ソシャゲのレアリティ:N(ノーマル)のキャラにTS転生した俺の話
久しぶりの投稿になります。
「おめでとうございます! 貴方は弊社のソーシャルゲーム『武姫繚乱』に於いて多大なる貢献をして下さいました! よってその功績を称え、特別な報労を差し上げたいと思います!」
なんだこれ?
一面真っ白な世界で、俺の目の前に立っている、ギリシャ神話に出てきそうな布の服を着ている女が笑顔でそう言ってきた。
訳が分からないな。
確か俺は自室でスマホ……お気に入りのソシャゲをプレイしていたはずだ。
お気に入りのソシャゲ、目の前の女が言った『武姫繚乱』という名のソーシャルゲーム。
プレイヤーは「使役者」となり、古今東西の神話や逸話、創作などの武器を擬人化した美少女キャラを集め、魔王率いる魔物と化した現代兵器群と戦うというストーリー。
まぁ、ありきたりなキャラクター収集系のゲームだが、たまたま見かけた、事前登録画面内のあるキャラクターに俺は一目惚れしてしまい、それまで惰性で続けていた他のソシャゲを全て止めて、彼女に金を費やす事を決意したのだ。
彼女の為に俺はありとあらゆる課金をした。
強化出来る最大限までの成長アイテムは全て追加される度に速攻で金を出したし、イベント新規衣装は出るまで何十万と課金した。人気投票の時は彼女を一位にするべく食事と寝る間を惜しんでポイントを稼ぎまくった。
もちろん、適法且つ破産しない範囲内で。
正に俺の人生ともいうべき彼女。
その出会いに感謝しながら今日も彼女との触れ合いをしていた……はずだ。
「もしも~し? こちらの声が聞こえていますかぁ?」
俺の思考に割って入って来た女の声に、思わず顔を上げる。
相変わらず一面真っ白な世界で目の前に女が立っているだけの、さっきと変わらない状況。
「どうして、俺はこんなところにいるんだ?」
「どうして、と言われましても……。当方がお送りしたメールをお読み頂いたので、こちらにお越し頂けたものと解釈しますが」
メール?
メール……って、あれか!
彼女との触れ合いをしている時に、運営からのお知らせメールが届いているのを見つけたのだ。
それを開封し、内容はド忘れしてしまったが確認を示すOKボタンを押した時に、画面が眩しく光ったんだった。
「確かにメールは、見た」
「はい! ですので尾瀬倉 誠様には、弊社より特別な報労を差し上げます」
色々と疑問に思う事は多いが、とりあえず貰えるものを貰って彼女との触れ合いにすぐに戻ろう。
「それで、どんな物を貰えるんだ?」
「それはですね……」
女がそう言うや否や地面が光を放つ。
何事かと思って下を見ると、何やら魔法陣らしき紋様が俺を中心に現れていて、どんどん輝きを増していっている。
「尾瀬倉 誠様には世界を救う権利を差し上げます! 『武姫繚乱』の世界に転生して頂き、その溢れる愛情でもって武姫達の救世主となり、世界を支配せんとする魔王の野望を打ち砕いて下さい」
「は……?!」
「ご安心下さい。現在尾瀬倉様がお持ちのゲーム内データを全て保持したまま、向こうでもご利用出来るようにしております」
「そういう意味じゃなくて!!」
「ご安心下さい。特殊召喚アイテムとして、尾瀬倉様ご愛用のスマホを模した武姫管理アイテムを贈呈致します。これでゲームと同じように強化が可能となります」
「だから、そうじゃなくて!」
『転生』てどういう事だ! という俺の叫びは、突然の爆音にかき消された。
思わず女に近づこうとするも、魔法陣に沿うように立ち昇った光の壁に遮られてしまう。
いつの間にか女は板状の何かを持ち出していて、人差し指でタブレットのようにその板を操作している。
「降臨位置、オッケー。周囲への認識設定、オッケー……あ、ダミーの排除を忘れてた。えぇ~と、これとコレをやって、こう……いっぎしっ!」
女のものとは思えない唾を飛ばす程の豪快なくしゃみと共に、光の洪水が世界を覆う。
眩しさに目を覆うと、身体が軽くなった様な謎の浮遊感を感じ、意識が遠くなった。
「ぎゃぁぁぁ!! ミスったぁぁぁぁぁ!!!」
薄れる意識の中、そんな叫びを最後に聞いたような気が、した。
『刀です。近接戦闘ならお任せ! 槍には弱いけど、弓相手なら負けません!』
あ? 何言ってんだ俺。
身体が何かのポーズを決めたまま、ピクリとも動かない。声を発した後の顔が笑顔のまま戻らない。しかもどっかで聞いたような台詞が女の声で自分から出て来たものだから、何が何だか混乱しまくりだ。
辛うじて視界に納めた光景は先程までの白一面ではなく、どこかの室内のようだった。
俺の目の前には、男が一人。
苦虫を噛み潰したような、ハズレを引いたといった面持ちの、どことなく俺っぽい顔の男がいる。
「ちっ、せっかく拾ったガチャチケがNかよ」
俺が知っている自分の声よりも若く高い声で悪態をついた男は、憎々し気に俺を睨みつける。
いやまぁ、気持ちは分かる。
さっきのクシャミの女が言っていたように、ここが『武姫繚乱』の世界であるならば。
発した台詞から察するに、今の俺はレアリティNの「刀」というキャラクター、武姫という事になる。
ポニーテールにまとめた黒髪にバンダナ代わりの額当を巻き、武器を振るうに邪魔過ぎる大きな胸を小股の切れ上がったハイネックのハイレグスーツで包み、申し訳程度の侍要素として手甲に脚絆を身に着けている。いかにもファンタジーな雑兵っぽい女侍。
パンツじゃないけれど、これは恥ずかしい。
おっと、話が逸れた。
レアリティは下から順にN、 R、 SR、 SSR、 UR となり、これらとは別にイベント等の特殊枠としてEXがある。
Nはゲーム正式サービス開始時のチュートリアル用に作られ、最初期のゲームシステムを説明する時に使われたキャラだ。
一周年、二周年と経った今では、ゲーム内通貨を一定数使って引ける無料ガチャで出現する程度の存在でしかない。有らん限りの強化をしてもR並みの能力しかなく、一線で扱うには力不足のキャラなのだ。
キャラのイラストが特別気に入った、とかでもなければ早々に売却、もしくは他の武姫の強化餌になるような存在である。
この男が言った「拾ったガチャチケ」がどの程度の効力を持つ物であるかは分からないが、「ハズレ」である事に異論は無い。
例え、それが自分の事であっても。
……そう、自分の事なんだよな。
売却か、強化餌か。どちらにせよ俺の命はすぐに消えるのだ。どうしてこうなった。
「セイギ殿、例えNとてそのような事を言っては駄目です。今の私達には貴重な戦力ですよ」
考え込む俺の耳に、優しく諭すような女性の声が聞こえた。
まさかこの声?! 忘れる訳が無い!!!
