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邪教堕ち巫女さま天下泰平《ミュートロギア》  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ


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エピローグ

 巫女装束の少女が、虚空を見つめていた。


 祈る願いもなかったからか。


 満天の星々は、たちまち立ち退いて。


 昇る朝日に空は燃え、降りる朝霜に草木萌ゆ。


「随分と、長い夜を見ていた気がする」


 大きく息を吸えば、若草の香り。

 瞼を閉じれば、凛とした空気。

 朝焼けの空は、新しい一日の始まりを告げる。

 生命の息吹とは、こういう物を言うのだろう。


 いろいろとあったあの日から、もう随分と経った。

 霊力を駆使し、百石ヶ原をちまちま緑化してきた。

 今では一面緑が広がり、元の色を取り戻している。


 もちろん違う部分はある。

 【歴代最強の巫女】が強制的に浄化したこの不浄の地は、むしろ聖地と呼ぶべき場所になっていた。


 ここで言う聖地とは、霊力豊富な場所という意味である。魔力を有する人が立ち入れば、場合によっては拒絶反応を起こすという可能性も考えられる。要するに、シロハ達が龍神の依り代の為に訪れた霊泉と同じような場所というわけだ。ならばその地に立ち入り作業をしている巫女は誰か。


 そう、シロハである。


 事の顛末をここに記そう。


 まず、シロハとネバダが帰った時の事を記そう。

 ゆっくり歩いて帰ったこともあり、二人が帰った時には既に日は空高く上っていた。当然昏睡させられていたアリサも目を覚ましていて、巫女の帰還と聞いて飛び出して迎えた。


 アリサが見たのは、二人に分裂したシロハ。

 一瞬脳内がクエスチョンマークで埋め尽くされ、そういえば式神の応用で分身を作れたことを思い出しそういうものなんだと納得した。

 シロハとしてもネバダの存在をどう説明しようかと悩んでいたため、これ幸いとばかりにネバダを分身体とすることにした。


 そうしてネバダは無事に受け入れられた。

 いずれ自身がシロハではないことを打ち明ける日が来るだろう。ただしそれは今ではないし、かなり先の事だ。



 次に記しておくべきことは、王位継承の件だろう。

 こちらは恙無くアリサが継承した。

 影武者の死体がアリサに成り代わっていたという証拠をどう証明すればいいかと思ったが、これは存外簡単に受け入れられた。


 というのも、前々から第一王女が別人のように変わってしまったという噂はあちこちで花開いていたからだ。アリサが内政の指揮を取り、目に見えて生活が楽になった頃には民衆は元のお姫様に戻ったと歓喜した。

 正直、優しい人間なら誰でも良かったのではと思わなくもない。そしておそらくその考えは正しい。ぶっちゃけどっちが本物だったとしても良くて、自分に都合がいい方を王と見なしただろう。そして今回、都合がいい方はアリサだったというわけだ。



 内政と言えば、アリサが取ったものの一つに大規模な公共事業を行うというものがあった。主に、ルミナス大神社の建て直しだ。

 表向きには収入源となる観光地は真っ先に直すべきであるとし、人手を募った。スラムの出の者であろうと受け入れるという話が広まり、あっという間に人手は揃った。

 中にはスラム出身の者を蔑むものも居た。しかしここにきて天罰が下ることになる。一度目は偶然だと思った民衆も、二度目となれば必然と気付き、それ以降スラムの人だろうとバカにする者はいなくなった。


 スラムと言えば、こんな噂がある。

 曰く、無償で病気や怪我を直してくれる巫女がいると。白衣に緋袴、狐のお面をつけたその巫女は、一説によるとシロハという巫女に似ているという話だがその真偽は確かではない。


 ただ、目に見えてスラムの死傷者数は減ったという。あたりに漂っていた病原の水道も、今は浄化されて病気になる絶対数が減ったという。

 本来、人が死ぬことで飽和を回避していたこの場所で、死を取り除けば資源が不足する。食料もそうだし、寝床もそうだ。

 だがこれに並行してアリサ女王が大規模事業を起こしたことで、スラムから王国に戻る人間が出てきた。また、スラムに来る人の数も少なくなり、今ではかえって人口減少傾向あるらしい。いいことだ。



 因みにだが、天罰を下しているのはネバダらしい。


「やっぱり私の力は、守るために得た強さだから、こういう形でしか還元できそうにないや」


 と、シロハに言ったらしい。

 天罰と言っても、溝に足を突っ込むとか、局所的な豪雨に遭うとか、そういう些細なものだ。殺傷行為に当たらないし、その辺りが折衷案だろうとシロハもこれを肯定した。

 巷ではルミナス様が遂に職に就いただのなんだの言われている。お前らいっぺん天罰喰らってこい。



 やがてルミナス大神社が再建された。

 とは言えシロハは、もう神職として生きるつもりは無かった。

 六戒を説くものが破戒巫女なんて笑い種だし、今は無き神に信仰を捧げるつもりもなかった。


 というわけでシロハはネバダに代役を頼んだが、こちらも断られた。理由はおおよそシロハと同じものだ。一つ違う点があるとすれば次の点だろう。


「駆け込んだ誰かを助けるんじゃなく、助けを求める誰かに駆け寄りたい」


 要するに、一所に制約されるのが嫌だという事だった。

 シロハもそれは納得できるものだったので、他国から巫女を召喚した。幸い快く引き受けてくれるところがあり、今ではその者たちが神社を切り盛りしている。



 そして、シロハについて語っておこう。

 彼女は百石ヶ原と呼ばれた地の緑化に勤しんでいた。


「さて、と。これで全部かな」


 作業が一段落終えたシロハは、一人呟いて伸びをした。

 実はこの地を緑化する傍ら、並行して行っていた作業がある。それは、ナッツが見つけたというネバダに突き刺さっていたナイフの欠片を集める事だ。木っ端微塵に砕け散ったその破片を、一片残らず集めていたのだ。

