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ラブレター


三曲目が始まった。

ヴィクトルの時とは違う軽やかな音楽とクライド様に合せ踊る。

本当に夢のようだ。

クライド様と踊った事がある令嬢など、この場には居ないだろう。

優越感。その一言に限る。


「ヴィクトルは何を言って来たんだい?」


私の前では企み顔で黒猫のように笑うクライド様は、人前では爽やかに笑う。

どちらの顔も素敵。ずっと見ていたい。

……叶わぬ願いだけど。


「私と二人きりで話したいそうです」

「……へえ?」

「私達の今後について、他者の目が届かない場所で……」

「僕が居ないと絶好調だねぇ」


クライド様の目が三日月になりかける。

人前だと思い出したかのように爽やかな青年に戻った。


「クライド様が居ないと思っていましたので、今回は断わってしまいました」

「君の判断は正しいよ」

「……どうしてヴィクトルはクライド様を目の敵にするのでしょう」


難しい顔をしてクライド様は一瞬だけ考え込んだ。


「分からない、思い当たらないよ」

「そうですか……」


あの執着具合……クライド様を絶対に幸せにはしないと確固たる意志を持っているように感じた。

ヴィクトルの瞳の淀みが気になった。


「今後、呼び出されたら応じてもいいよ」

「えっ……クライド様が居なくても、ですか……?」

「僕が忙しいってのもあるけど……多分、僕が居たら君を呼び出さないと思って」


証拠を残さない用意周到なヴィクトルの事だ、クライド様が居れば私を呼び出す事は無いかもしれない。

とはいえクライド様が居なくては復讐が成り立たない。


「ではどうするのです? クライド様が居ないのは嫌です」

「待って、僕の考えを言うからね」


ヴィクトルはクライド様の不在を狙って私を呼び出す。

クライド様は遅れてパーティに参加。

ヴィクトルはすでに会場にはおらず、休憩室に居る状態にすれば良い。

それならば何の不安も無いけれど……


「もしクライド様が最後までいらっしゃらなかったら?」

「その時は行かなくて良い。気が向かなかったと言えばいいだけの話だよ」


クライド様がパーティに参加できなかった場合は行かなければいいだけの話か。


「本当は君を危険な目に合わせたくないのだけど」

「クライド様は私を庇って怪我を負いました。今度は私の番です」

「無理はしないで、危険だと思ったらすぐに逃げるんだよ」

「はい」


にこやかにほほ笑んでクライド様と目を合わせる。

共犯である私に気を使って下さる事が嬉しい。


「もうすぐ僕達は楽になれる。全てを終えて幸せになろう」

「……はい」


少しだけ目を伏せた。

終わればきっと、クライド様に会えなくなる。

クライド様を失って、私は……

曲が終わった。

復讐を終える事に強い抵抗感を覚えた私はその場に立ちつくした。


「アイリーン?」


離れたくない。


「………」


クライド様の服の袖を掴んだまま離さない私に首を傾げた。

復讐を終えて、私は幸せになれるのだろうか。


「踊り足りないの?」


その言葉に我に返った。

しかし咄嗟に声が出ず、首を左右に振った。


「アイリーン?」

「……」

「愛しているよ」


はい、と返事をする前に唇を塞がれた。

キスが終わって、目を合わせて。

一瞬で頭が沸騰した。


「ほら、行こう」

「……!?」


こんな大勢の人の前でキスなんて……!

