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事の発端


耳に届いた言葉が理解できなくて、目を見開いたまま聞き返す。


「……え?」


クライド様はますます眉を寄せてゆっくり息を吐いた。


「君が修道院へ行くしかないのは、僕が……原因なんだ」


たっぷり十数秒、考えた。

何も思いつかず目を見開いたまま固まる。


「意味が………分かりません……」


ようやく絞り出すように言う。

クライド様は変わらず渋い顔をしたまま視線を逸らしている。


「髪を切ったのはヴィクトルです。クライド様は……」


クライド様とまともに話したのは、男装をし社交界へ戻った時の事。

関係があるとはとても思えない。


「今日はヴィクトルの事もあるんだけど……きちんと話しておきたいと思ったんだ」

「なにを……?」

「君の髪が切られた原因と……」


クライド様は一度息を吸って吐いた。


「僕が君の復讐に加担した理由を……」


クライド様を見つめる。

ヴィクトルへの復讐に加担した理由は、元婚約者クローリナ様が理由。

他三人に対しては……浮気が嫌い、とか言っていた気がする。

思えばはっきりとした理由では無かったかもしれない。


「聞いてくれる?」


話したくなさそうな表情でクライド様が聞く。

一瞬だけ考えて、頷いた。

話したくないのかも知れないけど、私は気になるし知りたい。


「……事の発端は数か月……いや、もう一年ぐらい前」


今から一年前……私が社交界にデビューしたぐらいだろうか。

私も知っている事だろうか。


「僕は……恋をした」

「えっ……恋?」

「人を好きになるなんて初めてで……最初はどうしていいのか分からなかったよ」


そう言ってクライド様は少し疲れた笑顔を浮かべた。

クライド様に好きな人が居た……?

女嫌いで有名なのに?

意外すぎて驚きが隠せない。


「その子は底抜けに明るくて裏表が無くて、とても素敵な令嬢だった」


思い出しているのかクライド様は天を仰いだ。

クライド様はそのまま語りだした。


「だけど僕はとても臆病で……声はかけられなかった」


ヴィクトルの事もあり、おいそれと声をかける事は出来なかった。

遠くからその子の事を見ていた。

それだけでもクライド様は幸せだった。


「その子は僕にとって太陽だったんだ。殺伐とした僕の心を暖かく照らし出してくれた」


太陽を自分の物にするつもりは無く、ただ遠くで見ていた。

その子の話をしているクライド様はとても明るい表情を浮かべていた。

けれど急に表情が曇った。


「だけどね……その子に恋人が出来たんだ」

「失恋なさったのですか」

「違うよ……だって、その恋人は……」


クライド様は言うか言わないか最後まで迷っている様子だった。

最終的には諦めて目を閉じた。


「その子の恋人は、ヴィクトル・スラッドリー……だったんだ」


耳を疑った。

約一年前のヴィクトルの恋人……

ヴィクトルが恋人と名乗らせている女性と言えば……一人しか思いつかない。

時間が止まったかと思うほどの静寂。

クライド様は再び目を開けて、ぽつりぽつりと話しだす。


「すごく心配した。遊ばれて捨てられるんじゃないかって」

「………」

「でも僕はこう思った。あいつも改心したんじゃないかって、クローリナみたいにはならないんじゃないかって……」

「…………」

「ごめん……僕が何もしなかったから……君の髪は……」


話がうまく飲み込めない。

脳が考える事を拒否している。

つまり? ヴィクトルが私の髪を切ったのは、ただの遊びでは無く……?


「君がアレンとして社交界に戻って来た時、すぐに気が付いたよ……アイリーンだって」

「……」

「だって、君を見間違える訳ないだろう? 目に焼き付くほど見ているのに」

「………」

「スレンダーな体型に印象的な赤のドレス、少し癖があって柔らかそうな茶色の髪」

「……」

「僕は君が好」

「あー! もうやめてください!!!」


机をバンバン叩いてこの恥ずかしさを誤魔化したい!

顔、絶対真っ赤だ。クライド様の語りを強制中断させてしまったが、どう声をかけたら良いのか全く分からない。

クライド様は困ったように笑った後、寂しそうな表情を浮かべる。


「僕が君の復讐を手伝ったのは、君を傷つけた人間が許せなかったから」

「……クローリナ様は」

「クローリナは……おまけみたいなもので、ついでかな……」


クライド様は騙されたクローリナ様にも多少原因はあったのだと、溜息交じりで漏らす。

婚約者が居たにもかかわらず、他の男にそそのかされ、その気になった。

クローリナ様にも非があったのだろう。


「全部投げ出して君の復讐を手伝いたかった。何も考えず復讐だけをする……アイリーンが居れば何でも良かったんだ……」

「……」

「怪我をしてもいい、宰相になんかなれなくたっていい、犯罪者になったっていい……僕は、君に存在を知ってもらいたくて、必要とされたかったんだ……」


クライド様がふと窓から外を見た。

今日は快晴。僅かな白い雲が絵画のようだ。

そんなクライド様の様子を真っ赤な顔で見続ける。

色々と聞きたい事、言いたい事がある。

まず、私がクライド様の存在を知らないはずがない。

社交界にデビューする前から、お兄様からお名前を伺っていたと言うのに。

お会いして挨拶した時も、周りの人との次元の違いに、おいそれと近付いてはいけないのだと感じたぐらいなのに。

それにどうして……今までの事を言ってくれなかったの!?


