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最初の復讐


アレンと名を偽り、性別をも偽ってこの場に戻って来た。

この嫌悪感は、私を貶めた彼女達への恨みか。

それとも、そんな彼女達を騙している罪悪感からくるものなのか。

自分では判断できない。


「無理をしなくても僕が全部してあげてもいいよ」


計画が順調に進むうち、クライド様が甘く囁く。


「そもそも復讐なんて君らしくないものね」


確かに私らしくない。

人の事を悪意を持って騙すなんて、有り得なかった。


「いっそ、やめてしまった方がいいと思わないかい?」


やめてしまえばもう思い悩む事は無くなる。

罪悪感にとらわれる事も無い。


「家で心と体を休ませると良い。僕が掃除しておくから」


私の体……髪はボロボロだ。

心だって疲弊している。


「君は家で彼女らが僕の手で不幸になっていくのを聞く事になるだろう」


濃密な琥珀の瞳が弧を描き、笑う。

空から私を見下ろす三日月のようだ。


「もうつらい思いも苦しい思いもしなくて良いんだ」


クライド様は猫のようで気まぐれに私に優しくして下さる。

だからこそ、私は……


「これは私の復讐です。嫌なら降りて下さい」


まだ、立っていられる。

一人だったら罪の意識に押しつぶされていたかもしれない。

最初の被害者は私だ。加害者を罰するだけ。そう思うのに、心が苦しいのは人を陥れる事をした事が無いからだ。

慣れていないからと思い込む事にした。


「分かったよアレン。なら最初の復讐を始めようじゃないか」


アレンが社交界にお披露目されたパーティから数回目。

クライド様はすでに一人、地獄に落とす算段が付いたようだ。

私はまだイヴリーラを攻略中で、復讐には早すぎる。


「さすが、早いですね」

「相手がヴィクトルに捨てられて傷心中だったからね」


ヴィクトルはまだ社交界に帰ってこない。

これを好機とし、三人を掃除しようと言うのがクライド様の考えだ。

私も同意している。

今回復讐するのは、ステリナだ。

三人の中では大人しい方で、あの事件の時は私を押さえつけドレスを破いたぐらい。

髪に手は出さなかったが、とても怖い思いをした事を覚えている。


「ステリナを惚れさせるだけ惚れさせたよ。言いたくもない愛を囁いてね」


そして先程ステリナはクライド様を休憩室に呼び出したらしい。

クライド様の勘では、愛の告白がされるのではと猫の目がニマニマ笑う。

婚約者が居る身なのに、ヴィクトルに続いてまた裏切る。


「ステリナの婚約者、ディスラトには話をつけてある」


ディスラトには婚約者に呼び出された事と呼び出しに応じる返答をしているそうだ。

そして……自分は女嫌いだからステリナが何をするのか怖い、時間が経っても出て来ないようなら助けてくれないか。と言ったらしい。


「彼は憤ってたよ。恋に奔放な婚約者にね」

「ボクは何をすればいい?」

「ディスラトを連れて休憩室の前までおいで。合図を出すから、そしたら入ってくるといい……面白いものを見せてあげるよ」


本当に楽しそうに笑うクライド様に悪寒に似た寒気が体を通り抜けて行った。

計画では彼女達を私と同じ目に合わせる事が復讐となる。

つまり修道院送りだ。

あの長くて豊かな髪を短く切り揃えるのだ。


「ディスラト様」

「ああ、アレン君……クライド様は?」

「先に待ち合わせ場所に向かわれました」

「そうか……」

「事を穏便に済ませたいとおっしゃっていました」


穏便に済ませる気は毛頭ないが、そう言えとクライド様が言うので言われたとおり行動する。

ディスラト様は頭に血がのぼっている様子だった。


「今回の事は如何されるご予定ですか?」

「決まっている。状況によっては謹慎にして頂く」

「……ボクも同じ考えです。奔放な彼女には十分な罰でしょう」


婚約者が居る身で他の男に恋をした。

罰として自宅謹慎。男との仲を引き裂くのだ。