「村雨ちゃん!!」
俺は歓喜に打ち震え、その衝動のままにその声の主の名を呼んだ。
◆◆◆◆◆
「はぁ……生村雨ちゃん尊い……」
俺は壁に背をもたれ胡坐しながら、こちらに来ての日課である「村雨ちゃんの今日の活躍を脳内で反芻」する。
村雨ちゃん……武姫名「村雨」、レアリティSSR、『武姫繚乱』の事前登録の際に、登場キャラクターの一人として先行発表された内の一人。
江戸時代の創作が出典の架空の刀だが、その創作の主人公格が持っている刀である事と破邪の力を持っていると称されている関係で、ゲームの中でも主人公的な立ち位置にいる武姫だ。
大和撫子風な容姿と黒髪に巫女装束をアレンジした衣装、真っ直ぐな性格且つ主である「使役者」を常に立てながら、間違っている事には毅然と立ち向かう女剣士。
ソーシャルゲームの性格上、キャラクターは露出が高くなるのが常だが、それを感じさせない凛とした佇まいに俺は一発で恋に落ちたものだ。
その「俺の嫁」たる村雨ちゃんを生で、人の様に実体として間近で見る事が出来る喜びにこの日も打ち震えつつ、戦いの後の身体を休めるのだった。
わずかに乳白色のような色がついた、どこまで続いているか見えない世界。近くには壁に掛けられたコートの様に、整然と並んで中空に浮いている複数の人の姿。
俺が今いる場所は、実体化していない武姫の待機場所。各使役者ごとに割り当てられた別空間だ。
本来であれば、俺もあの浮いている彼女達の様に意識の無いままこの空間に吊るされているのだろうが、例外的に身体を動かすことが出来、頭は思考を巡らせる事が出来る。
結果を見るに俺は確かに武姫になってしまったようだ。だがただの武姫ではない、という事らしい。
ソーシャルゲーム『武姫繚乱』において、武姫は「戦いになった時、デッキとして組んだカードから召喚される」となっている。
基本、全ての武姫は平常時カードの状態で存在しているようだ。例外は「お気に入り」設定を付与した場合だろう。
実際のゲームでは、「お気に入り」設定をするとそのキャラをメイン画面である「ホーム」にて表示させられる。
そのキャラを指でタッチすれば、何か台詞を発したり表情を変えたりする。それがまぁ、俺がここに飛ばされる前までやっていた「彼女との触れ合い」だ。
その「お気に入り」設定が、どうもこちらでは常時実体化となっているようである。
手で触れられて、互いに会話を交わし合い、その一挙動をリアルで見る事が出来る実体化……。何ともうらやまけしからん事態である。
村雨ちゃんとその様にリアルな触れ合いが出来るのなら、「転生」など些事と一笑に付す事が出来よう。この世界に骨を埋める事も本望だ。
そのお試し期間ともとれる、使役者セイギの下での村雨ちゃんとの共闘生活。
武姫の主たる使役者が、俺似のセイギでなければこの生活も悪くは無いと思うのだが、如何せんあいつは武姫を蔑ろにし過ぎる。
周りに浮かんでいる武姫達を眺める。
Rが1に、Nが3。そこに村雨ちゃんと特殊なNともとれる俺で合計6キャラ。
ゲームでは武姫のパラメータの一つに好感度というものがあって、戦闘での起用及び勝利、好感度上昇アイテムの贈与などで数値を上げる事が出来る。
好感度を上げる事により、各キャラ毎のイベントCGが開放されたり、能力値にボーナスが付与されたりとプレイヤーの蒐集欲を煽るのだ。
中でも目玉は好感度をマックスにする事により武姫から貰える絆アイテムだろう。単なるトロフィーだが、アイテムとして使用すると好感度マックス時の告白シーンを何度も再生する事が出来るのだ。
俺は嫁たる村雨ちゃんしか好感度を上げ切っていないが、それでも他の武姫に対してもそこそこの好感度上げは行なっていた。能力値ボーナスの為だ。
ただ、あんまり戦闘に出すと好感度が上がり切ってしまうので、時々減少アイテムを使って調整してはいたが。
村雨ちゃん命の俺ですら、全体として好感度は高い位置を保持していたのに対し、このセイギとかいう使役者はその辺りを全く意に介していないようなのだ。
従って当然、使役者である自分は絶対正義。武姫の事は道具程度にしか思っていない節がある。
度々魔物を討伐しに行ってはいるが、SSRの村雨ちゃんがいるおかげで何とか勝ちを拾えているだけで、RやNである他の武姫達は魔物によって退場させられっぱなしなのだ。
何でも村雨ちゃんの話だと、俺が来る前からこんな状態だという。
それでもゲーム上であるなら村雨ちゃんの好感度だけは上がっているはずだが、村雨ちゃんの反応を見る限りどうもそうではない。
村雨ちゃんですらそうなのだから、他の武姫の好感度は推して知るべし、だろう。
このまま下がり続けていては、いずれアレが発生してしまう。
俺はその事に気づいた時点で村雨ちゃんに相談し、セイギへと意見してもらうよう頼んだ事がある。
だが、しばらくして沈んだ表情の村雨ちゃんを見た時、その結果を悟った。
「おい武姫共、出番だ出てこい」
俺達はセイギに呼ばれ、カードから実体化して魔物の前に立つ。
元から実体化している村雨ちゃんの後ろに、三人、二人の順で武器を構えて並ぶ。
『武姫繚乱』の戦闘では属性の三すくみが厳然たるルールとして存在している。「近接」、「中距離」、「遠距離」の三属性だ。
武姫も魔物も全てこの三属性の内にまとめられ、お互いに有利不利の関係を持っている。
「近接」は剣や刀、槌などが含まれ、「中距離」に弱く「遠距離」に強い。
村雨ちゃんの「村雨」や俺の「刀」はこれだ。
「中距離」は槍や棍などの長柄物が含まれ、「遠距離」に弱く「近接」に強い。
今現在のセイギの持ちキャラの中ではRの「十字槍」とNの「槍」がいる。
「遠距離」は弓や投てき具などが含まれ、「近接」に弱く「中距離」に強い。
今いるのは後方の二人、共にNの「弓」と「投げナイフ」だ。
対する魔物の方はバタフライナイフみたいな飛行型が2、十徳ナイフみたいな歩行型が2、デリンジャーのような小型拳銃姿の歩行型が3、という構成だ。
実際のゲーム上でもこの姿の魔物は序盤で登場している。
バタフライナイフと十徳ナイフが「近接」でデリンジャーが「遠距離」となり、能力的にはNとRの中間あたりでSR以上なら瞬殺、Rでもある程度鍛えてあれば問題ない敵だ。ただNの武姫だけは、しっかり強化してないと太刀打ち出来ないが。
「すべて排除しろ、行け!」
セイギの号令で俺たち武姫は一斉に行動を起こす。
はっきり言って気乗りのしない戦闘だ。
今いる区域は序盤の敵しか出てこないが、わざわざこんな大所帯を狙わずとももっと小規模の集団を狙って倒せば、今の俺達のレベルでも危なげなく倒せるはずなのだ。
セイギはとにかくSSRの村雨ちゃん頼みで、数が多い魔物相手にやたらと戦闘を仕掛けるスタンスをとっている。
村雨ちゃんだけなら、この辺りの魔物ならばどれだけ来ようが大したダメージを受けずに一方的に倒しきる事が可能だ。それほどまでにレアリティの差はデカい。
だが、俺を含むNとRの武姫にとっては堪らない。
数が多いので攻撃される回数が増えるし、レベルが上がっていないから不利属性の魔物の攻撃を喰らえば一発で戦線離脱だ。
セイギは体勢を立て直すなんてことをしないから、離脱している間に戦闘が終了、経験値を貰えないという結果になる。
経験値を貰えないからレベルが上がらない。レベルが上がらないから倒される。倒されるから経験値が貰えない……と悪循環になっているのだ。
武姫には成長度合いを示す指標として「レベル」がある。
レベルが上がれば武姫の能力も上がる。基本高い方が有利なのは言うまでもない。
レベルを上げるには魔物と戦って経験値を得るか、強化用のアイテム、もしくは武姫を強化餌として使用すれば得られる。
魔物から得られる経験値は、戦闘終了時に戦線離脱していなければ均等に配分される。またその戦闘で最も活躍した武姫にはMVPとしてさらにボーナスが加算されるシステムになっている。
現状、村雨ちゃんに経験値が一極集中している状況だ。
だがこの辺りの魔物は序盤の敵なので経験値は微々たるものでしかなく、NやRの武姫にとっては十分な量だが、
SSRの村雨ちゃんにとってはレベルを上げるという点においてほとんど足しにもならないのだ。
他のRPGにおいて、キャラクターや職業によってレベルアップに必要な経験値に差がある、という設定が存在するが、まさにその事がレアリティによる差としてここには存在するのである。
各々武器を構え、俺達は魔物に向かって走る。
俺はここ数日の戦闘で、現状と自身の仕様について大体把握出来ていた。
今の俺は「俺自身を唯一の武姫として所有する使役者」なのだ。つまり俺は武姫であり使役者であるという事。
ここに堕とされる前にクシャミの女が言っていた
「来る前のゲーム内データを全て保持し、こちらでも利用出来る」事と「スマホを模した武姫管理アイテムでゲームと同じように強化が可能」という二点を何とか理解した俺は、セイギにバレないよう注意しつつ、戦闘中アイテムを使って自身を一時的に強化しているのだ。
問題点は、村雨ちゃんを始めとする他の武姫達はセイギの管理下なのでアイテム使用の対象にならない事と、俺は強化で自身のレベルを上げられるが、そうすると外見やらステータス等でセイギにバレる事だ。
ちなみに強化自体にはゲーム内通貨が必要になるのだが、以前試そうとしたところ何故かこちらでは必要としないようだった。何か理由があるのだろう。
アイテムを使っている事が奴にバレると、強化アイテムを始めとした序盤では手に入らない有用なアイテムや、貯め込んであるゲーム内通貨を根こそぎ奪われる可能性がある。
セイギが信用に足る人物で、村雨ちゃんや他の武姫達の為に使われるのであれば、それも吝かではないが……如何せん奴は駄目過ぎる。
なので俺は現在、戦闘時に一時的に能力が上がるアイテムを隠れて使い、自身の生存率を上げている。
これは中盤で結構な数ドロップするが、その頃には育った武姫のおかげであまり必要としない為、使われずに貯まっていた物だ。
バタフライナイフ型の魔物が俺に突進してきたのを僅かに躱して、すれ違いざまに手持ちの刀の斬撃をお見舞いする。
ガリっと音がして魔物の生命力を削るものの、倒すには至らなかったようだ。レベル1のNがドーピングをしても序盤の敵すら一撃で倒せないとは、己の能力の低さに涙が出て来るな。
「きゃああぁぁぁ!!」
女の悲鳴が響いた。
