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邪教堕ち巫女さま天下泰平《ミュートロギア》  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ


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12話「巫女VS勇者」

「あんた、さっき龍神様を追っかけて行かなかった?」

「あれ? 聞こえなかった? また会ったねって挨拶したんだから返してくれない?」

「質問を挨拶で返すな」

「そういえば、君の質問が先だったか。いいよ。答えてあげる」


 そう言い勇者は目を閉じた。

 無行の位で、脱力し、隙だらけに見えるのに刃の一つ通る気がしない。魔王を単騎撃破した勇者その人であると、シロハは確信した。


「そうだね、まず切っ掛けは、あの捻じ切られた山の跡だ。調べればあの泉には霊力が豊富に含まれていることが分かった。当然、龍神様を呼び出す際の依り代に使われることもね」


 確かに依り代の作り方は秘伝でも何でもない。どうせ巫女しか作れないのだからと、はるか昔の巫女が情報を公開したからだ。だが当時、バカが御神木を折るなどしたためにその情報はすぐに埋没させられた。それをこの数日で調べたというのなら大したものだとシロハは思った。


「あの規模の災害を起こせるものは龍神様くらいだろう。しかし龍神様はどこに行ったのか。答えは簡単。あの日山で君とすれ違った時、龍神様は既に君の手に落ちていた。そう考えるのが自然だろう?」

「まあ、実際には私の手にではないけれど」

「へぇ、という事はもう一人の女性の方だったか。とはいえそこは論点ではないんだ。なにせ大切なのは、その龍神様をどう扱うかだからね」


 勇者が炎を出すと、それは小さな龍になる。

 もう一方の手で小さな炎をつくれば、それは人型になる。


「何があったかは知らないが、荒れ狂う龍神を倒すほどの力量を持ちながら何故龍神に手を出した? 何故一度龍神を隠した? 答えは簡単だ。僕を王城から引き離すため、そうだろう?」

