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5話「依り代」

 龍神様を味方に付けようという話になって、少しした頃。

 シロハとアリサはルミナス大神社跡に向かっていた。

 理由は龍神様を呼び出すための道具を用意するためである。


 必要な素材は二つ。

 一つはルミナス大神社にそびえる御神木の枝葉。

 もう一つは街の外にある霊泉で取れる、霊力を豊富に含んだ粘土質の泥だ。

 これらで龍を模した依り代を作れば降臨させられる。

 シロハ達はその内の一つ、御神木の枝葉を集めに来たのだった。


 シロハが一番気にしているのは、あの惨状を再び目にしないといけないことだ。

 夜を焼き焦がす、真白い炎熱。

 今一度焼けすすれた神社を目の前にした時、はたして自分は冷静さを欠かずにいられるのか。

 そんな不安は、予想外の形で解消されることになる。


『おーい、こっちの瓦礫退けるの手伝ってくれ』

『分かった。すぐ行く』

『誰か土魔法使える奴はいねえか?』

『任せろ、俺が使えるぜ』


 神社が近づくにつれ、人と人との掛け声が耳に届くようになってきた。

 警戒したシロハは、自身とアリサに認識阻害の呪術を施してから先を急ぐ。

 そこに在ったのはしかし、神社の改修に勤しむ町民の姿だった。


「これは、一体?」

「シロハさん! 凄いです! 皆さんが、神社の建て直しのために心を一つに! なんて素敵なことでしょう!」

「えっ、あ、はい。そうですね」


 アリサの手前、否定する事こそなかったが、シロハは裏を考えていた。歪んでいるとは思ったが、それも仕方ない事だろう。

 シロハは既に、絶対とされる神すら信じていない。まして、欲に塗れた人間ならばなおさらだ。

 不安が胸中渦巻く。

 それを拭い去るために、シロハは近くにいた男性に声を掛けた。


「すみません、そこのお方。ルミナス大神社になにかあったんですか?」

「ん? 嬢ちゃんたち、参拝者かい?」

「まぁ、そんなところです」

「そいつぁ運が悪かったなぁ。見ての通り誠意改修中さ。どうにも当主様が魔王と通じていたらしくてなぁ。魔王様が討伐されるとともに天罰が下ったそうだ」

「天罰!?」


 男の口から出た言葉に、アリサは思わず叫んだ。

 それをシロハが横から口を押え、騒動になるのを避ける。


 影はどのようにして焼き討ちの事実を扱うつもりかと思っていたが、どうやら魔王と結託していたという嘘を真実にするつもりにしたらしい。


「はっは。まあ安心してくれや。俺も結構年を食ってるが、天罰が下ったという話はまるで聞いたことがない。お偉いさんが何らかの不都合をもみ消そうとした。おおよそそんなところだろうさ」

「み、皆さん。それが分かった上で国の指示に従っていらっしゃるのですか?」

「バカ言え。俺たちが復興に精を出しているのはあくまで俺たちのためだ。この国の観光客の三割はお嬢ちゃんたちみたいな参拝者だからな。名所が潰れるってのは俺たちにとっちゃ死活問題なんだよ」


 話を聞いたシロハは、今までと違う観点を得て、それを男に問うてみた。


「こういう形で、ルミナス様は人を見守っていたのでしょうか」

「さてな。俺自身は信心の浅い人間でな。なんて、こういう場所で話すもんでもないか」


 男はそんなことを口にしていた。このような場所でそのような言葉が出てくるのは、ルミナスの存在を信じていないという事だろう。シロハは自分の信じたモノが、自分の知らない所ではぞんざいに扱われていたことを知り驚くばかりだ。

 そんな男に、ヘルプの声がかかる。

 男は元気に返した。


「またな、お嬢さん方。宿が決まってなかったらぜひうちを贔屓にしてくれや。これ、うちの宿屋のチラシだ」

「商魂たくましいわね」

「おうよ! じゃ、頼むぜ!」

「考えておくわ」


 去り行く男の背中を、シロハはぼんやりと見つめていた。

 その横顔を見たアリサは、シロハが傷ついたのではないかと思った。

 神社の改修という雑踏の中で、アリサはやけに世界が静寂に包まれているように感じた。

 堪らず、シロハに問いかけてしまう。


「シロハさん、もしかして、悲しんでいますか?」

「悲しむ……ですか。そうですね、私は悲しんでるのかもしれません。知らなかったのです」

「全員が全員、信仰を持っていないわけではありませんよ! きっと中には、信仰心から建て直しに参加してくださってる方もいらっしゃる筈です」

「……? ああ、そういうこと。違いますよ、姫様。私が傷ついたのは、他人の醜さを知ったからではありません」


 シロハは何気なしに、自分の頬に手をあてた。

 無表情の面の皮が、そこにはあった。


「私が知ったのは、自分自身の醜さですよ。姫様は最初に、力を合わせて復興を試みている様子に、感動を覚えていらっしゃいましたよね。私は、そうじゃなかった。そうじゃ、なかったのです」