声のした方を見ると、デリンジャー型の魔物3体に集中砲火を喰らったRの「十字槍」が棒立ちの状態でそこにいた。
村雨ちゃんは十徳ナイフ型をすでに2体倒しているものの、デリンジャー型へはまだ到達しておらず、
他の武姫達がバラフライナイフ型一体に手こずっている間に喰らってしまった様だった。
序盤の敵とはいえ3体もの不利属性からの攻撃を、ほとんど未強化のRが耐えきれるはずもなく……すぐさま光の粒子となってカード内へ退避するはずなのだが……その兆候がなかなか来ない。
心臓の鼓動が跳ね上がる。
まさか……来るのか? アレが……
『があああぁアァアァァァ!!!』
直後「十字槍」が天に吠え、足元より赤黒い炎のようなものが吹き上がった。それは見る見る間に「十字槍」を侵食し、額から巨大な二本の角を生やした禍々しいまでの赤黒い鬼のような姿に変貌する。
兇鬼化
ゲームシステム上存在する、好感度を一定以下まで下げたうえでさらに好感度が下がるような行為を受けると特定の確率で発生する……武姫の魔物化。
ネットのファンの間では「悪堕ち」とも称されたシステムだ。
兇鬼化した武姫は使役者の束縛から離れ、すぐさま敵となって襲い掛かってくる。
例えば、ゲームのホーム画面上で好感度アイテムを使ってこの条件を満たした場合、有無を言わさず戦闘になるのだ。もちろん、ゲーム内ではアイテムを使う時に警告が出るが。
兇鬼化の厄介な点は、武姫の能力の一つである「必殺技」をすぐさま使ってくる事。
「必殺技」は戦闘時の行動で随時貯まっていく「気力ゲージ」を満タンにした時初めて使えるようになる、武姫毎に設定された強力な技の事だ。
兇鬼化するとその「気力ゲージ」が満タンの状態から始まる。だからいきなり「必殺技」をぶっ放してくる。
『ミンナッ消エ失セロォォォ!!!』
兇鬼化「十字槍」が大きく円を描くように十字槍を振り回すと、赤黒い気の刃が瞬時に放たれた。
Rの力とは思えない程の威力を持った刃が、この場にいた全ての武姫の生命力を刈り取っていく。
Nの「槍」「弓」「投げナイフ」は断末魔の悲鳴を残して光の粒子となった。そしてその粒子は消えるどころか、兇鬼化した「十字槍」へと吸い込まれていく。
俺はドーピングのおかげで何とか生命力をミリ残して耐え抜いた。すぐさまセイギに見つからない様に、中級回復薬を使う。
村雨ちゃんは不意だった事もあってまともに喰らいはしたものの、それほど大きなダメージにはなっていないようだった。さすがSSRである。
「あああああ?! な、なんだこれなんだこれわぁぁぁあ!!!」
セイギの叫びが聞こえるが今はそれに構っている暇はない。まだ魔物は残っているのだ。
デリンジャー型が3とバタフライナイフ型が2。さらに兇鬼化した「十字槍」……。
ゲーム上での使役者の立ち位置を再現しているのか、この世界では「何らかの加護」によって「使役者は魔物の攻撃を受けない」のだ。俺は武姫寄りなのか、きっちり喰らうが。
だから、ある程度使役者の事は放っておいても良いのだが、兇鬼化に関しては、今回が初めてなので勝手が分からない。
武姫の好感度が関係する以上、最悪の場合も考えて行動しなければならないだろう。
俺自身はどうでも良いのだが、もしここでセイギが死にでもした場合、使役者のいなくなった村雨ちゃんがどうなるのかが分からないからだ。
その場で消えるのか、野良に堕ちてその後魔物化するのか、はたまた何も変わらないか。
この辺りはゲーム上でも言及が無い。考察と称したファンの創作話はあるが、運営からの公式見解は謎のままである。
とりあえずは先に魔物の方を始末して、邪魔の入らない状態で兇鬼化した「十字槍」に臨みたい。
それは村雨ちゃんも考えていたようで、俺が視線を向けると頷いた後デリンジャー型へと攻撃を仕掛けた。
俺はバタフライナイフ型と「十字槍」へと身体を向けると、範囲攻撃アイテムをすぐさま投げつけた。
これも中盤で手に入るが、やはり使い道がないアイテムで、セイギにバレると煩いので使わずにいたやつだ。
しかし今は緊急事態なので、もうそういう事は言っていられない。
魔物の周囲に小規模な爆発が複数起こり、バタフライナイフ型があえなく霧となって消え失せた。
村雨ちゃんも流れるような斬撃でデリンジャー型を難なく消し去っていく。
残るは「十字槍」だけだ。
「お、おまえっ! なんだそれはっ!?」
「煩い、黙ってろ」
「なっ……?! う、うるさいとはなんだNのくせにっ!!」
「……後は兇鬼だけですね。何か作戦はありますか?」
魔物を始末した村雨ちゃんが「十字槍」に睨みを利かせながら俺の側へと寄ってくる。さりげにセイギを無視している事に俺は口元が歪む。
自然と二人でセイギを守る形になるのが癪だが、この際個人的な感情は置いておこう。村雨ちゃんの為だ。
「いま「彼女」は倒したN達を吸収したから、あと4枚Nがいれば簡単に終わるのだが」
「無理ですね。貴女を失う訳にはいきませんし、セイギ殿には予備戦力はありません」
村雨ちゃんからの嬉しい言葉を心の中で静かに噛み締めると共に、現状を招いたセイギの体たらくっぷりに呆れる。
兇鬼化した武姫を鎮める方法は主に二つ。
兇鬼化した武姫のレアリティより一段階低い武姫をアイテムとして七枚捧げる。
力づくで倒す。
この二つだ。
推奨されているのは一段階低いレアリティの武姫を七枚捧げる方だ。
こちらだと即戦闘が回避できるうえ、兇鬼化した武姫も元の姿になって戻ってくる。
高レアキャラが兇鬼化すると出費が痛いが、失いたくないキャラが兇鬼化した場合はこの手を使う方が良い。
何故七枚なのかは……ちょっと怖い話になるので今は避ける。
もう片方の力づくで倒す、は単純だ。通常の魔物と同じ様に倒せば良い。
ただ、兇鬼化すると生命力……RPGで言うところのHPが元の武姫の100倍、各能力値が戦闘に関係ない一部を除いて10倍、と相当手強い敵となる。
もし仮に倒せなくても、普通の戦闘敗北と同じ様になるだけで、兇鬼化した武姫が使役者のデータから消失する以外は特に大きなマイナスは無い。
また、勝ったとしても元の姿で戻ってくる確率が三割ほどと、良い結果になる事が少ないのだ。俺個人としては心情的に、出来る限り発生させたくないシステムだと思っている。
ゲームと同じ様に俺達が敗北しても兇鬼が消えるだけ、であるならばワザと負ける事も選択肢に入るのだが、
こちらの世界ではその辺りの情報が何一つ分からないので、安易に試す事も出来ない。
それに兇鬼となってしまった彼女……「十字槍」の為にも、出来ればここで止めたいのだ。
「村雨ちゃんは適時攻撃を加えて、気力ゲージが貯まったら迷わず必殺技を放ってくれ」
「……マコトさんはどうするのです?」
「俺は囮となって、兇鬼の気を逸らすよう動く」
「十字槍」へ注意を向けながら、俺と村雨ちゃんは作戦の打ち合わせをする。
「マコトさん」というのは、何日か前に俺がただの武姫ではない事を村雨ちゃんにバラした時にお願いした俺の呼び名だ。
きっかけは俺が何度も「村雨ちゃん」と呼ぶものだから、そこから疑問に思って……って、いま言う事では無いな。
「それですと、マコトさんの負担が」
「幸い俺はアイテムが潤沢にあるおかげでそう簡単にはやられないよ。それよりも攻撃を村雨ちゃんだけに負担させるのが心苦しい」
ここで村雨ちゃんにアイテムの使用を試みるも、やはり使う事が出来ない。
ふっと小さく息を吐き、俺は村雨ちゃんの目を真っ直ぐに見た。
「いいかい、倒す事を第一に考えてくれ。必殺技は全て攻撃に使うんだ」
「マコトさん……」
「大丈夫。村雨ちゃんを残してやられはしないよ」
自分なりに笑顔を浮かべて村雨ちゃんに応える。
出来れば尾瀬倉 誠という男としてこの場は格好つけたかったのだが、残念ながら今の俺は「刀」というレアリティNの武姫だ。
しかし、武姫だからこそこの場で格好つけられた、ともいえる。
「なるべくセイギを狙わせないように動いてくれ。あんなのでも死んだら不味いから」
「あんなのって……くすっ、わかりました。お任せを、マコトさん」
村雨ちゃんはわずかに笑みをこぼすと、すぐに顔を引き締め「十字槍」へと突貫していった。
それを合図に、俺も囮となるべく飛び出す。
「お、おいおまえらっ!! おおオレを置いていくなぁ!!!」
セイギの叫びを無視し俺は「十字槍」へと突き進みつつ、切れかけた上昇効果を強化アイテムで上書きしていく。
「振玉散氷刃」
村雨ちゃんの周囲に煌めく氷晶が無数に舞う。
一瞬にして距離を詰めた村雨ちゃんの一撃が炸裂し「十字槍」の脇腹が大きく抉れる。空けられた胴体の周囲を氷の結晶が覆った。
獣のような叫びを上げて「十字槍」は後方へと飛び退くも、村雨ちゃんは即座に追いつき斬撃を繰り出す。
間近で見た村雨ちゃんの必殺技に、俺は思わず感嘆の息を漏らした。
SSRの武姫である村雨ちゃんは必殺技を二つ持っている。
一つは、振玉散氷刃。敵単体に対して甚大なダメージを与える技だ。繰り出す時の攻撃力を基にダメージ計算しているので、強化アイテムで一時的にでも上昇させられていたら、もしかしたらこの一撃で終わっていたかもしれない。
一つは、及時雨。味方単体の生命力を大回復させる技だ。最大強化したSSRの生命力すらほぼ満タンまで回復させる。
この二つの必殺技により村雨ちゃんは、初期実装の武姫ながらサービス開始から二年以上が過ぎても常にトップクラスの使用率を誇っていたのだ。
俺が先程「必殺技は全て攻撃に使うんだ」と言ったのには二つ目の必殺技の存在がある為だ。
俺がピンチになったら使いそうかも、という考えからつい出た言葉だったが、自惚れが過ぎるか。
俺も「十字槍」へと接敵し、村雨ちゃんの邪魔にならないような位置で「十字槍」の邪魔になるよう、チクチクと突きを繰り出す。常に俺の存在を意識させ、注意力を分散させるのだ。
「十字槍」は「中距離」属性を持ち「近接」属性である俺達へは有利ではあるが、RとSSRというレアリティの差により兇鬼化の10倍アップを以ってしても、村雨ちゃんに対しては並みのダメージにしかなっていない。
故に村雨ちゃんは攻撃を喰らう事をものともせず果敢に斬りつけている。必殺技を放つ為の気力ゲージを貯めるには、攻撃を当てる事と攻撃を喰らう事その両方が有効だからだ。
対して俺は「十字槍」の攻撃を一度でも喰らったら一発で戦線離脱するので、細心の注意を払い突きを放ちつつ、時折攻撃アイテムを使って「十字槍」の気を逸らす。
