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キスしよっか


私は再びアイリーンとして社交界に戻って来た。

クライド様に頂いたウィッグを付けて、お気に入りの赤のドレスを身に纏った。

化粧を施すとアレンの面影は消えた。

鏡に映る私に誓った。

復讐をやり遂げる。何としてもクライド様の憂いを晴らそう。

会場へ着き、お兄様にエスコートされ中に入った。


「……っ」


ぎゅっとお兄様の腕を掴んだ。

居た。

最後の復讐目標者。ヴィクトル・スラッドリー。

お兄様もヴィクトルに気が付いたのか睨みつけている。

視線に気が付いたヴィクトルがこちらに振り向いた。


「!」


ヴィクトルは大層驚いた表情で目を見開き私を注視した。

まるで幽霊でも見ているかのような表情に少しだけ笑う。

私は笑顔を作ってお兄様から離れる。

そしてそのままヴィクトルに向かって微笑みを浮かべ走り出した。


「お会いしとうございましたっ」


目を見開いて狼狽するヴィクトルの真横を通り過ぎて、


「クライド様っ」


予定通りヴィクトルの真後ろに居たクライド様に抱き着いた。


「おおっと、元気が良いねアイリーン」

「早くお会いしたくて……いけませんか?」

「僕は君の元気な所が好きだから構わないけど、急に走ると迷惑になるからね?」

「ああそうでした……はしたないですよね……ごめんなさい」

「向こうで少し話そうか?」

「はいっ」


急に走り出してクライド様に抱き着いた事により、注目を浴びてしまっている。

計画通りだ。

腕を組んでその場を離れる。

ヴィクトルの視線が痛いくらいに刺さっていた。


「はははっ! あー最高だよ」


夜のテラス。暗い中で手すりに寄りかかり、クライド様が笑う。

同意して私も笑う。

ヴィクトルの表情! これ以上無いものだ。


「アイリーンの姿を見たあいつ! あんな間抜けな顔が出来たんだ!」

「ええ、本当に可笑しかったです……ふふっ」

「あの顔をもっと歪ませてやろう!」


クライド様が三日月を作り、今までにないぐらいニヤニヤ笑う。

最後の復讐が始まった。

絶対に逃がさない。私とクライド様の苦痛を倍にして返すわ。


「あいつ、復帰したばかりなのに、早速令嬢に手を出していたよ」


ヴィクトルは早速令嬢を休憩室に連れ込んでいたらしい。

令嬢の方はまだ姿が無い。

呆れて溜息を吐いた。節操が無い、これでは猿だ。

どうしてこんな男を一刻でも好きだったのか……恋とは恐ろしい物だ。

クライド様は見限った三人に変わる手足を増やしている最中なのではないか? と推察している。


「手足を増やして何をするつもりなのでしょう?」

「ハーレムにしたりとか、性的な部分の都合のいい存在って事だね」

「面倒事になりかねないと思うのですが……」


女性にだって嫉妬や独占欲はある。

たった一人の愛しい人……取り合いにならないのだろうか。


「ヴィクトルは皆のものって共通の考えを刷り込まれてる可能性はあるかな」

「そうなんですか……知りませんでした」


私は恋人だと名乗ってはいたが、ハーレムも性的な事も無かった。

本当に、ただもてあそばれただけ。

静かな怒りが腹に溜まる。怒りで体が火照る。


「アイリーンは好きな人を共有できる?」

「無理です。私だけを見て私だけを愛してほしいです」

「そう、分かった」


私を愛してくれる人なんて……この先現れるはずない。

けれど理想を言うぐらいは許してくれるだろう。

クライド様の両手が、正面に立っている私に伸びる。


「……えっ?」


腰を静かに抱き寄せられ、思わず抵抗しようとしたがクライド様の怪我を思い出し、軽く身を捩る事しか出来なかった。


「な、なにを」

「静かに、……あいつが見てるよ」

「えっ」


振り向こうとすると、頬に手を添えられてクライド様と目が合った。


「今振り向いたら不自然だろう?」

「ほんとに、ヴィクトルが?」

「僕達が本当に付き合ってるのか探ってるみたい」


ぐ、と体が密着しプチパニック状態。

どうしたら良いのか分からず、顔を合わせているのも恥ずかしくて俯く。

クライド様は全く余裕の無い私の長くなった髪を優しく梳く。

心臓の音がどんどん大きくなる。


「そ、そう言えば……薔薇、99本には意味があるそうなんです……ご、ご存知でしたか?」


無音の空間が、ただただ恥ずかしくて。

今日聞く予定だった質問を、突拍子もなく投げ掛けた。

そしてハッ、とした。

今する質問ではなかった。

意味があるって知ってて私に贈ったなら……ますます恥ずかしい。

恥ずかしくて今すぐ消えたくて、クライド様の服をぎゅっと握りしめた。


「……そうなの? 本数で意味があるんだ。へえ、知らなかった」


ケイトは知らないなんて有り得ないなんて言っていたが、本当に知らないらしく調子はずれな声を出した。


「どんな意味があるの?」

「あ、あの……ご存じないのなら大丈夫です……申し訳ありません」


ケイトが言っていた意味はいずれも当てはまらないものだ。

わざわざ説明など……恥ずかしくて出来るはずもない。

俯いてクライド様に寄りかかる。

ヴィクトルはまだ私達を見ているのだろうか。

早く何処かへ行って欲しい。


「っ……」


