14話「後継」
頭蓋に沿って生える、2本の角。
コウモリのような3対の翼。
白と黒を入れ替えた瞳。
どこか歪な豊満な体躯。
「あんた、何者なのよ」
あまりの悍ましさにシロハは正気度を失いかけた。しかし、すんでのところで自らを叱咤し奮い立てる。
「何者……難しい質問ですねぇ。その人を定義するのは本人ではなく、周りの人間だと思うんですよね。シロハさんには私がどのように映っていますか?」
「悍ましい生物」
「そんな恐ろしい姿を見てしまった探索者はSANチェックです」
余裕を取り戻したナッツが小ボケを挟む。しかし、ルミナスの教えしか知らないシロハは元ネタが分からなかった。
ショックを受けたナッツの耐久値が減る。
「なんてね。それよりシロハさん、一つ気になることがあるんですよね。あの時神代文字を刻んでいたのは分かりました。しかしそうなると、あの時点でシロハさんは私を怪しんでいたという事ですか?」
「……怪しいとは思っていたわ。正体は流石に想定外だったけれど」
「大きなへまをした自覚は無いのですが?」
「そうね。あくまで小さな違和感。それが募った結果の保険のつもりだった。無意味だったみたいだけどね」
折角麻痺させた体を、何事もなかったかのように動かすナッツを見て、シロハはため息交じりに呟いた。ナッツはと言うと、シロハの言葉の続きを促すように顎を出す。
「最初の違和感は、初めて出会った日に遭遇した影の刺客。あいつは何故一人で行動していた? 影の刺客であるのなら、数量で攻めない理由がない。よしんば送り込んだ刺客の内、一人がたまたま私を見かけたとして、どうして情報を持ち帰らずにその場で仕掛けてきた? 何故あれ以降仕掛けてこない?」
最初の違和感はそれだった。
あの日刺客はシロハを殺すとき、顔を醜く歪ませた。最初は快楽からの破顔かと思ったが、もしあれが苦痛に歪ませた顔だったとしたら?
「あの刺客、王国の手の物じゃなく、あんたの差し金でしょ」
「ふふっ、あーなるほど。そんなところからバレてたんですね。ですが、その推論は確信とは程遠いと思いますが? そこに思い至っても、王国の不手際という可能性も残りますよね?」
「そう、二つ目の違和感はそれ。王国と款を通ずるあんたが、姫様をかくまっていたあんたが、どうしてルミナス大神社の焼き討ちの情報を姫様に明かさなかった?」
「いやぁ、流石は国家機密。いくら私でも入手できない情報ってあるんですねぇ」
その可能性も考えていた。だからこそ、今この場に現れるまで、シロハも確信が持てずに麻酔という中途半端な文字しか使えなかったのだ。
「三つ、最初に会った時、あんた『職業柄嘘を吐く事も多々ある』って言ったでしょ。そんな人間、どうして信じられると思う?」
「……ふっふ、ふふっ。あーはっははは!」
シロハの言葉に、ナッツは笑いだす。
胸を張り、天を仰ぎ、快活に笑う。
容姿と相まって殊更不気味だ。
「あっはっは。いやぁ、流石はシロハさんだ。いや。あるいは、こう呼んだ方がいいのかな――」
ゆらりと体を揺らし、ナッツは前傾姿勢をとる。
髪を振り分けるように振り上げた顔には、歪な三日月が浮かんでいた。
「ねぇ? ネバダの後継者様?」
「……は?」
一瞬、シロハの思考が停止する。
すぐさま思考を巡らせ、ネバダという単語を記憶の海から探し出そうとするが、シロハの辞書にそんな文字はない。
「ネバダ? 何の事……?」
「やだなぁシロハさん。そんな無意味な演技やめましょうよ。話が長引くだけでなんの交渉材料にもならないですよ?」
「本当に、知らない」
「えっ? まさか本当に知らないんですか? え? だって龍神と会ってるんでしょ? 知らないわけなくないですか?」
「龍神様……? いや、ネバダなんて言葉、聞いたことないわ」
シロハの言葉を吟味するように、ナッツは口元に手をあてた。
不気味な三日月は雲隠れしたかのように鳴りを潜める。
「あぁ、なるほど。ちっ、龍神の野郎、小賢しい真似してくれるなぁ」
「一人納得してないで、きちんと説明してくれないかしら」
