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夕闇の貴公子


再びこの場に戻って来た。

社交界。きらびやかな場とは相反し、陰謀がどす黒く渦まく。


「アレン」

「兄上、なんでしょう?」


アレン、私の男装時の名前だ。

あれから数か月経っている。

男装しこの場に戻る事をお父様は反対した。

そもそも貴族として届け出を出していないと社交界には出られない、と。

そこでお母様が鬼の形相でお父様に詰め寄った。

『アイリーンがしたいと言っている、何とかしなさい』

お父様はお母様に頭が上がらない。

そこでお父様は『何とか』した。

お母様は元々は別の国の人間だ。結婚してこの国にやって来た。

それを利用する事にした。

私の下に弟を作る事にした。設定はこうだ。

名前はアレン。生まれてすぐお母様の実家に預けられる。

お母様の家には跡取りが居ないので跡取りとして育てられる。

実の家族との面識はあり、この度こちらの国の事が知りたいと思い立ち社交界に出る事に。

甘い設定だが、届け出は無事に受理。

受理されるまで時間があった為、男としての立ち居振る舞いをお兄様から教わった。

こうなった以上、女とばれればお父様にもお兄様にも迷惑がかかるからだ。


「大丈夫か? 震えて、ないか」

「問題ないです」


不安しかなかった。

自分で決めた事とはいえ、ボロボロにされたあの記憶は私に刻みつけられている。

ばれたら一貫の終わりだ。


「胸を張れアレン」

「あにうえ?」

「その方が男らしい」


お兄様は何時もの笑顔で背中を押してくれた。

家族に迷惑をかけたくない一心で、胸を張った。

兄を伴って、ヴィクトルと付き合う前の友人達に声をかけた。


「アレン・ブラニングです。皆様はじめまして」


一人一人、名前を聞いて行く。聞かなくても知っているけど。

アレンに婚約者が居ないと知ると、元友人達に限らず令嬢に囲まれた。

お兄様は上手くやれと言い残し、囲まれる前にその場を離れた。


「本当にお兄様に似ているのね」

「ええ、良く言われます」

「この国には何をしに来たの?」

「見聞を広める為です」

「勉強熱心ですのね」


ばれて、ない。ばれない。

今まで厚化粧だったからなのだろうか?

