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あと二人


芝生の上で四肢を投げ出して、雲一つない濃い青空を見上げる。

自然のものを美しいだなんて思うのはいつ以来だろうか。

あのパーティから数日。クライド様の指示通り家に引きこもっていた。


「お嬢様? こちらでしたか」


上から使用人のケイトが覗き込んだ。


「素敵な空ね」

「最近では一番の晴れ空ですね」


復讐の事ばかりを考えていたせいか、綺麗な青空が心に沁みる。


「お嬢様」

「うん?」

「この前の復讐の話、お聞かせ願えますか?」

「良いよ」


復讐の後、お兄様に連れられて家に帰って来た。

明らかに傷心していた私に原因である復讐の話を聞くのは気が引けたようで、数日経った今日聞いて来たようだ。

ケイトに話をしながら、結局イヴリーラはどうなったのだろうと気になった。

クライド様の時のように分かりやすくは無かったけど……

自分なりに出来た復讐、その顛末が知りたい。


「アイリーン」

「あっ、お兄様!」


外出中のお兄様が帰って来た。

いつもの煌びやかな服装では無く、街の人のような一般的な服装だ。


「どこへ行っていらしたのですか?」

「領地の視察だ」

「ご苦労様です」


お兄様もお父様もこうして度々領地へ向かう事もある。

お二人とも民の事を考えていらっしゃるのだ。

復讐などと後ろ向きな行動をしている私とは違い、未来を見ている。


「そんな恰好をしていると昔に戻ったみたいだな」


そう言ってお兄様は薄く笑った。

私は久しぶりに女の恰好をしている。

復讐に身を投じる前に着ていた物だ。

最近はずっと男装を続けていた。ドレスを着たのはいつ振りだろうか。


「お母様が言うのです。家では女の恰好をしなさい、と」

「母上は心配しているんだよ」

「何を心配しているのですか?」

「お前は女だ。心まで男になって欲しくないんだよ」


隣に座り込んだお兄様を見上げる。


「……私は女です。今回の事でよく分かりました」


女一人相手に、不意を突かれたとはいえ簡単に負けた。

押し倒されて跨られて、危うく秘密がばれてしまう所だった。


「そう思い悩むな。アレンが目に見えて怯えてくれたからやりやすいとクライド様は仰っていたよ」

「クライド様が!?」


上体を勢い良く起こして、お兄様を見つめる。


「ははっ、クライド様の事になるとすごい反応だな」

「な、なんですか!? そんな事無いです!」


頬が熱くなる。恥ずかしくて膝に顔をうずめた。

言い訳しようにも良い言葉が思い浮かばない。


「まあ落ち着け。今日はアイリーンに良い話をしようと思う」

「良い話?」

「イヴリーラがどうなったのか、気になるだろう?」

「それは……気になりますけど……」


お兄様の隣に座り直して、話の先を促した。

イヴリーラとイネイン様は、結局破談になった。

嫌がる者を引き倒し、無理に行為を迫った阿婆擦れ。

イネイン様はイヴリーラにそう吐き捨てて別れたそうだ。

残されたイヴリーラはアレンを呼び続けたそうだ。

見かねた彼女の両親が、当家にアレンと会わせるようによう打診して来たらしい。


「そんなことがあったのですか!?」

「ああ。勿論被害者と加害者を会せるような事は出来ないって、突っぱねたよ」


イヴリーラの両親はかなり甘いようだ。

修道院行きは難しいだろうか?


