫」
そう言ってユグも泣きながら僕の頭を小さな手で優しくゆっくり撫で僕を抱きしめる。
気づけば空には青空が広がっていた。
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これはただの噂話であるがあれから村人は森には近づかなくなったそうだ。
何でも化け物の怨霊がでるんだとか。
それから時々、町や王都で穏やかで優しそうな青年と綺麗な緑の髪で両脇から木の枝の様な角を生やした少女が最高に幸せそうで最高に楽しそうに手を繋ぎ歩く姿を見かける者がいるとかいないとか。
最後に再度言わせてもらうけどこれはただの噂話だ。