「あはは。言われなくとも教えてあげますよ。ネバダの事と、抹消された歴史の事をね」
ナッツは、昔話を伝えるように話し出した。
「神代、ルミナスは人に叡智を与えた。通称霊力と呼ばれるそれをしかし、人々は争いに用いた。これを受け、ルミナスは人々からそれを取り上げた。この時、ルミナスが見込み、霊力を取り上げられなかった人たちを原初の巫子という」
「……所詮神話でしょう」
「神話ですけど、実話ですよ? シロハさんはルミナスが最初からいなかったと思ってるみたいですけど、逆なんですよ。最初からいなかったんじゃない、最初しかいなかったんですよ」
ナッツの言葉に、シロハは思わず眉をひそめた。話の雲行きが怪しくなった。そうシロハは感じた。
「さて、巫女に選ばれた人たちはともかく、選ばれなかった人の生活は悲惨です。火も水も使えない。そんな日々の不満をどこにぶつければいい? 神か? 星か? いいえ。彼らがはけ口に選んだのは、もちろん巫女たちだった」
「霊力を持たない只人が、有する巫女に敵う通りはない。ただし、巫女に戒律という呪縛がなければですが。戒律を順守する巫女は、一人、また一人と人間に殺され、その数を減らしていった」
「そんな中、一人の巫女が立ち上がりました。戒律に背くことを選んででも、自らが穢れに堕ちるとしても、同胞を守るため。人に対し、反撃の狼煙を上げた巫女が居ました。この巫女の事を、【原初の破戒巫女】と呼ぶ。そう、それこそが邪神ネバダ」
ナッツの話に、シロハは一つ思い至るところがあった。それは龍神と戦っていた時の事。彼はシロハと誰かを重ねていた。破戒巫女である事を、特に意識していた。そのミッシングリンクに、ナッツの話がピタリとはまる。
「ネバダは多くの巫女を救った。それこそ両手で数えきれないほどね。その代わり、ネバダは人を殺した。――それこそ、星の数ほどね」
「皮肉なものですよね。自らの正義を貫くために起こした行動が、自身を悪に堕とすだなんて。ああ、そういえばシロハさんも言ってましたよね。『この世界には正義も悪もない、在るのは名誉と屈辱だけ』でしたっけ? あはは、ネバダは屈辱だったでしょうね。功績一つ残せず、歴史から抹消されたんですから」
「だから――」
ナッツの爪が鋭く伸び、獰猛な牙が顔を見せる。
異形と呼ぶべき口角の上がり方に、シロハは吐き気を催した。
「――もう一度ネバダを蘇らせたいんですよ、私は。今度こそ、愚かな人間を完璧に淘汰するために、ね」
「蘇らせる……? そんなの、馬鹿げてる。話を聞く限り、そのネバダも、元は一人の人間でしょう? 死んだ人間を蘇らせることはできない。この理は、何人たりとも覆すことはできないはずよ」
「あはは、まぁ、正攻法だとそうなりますよね。でもね、シロハさん。何も蘇らせる方法は、蘇生だけじゃないんですよ」
「……何を言っているの?」
「シロハさんも経験してるはずですよ。悠久の時を生きる龍神。彼は幾度となく、この現世に蘇らされている」
ナッツの言葉に、シロハの目が見開かれた。顰められた眉は横に伸び、大きな虹彩は収縮している。
「龍神が不死の生き物だと思いました? まさか。龍にだってありますよ、寿命は。ただし、高位の次元に上り詰めた生物は、自らの魂が輪廻の輪に入ることを拒むことができる。そうして現世に留まる龍神の魂を、時折依り代を用いて現世によみがえらせているんですよ」
「……ネバダも一つ上の次元に到達し、魂はこの世に留まっているとでも?」
「間違いなく」
「……仮にそうだとして、依り代には往々にして特別な素材が必要よ。邪神と謳われる存在を、どうやってこの世に呼び止めるつもり?」
「鈍いなぁ、シロハさん。それとも、気付きたくないだけですか? あるじゃないですか、依り代なら。それもとびきり極上の一品が」
ナッツがその手に伸びるツメを、長い舌で舐めとる。
獲物を前にした獣のように。
血に飢えた狼のように。
「【歴代最強の巫女】と呼ばれ、今まさにその身に穢れをためつつある、至上の依り代が、ね?」




