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復讐の共犯者


「私はヴィクトルに髪を切られ、玩具にされ捨てられました。復讐がしたいだけです」


聞いていても特に楽しくない話を黙ったまま真剣な表情で聞くクライド様。

琥珀色の瞳が私を見透かす。


「黙っていてもらえないでしょうか。クライド様にご迷惑はお掛けしません」

「事情はよく分かったよ。アイリーン」


クライド様の眉が一瞬だけ深く寄り、誰も居ない暗闇を睨みつけた。

殺気を発する表情に鳥肌が立つ。

そしてさっきまでの表情が嘘のように変わり、三日月の笑顔になった。


「僕、ヴィクトルの事大っ嫌いなんだ」


笑顔のまま、ヴィクトルを嫌悪する。


「あいつは不幸になるべきだ。だからね、アイリーン」


私を女と認識した上で、クライド様は私の肩に手を置いた。


「君を不幸にした奴らに復讐をしよう? 僕も手伝うよ」


言われている意味が理解できず、見上げる。


「なにを……」

「手伝うよアイリーン。君の復讐を」

「そ、んなこと……! 結構です!」


肩に置かれた手を振り払おうとした手を、今度は掴まれる。

強い力で握られて、息を飲む。


「君に拒否権はない。女だって言いふらしてもいいの?」

「っ……」

「そのかわり、この事は二人だけの秘密だ」


柔らかい表情で微笑む、月明かりに照らされたクライド様。

こんな状況で無かったら、楽しめただろう。


「分かりました。そのかわり……」

「誰にも言わないさ。約束する」


手を解放されて、思わずさすった。痕になってはなさそうだ。


「君は男と二人っきりにならない方が良いよ。今みたいに力じゃ勝てないから」


猫の目がニヤニヤしながら見てくる。


「気を付けます」

「えーっと、君の事はアレンって呼べばいいの?」

「……はい」

「ふぅん。じゃあアレン、君が復讐したい相手って誰?」


三人の令嬢、先程のイヴリーラと、ステリナ、マリーシャ。

こいつらのせいで私は修道院に行くしかない。だから彼女達も同じ目に合わせてやりたいだけだ。

話しながら、クライド様の様子を窺った。本当に手伝ってくれるのかまだ信用できなかった。


「だからイヴリーラと一緒に居たのか」

「少しでも早く復讐がしたくて……」


そして早く、終わらせたかった。

復讐を終えれば、女としての幸せはつかめないけれど、前を向ける気がして。


「三人は婚約者が居る。僕の友人だ。今日この場に来ているから紹介するよ」

「っ、本当に?」

「言っただろ? 手伝うって。アレンはイヴリーラに集中して。他の二人は僕が何とかするからさ」

「えっ、でも、」

「女の口説き方を熟知してる僕と君じゃ、かかる時間が違うよ」


なるべく早く終わらせた方が良い。と耳元で囁かれ目を見開く。


「どうして……手伝ってくれるのですか?」

「言っただろう? ヴィクトルが嫌いなんだ」

「三人とヴィクトルは完全に切れています。ヴィクトルとは関わりがありません」


真偽を確かめるためにクライド様を睨む。

クライド様は琥珀色の目を細め微笑んだ。心臓が痛いくらい高鳴った。


「ヴィクトルの手足だった女は、奴と体の関係がある場合が多い。僕は不貞を働く女が大嫌いでね。彼女らの婚約者を解放してあげようと考えてるんだ」

「……本心ですか」

「ああ、心からそう思っているよ」


笑う、三日月の目。

この答えも本心の一つなのだろう。昔女に裏切られた経験でもあるのだろうか。


「そうと決まれば、挨拶に行こう」

「わっ!」


手首を掴まれ、強引に歩き始める。


「楽しいねえ、アレン」

「クライド様っ?」

「必ず君の憂いを晴らせてあげるからね」


鼻歌を歌いながら会場へと戻って行くクライド様。

クライド様は掴み所が無くて、完全には信用できないのだけど……