「ふーん、凄いわね。概ねその通りよ。それで? 龍神様を追いかけるトリックはどうやったの?」

「ははっ、何。君と同じことさ」


 そう言うと、勇者の体がぶれる。

 幻覚かとシロハが目を擦る。

 次に目を開いた時、そこには二人に分かれた勇者がいた。


「分身魔法と言ってね。君みたいに何十人に分かれることはできないが一人や二人なら問題ない」

「……まさか、向こうに向かわせたのは」

「そう、分身の一人さ」


 やられたと、シロハは臍を噛む。

 こちらの作戦通りに動いていると見せかけて、上手く裏を掻かれたわけだ。


「さて、こっちは質問に答えたんだ。さぁ、挨拶を返してくれるかな? また会ったね」

「……えぇ、ずっと、ずっと会いたかったわ」


 勇者と相対し、分かったことがある。

 それは勇者が龍神を凌ぐ実力者であるという事。

 それゆえシロハも本気を出すことにした。

 札を一枚取り出すと腕の皮を開いた。


「ここで会ったが百年目――、死に晒せッ!」


 シロハが札を放つ。

 投げナイフのように飛ぶそれは、しかし勇者の剣で叩かれる。

 剣を振り払った隙を縫うように、シロハが懐に潜り込む。


「«穿天燕(せんてんえん)»ッ!」


 腕に走る血を拭い、瞬時に文字を書く。

 霊力に反応した効果は【加速】。

 突き出された腕は勇者の水月を重く穿つ。

 勇者は弾け飛んだが、シロハが掴んでいた勇者の剣はそのままだ。


「«操鶯牢(そうおうろう)»」


 滴る血で勇者の剣に文字を書く。

 霊力を流せば剣は宙を舞う。

 その文字は、刻んだ無生物を式神化するものだった。


「勘違いしないで欲しいわね。確実性を持たせるためにあなたとの戦いは避けたかっただけで、勝算がないわけじゃない」


 戦利品の勇者の剣を、チャキと勇者に突き付ける。

 勇者はと言うと吹き飛ばされた分身体を見てひゅうと笛を吹いた。


「そういえば、山でも僕を殺そうとしてたよね」

「気づいてたのね」

「まぁね、これでも魔王を倒した勇者だからね。その類の気配には敏感なのさ」


 勇者がパチンと指を鳴らせば、吹き飛ばされた勇者の分身体と、シロハが式神化した方の勇者の剣が消える。どうやらシロハが倒したのは分身の方だったらしい。


「でも、百年の恨みを買った覚えはないな。一体僕が何をしたって言うんだい?」

「えぇそうね。あなた自身は何もしてないかもしれないわね。でも――」


 シロハが札を持って勇者に迫る。

 金属同士が弾けたような鋭い音が部屋に響く。

 火花の先に見えるシロハの瞳は、怨嗟の炎に燃えていた。


「あんたが切っ掛けで、私の両親は殺された。――それだけで十分だッ!」

「何を……っ!?」


 シロハが再び血を拭い、そこに文字を書く。

 起動すれば互角の鍔迫り合いから、徐々にシロハが押していく。

 堪らず退いた勇者が自身の剣を見れば、わずかに刃毀れしていることが分かった。


「おいおい、ちょっと待ってくれ! 君の両親って言うとルミナス大神社に仕えていた二人だろう? 彼らが死んだのは、彼らが教義に背いたからじゃないか! そこにどうして僕が関与するって言うんだ!」