……これが十分な罰? 笑っちゃうわ。

私の望みはただ一つ。ディスラト様の婚約者ステリナの、修道院行きだ。

複数ある休憩室の内、一番右の休憩室が今回の舞台だ。


「こちらでしばらく待ちましょう」

「……ああ」


イライラしているディスラト様を引き留める。

本当はすぐにでも休憩室に入り、ステリナを叱りつけたいのかもしれない。


「アレン君、この国はどうだ? 暮らしには慣れたかい?」

「はい。家族が良くしてくれています」


家族には感謝しかない。

アレンとして戻って来られたのはお父様のお力無しでは出来なかった事。

お母様にはアレンの衣裳を揃えていただいた。

お兄様には……ずっと心配しかかけていない。


「兄上がいつも気を使って下さいます」

「アルフレッドはこれ以上ない兄だろう」

「はい。誇りに思っています」


そこでディスラト様が、今日初めて口角を上げた。

緊張が少しだけ和らいだ瞬間。


「っ!?」

「なんだ!? 悲鳴!?」


クライド様のものと思われる悲鳴が反響した。

鬼気迫る悲鳴に慌てて休憩室の扉を開ける。


「なっ!?」


ディスラト様がその光景に絶句し、声を上げる。

私は声すら上げられなかった。

部屋の扉を開けた時、ステリナは服を着ていなかった。

いや、服だけでは無い。何も身に着けていなかった。

突然現れた婚約者にステリナは硬直し縮こまっていた。

恐らく演技で真っ青な表情でクライド様が叫んだ。


「急に彼女が脱ぎだしたんだ! 僕を襲うつもりだったんだ!」


ステリナの正面に居たクライド様はディスラト様の背に隠れた。

クライド様の服は少しも乱れていない。

背に隠れたクライド様は私にだけ分かるように口元に笑みを浮かべた。


「ステリナ……お前……!」

「違うの! 違うのよ!」

「何が違うと言うんだ!? こんな場で一体何を!?」


なりふり構っていられなかったのか、裸のままディスラトにすがりつくステリナ。


「クライド様が脱げって! そう言ったのよ!!」

「信じられない! 彼が婚約者の居る君にそんな事を言うはずがないだろう!」

「本当なの! ディスラト様! 信じて!」


クライド様はディスラト様にステリナに呼び出されている事を事前に報告してある。

対してステリナは婚約者には黙って、クライド様を呼び出し愛の告白とやらをしたのだろう。


「信じられるものか! お前は顔が良ければどんな男だって良いのだろう? ヴィクトルみたいなクズでもな!」

「ヴィクトル様を悪く言わないで! 何も関係ないわ!」

「関係が無いだと? 自分が世間からどう言われているのか知らないのか? この尻軽が! 二度と姿を見せるな!」


ステリナは未だにヴィクトルへの想いを捨てられないようだ。

咄嗟にヴィクトルをかばい、婚約者は去って行く。

ディスラト様は既にステリナを愛してはいなかった。

ヴィクトルと関係を持った売女として噂され、ディスラト様はその度に恥ずかしい思いをしていたようだ。


「ディスラト様! 待ってお願い! ディスラト様!!」


必死に婚約者を止めるステリナ。憐れな姿だ。

腕を掴まれたディスラト様はステリナを払いのけた。


「きゃあっ」


床に尻餅をつき、涙で化粧がはがれた顔で婚約者を見上げる。

ディスラト様はその様子を鼻で笑った後、冷たく言い放った。


「良い娼館でも紹介してやるよ」

「でぃ………らと、さま……?」

「お前にはおあつらえ向きな職だろう? 好きなだけ足を開けばいいさ」


唖然とするステリナを残し、ディスラトは今度こそ去って行った。

彼の足音が完全に聞こえなくなったところで、


「アッハハハッ!!」


堪えきれなかったのだろう。甲高くクライド様が腹を抱えて笑い始めた。


「こんなにっ、上手く行くなんて! ククッ……最高だよ!!」


悪役さながらに笑うクライド様にようやくステリナは気が付いた。

自分が騙されていた事に。


「何故……何故このような事を!?」

「ディスラトが不憫だったからさ。中古の女掴まされて。ははっ」