今は彼を利用するしかないようだ。






*****






クライド様とご友人に会って来た。

その中にはお兄様の姿もあった。

女性との人脈が乏しい代わりに、男性との人脈は充実していた。

クライド様と突然親しくなった私にお兄様は心配してくれた。

一言笑顔で、大丈夫、と告げると引き下がってくれた。

クライド様に女である事がばれたなどと言えるはずがない。

今回は特にイヴリーラの婚約者と親しくなった。


「アレン君には婚約者は居るかい?」

「いいえ。まだ若いのでこれからです」

「そうか」


暗い表情になった彼に、心配そうに声をかける。


「ずっと、婚約者が冷たくてね」

「そうですか……」

「愛してはいるんだ。だけど時々不安になるんだよ」


そう言って力無く笑うイヴリーラの婚約者を見て、ヴィクトルとの仲を不安視しているのだとすぐに気が付いた。


「ボクで良ければイヴリーラ嬢の気持ちを聞いてきましょうか?」

「本当かい?」

「ええ、イネイン様が良ければ」


イヴリーラの婚約者、イネイン様にそう言って微笑む。

今まで誰も彼の気持ちを助けてあげる人が居なかったのかもしれない。

それにクライド様は口が達者だ。

イネイン様にアレンは女性の気持ちがよく分かる子だと紹介をしてくれた。

クライド様は男性には一目置かれ、面倒見が良いらしい。女性側の評判とは真逆だ。


「アレン君は女性の気持ちが分かるのだろう?」

「ええ、まあ……」


私は女性ですから。


「では、お願いしようかな」

「何を聞きましょう?」


イヴリーラが婚約者であるイネイン様をどう思っているのか。

他に好きな人がいるのかの二つだ。

恐らくヴィクトルの事を聞き出したいのだろう。

ともあれ私は、イネイン様の許可を得てイヴリーラに近づく事を許された。

復讐をしやすくなったと言える。


「さっそく聞いてきます」

「頼んだよ」


その場を離れる際、クライド様の様子をちらりと窺った。

残る二人の令嬢、ステリナとマリーシャの婚約者と親しげに話していた。

視線に気が付いたクライド様が一瞬だけ目を三日月にする。順調に進んでいるようだ。


「イヴリーラ嬢」

「まあ、アレン様。クライド様はもうよろしいのですか?」

「クライド様はこの国の社交界に初めて来たボクに気を使って下さったようです」

「相変わらずクライド様は男性にはお優しいのね」


微笑むイヴリーラに愛想笑いを返す。


「お話できませんか? 二人きりで」


お兄様に似た顔で優雅に微笑む。

彼女と一緒に居た他の令嬢の視線も引く。

正直、ばれやしないかと心配だ。でもそれ以上に楽しい。

私は男を演じるのを心から楽しんでいる。


「アレン様の望みなら……」


イヴリーラは簡単に手を伸ばしてくる。

まさか私がアイリーンだとは思いもよらないだろう。


「一曲踊っていただけませんか」


耳元でひっそりお伺いを立てると、赤くなる顔。

一体、アレンに何を期待しているのだろう。

ダンスは問題なく出来る。お兄様に教えてもらった。

曲が始まると同時に、話しかけはじめる。


「あなたには婚約者が居ると聞きました」

「……知ってしまったのね」

「婚約者の事をどう思われていますか」


残念そうに言うと、イヴリーラも意気消沈したような表情で俯いた。


「あまり見た目が好みでは無いの……でもどうする事も出来ないわ」

「ご両親に相談は」

「したって無駄よ。家同士で決めた事だから……」


イネインの見た目を思い出した。

悪くは無いように思えた。

私だったら手放しで婚約を喜ぶだろう。

それ以上の見目の良さを求めるならば……お兄様やヴィクトル辺りになるのだろう。

だから婚約者の居る身で、ヴィクトルに傾倒していた。


「誰か思いを寄せている人はおりますか?」


そう聞くと、イヴリーラは涙を浮かべた。


