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地獄へのいざない


僕に婚約者が出来たのは母の騒動が終わってから。

十三歳の時だった。

正直言うと僕は父親と親しくしている使用人ぐらいしか信用できなかった。

だから彼女にとても不躾な態度を取ってしまった。

けれど彼女は笑って許してくれた。

彼女は僕より年上で、大人びていた。

僕は騒動の影響で女性に限らず親しい人以外に触れなくなってしまっていた。

手を叩き落とした事もあったのに、やっぱり彼女は笑って許してくれた。


「当時、精神的に病んでいたからね。誘拐がトラウマでさ」

「今は大丈夫なのですか?」

「うん。今はね。全然平気。十年前の事だしね」


でも言ってしまうと僕が今、笑えたり人と普通に話せたりするのは彼女のお陰もあると思う。

一番迷惑かけたのは使用人と父だけどね。

僕は彼女に恋愛感情は全くなかった。残念だけれど。

姉のようなものだと思っていた。

けれど結婚するんだとは何となく思っていたよ。

僕は彼女の事を嫌いでは無かった。彼女も僕の事を嫌いでは無かったと思う。


「歯車が狂ってしまったのはそれから五年後」


彼女が年上な事もあり、早くに結婚しようと両家で話し合い決まった時。

僕は十八歳。母と誘拐のトラウマも無くなり、他人に触れても平気になった頃。

彼女は突然、姿をくらませた。

少しだけ荷物を持って家を飛び出したのだ。何の前兆も無い事で彼女の両親は彼女を探した。

ひ弱な貴族令嬢はすぐに見つかって家族に保護された。


「その当時僕は軍に入る事にしていたから、忙しくてね」

「どうして軍に?」

「もう誘拐されたくないなと思ってさ。自分を鍛えたかったんだ」


忙しかった僕と彼女は本当に久しぶりに会った。

久しぶりに会った彼女は、すっかり変わってしまっていた。

どちらかと言えばふくよかだった彼女はやつれ、顔色も悪くなっていた。

そりゃあもう心配したよ。彼女の両親の話を聞くまではね。


「彼女は妊娠していた。それで家を飛び出したんだ」

「妊娠……? 誰の……あっ」

「そう、ヴィクトル・スラッドリー。僕の婚約者を文字通り寝取ったんだろうね」


彼女は泣いて別れを切り出した。

こんな体になった以上、フローレンス家にふさわしくないと。

彼女の家は婚約破棄の賠償を負う事になった。

彼女はどうしても僕を異性として見る事が出来なかった。僕と同じで弟として見ていたんだ。

結婚前に恋愛がしたいと魔が差したんだね。

それで一番良くない男を選んでしまったんだ。

最後まで彼女は泣いていた。泣きたいのは僕なんだけど。


「……それで彼女はどうなったのですか」

「スラッドリー家がどのような対応をするか、アイリーン……君は良く知っているはずだよ」

「知らぬ存ぜぬですか」

「そ。スラッドリー家は貴族社会から顰蹙ひんしゅくを買う事になり孤立する事になるけれどね」


結局、彼女は誰とも結婚する事は無く。誰からも祝福されない出産をした。

生まれた子供は孤児院へ、彼女自身は修道院へ。

こればかりはどうしようもなかった。

本当は助けたかったけど、父は母の一件で浮気を毛嫌いしていたし、僕自身も忙しかった。どう助けたらいいかも分からなかったし。僕とは結婚できないし。


「彼女に恋愛感情はあったのですか」

「無いよ。姉弟みたいなもの。姉を助けようとするのは当たり前じゃない?」

「私がお兄様を助けるようなものですか」

「そうだね。まあ僕には本当の兄弟は居ないのだけど」


それ以降、彼女と会う事は無かった。今でも毎日お祈りしているんじゃないかな。

この時点でヴィクトルへの恨みはあったよ。地獄に落としてやりたいってね。

しばらくして軍での仕事も落ち着いて、久しぶりに社交界に顔を出したんだ。

そこにヴィクトルが居たから文句でも言ってやろうかと思っていたら、向こうから話しかけて来たんだ。

奴は醜悪に顔を歪め笑い、『お前の婚約者、不細工だったが楽しめたぞ』って。


「殴りたかったよ。思いっきり。でも人目があったから出来なかった」

「……」

「言いたい事はいっぱいあった。彼女の事を覚えていたのに責任を取る事はしない……頭がおかしくなりそうだったよ」


ヴィクトルとは同じ学園の同学生、同じ年だった。確かアルフレッドも同じだったね。

その頃から嫌がらせはされてきたけれど、子供の遊びだと思って意に介してこなかった。

事あるごとに突っかかって来る面倒な人間。その程度の認識だった。


「全力で潰しておけばよかった。何度後悔したことか」

「……婚約者を寝取った事がクライド様への嫌がらせ?」