「どうして言って下さらなかったんですか!?」

「言えるわけないだろ。僕は臆病なんだ、嫌われたくなかったんだ」

「言い切らないで下さい!」

「初めて恋愛したんだから大目に見てよ」

「何を大目に見ればいいのです!?」


クライド様は呆れた表情で少しだけ考え、ひらめいたようだ。

口元だけ猫のようになっている。


「恋人のふり、してたでしょ?」

「えっ? まあ、してましたけど……」

「あれ、全部僕がしたくてしてた事だから」

「……は、い?」

「言わなくちゃ駄目? 腕を組んだりダンスしたり、キスしたり」

「もっ、もういいです! 恥ずかしいんでやめてください……」


恋人ごっこの全てがクライド様のやりたい事だった!?

腕を組んで密着する事も、髪を撫でる事も、見つめあってキスする事も……

両手で顔を覆った。

恥ずかしいけど嬉しくて頭が沸騰しそう!


「だからね、アイリーン」


手首を掴まれた。

クライド様が机から身を乗り出して私の手首を掴んでいた。

真っ赤な顔のままクライド様と目を合わせる。


「僕が君の告白を断るわけないって事」

「……」

「覚えてる? 君に99本の薔薇を贈っただろう?」

「……はい」

「意味を知らないで贈った訳ないだろう?」

「な、何の意味で……?」


クライド様はようやく、企みが成功した猫のように笑った。


「ずっと好きだった」


そのまま柔らかく微笑んだクライド様から目が離せない。


「今も好きだよ」


思わず涙が零れた。

クライド様は驚いた表情を浮かべ、私の隣に座った。


「どうして泣くの?」

「だ、だって……」

「嫌だった?」


首を左右に振った。

嫌じゃない、それどころかとても幸せな事なのに……

思いが通じても、私にはその先が無い。


「私はもう修道院へ行くんです……折角気持ちが通じても……」

「君の父君から何も聞いてないの?」

「お父様……? いえ、なにも……」

「そっか、まあ口止めしてたのは僕だからね」

「……クライド様?」


クライド様が部屋を出て行った。

状況が理解できず口を開けたままぽかんと扉を見つめていると、すぐにクライド様は帰って来た。


「え!?」


白薔薇の花束を携えて。


「今度は100本あるから」

「あ……え……?」

「受け取ってくれる?」


思わず受け取りそうになって視線を逸らした。

受け取ってくれないと判断したクライド様が悲しそうな顔で再び隣に座った。

机の上に花束を置いて口を開く。


「……僕と結婚するのは嫌?」

「いいえ」

「ならどうして受け取ってくれないんだ」


そんなの決まってる。

私がフローレンス家に相応しいなどと一度たりとも思った事など無い。

こんな髪の短い……男のような女……


「……アイリーン」

「………」

「君が住みやすいように屋敷を少しずつ変えているんだ。ほら、今まで女性が住んで無かったから」

「……」

「それから……猫を飼い始めたんだ」


猫?

思わず顔を上げクライド様を見つめる。

反応があった事が嬉しかったのかクライド様が微笑んだ。


「長い毛の黒猫。友人から譲り受けたんだ……好きなんだろ?」

「……好きですけど」

「君の為に飼い始めたんだ……喜ぶかなって思って」

「………」

「迷惑だった?」


力無く首を振る。

迷惑なんて……気を使って下さって嬉しいぐらいだ。

クライド様が首を傾げつつ見つめてくる。

ならどうして? と疑問に思っているようだ。


「私はフローレンス家に相応しくありません……」

「どこが?」

「えっ?」

「どこが相応しくないの?」


どこがって……そんなの……

今の私は欠点だらけなのに。


「家格が」

「公爵家と伯爵家、別に普通じゃない?」

「フローレンス家に何も貢献できませんし……」

「僕と結婚してくれるだけで十分な貢献だよ」

「っ、女らしくないですし……」

「体格や見た目の話なら何も問題ないよ」

「か、髪が……」

「君の事は父上に話してある。髪の事は何も心配いらない」

「そ、その……」


私、クライド様に口説かれてる?

今の状況に頭が追いつかない。

さっきからドキドキして頬が赤くなる。


「わ、たしの事……本当に好きなんですか?」

「うん」

「憐れんでないですか? 情けで手を差し伸べてませんか?」

「そんな、馬鹿な」


クライド様は私の片手を優しく掴んで、ここかな、と言いながら自分の胸元に置いた。

置かれたのは丁度心臓の上だった。

目を見開いた。

クライド様の心臓は早鐘を打っていた。


「分かった? 僕はもう気が気じゃないわけ」

「……」

「断わられたらどうしようって、さ………だから、早く頷いて欲しいな……」


にへら、と間の抜けた笑顔を浮かべるクライド様に、笑いながら涙が零れた。

もう一度クライド様が花束を差し出してくる。


「修道院へ行くぐらいなら、僕と結婚して」

「女性、嫌いなんじゃないんですか?」

「嫌いだよ。でもアイリーンは好きだから平気」

「ほんとうに? 本気なの?」

「うん」


クライド様の琥珀色の瞳を見つめた。

こんなに真剣な表情は初めてで心臓が張り裂けそうだ。


「結婚して下さい」


至って真面目な表情でクライド様が言う。

答えは他に選択肢が無かった。


「はい……こんな私で良ければ」


花束を受け取って、クライド様に寄りかかった。

クライド様は安心したような表情を浮かべた後微笑み、頬に残っていた涙を拭って下さった。


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