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8話「蹂躙」

 噴き出す血が、今生きているを叫んでいる。

 死中に活を見出すわけではないが、知覚器官が広がっていくのが感じられる。


「どうしたの? 来ないの?」

『度し難い、度し難いぞ。何がお主を駆り立てる』

「何って、ははっ。分かりきったことじゃないですか」


 シロハは手首にスナップを効かせ、地面に朱を流していく。その間龍神から目を逸らすことはなく、隙は見せない。


「綺麗事やお題目では、救世は成り立たない。天下泰平を成すためには、力が必要なのよ」

『それは自らの命より大事なのか!?』

「命の重みも知らないくせに」


 シロハの瞳が夕焼け色に染まる。

 しかし、その双眸が映しているのは、夕焼けではなく神社を焼き尽くす炎だった。


「母は死んだ。父も死んだ。清く正しい巫女シロハももういない。人の命なんて、切っ掛け一つで消えるロウソクの明かりのようなもの。(いずく)んぞ価値有らんや」

『この、狂人め!』

「この世界が正常だというのなら、私は異常で構わない」

『お主ら破戒巫女の、そういうところが気にくわんのだ!』


 言いつつ、龍神の爪がシロハを襲う。

 ここまでは今までと変わらない。

 ここからは今まで通りとはいかない。


 爆炎が巻き起こる。


『何ッ!?』


 シロハが先ほど地面に書いていた血文字。爆発を意味するその文字が彼女の霊力に呼応する。爆風を利用した彼女は既に、爪の軌道から逃れている。


『穢れで神代文字を刻むなど! 何たる侮辱か!』

「破戒巫女に、何を期待してんのよ」


 龍神が吼える隙に、懐に潜り込んだシロハ。

 胸の前でクロスした両手には、指と指の間に札が握られている。


「破ッ!」

『ぬおぉぉぉ!!』


 シロハが腕を振り払抜けば、札一枚一枚が鋭い槍となり、龍神に迫る。鉄壁の龍鱗をもつ彼はしかし、危険を感じ緊急回避を試みる。

 その予感はまさしく正しく。

 わずかに掠った部分の鱗は剥がれ、肉が削がれていた。


(なんなのだ! この、巫女にあるまじき殺傷力は!!)


 シロハの話を信じるならば、数日前まで彼女は巫女だったはずなのだ。すなわち戒律を順守しており、殺傷行為など行うべくもなし。だというのに、掠めただけでこの威力。思わず一歩退く。


「逃がさない」

『ッ!? うわぁぁ!!』


 シロハの決して低くはない声が肝を冷やす。

 龍神は、叩きつけるようにその手を突き出した。

 潰した感触は無い。叩きつけた手を離す。

 手と地の隙間に、人の形をした札の塊が映った。


『なっ!』


 慌てて龍神は暴風壁を築く。今しがた巫女だと思っていたものは、霊力で動く傀儡だったのだ。その上、自身の崩壊とともに爆発するギミック付き。

 爆風を暴風で受け止める。それでも殺しきれない勢いを、飛び退くことで緩和した。

 ……誘導された結果に過ぎないとも知らず。


「いらっしゃいませ、龍神様」

『な、なんなんだお前は! お前は!』


 尻目に映るは、巫女か鬼か。

 弾けんばかりの霊力を携えた彼女を前に、龍神はようやく意図に気付く。


 先ほどシロハが放った槍のような札。あれがただ殺傷力を持ったものではなかったことに思い至るには、一見で十分すぎた。空中にとどまり続ける札は、霊力の回路を作り出し、宙空に大きな神代文字を刻んでいる。

