犬としての生活
引き続き暴力表現、残酷表現などがあります。
苦手な方はご注意。
馬車が進む。
隅で寒さに耐えながらただただ震える。
あの後、アルフレッドはオレを売り奴隷とした。
そして馬車を運転する男がオレを買った。
オレはここからどうすればいいんだ……この馬車はどこへ向かっているんだ……
ガラガラと車輪が回る。
まだ、まだだ。まだここから這い上がってやる。
全てに復讐をしないと……このままでは終われない。
「降りろ」
鎖を引かれ喉が絞まり呼吸が一瞬止まる。
やがて冬が来る緑の無い薄茶色の大地に、ぽつんと家が一つ建っていた。
それなりの大きさの家だが、スラッドリー家と比べると見劣りする。
男の方を見る。
さっきまで混乱していて気が付かなかったが、この国の人間にしては身なりが良い。
奴隷は高価だ。それを買ってしまうのだから、男はこの国の貴族だろうか。
男が玄関を開ける。
「アイリーナ!」
びくりと体を震わせた。
あいりー、な?
オレを嵌めた女がここにいる訳がないよな……
未だに心臓が激しく動く。
「アイリーナ! 買って来たぞ!」
遠くで少女の声が聞こえてきた。
「っ!」
目の前に現れた少女はとても醜悪で見るに堪えられないものだった。
十歳ほどの少女の顔はそばかすだらけで、甘やかされているのか肥え太り指まで脂肪がついている。
髪の毛は脂ぎっていて不快な臭いがする。
鼻をつまみたい衝動に駆られる。
「これが新しい犬?」
「そうだとも。綺麗な顔をしているだろう?」
「ふぅん」
少女が顔を近付ける。
思わず眉を寄せる。
本当に匂いがキツイ……
「パパ、この犬貧弱そう。一年ぐらいは生きる?」
「若いからそのぐらいは生きるんじゃないのか?」
じろじろと少女に値踏みされる。
「決めた! あなたの名前はシロよ」
首を振る。オレはそんな名前では無い!
「名前が気に入らないって言うの? 生意気な犬!」
男の足が腹にめり込む。
蹴り飛ばされ床を這う。
「アイリーナが考えた名前が気に入らない訳ないよな?」
「ゥゥゥ……」
「お前は奴隷なんだよ。いい加減分かれや」
「ゥゥ!!」
「……手間のかかる奴隷だ」
それから殴る蹴るの暴力が夕方まで続いた。
娘の教育に悪いだろうと一瞬だけ考えたが、この家では日常茶飯事なのかアイリーナは醜悪な顔をさらに歪めて楽しそうに笑う上に父親の暴力に加担するぐらいだった。
オレは奴隷になった。
つまり、人として扱われないのだと徹底的に教え込まれた。
オレは今日からこの家の犬だ。
それから地獄のような日々が始まった。
まずオレは許可なく家には入れない。
外に使い古された犬小屋があり、そこでの生活を余儀なくされた。
まともな服は与えられず、常に鎖で繋がれ排せつの処理は自分で行った。
食事は残飯で、日に一度だけ。
食べる事に抵抗を感じていたが、残すと容赦ない暴力が待っていた。
家には使用人が数名居るが、どいつもこいつもオレをゴミを見るような目で見る。
使用人と奴隷では待遇が違うのか、暴力を振るわれている様子も無かった。
「シロ! 出てきなさい!」
アイリーナの声が聞こえる。
寒さに凍えながら四つん這いで犬小屋から出る。
勝手に二足歩行をするとアイリーナが癇癪をおこし、躾と表し鞭をふるう。
なるべくなら痛い思いをしたくない。
「散歩の時間だけど今日は家の中を歩くから」
「ゥゥ……」
「外の方が良かった?」
首を左右に振ると、アイリーナが鞭を振り下ろした。
バチン! と音がして、背中に痛みが走る。
「犬が人間みたいに意思表示しないで?」
「グゥゥゥ……!」
「痛かった? よしよし、ごめんてば」
オレの名前がシロなのは、肌の色が白いかららしい。
アルフレッドに潰された喉からはかろうじて呻き声しか出ない。
乱暴に鎖を引かれ、家の中へ。
相変わらずアイリーナは臭い。
使用人の話では風呂嫌いだそうだ。
「パパが連れて来いって言ったの。何をするのかな」
楽しそうにアイリーナが笑う。
アイリーナは暴力が大好きだ。
オレがのた打ち回る姿を見て高笑いしている。
男の自室まで来た。
アイリーナはオレを男に渡すと、勉強の時間だと言い残し去って行った。
部屋のドアをしっかり閉めた男が口の端を上げて笑う。
「折角顔の良い奴隷を買ったんだから楽しまなきゃ損だよな」
「ゥゥ……?」
「声が出ないのが残念だが……」
「ッ!?」
床に組み敷かれ足を開かされる。
妙な既視感から暴れる。
今まで逆の立場だった。男はオレを犯そうとしていた。
暴れた分だけ暴力を受け、結局満身創痍で犯されるしかなかった。
事が終わると寒空の下に放り出された。
しばらくその場から動けなかった。
無理矢理犯される女の気持ちが分かったかしら? と誰かに言われている気分だった。
知るか。男が女を犯して何が悪い。
オレは男が大切にしている娘、アイリーナを犯すこと決めた。
それから数日後。
アイリーナと二人きりになる事が無く、男に対する仕返しに踏み切れていなかった。
男は今日もオレを犯す。
「お前にこれは必要ないよな?」
犯されている際そう言われ、意味が分からなかったが机に縛られ足を開かされナイフを股に当てられて理解した。
「犬が増えないように去勢するのも飼い主の義務だもんな」
「ウゥゥゥゥ!!!」
「ヘックション! 最近寒くなって来たなあ……」
やめろ! やめてくれ!
