太陽の貴公子
あの事件の次のパーティ。
いつも通りクライド様と共に人通りが無い夜のテラスの端に集まった。
「イヴリーラはどうなってる?」
「彼女の気持ちはアレンに傾いています。もう少しかと」
「そうか……呼び出されたらすぐに言ってね。アレンは女相手でも力負けしそうだ」
実際、私の腕力はたかが知れてる。事実、女三人に私は勝てない。
「マリーシャはどうです?」
「事件のお陰で関係性はだいぶ進んだよ。ヴィクトルに続いて僕まで失いたくないみたい。彼女が大切にしなくちゃいけないのは婚約者なのにね」
そう言って目を三日月にする。
何か企んでいそうなこの猫の目にも慣れてきた。
溜息を一つ落とす。
最初の復讐が終わった。喜ばしい事だ。
ステリナの事件の噂はしばらく社交界を賑わせるだろう。
婚約者であったディスラトはステリナと結婚する事を頑なに拒否している。
噂では婚約は白紙になり、不祥事を起こしたステリナは家に捨てられる形で修道院行きがすでに決まっていると聞いた。
見事に目標達成だ。だけどすっきりしないのは、引導を渡したのが私では無く無関係なクライド様だからなのだろう。
無関係な人を巻き込んでいると考えると、胸が苦しくなっていく。
「ヴィクトルが戻って来る前に終わらせちゃおうね」
「……はい」
復讐をする事には開き直った。
ずっと自分の手で誰かを不幸にするのに抵抗があったが、ステリナへの復讐が終わり家に帰り使用人のケイトに、私を不幸にした人間が一人不幸になったと言うと、涙を零して喜んでくれた。
そこで、吹っ切れた。
誰かの気持ちが晴れるなら、私はその誰かの為に復讐をしようと決めた。
家族やケイトが前を向けるように。少しでも憂いを残さないために。
「アイリーン」
ギクリと体が跳ねる。
全てを惑わす琥珀色の瞳が真剣な表情で私を見つめる。
「なん、ですか?」
近すぎる距離に声が上ずる。
キスできそうな近距離に挙動不審に視線を彷徨わせてしまう。
クライド様は両手を使って私の頬を包み込んで、視線を交差させようとしてくる。
「っ、クライド様っ」
抵抗していたが、最後は諦めてクライド様を見つめた。
夕闇の貴公子。誰がそう名付けたのかは分からない。
でもどうしてそう名付けられたのか、なんとなく分かる気がする。
クライド様は掴み所が無くて、いつも何かを悲しんでいる……憂いている。
真っ直ぐでは無く、どこかひねくれているのだ。
「何を考えていたの?」
復讐の事を考えていた。家族の事を考えていた。
「僕と一緒に居るのに、違う事考えるとか余裕だね?」
「……なに?」
「もっと僕の事を見てもバチは当たらないよ?」
意味が分からない。
そう言えばクライド様は女性全般が苦手で、触れるけど触りたくないそうだ。
私は女だけど、こうして高い頻度で触って来る事が多い。
理由を聞くと、私が男にしか見えないから平気なのではと曖昧な返事が帰って来た。
「離してください」
いつもはそう簡単に離してくれない事が多いが、今回はすぐに離してくれた。
拍子抜けしていると、
「誰か来たみたい」
クライド様はそう言って黙った。
誰が来たのだろう? 振り向くと誰かすぐに分かった。
「兄上」
「アレン、クライド様」
「やあアルフレッド。こんな場所に何か用事?」
こんな場所、と言った通りこのテラスには何もない。
静かな場所を求めるとか、少し涼むとかそのぐらいしか価値は無い。
「アレンと親しくさせていただいているようで……」
「ああ、他国の事とか気になってね。今も話をしてたんだ」
二人に視線を投げかけられて、頷いた。
クライド様と一緒にいる事を怪しまれたらそう言って誤魔化すと前々から決めていたのだ。
「クライド様に聞きたい事がありまして」
「いいよ。なに?」
お兄様は一度私を見た後、クライド様を睨むように見た。
「二人は共に居る時間が長いように思うのですが、何か理由があるのですか?」
「言っただろ? 他国の事を聞いていたって」
はぐらかそうとするクライド様をお兄様はさらに睨む。
「それが俺には嘘だと分かるのです」
私はお母様の国の事など簡単な知識しかない。
クライド様が満足できる話など出来ないのだ。
「アレン、ステリナの話はお前に関係があるのか」
「……」
「関係あるのならクライド様とお前はどう言う関係なんだ?」
お兄様に詰め寄られ、左右に首を振る。言えない、言いたくない。
心配かけたくない。
「あーあ。つまんないよアルフレッド」
お兄様の肩を掴んで、自分と向き合わせ目を三日月に歪ませる。
「折角楽しくやってるのにさあ……君の妹と」
「っ! 知って……」
「本来なら兄である君が妹の憂いを晴らすべきだと思うよ? 何もしないくせに後から出てきて口挟まないでくれる?」
「アイリーン! どう言う事だ!?」
お兄様は復讐の対象はヴィクトルだけだと思っている。
何も知らないのは私が何も伝えていないからだ。
クライド様はお兄様の腕を掴んでまた自分の方を向かせる。