クライド様の大きな手が私の頬を撫でて、そのまま耳の固い軟骨の部分をコリコリ弄る。

ヴィクトルが見ている手前、振り払う訳にもいかず服をぎゅっと掴んで耐え忍んだ。


「……んっ」

「ずっとこっち見てるよ。どうしよっか」

「あの……耳触らないでください……」


お願いをするとクライド様は笑った。

いつもの三日月でもなく、復讐終わりの嘲笑でもなかった。


「弱いんだ。ふぅん」

「ひっ、や、やめてください……!」

「ここが好きなの?」

「好きじゃ、ないです! っ!」

「我慢は良くないなあ」


とても楽しそうにニヤニヤ笑うクライド様の手が止まらない。

耳なんて誰にも触られた事ないから過剰に反応してしまう。


「くすぐったい……」


くすぐったいし恥ずかしいし、どうしたら良いのか分からず俯いて耐える。


「う~ん……」

「なん、です?」

「いや、別に。アイリーンも可愛い反応が出来るんだなあって思っただけ」

「どういう意味です?」

「だってほら、男装してた時と全然違うでしょ?」


当たり前だ。男装していた時はばれないように気を張っていたし、男らしい所作をお兄様から学んで実践していた。

素で居られるだけで、今は凄く楽だ。


「男らしい方が良いですか?」

「今は女らしい方が良いんじゃない? その方がヴィクトルも警戒しないだろうし」

「クライド様はどちらがお好きです?」


聞いてから、激しく後悔した。

自分が何を言っているのか分からない。

完全に雰囲気に流されていた。


「僕? 僕は……」


謝ろう。答えにくい事を聞いてすみませんと頭を下げよう。

私の耳を弄っていたクライド様の手が再び私の頬を撫で、顎を掴んだ。

く、と無理矢理顔を上げさせられて戸惑っていると、


「どっちでも良いよ。両方、僕にとっては可愛い女の子だからね」


琥珀色の瞳が笑う。

いつもの三日月ではなく、儚いものを慈しむかのように微笑む。

その顔は反則だ。

落ちる。恋に落ちてしまう。

これは復讐の為……何の生産性もない復讐を成すため……

恋をしたところで一番辛いのは自分だ。

クライド様も私と共に居るのは復讐の為。

勘違いするな。これは恋人のフリだ。


「まだあいつこっち見てるよ」

「まだ?」

「ああダメダメ。振り向かないの」


頬っぺたをつんつんされた。


「ヴィクトルの前で私に触って大丈夫なのですか?」


ヴィクトルに手を出されるかもしれないから、クライド様は女性と親しくしなかった。

女の私とヴィクトルの前で親しくしていて大丈夫なのだろうか。


「……君は僕を裏切らないだろう?」


クライド様が長い私の髪を撫でた。

私は裏切らない。今までお世話になった分、クライド様と一緒に復讐を。


「う~ん」

「まだ居ますか?」

「うん、あいつにとって恋人の基準って何だろうな……」


私の頬を何度も優しく撫でて、クライド様は閃いたらしい。


「アイリーン」

「はい」

「キスしよっか」

「……はい?」


キス? キスって……あの、あれですよね……?

キスの意味を一瞬忘れるぐらい混乱した。

クライド様は私の顎を掴んで視線を合わせてくる。


「まっ、まってください!」

「ダメ?」

「あっ、あの……心の準備がですね……」

「……一応聞くけど、初めてじゃないよね?」


初めてですが! 何か問題ありますか!? と、叫びたかったが恥ずかしすぎて沈黙。

クライド様は呆気にとられた顔をしている。


「ヴィクトルと付き合ってたのに?」

「私はただ恋人と名乗っていただけなんです……!」

「あー……うん、えっと……良かったね?」

「良かったのか悪かったのか分かりません!」


涙を浮かべてまた俯く。

女で無いとあいつに再度否定された気分だ。

悔しい! と服を握りしめる。

クライド様が私を慰めるように頭をポンポンと数回撫でる。


「初めてがヴィクトルじゃなくて良かったでしょ」

「……う~」

「僕じゃ不満? 復讐の為にキスはイヤ?」

「………」

「アイリーン?」

「……や、じゃないです……不満も、ないです……」


どうせ私は修道院に行くのだ。

最初で最後の相手がクライド様ならば、不満が出るはずもない。


「目を閉じて。すぐに終わるから」


ぎゅっと目を閉じた。

クライド様が私の顎をすくい上げて上を向かせる。

やがて、柔らかくてあたたかいものが唇に触れた。

本当に一瞬の事で、身構えていたのが馬鹿みたいに思えた。

目を開けるとクライド様と目が合った。


「イヤだった?」


そう言って薄く微笑むクライド様を見ていられなくてまた俯いた。

本当に恥ずかしかった。心臓がうるさいぐらいバクバク動いていた。


「イヤじゃない……恥ずかしい……」

「そっか」


ぐりぐりと頭を撫でられる。

私はもうなされるがままだ。


「あ、居なくなってる」

「え?」

「ヴィクトル。やっと恋人だって認識したのかもね」


クライド様に制止される事無く振り返る。

参加者が数人見えるだけでヴィクトルの姿は無い。


「会場に戻ろうか」

「はい」


これから本格的な復讐が始まる。

クライド様が三日月の目をして、ニタリと笑った。


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