「昔は居たわ。何よりも大切な人だった……ふられたのよ」

「イヴリーラ嬢」

「えっ?」


イヴリーラの頬を撫でた。指先で涙を弾いて、優しく微笑む。


「あなたに涙は似合わない。笑っていて欲しい」

「アレン様……」

「少し前に言った事を覚えていますか」


口元に笑みを湛えて、心にも無い事を口走る。


「その心を独り占めにしたい」


イヴリーラの視線が彷徨う。

アレンと言う顔の良い存在に言い寄られて、揺れ動く女の心が見えた。

もっと私に惚れても良いんだよ? 君が望む言葉を何度だって囁くわ。

たくさん遊んで、最後には惨たらしく捨てる。

あなたが私にそうしたように。


「イヴリーラ嬢、また会えますか?」


曲が終わり、彼女は離れて行く。

あまりしつこいと感付かれる危険もある為、初日は此処までにしておく予定だ。


「アレン様……もうこれ以上は……」

「何を言うのです。あなたを呪縛から解き放ちます、何があっても」

「何があっても……? 本当に?」

「家からも婚約者からも。あなたを救いだします」


イヴリーラはまた涙を浮かべた。

悲劇のヒロインを演じる彼女に軽く吐き気を感じた。


「ありがとう、アレン様」

「やはりあなたには笑顔が似合います」

「楽しかったわ。また踊って下さる?」

「勿論」


去って行くイヴリーラを穴が開くほど見つめる。

私は部屋を出てお手洗いに向かった。

男性用の方へ入り、手を洗った。

イヴリーラに触れた個所が汚れて見えて。

蛇口から激しく水を出し、石鹸で手を洗い続けた。

気分が悪い。上手く息が吸えない。くらくらする……

手を洗っても汚れが取れない。

自分が……イヴリーラに甘い言葉を囁く自分が汚いもののように思え、結局吐いた。

今まで悪意を持って人を騙す事などした事が無かった。

やっている事が嫌悪したヴィクトルと同じで目眩がした。


「あーれん? どうしたの? 酷い顔だね」

「っ……クライド、さま……」


気分が悪くうずくまる私に、三日月の微笑み。


「慣れない事をするからだよ? 可哀想に」

「ふー………ふー………」

「今からでも遅くないよ。やめる?」


声を出す気力が無く、必死に左右に首を振る。

苦しそうな私を見てクライド様は満足げに笑った。


「分かったよ。一度決めたら真っ直ぐな所、アルフレッドそっくりだね?」

「わた、し、は……」

「いいよ、つらいだろう? 肩を貸すから、家にお帰り」


肩を借りる事は断り、廊下へと出た。

廊下は真っ直ぐなはずなのに曲がりくねって見えた。

馬車にまで送り届けてもらった。


「君は心も体もか弱い女の子なんだよ? 自覚すべきだ」

「………」

「自覚した上で強くならなくてはならない。復讐を成すために」


クライド様を強く睨みつける。

私は弱い、理解はしている。だから何も言い返せない。

こんな事で吐いていたら身が持たない事は明白だ。


「いいねえ、アイリーン。その表情、ゾクゾクするよ」

「このような失態、もうしません」

「してもいいよ? その度に僕が介抱してあげるから」


笑う、三日月、黒猫の瞳。

クライド様が何を考えているのかなんて、私には分からない。

だけど、何故か良いように転がされている気持ちになって反抗したくなる。


「アルフレッドを呼んでくるよ。弟の気分が悪くなったってさ」

「……ご迷惑をおかけします」

「君と僕の仲だろう? 楽しく復讐しようね」


鼻歌を歌いながら去って行くクライド様の背を見つめる。

ひょうひょうとしていて、掴み所の無い性格。

けれどその背に寂しさが一瞬だけ見えたのは何故だろう。

見間違い、だろうか。

ほんの少しの違和感の理由を知るのは、まだずっと先の話だ。


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