貴族界では女には処女性を求められる。

これは歴史だ。ステリナも十分知っていたはずだ。


「ヴィクトルと寝たんでしょ? 脱ぐの早かったもんね」

「ちがう……」

「こんな風に休憩室で楽しんでたんだ? 僕には理解できないよ」

「ちがう! ちがう! ちがう!」


状況を理解したくないのか、床にうずくまって叫び続けるステリナ。

それを至極楽しそうに微笑んで見つめるクライド様と、戸惑いながら見続ける私。

これでは誰が復讐者なのか分からない。


「おっと、野次馬が来たみたいだね」


複数人の足音がこちらに近付いて来ていた。


「僕らはこれで。後は好きに生きたらいいよ。修道院行きだと思うけどね!」

「いや、いや……一人にしないで……」

「行くよアレン」


クライド様に腕を引っ張られる。

ステリナの最後の姿を目に焼き付けながら、休憩室を後にする。

会場に戻る途中、警備兵と使用人、野次馬だろう複数の男女とすれ違った。

ステリナは沢山の人間に肌を見られる事になるのか……私だったら自殺するな。


「アーレン」

「……」

「あれんくーん?」

「……」

「アイリーン」


耳元で低く名を呼ばれ、距離を取った。

きょとんとしているクライド様の琥珀色の瞳が私を見つめる。


「何を考えてるの? まさか……同情してるの?」

「……そんな、こと」


これは制裁だ。

そもそもステリナが私に手を出さなければこんな事にはならなかった。

それにクライド様の誘いに乗らなければ、辱めを受けずに済んだ。

だからこれは、彼女の自業自得なのだ。


「同情はしていません……けれど、裸はやり過ぎな気が……」


クライド様がにんまり笑う。三日月の目。


「アレンは優しいね? 当然の報いだと思うけど?」


喉を鳴らして笑うクライド様の姿に、私も復讐をして笑えるぐらいにならないといけない気になってくる。

私は復讐には向いていない性格だ。自覚している。


「復讐は狂気の沙汰程おもしろいってね。アレン、笑っても良いんだよ?」


言われて、少しだけ笑った。

気持ちが軽くなった気がした。本来の目的が一つ達成できたと喜べた気がした。


「見てアレン。マリーシャだ」


クライド様が受け持っているもう一人がとても心配した顔で走り寄ってくる。


「クライド様っ」

「ああ……マリーシャ……」


演技がかった仕草で、クライド様はマリーシャに少しだけ寄りかかった。


「噂は本当なのですか?」

「……噂?」

「ええ……ステリナが……」


休憩室で休んでいたクライド様に、ステリナが服を脱いで全裸で迫った所を婚約者であるディスラトに発見されたと騒ぎになっているようだ。


「本当、なのですか?」

「そうだよマリーシャ……僕は君以外触れないのに……とても怖かったよ」

「まあ、クライド様……御無事で何よりですわ……」


マリーシャがクライド様の腕にすり寄る。

クライド様は一瞬だけ深く眉を寄せた。

彼女だけしか触れないと言うのは復讐のための嘘のようだ。

やはり無理をしているのだろうか。


「マリーシャ嬢」

「あっ、えっと……アレン様」


声をかけると、マリーシャはクライド様から離れた。

マリーシャからやましい気持ちが見え隠れする。


「ステリナ嬢とは友人だと聞いてますが」

「ええ……確かに親しくしていた時期もありましたが……」


騒ぎの真っ只中にある休憩室へ続く廊下を睨んだ後、威嚇するように吠える。


「このような事をする方を友人とは言えませんわ」


単純にクライド様を寝取られそうになって威嚇している子犬に見えた。

友人よりも男か。分かりやすい。


「クライド様、行きましょう?」

「うん。アレン、またね」


疲れた演技をしながらマリーシャを連れて会場の奥へと進んで行くクライド様。

私にだけ見えるように三日月を作って、次の獲物に狙いを定めていた。


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