女の嫉妬
今日も社交界に顔を出す。
「アレン様」
「イヴリーラ嬢」
久方ぶりに恋人に会えた男の演技をする。
人の気配が少ない場所まで連れ出して、微笑んだ。
「逢いたかったよ」
「まあ、昨日お逢いしたばかりですのに」
「少し離れただけで胸が苦しくなるんだ……何故だろう?」
「わたくしも同じですわ……」
ぴったりとイヴリーラが腕に寄り添う。
一瞬だけ眉を寄せた後、お兄様に似た顔で優しく微笑む。
「君の事をいっそ攫ってしまいたいよ」
「アレン様……」
真っ赤になるイヴリーラに心の中でほくそ笑む。
単純な女だ。だからこそヴィクトルの手足をしていたんだろうけど。
「ずっと共に居られないのかな……」
暗い表情でつぶやく。
イヴリーラは現在脳内お花畑状態だ。
婚約者と突然現れた顔の良いアレン。二人で自分を取りあっている、私を取りあわないで状態だ。
「ごめん、こんな事……もうやめるよ」
「アレン様?」
「君には将来を誓い合った人がすでに居るから……ボクの出る幕では無かったね」
「そんな」
「さようなら、イヴリーラ……愛しい人」
それ以上、何も言わずに去った。
これでアレンの事を追って来てくれるだろう。
私は不安だが、クライド様が一度距離を置けと言った。だから従うだけだ。
「アレン様……?」
人が多い場所まで戻って来た。
名前を呼ばれ、振り向くと令嬢が一人立っていた。
「キャロル様」
お兄様の婚約者。キャロル様は兄に似合った美しい見た目をしている。
キャロル様はそっと私の袖を掴んだ。
「アルフレッド様から聞いたわ。大変だったのね」
「……はい」
「本当はあなたに復讐なんてしてほしくないわ……似合わないもの」
「分かって、います」
似合わないのは重々承知している。
だけど戻るつもりは毛頭ない。
「やるのだったら、徹底的にやりましょう」
「キャロル様……手伝ってもらえるのですか?」
「あなたの気が晴れるなら、何でも手伝うわ」
「ありがとうございます」
「何か手伝えることはある? 影ながら力になるわ」
イヴリーラと距離を置いて、クライド様の指示で次にする事は決まっている。
「では……お願いがあります」
*****
沢山の御令嬢に囲まれて、会話に笑いあった。
「アレン様は素敵ね。話していてとても楽しいわ」
「殿方には退屈な話だと思うのだけど、一つも嫌な顔しないのね」
「ありがとう、レディ」
キャロル様に頼んで、婚約者の居ない令嬢を紹介してもらった。
アレンは私の弟で、まだ若い設定だ。
紹介してもらった令嬢は私よりも年下で、まだ若い子達だ。
「アレン様は恋人はいらっしゃるの?」
目の前に居る子達はアレンに夢中だ。
「居ません。けど……欲しいとは思っています」
爽やかに笑うと、みんな他の令嬢を気にし始めた。
その目はギラギラしていて、抜け駆けは許さないと牽制しあっていた。
思わず笑いそうになった。
見た目が良いって言うのは、それだけで有利なのだと改めて実感する。
右と左、別々の若い令嬢が袖を引き、くっ付く。
「恋人に立候補したいなあ、なんて……」
「ちょっと! アレン様を困らせないで!」
「困ってないわよ。ね? アレン様?」
上目使いで甘えてくる令嬢に曖昧に笑う。
悪いけど、誰も恋人には出来ないよ。
私は女で、復讐者だから。
はたから見れば楽しくお話をしているように見えただろう。
その空気を壊すように、背中に冷たいものが走る。
「!」
振り返ると、離れた場所にイヴリーラがアレンを穴が開くほど見つめていた。
その表情は嫉妬に駆られた悪鬼のようだ。
ぶわりと鳥肌が立つ。
平静を保ちながら、また若い令嬢とのお喋りに興じる。
鳥肌がおさまり、振り向くとイヴリーラの姿は無かった。
「やーアレン。こんな所に居たのかい?」
肩に手を置かれ、見上げる。
見なくても声でクライド様だと分かっていた。
若い令嬢達は突然現れたクライド様に騒ぎ始める。
クライド様はアレンと比べると何もかもが上だ。家柄も見た目も、全部。
勝とうなどとは思わないが、令嬢の視線を一気に掻っ攫われるのは少しだけ気に障る。
「イネインが聞きたい事があるってさ」
イネイン様はイヴリーラの婚約者だ。
以前イヴリーラの気持ちを引き出す事を条件に近付く事を許されている。
会う度に当たり障りない内容を定期的に報告はしているが……まだ何かあるのだろうか。
「分かりました」
そう言ってその場を離れる。
令嬢達は名残惜しそうにアレンとクライド様を見送った。
「イネイン様はなんと?」
「今日、特にイヴリーラが冷たいらしくって。何か知らない? だってさ」
