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はじめては誰だって怖い


イヴリーラから距離を置いた次のパーティ。

私は案の定、イヴリーラに呼び出された。

キャロル様経由で呼び出しの話が来た。


「彼女、相当思いつめていたわ……気を付けて」

「ありがとうございます」


向かう前にクライド様に伝えておく。


「イヴリーラに呼び出されました。そこの庭です」


時間が夜な事もあり、庭は暗い。


「計画通り少し時間をおいてからイネインを連れて行くけど……大丈夫かい?」

「はい。お願いします」


クライド様はらしくも無く不安そうな表情を浮かべた。


「心配して下さっているんですか?」

「うん」


すぐに返事がきて、拍子抜けした。

本当に心配してくれてるんだ。


「アレンがヘマやらかさないか不安だよ」

「……」


うん、そうだよね。

変な期待した自分が愚かだったよ。

クライド様に惹かれている事を自覚したのは、最近の事だ。

まだ好きだとはっきりは言えない上に、言う資格さえ無い。

修道院へ行くまでのささやかな片思い未満。

復讐を手伝ってもらっている身で、思いを告げるなどあり得ない。


「では行ってまいります」

「駄目そうだったら叫ぶんだよ? 男らしくね!」


男らしくを強調された。女みたいに叫んだらまずいからだろう。


「気を付けます」


クライド様から離れ、人気のない庭へ。

すぐに暗がりからイヴリーラが現れた。


「アレン様。お待ちしておりました」


切なそうな表情をするイヴリーラに微笑みかける。


「久しぶりだね。どうしたの?」

「わたくし……アレン様の事が忘れられなくて……」

「でもイヴリーラ、君には」

「分かっています。分かって、居るのです……」


復縁を迫られる事は予想していた。

イヴリーラの婚約者であるイネイン様は、あまり愛を囁かれる方では無くそれにイヴリーラは不満を持っていた。

誰かに愛を囁かれたい。ちやほやしてほしい。

彼女にとってヴィクトルは丁度いい存在だったのだろう。

その存在が居なくなり、愛を囁いてくれるのは新しく現れたアレンのみ。そのアレンも去ろうとしている。


「はあ……」


聞こえるように溜息を落とす。

涙を浮かべるイヴリーラに内心イラつきながら微笑み返す。


「どうしたら婚約者が君を手放すか……ボクなりに考えたんだ」

「方法があるのですか?」

「ヴィクトルって人、知ってる?」


ギクッとイヴリーラの体が跳ねる。

アレンは今までヴィクトルの事を話したりしなかった。


「君は社交界で自分が何と言われているか知っているかい?」


社交界におけるイヴリーラの噂は、他の二人とほぼ同じだ。

婚約者の居る身でヴィクトルに傾倒し、体まで捧げた。

事実かどうかは分からない。ただ現実に噂が立っている。


「正直に聞くけど、体の関係はあったの?」

「そ、れは……」


俯くイヴリーラに、無いとすぐに言えないならばあったのだろうなと眉を寄せる。


「あるのなら、好機だよ」

「えっ?」

「普通、婚約者がすでに他の男のものだなんて嫌だろう? 簡単に別れてくれるさ」


イヴリーラの表情が明るくなる。

別れた後、アレンと付き合えると思っているのだろう。


「アレン様は気にしませんか?」

「ボクだって少しは気にするよ……イヴリーラの事だから」

「嬉しいわ、アレン様……」

「婚約者にさようならは言える?」

「アレン様の為ならば」


後はイヴリーラが婚約者に自分の身がすでにヴィクトルの手によって穢れている事を告げ、アレンは彼女を拒否するだけで完了する。

穢れた身である事を自ら暴露したイヴリーラと婚姻したいなどと言う好き者はいないはずだ。


「アレン様」


私は油断していた。計画が思い通り進みそうで、安心していた。


「っ、な!」


手首を掴まれ、不意に草むらに押し倒される。

慌てて起き上がろうとするも、イヴリーラが腹の上で跨っている。


