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明るい未来


しばらくクライド様とくっ付いていて、ふとこの事を家族に報告しないといけないと気が付く。

特にお父様には私を送る修道院を探しているはずだ。

必要が無くなったと言いに行かないと。


「クライド様、私……お父様に報告に行かないと……」

「今?」

「修道院を探していると思うので……それにクライド様の事を言わないと……」


私がフローレンス家に嫁ぐ事になるとは思いもしないだろう。

驚いて腰を抜かすかもしれない。


「君の父君の事なら問題ないよ」

「えっ?」

「それよりもう少しこうしていたい」


クライド様の腕が背に回る。

体が密着してドキドキとさらに心臓が激しく動く。

私、クライド様と恋人になったんだよね……?

結婚を承諾したんだよね!?

つまり、婚約者って事!?

えっ!? ほんとに!? 夢!? 夢じゃないよね!?

勝手に右手が頬をつねる。

夢じゃない! 夢じゃなかった!

髪が短くても結婚って出来るんだ!

しかも好きな人と!? クライド様と!?


「……アイリーン」


頬をつねったままクライド様を見る。

不思議と呆れの中間の表情を浮かべている。


「何してるの」

「な、なにもしてないれす……」

「なんでつねってるの」

「なんれれしょう? 右手がかっれに……」


手を放す。

思いきりつねっていたようでちょっとだけ痛い。

じっとクライド様が見つめてくる。

自分が馬鹿な事をしたと十分理解しています……


「赤くなってるよ」


そう言ってクライド様が私の頬を撫でた。

恋人ごっこをしていた時、こんな風に私の頬を撫でていた事を思い出す。


「クライド様は……私の事を本当に、大切に想って下さっていたのですね」


今までどうして気が付かなかったのだろう?

こんなに優しい手を嘘だと思ってしまっていたのだろう?

多分また恋をして、騙される事が恐ろしかったからだ。


「昔みたいに笑うようになったね」


言われて、微笑んだ。

復讐が終わって心が軽い。

少しだけ昔に戻れた気がした。


「……そろそろ君の父君に挨拶に行こうかな」

「はい」

「名残惜しいけど」


クライド様に続いて部屋を出た。

恐らくお父様は書斎に居るはず。

案内しようと前へ出ようとすると、クライド様が話し出す。


「書斎だよね」

「はい、そうです」

「分かった」


そう言ってクライド様は歩き出す。

……あれ?

確かに書斎の方に向かっている。

なんで……? 場所知ってるの……?

廊下を曲がると丁度ケイトが茶菓子を運んでいた。


「お嬢様、クライド様。お話は終わりましたか?」

「やあ、ケイト。ありがとう、気を回してくれて」

「とんでもございません。お二人の為ですから」


晴れやかな笑顔をクライド様に向けるケイトに違和感。

親しげに見える……何故だろう?


「部屋に花束を置いてきちゃったんだ。後で活けといてよ」

「まあ、かしこまりました」

「これから大変だろうけど、僕なりにサポートするから安心してね」

「お気遣い、ありがとうございます。名門フローレンス家に仕えるなんて夢のようです!」

「まっ、待って! なに? どう言う事!?」


ケイトがフローレンス家に仕える!?

どうしてそんな話になっているの!?


「あら? クライド様、お嬢様に何も仰られてないのですか?」

「言いにくくて……嫌われてしまうと考えてしまったんだ」

「そうでございましたか……お嬢様、クライド様の事嫌いになったりしないですよね?」

「ええ……有り得ない、けど」


ケイトがちらりとクライド様を見た。

クライド様はバツの悪い顔をしている。

ケイトは再び私の顔を見て、胸を張った。


「では、私からご説明させていただきます!」

「うん、お願い……」

「はい! 私とクライド様は今日が初対面ではありません!」

「……はい?」

「クライド様は何度も当家にいらしているんです!」

「…………ふぁ?」


意味が分からなさすぎて間抜けな声が出る。

初対面じゃない? 何度も家に来ている?