「そうだ。奴は僕が苦しんでいる姿を見て愉悦に浸りたいんだ! 最低な野郎なんだよ」


その為に何人の人間を不幸にしたって構わない。自分本位な男なんだ。

僕はまた女性に触れなくなった。


「どうしてですか」

「簡単さ。また彼女みたいに不幸な女性を作りたくないから……親しいと奴に思われただけで手を出される可能性がある。怖くてとても近付けなかった」

「復讐の時に無理をしていましたか?」

「……少しね。でも奴が居ないってだけですごく楽だったよ」


クライド様が重たい息を吐いた。話は終わったようだ。

自身の母に翻弄され、ヴィクトルに幸せを壊された。

名家フローレンス家の産まれながら、きつい出来事ばかり降りかかる。

私の髪を切られた事なんて些細な事のように感じてしまう。


「本当は女嫌いでは無いのですね」

「いや、母の影響で女は触るのキツイ。復讐では我慢してたけど倫理観が低い女はもっとキツイ。女には触りたくない」

「無理させてましたか……すみません」

「謝らなくて良いよ。それ以上に楽しかったし」

「……どうして私には良く触って来るのですか?」


クライド様の肩がピクッと動いた気がした。

私からはなるべく触らないようにしているが、クライド様の方から触れてくる場合はどうしようもない。

顎を掴んできた時もそうだが、私に触れてくる時クライド様は楽しそうにしている。


「それは……」

「それは?」

「……」

「……」

「君は母みたいな人で無い事は良く知っている、からかな?」

「分かりませんよ? 性に奔放かも知れません」

「ははっ、最高のジョークだね」


見た感じ男にしか見えないのに性に奔放もクソも無いか。

カラカラと笑うクライド様は、いつもより晴れやかな表情をしていた。

過去の事を誰かに話したかったのだろうか。


「ねえ、アイリーン」

「はい」

「改めて聞くよ。僕に君の復讐を手伝わせてくれないか」


真っ直ぐな琥珀色の瞳と目が合った。

私は微笑み返した。


「私にあなたの復讐を手伝わせてください。一緒に楽しく復讐しましょう?」

「先に言われてしまったな」


くすくすと、これから復讐をするのに楽しく笑いあった。


「最終目標は?」

「奴には死んだ方がマシな思いをさせてあげたいね」

「ふふ、ではそうしましょうか」


最終目標、ヴィクトルが自ら死にたくなるまで。

そんな日は来るだろうか? いや、無理にでも来させる。

私以上にクライド様の気持ちを晴らさせてあげたい。

私の恨みはおまけで良い。クライド様の方が重たいから。


「僕の話は終わり。何か聞きたい事ある?」

「あの、一つだけ」

「なんだい?」

「幼少期のクライド様ってどのぐらい可愛らしかったのですか?」

「ええー……?」


クライド様は腕を組んで考えた。


「誘拐されるぐらい?」

「見た目の話ですよ?」

「あー……あんまり言いたくないけど……んー……」


肌は白く大きな琥珀色の瞳に、つやのある黒髪。当時はとても華奢で……


「綺麗すぎて本から飛び出して来たみたい? とか女の子みたいとか言われてたかな? 今は背も伸びたし、軍で鍛えたから体格もそこそこ悪くないだろう?」

「女の子らしさは無いですね」

「普通の成人男性だよ」

「でも……本から飛び出して来たみたいに綺麗なのは今も変わらないですね」


クライド様は綺麗だ。

本から飛び出して来た、と言う表現は的を得ている。

本人はそれを嫌がっているようだが。


「アイリーンさ」

「はい?」

「口説いてるの? それ?」


何の話か分からず、クライド様を見つめる。

口説いてる? 誰が? 誰を?

……ハッ。

意味を理解して大声を出した。


「ち、ちがいます!」

「でも、僕の事を綺麗だなんて……」

「事実を言っただけです! 口説いてないです!」

「ふ~ん?」


じっ、と睨まれるように見つめられ頬に熱が集まる。

恥ずかしい! 意識してないとはいえ口説いてるような事を言ってしまうなんて。

男装生活が長いからだろうか。


「まあ、いいけど」


見逃してくれるようでほっと一息ついた。


「じゃ、本題。ヴィクトルくん地獄へようこそツアー」


吹き出してしまった。


「軽いですね」

「軽いとも。地獄への片道券が当選したんだから」

「めでたいですね」

「めでたいとも。ようやく僕達が楽になれるのだから」


クライド様の芝居がかった話し方にまた笑った。

それから私達は『ヴィクトルくん地獄へようこそツアー』の計画を話し合う事にした。


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