 そして今日、最後のパーツが見つかり、目的は達成された。


 その破片の一つを手に取ると、指の腹に突き付けた。ぷっくり膨れた血玉を転がすようにナイフをなぞり、それから無地の札の上にとある陣を描いて行く。

 陣を完成させたのち、シロハはその術式を起動する。札は光輝きナイフを包み、同化した後には砕ける前のナイフがあった。


 次いでシロハは龍神を呼び出す際に使った依り代にナイフを突き立てた。

 その状態で、龍神を呼び出す。


「龍神様、龍神様。神代の契りに基づいて、汝の魂我が呼びかけに応え給え」


 そこから先は、おおよそ前回と同じだ。

 初見ほどの感動は無かったが、壮観だったとだけ書いておく。

 違う点は、龍神の態度だけだ。


『よく来ましたね、人の子よ』

「呼んだのは私の方だけどね」

『ふふっ、そうでした』


 元の荒々しい気性はどこへやら。

 龍の声は朗らかで優しい。


『いつからお気付きに?』

「いつからも何も、あんな記憶見せられたら誰だって気づくでしょうに」


 シロハが言っているのは、龍神の魂を封印したときに見た神話の出来事だ。


「最初は龍神の記憶かと思った。だけど、それにしては不自然な点が多かった」


 不自然な点とはどこかという龍に、シロハはフッと笑う。

 分かってるでしょうに、とでも言いたげな様子だ。


「まず第一に、物語の始まりが早すぎる。まぁこの時点ではあの子供たちの中に龍神の人だった頃があるのかもしれないけどさ、これは後々否定される」


「次に、ネバダに注意が向く速さ。結果としてネバダは邪神と呼ばれるまでに至るわけだけど、最初はただの子供じゃない。どうして龍神はネバダを気にかけていたの?」


「そして三つ目、ネバダを注意深く観察している割には最後まで関与しなかった点。いつ出てくるのかと思ってたのに、結局出てこないんだもん。違和を感じるなというのが無理な話よ」


「何より、情報屋の証言にあったネバダに突き刺さったナイフとは一体何の事か。あれが龍の記憶だというのなら、何故そのナイフの事を知らない」


 ふぅ、と一息つき、シロハは続ける。


「あれは龍の記憶ではなく、あんたの記憶だった。そうでしょ、ルミナス」


 その瞬間、龍神の体から光が零れた。

 淡い光の粒となったそれは、やがて人の形を形成する。

 そこから姿を現せたのはあの日見た創造神の姿。


『お見事ですよ。巫女シロハ』


 邪神となったネバダは死なない。

 同じく、神であるルミナスも死なない。

 ならばこの世に蘇らせる方法はあると踏んだが、はたして顕現させられた。


『そして、私を呼んでどうするつもりなのですか?』

「あー、別に用って程でもないんだけどさ」


 シロハはぽりぽりと頬を掻く。

 言いづらそうに目を背けながら、神に問う。


「戒律を破った私に対する天罰って、何なのかなって……」


 シロハの答えに、ネバダはきょとんとした。

 その後ふふっと笑いだす。


「わ、笑わないでくださいよ!」

『いえ、本当に律儀な子だと思いまして。あの子そっくりですね』

「違いますよ。私は私で、彼女は彼女です」

『ふふっ、そうですね』


 ルミナスは涙を掬う様に目尻に指を当てる。

 そうしてほころんだ顔を引き締めて、厳かにお告げを下す。


『では巫女シロハに、刑罰を科します。内容は――』


 シロハは続く言葉を待った。

 まるで実刑を言い渡される囚人のようだと思い、今まさにその状況である事に思い至る。

 都合が悪かったら踏み倒してしまおうと思いつつ、耳に届いた言葉は。


『――この世に、天下泰平を(もたら)すこと。以上です』

「はい?」


 シロハは思わず聞き返す。


「いやいや、それより先に私の寿命が来ますよ」

『その点については問題ありません。あなたもネバダ同様、人の領域を抜けています。死という概念から外れたと言ってもよいでしょう』

「は?」


 一度に情報が飛び交いすぎて、シロハは頭を抱えたくなった。

 いや、実際に頭を抱えた。


『では巫女シロハよ、また会いましょう』

「あ、ちょ! 待ちなさいよ!」

『あなたの活躍、期待しておりますよ』

「あ! こら!」


 シロハの声も聞かずに、ルミナスは天に昇っていく。


「おいルミナス! せめてネバダに顔見せてあげなさいよ! 絶対、絶対だからね!!」


 聞こえたのか聞こえてないのか。

 ルミナスは手を振り消えて行った。

 だが、心なしか笑っていたようにも思える。


「天下泰平か……大変なことになったなぁ」


 シロハはゴロンと寝転がった。

 植え替えに使った双子葉類の植物が、両手でシロハを受け止める。


「神様なんて、いなかったんだ」


 シロハは笑った。

 朝はまだ始まったばかりだ。

同日更新の短編『私は思う、故に我在り』もよかったらお願いします。

作者名押してもらえると出てくると思います。

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