これも防御力や回避力にドーピングを施し、邪魔をする事が主な目的だから出来る事である。
『アアアァァ!! ミンナッ消エ失セロォォォ!!!』
耐えかねた「十字槍」は二度目の必殺技を繰り出してきた。村雨ちゃんの必殺技で「気力ゲージ」が大幅に貯まったせいだろう。意外と早い。
俺は事前にその兆候を見極め、距離をとって継続回復薬を飲んでおいた。これは段階的に生命力を回復させるアイテムで、色々と使い勝手のいい回復薬である。
村雨ちゃんはセイギに必殺技の余波がいかないよう、しっかりと位置取りをして技に備えていた。
さすがは俺の嫁。やる事に抜かりが無い。
……この村雨ちゃんは俺管理の武姫じゃないから、正しく「俺の嫁」ではないんだけどな。
俺は「十字槍」の必殺技が止んだのを確認すると、ちらと後方にいるセイギに振り返った。
いまだ腰を抜かしてガタガタ震えている奴を見て、黒い感情が己の身の内に渦巻くのを感じる。
全く以ってうらやまけしからん奴だ。
不意に来た悪寒に視線を戻した時には、満身創痍の「十字槍」が槍をしならせこちらの胴を刈りに来ていた。
強化アイテムによって一時的に回避力も上げてあるので、レベルの低いNの俺でも見て躱せる。
すれ違いざまに胴を薙ぐも、「十字槍」に回避されてしまう。だが、それは。
「村雨ちゃん!」
「はい!!」
ベストポジションだ。振り向いたところでもう遅い。
村雨ちゃんの周囲に煌めく氷晶が舞い踊る。
「振玉散氷刃」
村雨ちゃんの渾身の一撃が「十字槍」の心臓部分を吹き飛ばした。
『アァア……ア……ァァ……』
「せめて安らかに、お眠り下さい……」
「十字槍」の残った体から赤黒い煙のようなものが立ち昇っていく。
その様を俺と村雨ちゃんはただ無言で見つめる。
そして見る間に透けていって……やがて跡形もなく消えてしまった。
最期に見た顔は眠る様に安らかだった、と思いたい。
◆◆◆◆◆
俺達はあの後、セイギが拠点とする住処へと戻っていた。
結局、兇鬼化した「十字槍」を含め、あの時に消えた武姫達は一人も戻ってこなかった。
戻る途中、セイギが何かを言い出そうとする度に、俺は殺気を込めた無言の圧力を奴にぶつけて黙らせた。
ただの日本人だった俺がそんな芸当が出来る様になったのも、もしかしたら武姫になったからなのかもしれない。
住処へと戻ると、俺と村雨ちゃんはセイギを置いて二人で別室へと入る。
途中、俺をカードへと戻そうという気配を感じたので視線で黙らせておいた。
「マコトさん、今日は本当にありがとうございました」
「いや、村雨ちゃんこそありがとう。大変な役目を押し付けちゃって、ごめん」
部屋のドアを閉め開口一番、村雨ちゃんは俺に頭を下げてきた。それに対し俺も感謝の言葉を返す。
「……兇鬼化……知識としては知っていましたが、今回初めて見ました」
「俺もだ。犠牲になった十字槍には申し訳ないが、未強化のRだったから今の俺達でも対処出来たようなものだ」
もし仮に、SSRの村雨ちゃんが兇鬼化したとしたら、まず間違いなく全滅だっただろう。
俺だけなら自分自身を短時間で最大まで強化出来るから、何とか凌げるかもしれないが……まぁ、ジリ貧になって最後は負けるだろうな。
「セイギの奴も今回の事が身に染みて、次から無茶な事をしなければ良いが」
「……それは難しいでしょう、ね」
「…………」
村雨ちゃんが以前話してくれた事だが、セイギは初めてのガチャでSSRの村雨ちゃんを引き当てたそうなのだ。
そしてその圧倒的な強さを目の当たりにした結果、SSR目当ての無茶なガチャを繰り返すようになったらしい。
SRでも出ればまた違ったのだろうが、ガチャで出てくるのはNやRばかり。
使ってみるものの能力の落差に腹を立て売却、武姫を増やす為にガチャを引くが、やはり出てくるのはNやR。怒りの矛先を魔物に向けるも生還するのは村雨ちゃんのみ。NやRは使えないと結局売却。
意固地になったセイギはそれを何度も繰り返すが、望む結果にはどうしてもならなかった。
さすがの村雨ちゃんもセイギを強く諫めて、なんとか頭数だけでも揃えさせた結果、最後に来たのが俺ことNの「刀」だったと。
村雨ちゃんを一発でお迎え出来たのは素晴らしい幸運だったといえよう。この俺ですら、最初の村雨ちゃんをお迎えするのには数万の課金が必要だったのだ。
だが、その後その強さに魅入られ固執したのが不幸だった。
「まぁ、しばらくは村雨ちゃんと俺とで何とか頑張るしかないだろうな」
「……ええ」
何となく生返事のような気がしたのでよく見ると、村雨ちゃんはわずかに俯いて心なしか哀しげな顔をしていた。
……それも仕方ない事だとは思う。何せ今日は一気に四人もの武姫を失ったのだから。
「今日は疲れたろう。俺をカードに戻して村雨ちゃんも休んだ方が良い」
この世界ではゲームとは違う部分がいくつかある。
その一つが、使役者に「お気に入り」設定を付与された武姫はサブ管理者のような立場になり、他の武姫を実体化させたりカードに戻したり出来る様になるのだ。
この権限のおかげで、俺はセイギを介さず村雨ちゃんにのみ自身の秘密を打ち明けたり、たまに呼び出されて相談にのったりと交流を深める事が出来た。
しばらく待っても、村雨ちゃんが俺を戻そうとしない。
「……あの、マコトさん」
「?」
少し遠慮がちに俺を呼ぶ。次を促す様にこちらが黙っていると、眉間にしわを寄せ不安な表情の村雨ちゃんが真っ直ぐに目を合わせて来た。
「マコトさんは、使役者としての力もあるんですよね?」
「ああ」
「という事は、いつかはセイギ殿の元から離れるかもしれないのですよね?」
「……ああ」
「もしかしてそれは……「村雨ちゃん」を捜す為……ですか?」
「!!」
思わず驚きが顔に出てしまった。まさかそんな事を言われるとは思っていなかったからだ。
「やはり……」
今俺の前にいるのは確かに村雨ちゃんである。だが「俺の村雨ちゃん」では、無い。
ソーシャルゲームでは、キャラクターを集める為にガチャを何度も回す。当然同じキャラクターを複数所持する状態になる。いわゆるダブりだ。
この点を『武姫繚乱』では神道の「分霊(わけみたま)」をモチーフに、同一のキャラクターが複数存在する状態を世界設定の一つとして落とし込んでいる。
曰く、武姫の本体たる武具は神々の世界に安置されていて、使役者となったものが依り代を以って現世に武姫として召喚する。
呼ばれた時点で、武姫は武具から独立した一個の存在になり、使役者の下で武姫として個々に成長していく。
そしてその成長過程が差異を生み出し、俺の、俺だけの特別な武姫に変わるのだ。
『武姫繚乱』の世界においては、武姫に限り同一人物が複数存在している。
ゲーム上での「俺の村雨ちゃん」は、ありとあらゆるシステム上の強化を最大まで施してある。
好感度は当然マックスだし、さらに中盤から実装された親愛度もマックスまで上げ切ってある。
イベントで実装された特殊衣装は全て入手済みで、人気投票一位で特別に実装されたウェディングドレス装備の村雨ちゃんもいる。
俺がこちらの世界に来た時、俺が元々持っていた武姫達は「村雨ちゃん」をはじめ誰一人として残ってはいなかった。
替わりにいたのは、レアリティ:Nの武姫になってしまった俺だけ。
初めてこの村雨ちゃんを見た時はすぐに再会できた事を喜んだのだが、やがて違和感を感じ「俺の村雨ちゃん」でない事を確信してしまった。
ここに堕とされる前にクシャミの女は言っていた。「来る前のゲーム内データを全て保持し、こちらでも利用出来る」と。
いま目の前にいる村雨ちゃんは入手時のデフォルト衣装なのだ。
武姫は強化のとある段階で、どの武姫であっても衣装が変化する。具体的には露出が増える方向にだが。
最大まで強化した「俺の村雨ちゃん」が、この姿でいる事は考えられない。
俺がわずかな考えに沈んでいる間に、村雨ちゃんは涙をこらえ落胆の色を顔に映し出していた。胸が締め付けられるように痛い。
「わたしは「マコトさんの村雨」では無いのですね……」
「…………」
村雨ちゃんのその言葉に、俺は何か言おうとして……そして何も言えなくて、ただ黙っているしかなかった。
「す、すみません。変な事言ってしまって」
「いや、そんな事は」
「と、とにかく今日はお疲れさまでした。ゆっくり休んで下さい」
「あ」
俺は、実体化していない武姫の待機場所にいる。
今はもう、俺しかいない。
「俺はなんて考え違いをしていたんだ……村雨ちゃんは全て尊い存在なのに」
最後に見た、村雨ちゃんの哀しげな笑顔が脳裏に浮かんだ。
盛大に溜息をつき、手元にスマホ……武姫管理システムを呼び出す。
なんとなく所持アイテム一覧をざっと眺める。強化用、戦闘用、贈呈用……ほとんど減っていない。各種千単位で在庫を抱えているし、戦闘用以外は今のところ使い道がないから。
ついでに特殊用を見る。ここにはこれまでゲーム上であったイベント専用通貨やら交換アイテムやらが詰まっている。その中の一つ、刀のアイコンをクリックする。
【絆の刀】村雨丸
ゲームの村雨ちゃんの好感度をマックスにした時貰った、絆アイテムだ。
説明文を眺め、その下にある「再生」ボタンを見る。暗くなっていてクリックしても反応が無い。ここから告白シーンの再生が出来るのだが……こちらに来てからはずっとこの状態なのである。
「……村雨ちゃん、ごめん」
村雨ちゃんに哀しげな顔をさせてしまった。その事を俺はひどく後悔していた。
わずかに乳白色のような色がついた、どこまで続いているか見えない世界。昨日までは他の武姫もいた世界。だが今は俺しかいない世界。
溜息がもれた。
直後、目の前が真っ白になった。自分の手も見えない程に視界が白に染まる。
セイギか村雨ちゃんか? 呼ぶにしても随分と間が無い。
これは実体化する時に自分の身に起きる現象。普通、ここでは武姫は意識が無いので、俺みたいに知覚する事が無い。
何の用かと思いつつ、俺の意識は飛んだ。
目の前のセイギは腰を抜かしてへたり込んでいた。
俺は訝しむも、とりあえずこいつに聞かねばならないだろう。
「何の用だ」
後ろから感じるとんでもない圧力の意味を知る為に。
「た、た助けろ! おおおオレを今すぐ助けろ!!!」
「あ~?」
何から助けろと言うのだろうか。
俺は振り向き……そして息を呑む。目を見開き、眼前の信じがたい光景を凝視した。
こいつ、最低最悪な事をしやがった!!!