「何を!?」

「約束が欲しいわ、アレン様……」


見覚えのある光景だった。


「今ここで契りましょう?」


そうだ私は……こうやって……髪を切られたのだ。

ナイフでザクザクと、玩具の人形で遊ぶように。


「怯えているの? ふふっ可愛いわね」


体は勝手に震えだした。

たった一人の人間に恐怖し、声すら上げられなかった。

あの時の事を思い出していた。


「大丈夫、安心して……はじめては誰だって怖いものよ」


女の細い指が私の服にかかる。

これ以上、私から何を奪うと言うのだろう。

女として幸せになる権利を奪われ、さらにこの身を汚すのか。

そんな事、許されるはずがない。


「アレン!!」


安心できる声が耳に届いた。クライド様の声だ。

駆けつけたクライド様がイヴリーラを無理やり私から離し、イネイン様が私を引っ張って下さった。


「アレン君! 大丈夫かい!?」


恐怖で震える体でイネイン様を見上げる。

奥歯はガチガチ鳴り涙で目の前が霞んだ。

イネイン様がイヴリーラを睨んだ。


「イヴリーラ! どういうつもりだ!?」


婚約者に睨まれたイヴリーラは睨み返した。


「丁度良いわイネイン様。わたくしあなたとは結婚できません」

「だからなんだ!? アレンにこんな事をした理由がそれか!?」

「そうよ! わたくしはアレン様と結婚するの!」


そう宣言したイヴリーラを有り得ないと見た後、真偽を確かめるべく私に視線を投げる。

なりふり構っていられず、涙を零しながら首を左右に振った。


「わたくしはもう清い身ではありません! イネイン様と一緒にはなれないのよ」

「そんな事! 今は関係ないだろう!」

「いいえ! 関係あるわ!」


女は過去にヴィクトルとの体の関係がある事を自ら暴露した。

事細かにどのように抱かれたのか語る女に、イネイン様は気分を悪くされたようで真っ青になっていた。


「君は……婚約者が居る身でそんな事を……信じられない……どうしてそんな……」

「寂しかったのよ! もっと愛されたかったの!」


言い争う二人を遮るように目の前にクライド様が立った。

本当に心配そうに私を見ている気がするけど、涙のせいだろうか。


「アレン、もう行こう」

「……っ」

「復讐は終わった。もう二人の関係が修復する事は無いだろう」


クライド様に引っ張られ、立とうとするが上手く行かない。

足が震えて上手く力が入らない。

騒ぎを聞きつけた他の参加者が続々と集まり始めていた。


「チッ、面倒な」

「あっ!」


ふわりと体が浮いたと思うと、抱きかかえられた。


「イネイン! 後は好きにしろ!」


囲まれる前にと早足で立ち去る。

すれ違う人から好奇の視線が刺さり、縮こまってきつく目を閉じた。

瞼の裏にはイヴリーラが私の髪を切る瞬間が焼き付いていた。

ざわめく会場を出て、喧騒が遠くなる。

それでもクライド様は止まらない。確実に安全な場所へと急ぐ。

やがて、どこかの扉が開く音がして、閉まる音がした。

どさりと勢いよくクライド様は座り込み、安心したように一息吐いた。


「アレン」

「……」

「いつまで泣いてるの。どうして泣いているの」

「……」

「アイリーン? 教えてくれなきゃ分からないよ」


何かが濡れた頬に触れて振り払った。

目を開けると、その何かはクライド様の指だった。

周りを確認すると、休憩室のようでクライド様はソファーに座っているようだった。

私はそんなクライド様の膝の上に乗っている。一瞬で頭が沸騰した。


「降ろしてください!」

「はあ? 降ろすぅ? 自分の手見てから言ってくれる?」


言われたとおり自分の手を見た。

クライド様の服をきつくきつく握りしめていた。


「すみません!」


慌てて離した手はジンジンしていた。どれだけ強い力で掴んでいたんだろうか。


「少しは元気になった?」

「……はい」

「笑ってごらん? 目標は達成したんだから」


嘘でも少しだけ笑った。