 龍神の向かう先は、その中心。


 あと少し気付くのが早ければ、回避のしようもあったかもしれない。だがしかし、今となっては時既に遅し。そんな『たられば』に意味はない。


「私の名前はシロハ。何処にでもいる、デビルかっけぇ地雷勢よ」

『ふざけるな、あいつのような巫女が、再び現れて堪るか!』

「……何のことやら」


 龍神が見え見えの罠に飛び込むのを待って、シロハは陣を起動する。空中に霊力の回路で作られた文字が、霊力を以て起動する。


「«極楽鳥花»」


 確かな殺意を持った一撃が、龍神を屠った。


『……お主、それだけの力をどうするつもりだ』

「流石に頑強ね。体が大きい生き物はそれに見合う生命力があるという事かしら? それとも上位次元の生命だから?」

『答えろ破戒巫女。お主はこれからどうするつもりだ』

「どうって、もちろん説得ですよ」


 シロハは勇者の力量を知らない。

 龍神を相手にして分かったのは、想像以上に体が動くこと。この調子なら勇者にも勝利できるかもしれないが、龍神の力を借りた方が安全なことに違いはない。


「一悶着あったけれど、私たちがあなたを呼び出した理由は変わらないわ」

『影武者とやらを倒す手伝いをしろ、か』

「そう……、その、とおり」


 言いながら、シロハは目のくらみに頭を振った。

 額に手をあて、未だに流れ落ちる血が顔にかかる。

 切ったばかりの頃とうって変わり、その血はとくとくと力弱く脈打つばかりだ。


『馬鹿者。血の流し過ぎだ』

「それでも、そうでもしないと。私たちに先はないんだ」

『それで今を失ってどうする』


 龍神はそう言うと、【熟睡】と【治癒】の呪術をシロハに向けて使った。意識の混濁しているシロハには抗うだけの意志も無い。

 あっという間に眠りの世界に誘われる。


「シ、シロハさん!」


 倒れそうになるシロハを、駆け寄ったアリサが受け止めた。

 目と鼻の先には龍神がいて、肺か気管支を失ったかのように息が止まる。


『こやつもあやつも。なぜこうも』

「お、おやめください」

(あや)めください?』

「お・や・め! ください!」


 龍神の小ボケに、アリサの緊張の糸が緩む。


『そうはいかん。ワシにはルミナスが残した世界を守る使命がある』

「その事と、シロハさんの命に何の関係があるのですか! 戒律を破っている人なんて、星の数ほどいるでしょう! どうしてシロハさんだけ狙うんですか!」

『……そいつが、霊力を有しているからだ』


 龍神はちらっとシロハを見、熟睡の術がきちんと効いていることを確認した。

 しばらく目を覚ますことはないと判断し、理由くらい教えてやってもいいかと思い直す。


『そうだな。お主、アリサと言ったか?』

「は、はい!」

『アリサよ、お主はどこまで正確に神話を把握しておる?』

「えっと、その……、神話に、実話が含まれているのですか?」

『……そこからか』


 龍神は思わずため息を吐く。

 その巨体から零れるそれは、相応に旋風を起こした。


『おお、すまんの。しかし、それもそうか。もう何千年も昔の事なれば、虚実入り混じり、いや、嘘が事実を塗り替えるばかりか。そのような世界でルミナス様を信仰するのも難き事か』

「そ、そういえば。ルミナス様は実在なされるのですか?」

『当然だ』


 アリサの問いに、龍神は間髪入れずに答える。


『と、言いたいところだがな。これは少しばかり正確ではない』

「では、やはりルミナス様は……」

『既に死んでおる』

「……え?」


 それはアリサにとって、衝撃の事実だった。

 少なくとも彼女の認識には、神は永遠の命を有するという前提知識があった。仮に寿命があったとしても、眷属たる龍神が生きている以上、神が死んだなんて発想に届きうるはずもない。