声が出せずに酸欠の魚みたいに口をパクパクさせる。

周囲のざわめきがどこか遠くに聞こえる。

半ば無理矢理引っ張られてダンスホールを後にする。

真っ赤になった顔をどう鎮めるか考えていると、ギャラリーの中に居たヴィクトルの存在が目に止まった。


「………」


乱されていた心が一瞬で冷めた。

ヴィクトルは私では無く、クライド様の事をじっと怨念の篭った目で見つめていた。

とても人がするような表情では無く、ぞくりと肌が粟立った。

人前で見せつけるようにキスをする事が必要だと、クライド様は判断した。

そう、私は……クライド様の恋人では無い。

ただ復讐を共にしているだけ。


「大丈夫?」

「……はい」


心の中で何度も頷いた。

こうする事が一番効果的だっただけ。

私が愛されている訳じゃ……ない。

分かっている事なのに、何度忘れて恋に落ちればいいのだろう。


「早く、終わらせましょう」


終わらせるのは復讐なのか恋なのか……

今の私では判断がつかなかった。






*****






「どうして来てくれないんだ」


焦れたようにヴィクトルが眉を寄せる。

あれから何度か二人きりになりたいと言われ、誘われた。

私はいつも曖昧な返事をする。


「気が向いたら行くわ」

「そう言って、いつも来てくれない。どうしたら来てくれるんだ」


本当は行きたくないのだけど。

襲われると分かっていて行く女がいるだろうか。


「今日は気が向くかも知れないでしょ」


先日、国王陛下から発表があった。

次の宰相をクライド様とする、と。

そのせいかクライド様はお忙しくパーティに顔を出せずにいた。


「今日は必ず来てくれ。待って居る」


イラついているようにも見えるヴィクトルの背中を、手を振って見送った。

会場から出て行く所までしっかり見届ける。


「……」


クライド様……今日も来られないのかしら。

何度目的を違えそうになった事か。

恋をしにこの場に戻ってきた訳では無いと、言い聞かせて涙した。

早く終わらせた方が、私にとってもクライド様にとっても幸運な事。

私は仕返し、復讐と称して三人の女を陥れた。

だから私も不幸になるべきだ。


「……お兄様」

「アイリーン」


お兄様は周りを見渡す。


「あいつは」

「休憩室に向かいました。101号室だそうです」

「性懲りもなく、どの面下げて……」

「ヴィクトルは罪を認めません。確固とした証拠も、有りませんから……」

「クソッ、クライド様なら罪を作る事だって造作もないだろうに」

「お兄様!」


確かにクライド様ならば証拠を捏造する事も可能だろう。

けれど、そんな事をすればヴィクトルと同じ。

嘘を吐き、相手を陥れる。あいつの常套手段。

同じ土俵にだけは立ちたくない。


「そうすれば、お前が体を張らなくても良かったのに」

「……」

「本当に……お前が心配だよ……」


お兄様に手を伸ばし、そっと袖を掴んで引いた。


「クライド様は宰相になる事が決まったお方、不正をすれば今後に響きます」

「だが!」

「正攻法であいつを地獄へ落とします。話し合って、決めた事です」

「………」

「ごめんなさい、お兄様……もうすぐ全て終わります……今だけは堪えてください」


お兄様は悲しそうな顔をして、きつく目を閉じた。

色々な感情を無理矢理飲み込んでいるように見えた。


「分かった……」


お兄様は目を開けた。


「それでお前の気が済むなら……俺は何だって……」

「お兄様」


未だに悩んでいるお兄様に微笑んだ。


「笑って下さい、私はお兄様の笑顔が大好きですから」


お兄様が太陽の貴公子と呼ばれ始めたのは、いつだっただろうか。

確か学園に通っていた頃だった。

クライド様もヴィクトルもお兄様と同じ学年だった。

思えばこの三人は何かと比べられる事が多かったように感じる。

令嬢達の噂の話だけれど……

お兄様が無理に笑った。

心が痛くてたまらなかった。


「これを」


お兄様が封筒に入った手紙を差し出してくる。

首を傾げながら受け取る。


「クライド様の従者から、アイリーンに渡して欲しいと」

「っ、クライド様から?」


慌てて封を切って中身を取出し、文字に目を通す。






愛しいアイリーンへ



君にラブレターを書くのは初めてだね。

最近は全く社交界へ顔を出せなくて、本当にごめん。

僕としては宰相職よりも君との事の方が優先度高いんだけど、現宰相がうるさくて自由な時間が取れないんだ。

言い訳だよね、本当にごめん。


実は、今日少しだけ時間が取れそうなんだ。

本当に顔出し程度のギリギリの時間になるから、あんまり話す時間が取れないかも知れないんだ。

前々から君はやりたい事があるって言ってたでしょ?

行動に移してもいいよ。ただ、パーティの終盤にしてね。

間に合うように走るからさ。

一応、アルフレッドにやりたい事を説明しておいてくれる?

僕が間に合わなかった時の保険だよ。


勝手な事を言って本当にごめんね?

僕としても早く終わらせたいんだ。

君に言い寄ってる男が憎らしくて仕方ないし。

僕は君の恋人だからね。誰かに取られやしないかと心配だよ。


途中からの参加になっちゃうけど、許して。

アイリーン、心から愛してるよ。



クライド・フローレンス






読み終わり、再び封筒にしまい込んだ。

少し遠まわしな表現なのは、復讐をしていると誰かに読まれた時、悟られない為だろう。

ラブレターか……

幸せな気分のまま微笑み、お兄様と向かい合った。


「最後の復讐の許可が下りました」

「クライド様は?」

「お兄様にも手伝っていただきたいのですが……」

「俺?」

「はい」


初めて直接復讐を手伝えるとあって、お兄様は少しだけ嬉しそうな顔をした。

私は計画をお兄様に話した。

ヴィクトルに私を襲わせ、証拠を掴み糾弾する。

証拠が無いと言うのならば、こちらが掴んで居ればいいだけ。

話し終えるとお兄様は、また心配を顔に張り付けた。


「大丈夫なのか?」

「分かりません、でもやるしかない」

「………」

「お兄様、私はもう何もできないか弱い令嬢では無いのです……分かっていただけますか?」

「……ああ」


複雑そうな顔のまま、お兄様は頷いた。

もう一度、手紙を見た。

初めて貰った恋文。

クライド様にその気が無くても良かった。

大切にしよう……修道院へ持って行けるかな……

今だけは幸せな気分を噛み締めて、最後の復讐へと向かう。


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