気が付かれない事は、今は都合が良いけれど少し心にくるものがある。

そんなにケバかったのか、私……


「そう言えば、お姉さんはお元気? もうずっと見ていないのだけど」


元友人の心配するような声に、心が、冷えた。


「はい……元気ですよ」

「良かったわ。私、お姉さんと友人で」


頬を紅潮させ、アレンと接点が出来たと嬉々として語る元友人。

この人は、確かに私と友人だった。

狙いは私の兄アルフレッドだったのだと、気が付く。

そして、今は私をダシにアレンと仲良くなろうとしている。

今まで愚直に真っ直ぐで疑う事を知らなかったのだと思い知らされた。


「他の方への挨拶がありますので」


吐き気を飲み込みながら、その場を後にする。

切り替えろ。あの程度の令嬢、復讐するまでもない。

打算で友人を作っても何の足しにもならない。都合が悪くなって自滅するだけだ。

無言で会場の中を歩く。

お兄様の話では、今日ヴィクトルは来ていないらしい。

当家からの苦情を重く見たスラッドリー家はヴィクトルを謹慎処分にしていた。

しばらくは社交界には出てこないらしい。


「……?」


視線を感じ、立ち止まる。

辿ると、一人令嬢が扇で口元を隠しこちらを窺うように見ていた。

あの三人の中の一人。名前は……


「はじめましてお嬢さん。アレンと申します。お名前窺ってもよろしいですか?」


女はぎくりと体を強張らせた後、ぎこちなく微笑む。


「イヴリーラよ。あなたは……」

「アルフレッド・ブラニングの弟です」

「そう、それで良く似ていらっしゃるのね」


イヴリーラは何処か疲れた表情で、溜息を吐いた。

溜息の原因は、お兄様の情報で少しだけ知っている。

お父様がスラッドリー家を攻撃した際、ヴィクトルは三人を簡単に捨てたのだ。

自分はやっていない、三人が勝手にやった事だと言いたかったようだ。

だがお父様には、やったのはヴィクトルだとしか言っていないので何の意味も無い行動だったと言える。


「家族から何も聞かされていないの?」


疑うような視線に、笑顔で対応する。


「何の事です?」


それだけでイヴリーラは何も聞かされていないと思い込んだらしい。


「ならいいのよ」

「妬けますね」

「……アレン様?」


イヴリーラの手を恭しく取る。本当は触りたくもないけど。


「あなたの心を惑わす存在が、今はとても憎い」

「……何を」

「失礼、気に障りましたか。あなたがとても美しいのでその心を独り占めしたかったのです」


言い終えて、やりすぎたかと思ったが、イヴリーラの頬が赤くなっている所を確認し間違いでは無かったと心の中でほくそ笑む。

元々ヴィクトルみたいな胡散臭さの象徴みたいな男に陶酔していただけある。

……人の事は言えないか。


「今しばらくお側に置いてくれませんか、イヴリーラ嬢」

「……少しだけならば」


お兄様に似た顔で微笑むと、目に見えて恥ずかしがっていた。

やはりお兄様に似ていると言うのは武器だ。最大限に生かし、復讐を推し進めて行こう。

イヴリーラと少しでも仲良くなって置こうと笑顔を張り付けながら会話をしていると、おどけた声が割って入って来た。


「あれえ? アルフレッドじゃないね? きみだあれ?」


視線を向けて眉を寄せた。

声をかけて来た人物が社交界での有名人だったからだ。


「はじめましてアレンと申します」

「へえ、アレン? ……ふぅん」


クライド・フローレンス。

名門公爵家フローレンス家の嫡男。

艶のある黒髪に琥珀色の瞳。

お兄様とヴィクトルと並ぶ3貴公子の中の一人。

夕闇の貴公子。


「僕はクライドって名前なんだ」

「クライド様ですね。よろしくお願いいたします」


夕闇の貴公子はお兄様とヴィクトルと比べるとレベルが段違いだ。

顔の造りもカリスマ的オーラも、何もかも。

けれどとある事情により、彼はあまり令嬢から人気が無い。


「えーっと、アレンだっけ? 二人で話さない?」

「えっ、その……」


イヴリーラを見ると、彼女は微笑んでいってらっしゃいと言った。

行きたくないんだけど!

ぐい、と腕を掴まれ引っ張られる。


「さあ行こう」

「ちょっ」


待て! まずい! 私今何をされてる!?

夕闇の貴公子に触られているのか!?


「行きますから離してください!」


手を振り払って、仕方なく後を着いて行く。

夕闇の貴公子、クライド・フローレンスは……極度の女嫌いとして有名だ。

誤って触ろうものなら振り払われ睨まれる。

彼に睨まれたくはない。どうにか円滑に事を進めなければ……

会場を出て、庭に出た。夜と言う事もあり、暗く人の気配もない。

庭に生えていた木を背中に、対峙する。


「あー……アレンだっけ?」

「はい」

「アイリーンにとってもよく似てるね」


ピクリと体が動いてしまった。散々令嬢と話したが、アイリーンと似ていると言われたのはこれが初めてだった。


「お姉さんは元気?」

「姉上とお知り合いですか」

「う~ん。話した事は殆どないけど、元気で明るい子で存在感があったから居なくなって寂しいんだ」


私をそんな風に思ってくれていたの? 少し意外だ。女性の事など気にしないお方なのかと思っていた。


「元気ですよ」

「ふ~ん」


クライド様が笑う。目を三日月にして、猫みたいに。


「最近ね、アイリーンの元恋人が来てないんだけど、何か知ってる?」

「……さあ、分かりません」

「アイリーンがボロボロの状態で運ばれたって噂があるんだけど?」

「さあ?」

「ねえ、お姉さんは元気?」


また、同じ質問。


「元気ですよ」


同じように答えると、会話がループした。同じ会話をし、同じ答えを繰り返した。

クライド様と目が合った。圧倒的な存在感と。猫の目。


「アレンくん、だっけ? お姉さんは元気?」


これだけ繰り返せば、何を言わせたいのか察しはつく。

つまり私は、やらかしたって事だ。


「私は元気です……」

「どうしてこんな事をしてるんだ」


猫の目は引っ込み、代わりに呆れの表情。


「クライド様には関係の無い事です」

「何か理由があるのかい?」

「クライド様には、関係がありません」


仕返しのつもりで関係無いを繰り返すと、クライド様が微笑む。


「僕にそんな対応していいの?」

「え……」

「女だってばれたらまずいんじゃないの? 言いふらしていいの?」


何も言えなくなった。

この状況、クライド様の方が有利だ。


「どうしたら黙っていてもらえますか」

「だから、聞いてるだろ? どうしてこんな事をしてるんだ?」

「……それは」


話すか一瞬だけ迷った。

でも私に選択肢は無かった。


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