心の中で何度も叫んだ。
だが、相手に聞こえるはずも、やめるはずもなく。
「うわ、よくみるとグロ……使い込んでんな。顔が良いから女選びたい放題だったのか?」
「ウウゥ! グゥウゥ!!」
「まあ過去の事は良いか。はい、切るよー」
激痛に気が遠くなる。
暴れるとよけいに痛みを感じる事に気が付いて、体の力を抜いて大人しくする。
痛い、痛い、痛い!
「はい、よくできましたー」
「………」
「あー、失神してら」
オレが何をした。
こんな目に合わなければならない事をしたか?
女を散々道具扱いしたオレが女の真似事など……この世の終わりだ。
誰か……助けてくれ……
寒さに飛び起きた。
あの後、犬小屋に戻されたようだ。
男であった証明が影も形も無い事に気が付いて、小屋の中でうずくまり悔し涙を流した。
それからさらに数日後。
アイリーナや男から受ける暴力は激しさを増すばかり。
体に青あざが目立つようになった。
男が娘の名を呼ぶたびに名前の似た女を思い出す。
クライド・フローレンスを傷つける為だけに付き合い始めたアイリーン・ブラニング。
両親に溺愛され、遅くに社交界デビューした箱入り娘。
天真爛漫で無垢な穢れを知らない女にクライド・フローレンスは惹かれたのだろう。
アイリーンに対して何か思う事は今でもない。
ただ、クライド・フローレンスの歪んだ顔が見たかっただけだ。
息を深く吐く。
犬小屋から空を見上げると、鈍色の雲が空を覆っている。
もうすぐ雪が降るのかもしれない。
予想は当たり、日が落ちると同時に雪が降り始めた。
「ふっ、ふー……ふー……」
吐息で指先を温めるが、大した効果は無い。
このままでは死んでしまう。
生命の危機を感じ、主人が居る家へ向かう。
玄関の戸を叩くと使用人が顔を覗かせ、ものすごく嫌そうな顔をした。
「ゥゥ……」
「しっし! 小屋に戻れ! 玄関が汚れる!」
「グゥ……」
勢いよく扉が閉まる。
何でも良い、家に入れてくれ!
殴っても良い! 蹴られても良い! 鞭ではたかれても良い!
犯されても良いから! 頼むから助けてくれ!
扉を叩くと再び開いた。
「うるさい!」
そう言って使用人はオレに冷水を浴びせた。
体温が一気に下がり、その場に膝をつく。
気が付いた時には扉は閉まっていた。
家の中からアイリーナが笑う声が聞こえる。
緩慢な動きで犬小屋に戻る。
少しでも暖を取るために縮こまり丸くなる。
すでに指先の感覚は無かった。
雪が積もって行く。
「ゥゥ……」
いっそ殺してくれ。
寒さでは一思いに死ねない。
じわじわと真綿で首を絞めるかのように、なかなか死ねない。
体の感覚は残っていない。
こんな……こんな死に方は嫌だ……
犬として死ぬなんて……
オレの事を殴った際のクライド・フローレンスの表情が脳裏によみがえる。
お前はこれで満足なのか?
なあ、答えろよ。
雪が小屋の中に入って来る。
寒いと言う感覚も麻痺して来た。
自分の非力さを嘆いた。
もっと力があれば、権力があれば……気に入らない奴らを排除できたのに……
やがて目の前が真っ暗になった。
オレは悪くない。オレは……ただ真っ直ぐに生きてきただけなのに。
許さない。許さない。ゆるさ、な……
*****
アイリーナは家の外に出た。
「わあっ、パパ見て! こんなに積もってる!」
「今年の初雪だな。雪だるまでも作るか」
「わあい!」
新雪を踏みしめて楽しそうにはしゃぐアイリーナ。
娘の様子に男は満足げに頷く。
「……?」
庭の中心に雪が盛り上がっている部分を見つけた。
アイリーナは少しだけ考えて、そこに犬小屋が有った事を思い出す。
「パパー、シロ埋まっちゃってるみたい」
「ぅん? 出て来ないのか?」
「シロー朝だよー? まだ寝てるの?」
呼びかけても全く動きが無く、それどころか生き物の気配が無い事に気が付き親子は顔を見合わせた。
「世話が焼けるなあ」
男が雪を掘る。
「おおーい、シロー?」
小屋の中に犬の亡骸を見つけて男は眉を寄せた。
「パパ?」
「アイリーナ……シロ、死んじゃったみたいなんだ」
「ええっ!? 一年は生きるって……」
「パパの計算違いだったよ。こんなに虚弱だったなんて」
「そう……ちょっとだけ残念」
「シロを埋めてあげよう。どこにしようか」
「クロの隣が良いな」
クロはシロの前に飼っていた奴隷で犬として三年生きていた。
一年も持たなかった犬はシロが初めてで二人は溜息を吐いた。
男が花壇に穴を掘る。
隣の花壇にはクロが埋められている。
犬小屋から亡骸を引っ張り出し、乱雑に埋めた。
「今度は丈夫な犬が良いなあ」
アイリーナはそう呟いた。