「アイリーンを虐げたのはヴィクトルだけでは無い。知らなかったの?」
「まさかステリナがその一人だと言うのか」
「ご明察」
クライド様の笑みが深まり、三日月がさらに細くなる。
「彼女を責めるのはお門違いだよ。周りが何もしないから僕が手伝ってるだけ」
「どうして、言ってくれなかったんだ……」
「お兄様……私は……」
これ以上家族に心配をかけたくなかったから。
私の発言を遮るようにクライド様がかばうように前に立った。
「お兄様は頼りにならないって思ってたんじゃない?」
「アイリーン……」
「アルフレッド、君は妹に何かしてあげた? 何もしてないでしょう? 僕はずっとアレンの隣で見ていたから知ってるよ?」
「クライド様!」
我慢ならずにクライド様の手を引っ張った。
「お兄様は悪くありません! 私が心配かけたくなくて言わなかっただけです!」
「心配かけたくないってさ、便利な言葉だよね。配慮があるように見えて相手の心を踏みにじってるよね?」
「何が言いたいのですか」
「アルフレッドは君の本当の気持ちを知らなくて、教えてもらえなくて悲しんでいるよ? 本当は色々してあげたいのに」
落ち込むお兄様と目が合った。
それ以上言い返す事は出来ず、クライド様を見上げた。
「ま、あとはお二人でどーぞ。僕は計画通りに動くだけだから」
ひらひらと手を振って、笑顔のまま会場へと戻って行くクライド様をただ見送った。
残された私とお兄様は無言のまま立ち尽くした。
「アイリーン……」
名前を呼ばれたので消え入りそうな声で返事をした。
「俺は、頼りなかったか?」
「そんなこと、そんなことないです」
「ならどうして……本当の事を教えてくれなかったんだ?」
胸が苦しい。お兄様を傷つけたかったわけではないのに。
「私は、修道院行きが決まっている身です……対してお兄様は婚約者も居て、未来が約束されています。迷惑をかけたくなかったのです」
「何を言うんだ! だからこそ迷惑をかけて欲しいと言うのに!」
お兄様は顔を歪め怒りをあらわにした。
あの時、ヴィクトルに対して憤怒していた時と同じ表情だ。
「お前と共に居られる時間も残り少ないだろう。だから俺は……妹に何かしてやりたいんだ……迷惑をかけたくないだなんて……何もしなくて良いと言われているようで、俺は……悲しい」
「お兄様……」
「今からでも手伝えないか? お前の復讐を……少しでも手伝いたいんだ……」
私は迷った。お兄様に復讐を手伝ってもらう予定では無かったからだ。
けれど、頷かないとお兄様は落ち込んだままだ。
お兄様に落ち込んだ姿は似合わない。
「分かりました」
結局、話す事にした。
復讐する相手と、大まかな方法も。
お兄様は表立ってでは無く、私とクライド様が動きやすいように裏から動いてくれる事になった。
「残る対象はイヴリーラとマリーシャ……それからヴィクトル」
「イヴリーラは私が。マリーシャはクライド様にお願いしています」
「分かった。キャロルにも手伝うように言っておく」
キャロル様はお兄様の婚約者だ。
「キャロル様には言わないで下さい!」
「どうして? アイリーンの事をとても心配していた」
「もうこれ以上、誰かを巻き込みたくないのです」
すでに無関係のクライド様を巻き込んでいる。
お兄様が安心させるように私の頭を撫でた。
「そうは言っても……キャロルは顔が広い。俺よりも頼りになるだろう」
それに、と言ってお兄様が笑う。
「一人だけ除け者だとあいつ、怒るだろう?」
キャロル様は世話焼きな性格だ。
アレンの姿で会った時、何度もアイリーンを気にして下さっていた。
私が心から信用できる令嬢の一人だ。
「分かりました、お兄様……ご迷惑おかけします」
「行き詰ったらいつでも言え。悩み事も俺や父上か母上に漏らしたって構わない。みんなお前の味方だ」
目に涙の膜が張る。
私は気が付かない内に色んな人に心配されてしまっていたようだ。
でもまだ泣くには早い。
「ありがとうございます」
太陽のように笑うお兄様を見て、安心した。
復讐が終わったら、いっぱい泣いていっぱい笑おう。
「クライド様に謝りに行かないとな」
「え? どうしてですか?」
クライド様はお兄様を貶した。お兄様が謝りに行くのはおかしい。
疑問が顔に出ていたのか、お兄様は笑った。
「俺は最初お前を叱るつもりだったんだ。だけどクライド様は俺の怒りをいなし、お前を俺の代わりに叱って対話の場所を作って下さったんだ」
「そう……でした?」
悪役です、って顔して私とお兄様に嫌味を言ったとしか……
「分からないようでは、まだまだと言う事だ」
「う~ん」
「手の平の上で転がされた気分だけどね」
お兄様は私の手を握った。
「さあ、戻ろう。目的の為に」
「はい!」
元気な返事を返すと、お兄様は笑った。
久しぶりにお兄様と手を繋いだ。大きくてあったかい手。
子供の頃はこの手が大好きだった事をふと思い出した。