「村雨ちゃん!!!!!」
『……ァ……アァ……』
そこには赤黒い気に囲まれながら飲まれまいと必死に抵抗する村雨ちゃんがいた。だが、手足はすでに兇鬼化し始めている。
「てめぇ彼女に何しやがった!!!」
「な、何もしてねぇっ!! こいつが勝手に」
「そんなワケあるか!!」
「ヒッ」
『……ま……まこと、サン……?』
「村雨ちゃん!? 俺が分かるのか?!」
額に脂汗を滲ませ苦しげな顔で……だがそれでもこちらを気遣うように、村雨ちゃんは俺に頷いた。
『ス、スミマせん、こんな事になってしまって……』
「村雨ちゃんが謝る必要は無い! 俺の方こそ配慮が足りなかったんだ、ごめん」
村雨ちゃんは自身の意志の力で、まだ何とか兇鬼化を押し止めているようだった。
既に変わってしまった末端からは、赤黒く太い血管のようなものが拍動を繰り返しながら浸食してきている。
その痛々しい光景に俺は思わず顔をしかめた。
『その人は……マコトさんを侮辱……した……体が火の、付いたようにカッとなった、と思ったら……目の前が……真っ赤になって……』
「村雨ちゃん、無理して喋らなくていい。……ありがとう、俺の為に怒ってくれて」
村雨ちゃんの告白に、何とか笑顔を作って返す。
それと同時に、俺の後ろにいるクズ野郎に対して殺意が籠ったドス黒い感情が沸いてくる。
「は、早く、早く何とかしろよぉ……」
「うるせぇ!! 黙ってろ!!!」
「ヒィ?!」
クズ野郎は恐怖に顔を引きつらせ、へたり込んだままバタバタと慌ただしく後ずさった。
「そこで黙って見てろ!! 変な事をしたらてめぇをコロす!!!」
「ヒィィィィ!?」
俺の怒りをモロに喰らったクズ野郎は悲鳴を上げながら激しく頭を上下した。
それを承知を受け取った俺は、改めて村雨ちゃんへと向き直る。
わずかな間に両手足がほとんど兇鬼化に飲まれ、赤黒く太い血管が首筋から顔へと侵入してきていた。
先の「十字槍」の時は、ほぼ一瞬で兇鬼化していた事を考えると、今の村雨ちゃんの状態は驚嘆に値するだろう。
だが時間はない。完全に飲まれてこちらに牙を向けるのはすぐそこまで来ている。
俺は決意する。
『マコトさん、逃げて下さい……まだわたしが抑えていられるうちに、早く……』
「悪いが村雨ちゃん、それは出来ない」
『!! わ、わたしはマコトさんを殺めたくない……兇鬼になったわたしを……マコトさんに見られたく、ない……』
「どんな姿になったとしても、村雨ちゃんは村雨ちゃんだよ。俺は……村雨ちゃんが、好きだ!」
『!』
「村雨ちゃん、俺はとんでもない考え違いをしていた。俺にとって村雨ちゃんは、俺の生きがいであり、人生であり……そして、命だ」
『……マコトさん……』
「だから……全ての村雨ちゃんは「俺の村雨ちゃん」なんだ!! 誰の元にいようと関係ない! 村雨ちゃんが笑ってくれたら俺も嬉しいし、村雨ちゃんが悲しんでいたら俺も悲しい。そして……村雨ちゃんが困っていたら、俺が必ず助ける!!」
『マコトさん!!』
村雨ちゃんの眼から一筋の光が流れた。
俺は左手に武器管理システムであるスマホを握り、村雨ちゃんを見据える。
「村雨ちゃん、少し我慢してくれ。これから出来る限り俺を強化して、村雨ちゃんを助ける」
『は、はい』
俺は手早く左手でスマホを操作し、自分自身に強化アイテムを使っていく。
まずは同じ武姫や専用のアイテムを使ってレベルの上限を上げる「限界突破」。自分と同じ「刀」が手元には無いので、限界突破用アイテムを使って最大の五段階まで上げる。
一段階に付き10レベル、五段階で50レベル。Nの武姫の未強化の上限は20なので、これでレベル70。次にレアリティの高い経験値アイテムを使って「強化」し、一気に70までレベルを上げ切る。
そして、特殊なアイテムを使ってレアリティを一段階上げ、基礎能力値の底上げとレベルの上限をさらに上げる「進化」。これで俺のレアリティはNからRに変わり、能力値がさらに上がる。
「進化」を決定した途端、俺の身体が光り輝いた。
光が収まった時、そこにはわずかに成長した武姫がいた。
ポニーテールにまとめた黒髪は、その長さを増し髪全体に緑みがかった艶を放つ。バンダナ代わりの額当はより大きく、鬼瓦のような装飾がある。
ハイネックのハイレグスーツはより鋭角になり、胸元は縦に空き谷間が覗く。そして半円状の胸当てが零れんとする巨大な胸を支える。
手甲と脚絆はより豪華になり、上腕部にはさらに肩甲が追加。腰当も追加され、左側には鞘に納められた太刀が下がる。
Nの「刀」からRの「太刀」に進化した瞬間だ。
そこから「進化」によって上がったレベル上限まで「強化」し、これでレベル80。Nの武姫が上げられる最大限までレベルが上がったのだ。
そしてさらに好感度上昇アイテムを使って「好感度」をマックスまで上げ切る。通常発生する告白イベントとアイテムの贈呈は発生せず、能力ボーナスだけが俺自身に付いた。
最初自分自身に使える事を知った時は色々と変な想像をしたものだが、今はこの際どうでも良い。実際に能力ボーナスが貰えたのだから。
今一度、村雨ちゃんの状態を確認する。
もうほとんど赤黒い気に飲まれてしまっているが、村雨ちゃんは体の変化に苦悶の表情を浮かべながらも、必死に抵抗を続けている。
もう幾許も無い事を悟った俺は、急いで装備品をみる。
『武姫繚乱』において武姫は自分の属性にあった武器を一つ、それとアクセサリを一つ装備する事が出来る。
武器には能力にさらにプラスの数値を与える物や、状態異常攻撃が可能になる物などがある。
アクセサリはそれが主に防御方面に発揮され、魔物の状態異常を防ぐ物や、生命力を徐々に回復させる物などがある。
俺は装備品一覧をざっと見るが、あまり良い物が見当たらない。
ほとんどの最良品はメインで使う武姫達に装備させたままだったのだ。その武姫達は、今俺のデータ内にはいない。装備を引き剥がす事も出来ないのだ。
それでも何かないかと見ていたところ、この欄にあるはずの無い、しかし見慣れたアイコンを見つけた。
【絆の刀】村雨丸
俺は一瞬息を呑み、直感的にそれを自身へと装備させた。
スマホの画面上で装備が完了すると、俺の右手にそれが現れる。
『マコト……さん、その……刀は……』
「ああ、そうだ」
スマホを収納し、村雨丸を正眼の構えに取る。
「村雨ちゃん、待たせたね……いまから君を助けるよ」
『……ハイ』
ズズ……と村雨ちゃんを覆う赤黒い気が濃密になる。そろそろ完全飲まれる、か。
俺は戦闘用の一時強化アイテムを全種類使い、気を引き締める。
『まこと……サン……ワタ、シハ……アナタニ会エ……テ、ヨカ……』
唯一飲まれずに残っていた左目が閉じられると、小刻みに震えていた村雨ちゃんの身体がピタリと止まった。
『アアアァァアアァアアアァァァアァァアアアァァァァ!!!!!』
凄まじい圧力の風をまき散らし、この世の終わりの亡者のような叫びが響き渡る。
兇鬼・村雨が現れた
村雨は再起動したかのように顔を上げると、ニタリと嫌らしい笑みを浮かべて右手の赤黒く鈍く輝く刀を天へと指し示した。
俺はすぐさま継続回復薬を飲むと次にくる衝撃に備えた。
『 振 命 散 凍 刃 』
直後氷の雨が全体に降り注ぐ。
兇鬼・村雨はSSRの村雨ちゃんと同じ様に必殺技を二つ持つ。
一つがこの、振命散凍刃。フィールド上の敵全てに対し、5回連続で大ダメージを与えた後「凍傷」の状態異常を付与する。
俺は自身で村雨ちゃんを兇鬼化させたくなかったので、これは攻略情報サイトで見た程度の知識でしかない。
だが今喰らっているのは5回連続という生易しいものでは無く、雨の一粒一粒が鋭い氷の飛礫となって容赦なく体に突き刺さっている。
継続回復薬の段階的な回復量だけでは到底追い付かないと悟り、最高級回復薬をがぶ飲みする。
多人数参加型のRPGにあるようなクールタイムが無いのが幸いした。次の使用まで5秒でも待たさせていたら、間違いなくここで終わっていた。
雨が止むと同時に「凍傷」……回避力の低下と継続ダメージを与える状態異常が付与されたので、状態異常と生命力を回復する万能回復薬を飲んで全てをリセットする。
ゲームとこの世界との違いをいまさら認識しながらも、俺は今のダメージで貯まった「気力ゲージ」を開放し、お返しとばかりに必殺技を放った。
「一閃!!」
Rの「太刀」に成った事により使用可能となった唯一の必殺技だ。敵一体に大ダメージを与える、村雨ちゃんの技の劣化版といったところだ。
俺が放った必殺技は村雨の身体をまともに捉えたものの、手に伝わる感触から大きく生命力を削れたわけではない事を感じる。