『そうだな。アリサよ、巫女が生まれた過程は知っておるか?』

「正しく伝えられたものかは分かりませんが、一応は」

『ふむ、話してみよ』

「は、はい」


 当時を知る者に、伝承を告げる現状に、アリサは奇妙な感覚に陥った。おそらくそれは、戦争を経験した人たちに戦争の歴史を説くようなものだ。


「主なるルミナスは、まず世界を創った。次に世界を発展させるために人を生み出した。かつてを生きた(あまね)く命は霊力を有していたと聞き及んでおります。しかし、霊力を争いにばかり用いる人々を見かね、ルミナス様はこれを没収したと。そしてこの時、鎮静化を試みていた人たちからはルミナスも回収せず、これが初代巫子になったと」

『ふむ。この辺りは正しく伝わっておったか。まあ細かい部分は脚色されていたりするのだろうが、大筋は合っている』

「本当に、ルミナス様は実在したんですね……」

『もっとも我らも、本当にルミナス様が世界を作ったかどうかは知らんがな。始まりを知るは創造主たる者だけだからの』


 本題に入るかのように、龍神のトーンが真剣みを帯びる。


『それで、そこから先の事についてはどれだけ知っておる?』

「えと、一方で力を失った人たちの暮らしは惨憺たるものだった。火を起こすことも、水を生み出すこともできなくなり、狂乱に陥った。そこまでして、人々が初めて生み出したのが魔力と魔法だったと聞き及んでおります。もともと霊力があった部分に出来た負の方向への力、これを駆使することで疑似的に起こす呪術の事を魔法と呼ぶ」

『それで?』

「申し訳ございませんが、伝承はここまででして。これ以降は……」

『ふむ、まあそんなものか。そこから先は、無かったことにされたからな』


 実際には演舞として残っているが知る由はない。


『魔法が出来るまでは良かったのだ。巫女とそうでない者に力量差は生まれたが、これに逆らうものはおらなんだ。力及ばぬと理解しておったからの』

「まさか、魔法を得た人間が起こした行動というのは……」

『そうだ。これまでの不満や嫉妬を、人間は巫女にぶつけたのだ。そして、巫女たちはこれを甘んじて受け入れた』

「何故ですか?」

『彼奴らが、戒律に縛られていたからだ』


 アリサはルミナス教の戒律を思い出す。

 その中には確かに、殺傷を禁止する項目があった。


『これに対し人間はさらにつけあがってな。巫女が反抗しないのをいいことに暴れまわったのさ』

「そんな……」

『そして、あいつが現れた。後にルミナス様を殺す事になる原初の破戒巫女。名を、ネバダという』

「……シロハさんを殺そうとするのは」


 嫌な役目だと、龍神はため息をついた。

 今度はアリサを巻き込まないように、空を向いて。


『第二のネバダを生み出さないためだ』


 そんな理由で。

 アリサはすぐに反論していた。


「シロハさんはシロハさんです! ネバダさんがどんな方かは存じませんが、シロハさんは違う!」

『ほう、ならばお主の口から聞かせてもらおうか』


 同じ道を歩まないと言い切れるだけの根拠を、われに示せ。

 龍神はそう言った。

Q.シロハが殺傷能力を持った技を覚えてるのは何故?

A.演舞として受け継がれているから。


本文にもあるように初代巫子というのは争いを止めた人たちです。その逸話は現代まで舞踊という形で受け継がれています。そしてその物語を表現した演舞には、原初の破戒巫女ことネバダが使っていた技が一部混在しています。

具体的に言うと«鳥の名前»を冠する技は基本的にネバダを開祖とする技です。それに対して«鳥の名前+不純物»は舞踊に合わせて術者の負担を軽減したものとなっております。

今回で言えば«極楽鳥+花»なので演舞の一部を技として使った形です。元々は«極楽鳥»という連鎖爆発する技でした。


因みに【】は神代文字、«»は技になっています。

神代文字のイメージは梵字ですがルーン文字でも甲骨文字でも何でもいいです。


本文に出すほどでもないと思って省いてしまったのですが、折角なので後書きという形で。


いつもお読みいただき誠にありがとうございます。

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