頬と目尻に残っていた涙を指先で拭って下さった。


「どうして泣いていたの? 襲われたのがそんなに怖かった?」

「えっと……話しますから降ろしてください」


こんな近距離に居たら目のやり場に困る。


「もう泣いたりしないなら降ろしてあげる」


意地悪に言われ、視線が合った。

目を少しだけ三日月にして笑みを湛えている。


「こんな事で泣いたりしません」


少し睨みながら言うと、二人掛けのソファーの隣に座らされた。

ようやく解放された事に安堵しつつ、何故泣いたのか理由を思い出し伝えた。

髪を切られた時の事を思い出した事、自分の体が穢されてしまうのではと思ったら勝手に涙が溢れた事。


「そう。つらかったね」

「もうしません。泣いたりしない」


クライド様と目が合う。

やっぱり心配そうに私を見つめている気がするのは気のせいだろうか。


「泣いても、良いよ? でも……僕の前だけにしてね」


ドクン、と一度心臓が大きく脈動し視線を逸らした。

うるさく心臓が動き続ける。

頬に熱が集まりだした。

何なのこれ。こんな気持ち、はじめて。胸が熱くて、苦しい。


「アイリーン? 大丈夫かい?」


覗き込んでくるクライド様に、


「ぴゃあっ!」


素っ頓狂な可愛い悲鳴を上げる。

クライド様の眉が寄る。


「僕の前では良いけど、外でそんな声出さないでよ?」

「はい! すみません……驚いてしまって」


自分は一体何をしているのだろうか。

クライド様に迷惑かけてばかり……

自己嫌悪に苛まれていると、クライド様がソファーを立った。


「君はもう帰った方が良い」

「え? 何故ですか?」

「もう噂になっているだろう。イヴリーラが君を襲い、僕がアレンを運んだ事が」


噂の中心のアレンに人が殺到するかもしれない。質問攻めになるかもしれない。

嫌な事を思い出す事になるかもしれない。


「ここまで事を荒げてしまった。アレンは社交界から少し離れた方が良いかもしれないね」

「そんな! まだ終わってないのに」

「アイリーン良く聞いて、少しだけだよ。その間に僕が火消ししておくからね」


令嬢に襲われたアレンは心に傷を負い社交界からしばし離れる。

その間にクライド様が噂の鎮静化をはかるようだった。


「大丈夫、アイリーンが居ない間に復讐を終える事なんて無いから。行儀よく待ってるよ」


少し不満だが、クライド様の指示通りにした方が良いのは分かっている。

クライド様のお陰で滞りなく復讐が出来ている。


「ねえアイリーン。聞いていい?」

「はい」

「最後の一人は君の髪を切ったの? どのぐらい切った?」


最後の一人……マリーシャ。

彼女は一番最初に私の髪を切った女だ。

ナイフを取出し、執拗に髪を短く刻んだ。


「私の髪を一番切った存在です」

「そう、なら懲らしめないとね?」


クライド様が私の頭を撫でた。

短い髪を労わっているかのように。

顔をそっと見上げると、いつもの三日月は無かった。

本当に悲しそうな目で私の髪を見つめていた。


「アルフレッドを呼んでくるよ。きっと心配してるだろう」

「はい」

「部屋に鍵をかけておく事。アルフレッド以外は開けないでね?」

「はい」


返事を返すと、猫の目が笑った。


「素直だね、アイリーン」


言われて、少しだけ恥ずかしくなった。


「しばらくはゆっくり休め」

「……はい」


復讐の再開の合図はクライド様からお兄様経由で来るそうだ。

クライド様が部屋から出て行くのを見送り、言われたとおりすぐに部屋の鍵を掛けた。


「はぁ……」


まだ心臓がうるさい。

私はこの場に恋をしに来ているんじゃない。

恋をしたって報われない。分かっているのに。

忘れよう、気のせいだ。そう思うたびに想いが大きくなっていく。

早くお兄様が来ないだろうか。

少しでも早く気を紛らわせないと……手遅れになってしまいそうで……怖かった。


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