視線をクライド様に投げる。

申し訳なさそうな顔をしている。


「お嬢様がフローレンス家に嫁ぐ事が決まり、私も付いて行く事になったのです」

「へ……?」

「クライド様は異動になる私に気を使って何度も話を」

「ちょ、ちょっと! ちょっと待って!」

「はい?」

「嫁ぐとかその……どうして知っているの!?」


婚約の申し出があったのはついさっきで、ケイトが知っているはずがない!

にっこりとケイトが笑った。嫌な予感がした。


「クライド様はお嬢様が男装していた頃に、婚約の申し出をなさっていたのです」


…………

……………………

…………………………………

…………………………?


「皆、知っています。知らないのはお嬢様だけで……」

「ごめん、アイリーン」


ぐい、と腕を掴まれる。

緩慢な動きで見上げる。


「君を修道院送りにしたくなかったんだ。勝手にこんな事してごめん」

「……………………」

「君の父君には反対されたよ。髪の短い女性は相応しくないだろうって」

「…………………」

「僕は君に幸せになって欲しかった、また心から笑って欲しかった」

「………………」

「君を幸せにするのは僕でなくても良かった。でも現状、僕が娶るのが最善で……」

「……………」

「ああ、違う。そんな事が言いたいんじゃなくて! 僕は純粋に君が好きで……」

「…………」

「ずっと一緒に居たいと思ったんだ! 君を幸せに出来るのは僕しかいないと思ったんだ!」

「………」

「最初にこの話をしたのはアルフレッドで、最初は反対してたけど……今では了承を得ているから」

「……」

「君の父君と母君も既に了承済みで、僕の父とも話し合いの場が何度も……」

「…」


絶句したままクライド様を見つめた。


「………つまり、最初から……?」


クライド様がどの時点で私を花嫁に望んだのかは分からないけど。

最初にお兄様に相談して、反対されたけど許可を得て。

ブラニング家に来るようになって、お父様とお母様を何度も説得して。

私が居ない間に両家の顔合わせまで済んでるの?


「なんで……私に知らせずに?」

「君の復讐に水を差したくなかったんだ。それに僕を受け入れてもらえるか分からなかったから……」


クライド様は自分の事を臆病な男だと評している。

だからって……外堀から埋めすぎじゃないですか……?

もう他に選択肢無いじゃないか。


「クライド様と結婚するのは確定事項だった……と?」

「ごめん、気分悪いよね?」

「いえ……ただ、気が付かれずにそこまで進める労力を考えると……お疲れ様、です?」


クライド様の顔色が、刺された時より悪くなる。

ごめん、と何度も謝る姿を茫然と見続けた。

でも私はすでにこの人に恋をしてしまったのだから……外堀埋めはあまり意味が無かったように思える。

そうか、お父様はこの事を知っていて、私を修道院へ送らなかったのか。

道理でケイトが私の恋の悩みを聞いて、告白を促す訳だ。

お兄様はクライド様とキスしても何も言わなかったし。

成る程なぁ……私はクライド様に転がされていたんだ。


「もう、謝らないで下さい」


はにかんでクライド様を見上げる。


「怒ってません。そんなに私の事を想ってくれていたんですね」

「女の落とし方は知ってるけど、好きな子の落とし方は知らなかったんだ……」

「私が初恋、なんですよね?」

「うん、今も正直ドキドキして……どうしたら良いのか分からない……」

「そのままで居てください。私はクライド様の全部が好きですから」


背伸びをして、頬にキスをした。

クライド様は驚いた顔をした後、安心したように微笑んだ。

私は先に一歩を踏み出す。


「書斎に行きましょう?」

「……うん」


笑顔でクライド様の手を取った。

私を守ってくれた、大きくてあたたかい手。

私達の復讐は終わった。

過去を悲しむのは終わりにしよう。

これからはちょっと臆病なこの人と、明るい未来を歩んで行くのだから。


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