レアリティの差に加え、向こうは兇鬼化で大幅に能力が上がっているのだ。額に脂汗が滲む。
これでは普通に斬りつけてもダメージが通らず、牽制にすらならないだろう。
「絶望」の文字が頭をよぎるが、村雨ちゃんの為……いや、俺の為にもここは歯を食いしばって喰らいついていくしかない。
手持ちの回復薬は他のアイテム同様潤沢にあるから、ミスを犯して回復が間に合わなくなるような事態にさえならなければ、何とか耐えられるはずだ。
村雨の攻撃はすさまじく、掠っただけでもかなりの生命力を持っていかれる。対して俺の攻撃はカスダメにもならず、必殺技でしかダメージを与えられない。
だが、これは俺にとっては有り難い事だ。
必殺技を撃つのに必要な「気力ゲージ」は基本、攻撃を当てる事と攻撃を喰らう事で増えていく。攻撃を当てた場合は一定量増加、喰らった場合はダメージに比して割合増加となっている。
村雨は攻撃を当てるものの、俺からのダメージが少ないので気力ゲージは大して増えないが、俺の方は毎回ごっそり生命力を減らさせるので、2回も掠ればすぐに必殺技が撃てる。
具体的に数値を挙げる事は無理だが、何十回とこちらの必殺技を当てないと向こうは撃てる程の気力ゲージは貯まらないだろう。
村雨の必殺技に常に注意を光らせなくても良いのはとても有り難い。あれは回避が不可能な為、凌ぎ切るには回復アイテムの消費が半端ないからな。
風切り音を残して赤黒い刃の切っ先が肩先を掠める。
体の表面にはっきりと判るダメージは見えないものの、生命力が確実に減っている事を体で感じる。最高級回復薬で即座に回復させ、必殺技を放つ。
この世界ではゲームの様に生命力や気力のゲージが視覚的に分かる様にはなっていない。だが、自分が今どんな状態かは思考の中に響いてくるので、把握自体は簡単だ。
大丈夫、まだまだ戦える。村雨の体力は徐々にではあるが、確実に削れている。
例え何千、何万かかろうが必ず削り切ってみせる。
「おいノロマ!! 何チンタラやってんだよ! そんな奴とっととコロせ!!」
突然の冷や水を掛けられたような感覚に全身が総毛立った。
振り向くと、セイギが俺を指さしている。
直後、腹部に熱い痛みが走った。見ると村雨の刀が俺の脇腹を貫通していた。
「何やってんだよ、クソザコが!!」
俺は村雨の刀から強引に体を抜いて最高級回復薬を飲み干す。生命力がゼロにならなければこれで全回復するのだ。
少し間を取り、村雨と対峙する。
村雨はセイギを一瞥もせず、ただ俺を見据えている。
さっきまで腰抜かしてビビってた癖に、命の危険が少ないと知るやヤジを飛ばす。さすが、こちらの感情を逆撫でするのが得意なクズ野郎だ。当事者のクセにな。
俺は己の黒い感情が胸の内に広がるのを感じ顔をしかめる。
おそらくは村雨が最初に放った必殺技が自分に対して何ら影響を及ぼさない事に、使役者と武姫の関係に思い至ったのだろう。
奴の身体はわずかに濡れているものの、ダメージを喰らったような跡はない。
そして兇鬼化の恐怖から抜け出た奴は、なかなか決着がつかない俺と村雨に業を煮やしてヤジを飛ばしてきた、というところか。
「あ~あ、とっとと終わらせて早くオレ様を自由にしろよなぁ」
「……なぁ、村雨」
俺は目の前の村雨に声を掛ける。
「お前もあのセイギにはムカついているんだろ? ちょっと目を瞑っているから、死なない程度に痛めつけて良いぞ」
『…………』
そしてゆっくりと村雨の顔がセイギへと向いていく。
「ヒッ?! こ、ここ怖くなんかねぇぞ?! おおお前の攻撃はオレ様には効かないんだっ!」
村雨は俺に対する構えを解くと、ゆらりとセイギの方へと踏み出す。
通常であれば、相手が見せた絶好の隙である。攻撃するのが当たり前だが、俺はその気にはならなかった。
俺の今の力では大してダメージを稼げるわけでもないし、何より、俺と村雨の戦いに水を差したセイギに殺してやりたいくらいの怒りがあったからだ。
俺は同じように構えを解くとセイギの方をただ、見る。
「な、なな何だよ!! 何をしようってんだっ?! お前はオレを傷付けられねぇんだ! こっち来るなよ!!!」
『…………』
「わ、わかったぞ! お前ら最初からグルだったんだな!? ふ二人してオレを嵌めて、か金とかアイテムとか! 奪う気だったんだな?!」
どこからそういう発想が出てくるのだろうか……俺は思わず息を吐き、侮蔑の眼をセイギに向けた。
村雨はただ黙ってセイギを見ていたが、その身にまとう赤黒い気がわずかに揺れ、周囲の空気が歪む。
『ウルサイ、ダマッテロ……!!』
「ぴょっ?!」
村雨が鋭くにらむと、セイギは変な音を発しその場に昏倒した。殺気をぶつけて奴の精神をオーバーヒートさせたようだ。
そしてセイギが沈黙したのを確認するとゆっくりとこちらを向き、殺気を膨らませる。
「はは、助かるよ。気持ちを切り替える時間をくれて」
俺も剣を正眼に構え直し、再び戦いへと没入していく。
あれからどれ程経っただろうか。
「一閃」
俺の必殺技が村雨に当たりわずかながらに生命力を削る。
百回から先は数えるのを止めたが、村雨は一向に変化を見せない。ゲームでは確か兇鬼全般に自動回復能力は無かったはずだが……もし、あったとしたら絶望的だ。
村雨の剣撃が迫る。相変わらずの衰えをみせないその勢いを俺はギリギリで躱し、それでも生命力を削られる。
たまに避け損ねて瀕死に追い込まれた事もあったが、最高級回復薬のおかげで一瞬で全回復するので生命力自体は万全だ。他の能力も随時アイテムを使いドーピングを維持している。
だが、俺の心自体が疲弊していた。
ルーチンワークにハマってしまった攻防。確実に進んでいるはずだが変化が全く見えない現状。俺の心は折れつつあった。
「一閃」
三度村雨の攻撃を躱し貯まった気力ゲージを開放、必殺技を当てる。
わずかに村雨はよろめき、俺との間合いを取る為か後方へと飛んだ。
俺は初めて見せた村雨の変化に息を呑む。
村雨は俺との距離をとると、すっと左手を頭上に掲げ、何かを吐き出すかのようにその手を拡げる。
『闇時雨』
その言葉と共に、黒く細長い針のような雨が無数の矢の様に辺り一帯に降り注いだ。
一瞬にして瀕死に追い込まれた痛みに呻きながらも、俺は最高級回復薬をあおり生命力を全回復させる。
兇鬼・村雨の持つもう一つの必殺技がこの闇時雨だ。
フィールド上の敵全てに対し最大生命力の8割ダメージを与えた後、自身の生命力をそのダメージの総計の三倍分回復させる技。
攻略情報サイトでの話だと、村雨の生命力が半分を切った時に一度だけ使用してくるらしい。
兇鬼に対抗できるような高レア、フルデッキだと、これ一発で村雨の生命力が最大まで回復するようだが、
今対峙しているのは最大まで強化してあるとはいえ、N上がりのRである俺一人だ。8割削られたが最大生命力も大した事は無い。
よって、向こうが回復した生命力も大したことが無い、はずだ。
ようやく半分まで来た事に、俺は折れかけた心を奮い立たせ村雨に迫る。
「一閃!!」
必殺技を当てた後、畳みかける様に攻撃を繰り出す。村雨は俺の変化に驚きつつも難なく捌いていく。
俺は、俺の為に一心に刀を振るった。
少しでも心が折れかけた事を悔い、それを払拭したいが為に俺は必死になった。
もしここで倒されでもしたら、俺はもう二度と村雨ちゃんの前には立てないだろう。
助けられなかった、助ける事を諦めた自分を許せないし、そんな俺が村雨ちゃんを好きだという資格など無いからだ。
だからこれは俺の為である。村雨ちゃんに、心の底から胸を張って「好きだ」と言えるようになる為の。
「一閃!!」
俺の必殺技を喰らい、明らかに村雨の顔が歪んだ。
喜んだのも束の間、俺は不意に来た村雨の蹴りを腹にまともに喰らい、吹き飛ばされる。
「ぐっ?!」
思考が混乱するも、すぐに立ち上がり最高級回復薬で生命力を全回復させる。
《 おねがい……わたしのちからを……かいほうして…… 》
急に頭の中に聞こえてきた女性の声に俺は戸惑った。村雨とまだ対峙しているというのに頭を巡らし周囲を窺う、が、どこにもそれらしい様子を見つけられなかった。
改めて刀を構えて体勢を整えようとした時、手に持った刀……【絆の刀】村雨丸、の刀身が淡く光っているのを見た。
「まさか、村雨ちゃん……?」
《 おねがい……はやく、かいほう…… 》
かいほう、と言われてもどうすればいいのか……俺はとりあえず、先程の村雨の蹴りで貯まり切った気力ゲージを開放し、心を静め村雨丸に己を預ける。