「ここからが……クライド様の腕の見せ所でさ」


まずクライド様は、イヴリーラの悪名を広めるだけ広めた。

イヴリーラが絶対に社交界に戻ってこられないようにしたのだ。

そうなると彼女の両親も居心地が悪いだろう。

娘が性犯罪者だとひそひそ言われ続けるのだ。

そこにクライド様が声をかける。

噂の火消しに回っても良いと持ちかけるのだ。

両親は喜んだが、条件があった。イヴリーラを修道院に入れる事だ。

本来は未遂とは言え強姦をしようとしていた女。牢に入れられるのが本当だろうが事を大きくしたくないのは、アレンの家……ブラニング家も同じと持ちかけた。

それでも渋る両親に、クライド様は最終通達を出した。

修道院に入れないのならばこの件の詳しい事情を王家に報告する。犯罪者を育てたあんた達は貴族でいられるか、考えたらどうだ。と。


「そんな話……! フローレンス家から伝わったら!」

「最悪極刑になるやもしれんな」


大昔、この国が汚職でまみれていた時。

貴族はさらに肥え、民は貧困に喘いでいた。

そこで立ち上がり声を上げたのがフローレンス家だと言われている。

当時のフローレンス家当主は王家にまで出向き、民に関心が全くない王に付きっきりで説得をし、長い年月をかけて更生させたと言う逸話がある。

故にフローレンス家は王家から今でも絶対の信頼を寄せられている。

この国は貴族による汚職は厳しく罰せられる。

親族の犯罪隠しもこれにあたる。


「結局、イヴリーラは修道院行きが決まったようだ」

「そうですか……」


溜息を吐いて、膝を抱えた。

結局私は一人では復讐できなかった。

クライド様の手を借りて初めて達成できた。

とても中途半端に感じる。


「アイリーン? どうした、浮かない顔だな」

「私は……一人では何もする事が出来ないのだと思ってしまって」


クライド様が居なかったら……私の復讐はどうなっていただろうか。

罪の意識に苛まれて、途中で投げ出していたかもしれない。


「わっ」


お兄様に強めに背中を叩かれて声を上げる。


「元気を出せ。また昔のように笑ってくれ」

「むかし?」


何も言わずに髪に触れられて、お兄様を見た。

昔は良く笑っていた。髪が切られる前までは……


「俺も何も出来ていない。お前の為に何かしてやりたいのに」

「そんなこと」


お兄様はアレンのアリバイ作りに一役買って下さっている。

もしお兄様が手伝って下さらなかったら……復讐に時間がかかっていただろう。


「お前は凄いよ。俺には出来ない事をしたんだ……イネインはアレンに感謝していたよ」

「アレンに? どうして? 婚約を滅茶苦茶にしたのに」


恨みはするかもしれないが、感謝をされるだなんて……

悩む私にお兄様は少しだけ笑った。


「あんな女と結婚せずに済んだ、って。確かに傷心中だったけど、イネインは前を見ていたよ」

「そうですか」

「すぐには無理だけど、新しい恋を始めるそうだ」


新しい恋、か。私には無縁の言葉だ。少しだけ羨ましい。


「お前はもう恋はしないのか」


言われた言葉に眉を寄せる。


「何を言うのです?」


アイリーンとしては社交界からフェードアウトしている。

アレンとして社交界に参加はしているが、女性に恋をするなどあり得ないし、そもそも復讐の為にアレンの存在があるのであって……


「恋をするなどありえません!」

「う~ん」

「そもそも誰に恋が出来るのです! 私は男としてパーティに参加しているのですよ!?」

「そうだな……」


お兄様は少し考えたのち、有り得ない事を言った。


「クライド様は?」


私は頭を抱え、硬直した。


「唯一お前の事を知って下さっている上に接点も多いだろう?」

「………」

「クライド様もアイリーンに対しては女なのにお優しいし」

「………ない」

「? 何か言っ」

「有り得ないです!!!」


クライド様はかの名門、フローレンス家の嫡男。

こんな髪の短い修道院手前の女が恋をしていい相手なはずないだろう!

最近クライド様相手に気になるなあとか恋をしているなあとか、そんな事を思って良いお人では無いのだ!

……このまま時間を共にしたら、完全に恋に落ちそうな予感がしないでもないが。


「クライド様には私の復讐を手伝ってもらっているのです! 挙句に片思いなど、バチが当たります!」

「そうか、分かったよ」


お兄様は笑って私の頭に手を置いた。

そして少しだけ悲しそうな顔をして、言葉を零した。


「お前の最後の恋愛を、変えてやりたかっただけなんだ」

「……お兄様」

「片思いでも良いから、恋をしてほしい。あんな奴が最後の恋の相手だなんて……とても耐えられない」

「………」

「すまない。俺の我が儘だ……忘れてくれ」


お兄様はいつだって優しい。

本当は私に復讐などしてほしくないだろうに、止めないで手伝って下さる。

自慢の兄だ。


「お兄様」


落ち込んでしまったお兄様に声をかける。

お兄様は悲しみが抜けきらない笑顔で首を傾げた。


「私は幸せ者です。恋愛の事は無理ですけど……この先、幸せになって見せます」


お兄様は笑った。けれど目が悲しみを訴えていた。


「そうか……期待しているよ」

「はい」

「俺よりも幸せになってくれ」

「だとしたら……キャロル様より良い女にならないといけませんね」

「それは険しい道のりだな」


会話の後、二人で笑いあった。

お兄様は私が居なくなっても大丈夫。

キャロル様がお兄様を慰めて下さるだろうから。

安心して修道院に行けそうだ。


「クライド様から指示は有りましたか?」

「いや、まだだ」

「そうですか……」


次のパーティもお休みか……


「あとふたり……」


復讐を終えたら、大人しく修道院に行こう。

そう思いつつ、お兄様と一緒に屋敷の中へと入って行った。


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