「あ゛っ? ……あぁ、そういうこと。まあそりゃそうか、そうよね。あはは。本当の事を知って、のうのうと生きていられるような人間じゃないか」

「っ、何がおかしい」

「おかしいわよ。虚構の真実を妄信する都合のいい傀儡。それがあなたよ。そうねぇ、さっきのお礼に教えてあげるわ」


 勇者が剣を構つつ、シロハの話を聞く。

 今見たシロハの瞳には炎は無く、どこまでも深い闇が広がっていた。


「ルミナス大神社を焼き討ちにしたのは第一王女アリサ。いや、正確に言えばその影武者」

「何を……」

「あなた、最初から騙されてるのよ」

「……嘘だッ!」


 勇者が踏み込みと共に斬撃を繰り出す。

 床が抜け兼ねないほどの震脚。

 けれどその斬撃を、シロハは札に角度をつけて受け流す。


「嘘じゃないわよ。先王の側近が神社に火を点け、私の両親を殺した。私はそれを確かに見た」

「……ッ! ならそれはきっと、前王の指示でッ」

「かの王が臥してもう二月が経っているのよ。それも、先日あの世に旅立つほどの毒を喰らいながら、どうしてそのようなことができるの」

「毒!? 違う、だって、王様は病気だって……」

「……それすらも知らないか」


 剣戟を二つ三つと交わし、勇者の突きを札の腹で受け止める。

 そのまま後方に飛ぶことで勢いを殺し、間合いの外に出る。


「お父様が、命懸けで私を逃がしてくれた。本当のアリサ姫が私に会った時に言った言葉よ」

「違う、そんなはず……」

「紛れもない事実であり、嘘偽りなき真実よ」


 シロハが床に手をつく。

 その腕から迸る霊力が血を触媒にシロハが飛び退く前の場所に迫る。

 すなわち、勇者の元だ。

 それを勇者は魔力を纏わせた剣で切り伏せる。

 魔力と霊力が反発し、打ち消し合った。


「君の話が真実だと仮定して、君のいうアリサ姫が本物だという証拠がどこにある」

「私はアリサ姫が影武者に成り代わる前から知っている。アリサ姫も私の事を知っている。あなたは知り合いの家に火を点けるのかしら?」

「その理論はおかしい。それなら僕の知るアリサ王女は、他人の家に火を点けたことになるじゃないか!」

「ホント、非人道的な人……いえ、化け物よね」


 今度はシロハから切り掛かる。

 振り下ろされた札を、勇者が剣で押し返そうとする。

 しかしシロハが軽く手首を返せば、追加で三枚の札が手品のように現れる。

 それを指先のスナップだけで射出すると、その内の一枚が勇者の頬を、二枚が肩を引き裂いた。


「つぅ!」

「«雲隼噴(うんしゅんふん)»」

「ガァッ!!」


 今さっき勇者を切り裂いた札が、そのまま宙を舞い、勇者を背中から刺した。肋骨に刺さった札は、心臓まで届くことはなかった。


「ッらぁ!」

「!!」


 勇者が目を見開くと、驚くような力で剣が振るわれた。

 近間にいるシロハには、逃げることも受け流すこともかなわない。

 だからシロハは、腕で受け止めた。


「【硬化】」

「ははっ、ちょっと呪術って卑怯じゃない?」

「あなたも使えるようにしてあげましょうか? いまなら霊力安くしておくわよ」

「遠慮しておくよ! っと」


 勇者は一度剣を手放すと蹴りに切り替えた。

 こちらもまた硬化したままの腕で受け止めたシロハは、勢いを殺すように地面を滑る。


「……一つだけ、聞かせてくれないか? 君の主張は分かった。君が見たというのなら、君にとっての犯人は、僕の知るアリサ王女で間違いないんだろうね。でも、それと僕がどうして関係しているんだい?」

「……数代前の魔王の話。勇者を騙り王の前に現れ、そのまま王様を殺した魔王がいた。それ以降、勇者と顔を合わせる王族は影武者と決められているそうよ」

「つまり、僕が現れたから、今のアリサ王女が王女という権力を有することになったっていう事か」

「そういうことよ」


 勇者は参ったなという風に笑う。

 それを見てシロハは、警戒を一段階上げた。


「そっか。じゃあ、一つだけお願いを聞いてくれないか」

「断るわ」

「なら頼みごとを聞いてくれ」

「何か変わったのかしら。まぁ、聞くだけ聞いてあげるわ」

「僕の命を差し出す。だからアリサ王女の事は許してくれ」

「却下」


 間髪入れぬ返答に、勇者は嘘だろという顔をする。


「ま、待ってくれ! 君にとっても悪い話じゃない筈だ。君の両親は君に復讐を願ったのか? 違うだろ? 死者が願うのは敵討ちではなく、生き残った者の幸せのはずだ」

「前提から違うのよ。親の為に復讐をするんじゃない。私が前に進むために、私が私のために影を殺すのよ」

「そんなの間違っている! 復讐は、何も生まない!」

「何かを生み出そうなんて考えてないわよ。過去を清算する。それが復讐の理由。私はそれ以外、何も望まない」

「それでも……っ!」


 勇者が涙ながらに膝を突く。手を突く。頭を突く。


「お願いだ、アリサ王女だけは……」

「何があなたにそこまで」


 シロハの耳に、父の言葉が蘇る。


『お前は俺のようにはなるなよ』


 その言葉がリフレインして離れない。


「頼む。彼女だけは」


 惨めだ。

 シロハはそう思った。

 燻っていた復讐心が、冷えていく。


「殺す気も失せた。疾く疾く去ね」


 勇者ががばりと起き上がり、シロハの腕を掴む。


「ほ、本当か!?」

「あー本当本当」


 シロハの言葉を聞いた勇者が、ほっと息をつく。

 シロハが勇者の腕を振り払おうと、勇者の方を振り返った時だった。

 シロハの頬にべっとりと熱いものが飛び散る。

 何かと思って拭ってみれば、それは赤より紅い朱。


「ダメですよ、シロハさん。こういうのは、きちんととどめを刺さないと」


 その目に映るのは、心臓を貫かれ、ブリキのように首を振る勇者と。

 よく聞きなれた声を出す。


「……情報屋?」


 ナッツの、満面の笑みだった。

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