村雨丸は眩く光り輝き、その中から八条の光が飛び出した。
その光は八つの光輝く珠となって、俺の周りを目まぐるしく回り始める。
「これ、八犬……」
俺は思わず呟いていた。
『グウゥゥウゥゥ』
村雨が犬のような低い唸り声をあげ、こちらを睨みつけていた。
俺がすかさず迎撃しようと構えると、八つの光珠が村雨めがけて飛んでいく。
『ガアアアアアァァァァ』
光珠は村雨の周りを乱舞した後強く輝き、その体を空中に磔にした。
俺が事の成り行きに呆然としていると、あの女性の声が聞こえる。
《 いまです……とどめを…… 》
「!!」
握った村雨丸と共に、俺自身も光り輝いていた。
覚悟を決めると一足飛びに接近し、突きを繰り出す。
それはあっさりと、正に熱したナイフをバターに突き刺す様に実にあっさりと……村雨の胸を貫いていた。
『アアアァァァアアァァアアァァ』
村雨の叫びと共に彼女の体中から赤黒い気が噴き出す。
『……ア……ァァ……』
手足の先から透け出した。赤黒い気の噴出が徐々に弱まり、替わりに光の粒子が立ち昇り始めた。
俺は前を向き村雨の最期を見続ける。それは村雨ちゃんの最期でもある。そして、こうする事でしか助けられなかった俺の……最後の務めだ。
悔しさで目の前が霞むがそれでも俺は、村雨の最期を見続けた。
『……ぁ……ありが……とう……』
その言葉を最期に村雨ちゃんは笑顔を残して虚空に消えていった。
全ての光が収まり、俺の手にある村雨丸はわずかに水気を纏わせながら静かに輝いていた。
「……村雨ちゃん」
ぽつりと呟くと、村雨丸の刀身を鞘に納め、両の腕で抱きしめた。
大声を上げて叫びたかった。なりふり構わず泣き出したかった。
だが、俺はそれをする訳にはいかなかった。
「よくやった、クソザコ。それが出来るんだったら最初からやれよな」
こいつが、まだいるからな。
「でもまぁ、寛大なオレ様だから? 誠意を見せるなら許してやらんでもないぞ?」
ニタニタと吐き気がする嫌らしい笑いを浮かべながらセイギがこちらに向かってくる。
現実の俺に似たその顔が、嫌悪感を倍増させる。
「まずはてめぇが持ってるアイテムを全てオレに差し出せ! オレが有効に使ってやるよ。
それからその光る刀だな。Nのてめぇが持ってても宝の持ち腐れだ。オレがしかるべきレアリティの奴に使わせてやろう。
おっと、もう一つ。てめぇの肉体をオレの好きにさせろ! そのデカ乳とデカ尻はイジりがいがありそうだ。存分に可愛がってやるよ」
反吐が出る。
その下卑た笑い顔ごと叩き斬ってやろうか。俺は胸に抱いた村雨丸ではなく、Rの「太刀」に進化した時に腰に下がった武姫固有の刀の方を抜く。
こんな奴を斬ったら村雨丸が汚れるからな。
ヒュッと音を立て刀の切っ先をセイギに向ける。同時に殺気を抑えることなく垂れ流しにし、奴の目をひたすらに睨む。
「ひょっ?!」
「お前はまだ自分の立場が分かっていないようだな」
「へ、へへ……す凄んでも怖かねぇよ」
俺は切っ先を外し、無言でセイギの右腕に刀を滑らせる。スッと赤い筋が入り血が滲んだ。
「はあぁぁぁぁ?! な、何で?! 血が傷がなんでっ?!」
「簡単な事だよ。お前は自身の持つ最後の武姫を失った。だから使役者の資格を失った……それだけだ」
「何でだよ!? まだてめぇがいるじゃねぇか!!!」
「「村雨」をお前が手放した時、俺も同時にお前の管理下で無くなったんだよ」
「手放したって?! いつ!? どこで!! オレはそんな事やってねぇぞ!!」
おそらくは、
「お前が俺と「村雨」が戦っている最中に茶茶入れた時だな」
「え? へ? あ、あのと……き?」
セイギの顔がみるみる真っ青になった。あの時受けた恐怖を思い出しているのだろう。
もしあの瞬間に武姫との関係が切れたのだとすると、その後に放った必殺技の影響を受けていそうだが……そんな痕跡はセイギのどこにも見られない。
俺はある可能性に気づき、ふっと笑う。
もしかしたら「村雨」は、こいつから生命力を吸い取るのが嫌でワザと対象から外したのかもしれない、という可能性に。
目の前のセイギは、自分の安全が絶対のもので無くなった事に殊更恐怖を募らせたようだ。
俺の刀を凝視し、ガタガタと小刻みに震えている。
一歩足を踏み出す。
「ヒイイィィィ?!」
それだけでセイギは我を忘れて逃げ出した。
使役者の資格を失った今、放って置いても良いのだろうが、後々恨みが重なって復讐じみた事をしてくるかもしれない。
禍根はここで絶っておくべきだろう。俺はセイギを追って走り出す。
一瞬にして視界が真っ白に染まった。
何事かと思って立ち止まる。
武姫の待機場所のような感じだが、それよりもより白さが際立つ。どこかで見たような気もするが。
すると、目の前に女が二人現れた。
二人ともギリシャ神話に出てきそうな布の服を着ている。その傍には何故か、逃げ出した姿のまま石のように固まっているセイギの姿が。
『尾瀬倉 誠様でございますね? この度は大変なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした』
背の高い方の女がそう言い、俺に向かって頭を下げると、もう片方の女も同時に頭を下げた。
久々に自分のフルネームを聞いたな、と思うと同時に、唐突に背の低い方の女の顔を思い出す。
俺をこんな姿にした、あのクシャミの女じゃないか。
「……今更何の用だ? 俺はそいつを殺さなければならないんだ」
恨みの視線をクシャミの女に向け、俺は刀でセイギを差す。
『お怒りはご尤もでございます。ですが、今はお話させて頂く為にも、一先ず納めてはもらえませんか』
「どこの誰とも分からない奴らに、はいそうですか、と素直に従う理由は無いと思うが」
予想は付くけどな。
『ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は当「武姫界」の管理・運営を任されてる管理官を総括する、イカルスと申します。隣は同管理官のカトレアでございます』
背の高い方の女はクシャミの女が何か言うのを手早く制し、そう名乗った。いうなれば、神サマみたいなものだろうか。
俺は納得は出来ないものの、セイギが全く動かない事もあり、まずは話を聞く意思を示すべく刀を納めた。
『ご協力ありがとうございます。今回は当方の落ち度により不利益を被った尾瀬倉様に対する謝罪と補填をさせて頂きたく参りました』
「そいつを殺させてくれるのなら、両方受けてやらんでもない」
『その件は後ほどお話させて頂くとして、まずは謝罪と補填をさせて頂けませんか』
「……わかった」
セイギが全く動かず、この場から逃げ出す様子も無い事から、俺はとりあえずイカルスの話を聞く事にした。
よくゲームのお知らせなどで聞く謝罪内容と同じだったが、俺は一先ず謝罪を受け入れた。そうしないと、いつまで経ってもセイギを殺させてはくれなさそうだったからな。内容など今の俺には遅すぎるしどうでも良い。
『……それでは次に補填についてお話させて頂きます。まずはお持ちの村雨丸を当方にお貸し願えますか?』
「こいつは渡せない」
まだ完全にイカルスを信用出来た訳では無いので、この、俺の持つ唯一の村雨ちゃんとの繋がりを奪われたくはないのだ。
『でしたら、抱えたままで構いませんので、私が村雨丸に触れる事をお許し願えますか?』
「……まぁ、それなら」
俺は村雨丸を抱えたまま、イカルスが近づいてくるのを待つ。
無理矢理奪うようなそぶりを見せたら、即抵抗出来るようにイカルスの一挙手一投足に神経を尖らせる。
『お気持ちは分からないでもないですが……警戒し過ぎですよ』
「あんたが何をするか分からないからな」
イカルスはどこか呆れた笑みを浮かべると、俺が抱いている村雨丸の柄にそっと右手を添える。
警戒を強める俺に対しイカルスは優しく笑いかけると、更に左手を頭上へと掲げた。
何が起きるんだ? 俺はつい、イカルスの左手を追って上を見上げた。
『では、始めますね』
イカルスがそう言うと、左手に目に見える程にはっきりとした空気の流れが発生し、それはまるで掌に吸い込まれるような流れに変わる。
やにわに抱えていた村雨丸が、暖かさを感じる程に熱を持ったかと思うとそれは光を増し始め、見る間にその大きさが膨れ上がっていく。
やがて、その光は刀とは思えぬ程にずしりとした重さを感じる様になり、そして……そして、人の、かた、ちを…………、
「ま、まさ……か、これ……」
俺の声は震えていた。声どころか手まで震えだしていた。だって……だって、しょうがないだろ?