 頬にあてた手で、今度は顔を覆う。

 シロハの視界の大半を黒が占める。


「私が最初に抱いたのは、感謝ではなく侮蔑でした。いもしない神様に何を祈るんだと、心のどこかで彼らを蔑みました。でも、違った」


 男はシロハと同様だった。

 神がいないと分かって、それでもなお正常に生きていたのだ。

 シロハは違う。

 今までずっと、神の存在を信じてきて、それが不意になくなって、何もかもどうでもよくなって。


「神に縋るしかなかった私が如何にちっぽけだったかを、神が居なくても生きていける人々が如何に強かだったかを知って、自らの醜さに身もだえしていたのですよ」

「それは、違うと思いますよ?」


 アリサの言葉に、シロハは指の隙間から視線を送る。

 微妙に視界が広がったのは、きっと顔を少し上げたからだろう。

 それでも、シロハにはアリサが、一縷の光に思えた。


「子供のころから私たちは、ルミナス様のお話を聞いて育ちます。このお話から私たちは感謝を知り、愛を知り、優しさを知ります。それはシロハさん自身がよくご存じですよね?」

「そう、ですね」

「ですが、多くの人はすこしずつルミナス様の存在を信じられなくなっていきます。というのも多くの人は、苦難は神様の試練、喜びは自らの手柄と感じるからです。信仰と苦痛は、常に並行して訪れるんですよ。だから人は、いつからか神様に感謝を忘れ、神様を愛することを忘れ、神様の優しさを忘れてしまうのです。それが強さだなんて、本当にお思いになられるのですか?」

「強さでないにしても、弱さを隠すことに繋がっているかもしれない」

「本当にそんなこと思ってるんですか!」


 煮え切らないシロハに、アリサが声を荒げた。

 頻度こそ多くはないが、小さい頃からアリサを見てきたシロハにとって、その衝撃は計り知れない。

 面食らったように目をパチクリさせるシロハに、彼女は続けざまに捲し立てる。


「そんなはずないでしょう! 大事なものを手放すことより、大切なものを抱き続けられる方がよっぽど立派でしょう? どうしてそんな単純なことが分からないんですか。シロハさんが信じた生き方を、シロハさんが歩んだ道を、シロハさん自身が否定するなんて悲しい事、しないでください……」

「アリサ姫……」


 シロハは自分の内側を覗いた。

 ヒトの心の醜さを知った。

 独善的で利己的で打算的な生き物。

 それがシロハの新境地だった。

 だからこそ、アリサの人を思いやる心は、とても気高く綺麗に思えた。


「そう、ですね。そうですよね。どう考えてもアリサ姫が正しいです」

「……シロハさん、強さを手放してしまったとか考えてません?」

「……黙秘します」

「言えないような答えだったんですね!? そうなんですね!?」


 シロハはアリサの意見を肯定し、その上でルミナスを信じていた頃の方が強かったのではないかと考えた。

 それが顔に出たのか、アリサの読心術か。

 見事に正鵠を射られ、シロハは先のように返した。


「大丈夫ですよ、シロハさん。今、否定しなかったのは、シロハさんが嘘を吐きたくないと思ったからです。今は大切な人を失って混乱してるかもしれません。すべてが変わってしまったかもしれませんが、シロハさんがシロハさんであることに変わりはないのです」

「私は、私?」


 シロハは胸が暖かくなるのを感じた。

 思い出した。

 ――これが人のぬくもりだ。

 ――これが人の優しさだ。

 ――ああ、どうして忘れていたんだろう。


「そっか……そう、ですよね」

「はい。そうですよ!」


 その後二人は御神木の下に行き、依り代のための枝葉を集めた。

 最初は時間が掛かるかと思われた回収作業だったが、情報屋が使っていたような空間拡張術をシロハが使い、その中から式神を呼び出せばあっという間に集め終えることができた。


 自分以上に自分の事を思ってくれる人がいる。

 そのアリサの為に、強く生きたい。

 シロハはそう思った。

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