理由を知っているクライド様は乾いた笑いを漏らした。
「距離を置く作戦は見事にハマったって事かな?」
「そのようですね」
同じように乾いた笑いを漏らした後、イネイン様へと足を速める。
イネイン様の姿が見えた。顔色があまり良くなさそうだ。
「やあ、アレン君」
「イネイン様……大丈夫ですか?」
「心配無用だよ。アレン君、今日イヴリーラと話したかい?」
「ええ、少しですが」
「実は……イヴリーラが口を聞いてくれなくてね……理由が分からなくて困っているんだ」
イネイン様は本当に困った顔をして力無く笑った後、溜息を吐いた。
アレンはイヴリーラと仲が良いと思われている。
現にイネイン様にお願いされていた事も聞き出している。
一つ目のお願いは、イヴリーラがイネイン様をどう思っているか。
これに対しては、言いにくそうにイヴリーラは婚約者を愛していないと告げた。
イネイン様はそれを家同士が決めた事で仕方ないと割り切った。
愛されていないと知りながらもまだ結婚するつもりでいる。潔い。
「イヴリーラ嬢は、ボクにこういいました」
もう一つのお願いは、他に好きな人が居るのか聞き出す事。
二人の仲を引き裂くために、言葉を重ねる。
「愛しているのは……ヴィクトル様だけだと」
「やはり、そうか」
「けれど、ヴィクトル様の事は忘れる。ボクと一緒に居たいと」
「なに?」
「ボクはイネイン様の依頼があってイヴリーラ嬢と共に居ました。一緒に居るうちにボクに恋をしたようでした」
「………」
「申し訳ありません、イネイン様。ボクにその気は無かったのです」
縮こまるアレンに、クライド様が助け船を出す。
「イネイン、アレンはまだ若いし元の国に好きな人が居るんだよ? イヴリーラに詰め寄られて怖い思いをしたって言うんだ。誰が悪いか分かるかい?」
アレンに好きな人がいる設定は、さっきで出来た。
イネイン様は額を押さえた。
「イヴリーラ嬢の機嫌が悪いのは、ボクがそれを察して距離を取ったからです」
「……」
「お二人の仲を邪魔立てするつもりは無いのです……」
幾度となく謝ると、イネイン様がようやく顔を上げた。
そしてアレンの肩に手を置いた。
「分かっているさ、アレン……君は悪くない」
「イネイン様……」
「イヴリーラ……どうしようもない女だ……まだ若いアレンに……」
イネイン様のイヴリーラへの愛情を削ぎ落としていく。
イヴリーラは常に婚約者を裏切り続けている。
もう愛情は残っていないだろう。
後もう少し……
「イネイン様、試したい事があるのです」
傷ついた表情を浮かべながら、申し訳なく話し始める。
「ボクの為では無く、イネイン様の為にイヴリーラ嬢を試したいのです」
婚約者を試す事に抵抗があったのかイネイン様の眉が寄る。
そこに真剣な表情をしたクライド様が、
「僕も手伝おう。イネインの為に」
あくまでもイネイン様の為を強調する。
クライド様が手伝う事になり、断る事が出来なかったのかイネイン様は頷いた。
イネイン様と別れた後、クライド様と計画を練る。
「どうしたら不幸に出来るだろうか」
「裸にひん剥いて公衆の面前に晒すのが一番良いよ?」
「それは……やりすぎです」
「優しいねアレン。まあ今回はイネインが全面協力してくれるし? 楽しもうじゃないか」
三日月が私を見つめる。
「クライド様は、黒猫みたいなお人ですね」
黒の毛並みに黄金の瞳。目を歪めて笑う姿は猫さながら。
「そんな事初めて言われたよ」
猫みたいだなんてクライド様に言う人は私ぐらいなものだろう。
「アイリーンは、猫が好きかい?」
「猫、好きですよ。家の都合で飼ってはいませんけど」
いつか飼いたいと思ってたけど、飼う事は叶わなかった。
修道院では無理そうだ。
「それならいいんだよ」
満足げに笑うクライド様に首を傾げた。
「クライド様は?」
「僕? どっちでもないかな。犬は昔飼ってたけどね」
そう言えば、クライド様と楽しく話すのは初めてかも知れない。
復讐から離れて、一時忘れて……
「マリーシャはどうです?」
「いつでもいけるよ。イヴリーラが終った後で良いかな」
「そうですか」
少しだけ目を閉じた。
彼女達への復讐はいわば序曲だ。
ヴィクトルが戻って来るまでの暇つぶしだ。
そう言えば、ヴィクトルへの復讐はまだ決まってはいない。
クライド様に良い考えがあるらしいが、まだ教えてもらっていない。
今更クライド様が裏切る事は無いだろうから、大人しく待っている。
イヴリーラへの復讐は、少しは楽しみたいとぼんやり思った。