「む、むら……さ、め……ちゃん?」
俺の腕には兇鬼となって消えた、村雨ちゃんがいたのだから。
「ほんとに……村雨、ちゃん?」
その顔は眠った様に穏やかで、安らかで……。
頭に添えられていたイカルスの手がそっと離されると、しばらくしてゆっくりと瞼を開け、目覚めた直後の様に何やらぼんやりと虚空を眺めた。
「む、村雨ちゃん……?」
遠慮がちにその名を呼ぶ。村雨ちゃんは虚ろな目で何かを探しているようだったが、俺の方へと顔を向けるといきなり焦点があった様に目を見開いた。
「村雨ちゃん?」
「は、はい! 村雨ちゃんです!!」
「えっ?」
「えっ?」
村雨ちゃんの顔がみるみる真っ赤に染まる。
「あの……村雨ちゃん?」
「はい! 村雨ちゃんです!!」
「えっ……どういうコト?」
「えっ? どういうコト、と申されましても……」
戸惑う村雨ちゃんをそのままに、俺はイカルスへと視線を投げかけた。
『まずは一つ。「尾瀬倉様の事を憶えている村雨」への復元、です』
にっこりと笑いイカルスはそう、言った。
「俺を、憶えている?」
「あ、あの……マコトさんが、「全ての村雨ちゃんは「俺の村雨ちゃん」なんだ、誰の元にいようと関係ない」と言っていましたので、その……わ、わたしも「マコトさんの村雨」なのかな、って」
確かに言った。
あの時はいわば自分の決意表明みたいなものだったから、ハタから聞いていても随分と恥ずかしい台詞を言っていたように思う。
顔を赤らめてモジモジと消え入りそうな声で言う村雨ちゃんに、可愛いと思いつつもその時の告白じみた状況を思い出し、自分でもはっきりと判るくらいに顔が赤く火照った。
「それに、マコトさんは「村雨は俺の生きがいで人生で、そして命だ」とも言っ……」
「そ、そそこまでは言わなくていいって!!」
余りの恥ずかしさに俺は、思わず村雨ちゃんの口を手で塞いだ。だが塞いだ手のひらに感じる村雨ちゃんの唇の柔らかさに、俺は場違いながらもキスを意識しさらに顔が赤くなった。
『本来でしたら、この「村雨」は使役者としての尾瀬倉様の、最初の武姫となっていたはずでした。
それが当方のミスにより、別の者の武姫となっておりましたので、それに対する補填にございます』
俺は村雨ちゃんの口から手を放し、顔をまじまじと見つめた。
「そういうことらしいです、ね」
はにかみながらこちらを見つめる村雨ちゃんが可愛い過ぎる。
これだけで、これまでの全てが許せてしまいそうになるのだから、俺自身単純だな、と思う。
ふと気づいた。今俺が抱いている村雨ちゃんに微妙な違和感を感じるのを。
「あ、村雨ちゃん「進化」後の衣装なんだ」
「え?」
『はい、そうです。「村雨」は「強化」「限界突破」「進化」「好感度」及び「親愛度」を全て最大値……つまり、尾瀬倉様がお持ちのゲームデータを反映させた状態となっております。
同様に装備させてあった「武器」と「アクセサリ」もそのままでございます』
「これも補填、か?」
『いえ、こちらはお詫びになります。当初は、こちらの世界に馴染んで頂く為に武姫の強化状態は初期化する予定でしたので』
ゲーム開始時のチュートリアルみたいなことをさせるつもりだったのか。
これまでを思い返しても、結構ゲームとこちらでは違う事があったからな。情報の整理の必要性は感じる。
『二つ目の補填です。尾瀬倉様がお持ちだった「村雨」関連のイベント衣装を全てアイテムとして贈与します。後ほど倉庫をご確認下さい』
「えっ、ちょっと」
それは困る、と言おうとしたところ、腕につねられたような強烈な痛みが走る。
「「マコトさんの村雨」は、わたし一人で十分です」
ふくれっ面になった村雨ちゃんが俺から目を逸らし、拗ねながらそう呟いた。
イベント衣装は、ホーム画面のキャラを着せ替え出来るものと、そのまま一人の武姫として戦闘で使えるものの二種類があった。
俺は村雨ちゃんのイベント衣装は全て取得していたので、ガチャでのダブリ以外にも違う衣装の村雨ちゃんを複数持っていたのだ。
特に人気キャラ投票一位のウェディングドレス姿の村雨ちゃんは、正に神降臨、あまりの尊さに昇天しかけた記憶がある。
俺としては、村雨ちゃんだけのハーレムも良かったのだが、こうやってゲームでは見られない村雨ちゃんの表情を見られるのなら、これも良いかなと思う。
まぁ、イベント衣装をアイテムとしてくれたって事は、あとで村雨ちゃんにお願いして着せ替え出来るという事だろうし、ちょっと……いや、かなり期待が膨らむ。
「村雨ちゃんがこう言うのなら、俺はそれで構わない」
『ありがとうございます。それでは次ですが……』
それからイカルスは、残りの補填内容を説明していった。
それは主にアイテムやゲーム内通貨などのデータに関する事だったが、ひとつ武姫に関して、村雨ちゃん以外は全消去というのが一番納得出来ない事だった。
何でも、ほぼ全ての武姫を保有しているのは世界のバランスを破壊するらしい。確か俺が最初に呼ばれた理由は「世界を救う」だったような気がするのだが……。
その疑問をぶつけると、イカルスは「魔王が俺に代わるだけになる」ので、と答えるだけだった。
まぁ、言わんとしている事は分かるので、渋々その措置を受け入れた。代わりにゲーム内通貨を相当量受け取ったがな。
ゲーム内通貨は各種アイテムの売買に必要なだけでなく、現実の課金に代わって武姫を手に入れるガチャに使ったり、課金アイテムに相当する特殊なアイテムを買う為に必要なんだそうだ。
だから、キャラの強化をする時必要とされていなかったんだな、とこの時初めて知ったのだった。
『それでは、次にこの者に関してですが……』
そう言ってイカルスはセイギを自分の前に寄せた。相変わらず逃げ出した姿のまま固まっていて、不気味だ。
俺は、ここまでの村雨ちゃん復活の喜びと様々な補填内容でお腹いっぱいになっており、正直セイギの事はどうでもよくなっていた。
目の前から消え、金輪際こちらに関わらないなら放逐でも構わないと思うほどに、どうでも良い存在になっていた。
「俺はもうどうでも良いと思っているが、村雨ちゃんがどう思うか」
腕組みをし隣にいる村雨ちゃんを伺うと、村雨ちゃんは哀しげな表情で俯いたまま、何を言おうか思案している様子だった。
『申し訳ございません。これは当方のミスによるものなのですが、この「誠・偽」という使役者は、
元々尾瀬倉様がこちらで使役者として活動する為の素体として、当方が用意した器なのです』
「は?」
『はい、尾瀬倉様にこちらの器に入って頂き「村雨」と共にこちらのルールを学んで頂いてから、この世界への一歩を踏み出して頂こうとしていたのですが……』
カトレアだっけ、クシャミの女のミスで何もかもが狂ってしまった、と。
通りで顔が俺に似ているはずだ。それなら村雨ちゃんが最初からいたのも頷ける。
俺が村雨ちゃんを見ると、俺を申し訳なさそうに見つめている村雨ちゃんと目が合った。
「で? 俺にそっちの身体に移れ、ってか?」
『私共としましては、選択の一つとしてご提示するだけです』
まぁ、強制は出来ないよな。
正直言うと、この武姫に結構慣れてしまっている。何よりこの身体ならば、村雨ちゃんと一緒に戦えるのだ。こんなに嬉しい事は無い。
唯一の懸念は、レアリティの差があり過ぎて、その差が天と地ほどに離れているくらいか。
「村雨ちゃんは……どっちが良い?」
「う……マコトさん、分かっている癖に……」
だよな。今のはイジワル過ぎたか。
俺だって殺意まで沸いた相手の身体に移りたいとか思わないしな。自分自身に似ているなら尚更だ。
「俺は今のままで良いのだが、何か不都合はあるのか?」
『使役者と武姫の両方の成長処理が発生する事と、素体の関係で武姫側の原理が適用される事……あとは男女の性差、くらいですかね』
「あ~、なるほど……」
俺は自身の身体を見下ろした。
現実の世界では「男」だった俺が、こちらの世界では武姫という特殊な存在ではあるが、身体はほぼ「女」なのだ。
男にはない胸の巨大な出っ張りが、俺の足元を隠している。
……仕方がないか。
「じゃあ、俺はこちらの身体でいく。そっちの身体はどうなるんだ?」
『ご決断、ありがとうございます。こちらは今後の影響もありますので、このまま滅却処分を致します。よろしいでしょうか』
イカルスが俺に同意を求めてきた。隣の村雨ちゃんは俺の意思に従うようだ。
俺は決心する。
「構わない、やってくれ」
『では』
イカルスが両手をかざすと、セイギは固まったまま真っ黒な塊となり、そして煙のように消えていった。
案外、何の感慨も沸かないもんなんだな。
しばし、沈黙が流れた。
『それではこれにてご案内は最後とさせて頂きます。特に何かご質問が無ければ、元の場所へお送り致しますが』
俺は村雨ちゃんを見る。特に何も無いといった風に村雨ちゃんは首を縦に振った。
「特には無い。元の場所へ返してくれ」
『分かりました。尾瀬倉 誠様、この度は当方の不手際により大変なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございませんでした』
イカルスが頭を下げると、俺の視界が真っ白に染まった。
光が収まると、俺は元の……先程まで兇鬼と刀を交えていた場所へと戻っていた。
夢か、幻でも見ていたかのような錯覚に襲われる。村雨ちゃんは実は復活していなくて、セイギは生き延びていて……。
「マコトさん、どうされましたか?」
そんな不安を、優しげな声が掻き消す。
「村雨ちゃん……いや、何でもないよ」
俺は左手にスマホを握り、所有武姫一覧を見る。
そこには、Rの「太刀」とSSRの「村雨」のアイコンがあった。思わず口の端が上がる。
「さあ、行きましょうマコトさん! わたし達の新たな旅立ちへ」
「あぁ!」
俺は村雨ちゃんの手を取り、共に歩き始めた。
俺達の新しい明日に向かって。
結構削ったつもりでしたが、この長さになってしまいました。
相変わらずだな、と思います。
もしこの後の話を書くのでしたら、主人公とヒロインのイチャイチャがメインのほのぼの道中気になりそうな感じです。
評判が良ければ書くかも、くらいの可能性ですが。