表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/37

私を守った勲章


「此度の事はまことに申し訳ありませんでした」


言って深々と頭を下げた。


「……」


クライド様からの返事は無い。

頭を下げたまま、恐る恐る目だけをクライド様に向けると、


「え……何に謝っているの?」


困惑顔と目が合った。

全くもって意味が分からないとでも言いたげな琥珀色の目を見つめる。


「怪我の事です」

「ああ、怪我ね……あれは僕が不用心だっただけの話さ」

「そもそも私の復讐を手伝ったから……」

「僕は楽しんでいるし、共犯だろう? 気にしないでくれ」

「ですが……」


食い下がる私に、クライド様は包帯が巻かれている腕を見せてくれた。


「傷は思ったより浅かったよ。日常生活に支障なし。重いものはしばらく持てないけどね」

「傷の痕は……?」

「残るよ。けどいいんだ」


服の袖を元に戻し、包帯が隠れる。


「アイリーンが無事だったから」


ドッ、と心臓が激しく脈打った。


「この傷は君を守った勲章みたいなものさ」


心臓がうるさい。

顔、赤くなってないだろうか。

いつもと違い、クライド様の表情は真剣だ。


「怪我一つ無くて良かったよ。女性に傷があると傷物って言われちゃうだろうし」

「わ、私にそんな事……」

「関係ない? あるよ。君は女性だ。だから守ってあげないとね」


そこでようやく三日月が現れた。

この目に安心する日が来るとは思いもしなかった。

真剣な表情のクライド様は心臓に悪い。


「逆に庇わなかったらアルフレッドにボコボコにされそうだよ」

「お兄様はそんな事しません!」

「はは、信用されてるなアルフレッドは」


笑うクライド様を見て微笑む。

少なくともクライド様は復讐の手伝いを辞める気は無いようだ。


「あと何か、言いたい事はある?」


何かを企んでいるようにクライド様は笑う。

本当に黒猫のようなお人だ。


「どうしてマリーシャの髪を……?」

「理由は考えずとも分かるだろう?」


やっぱり私の為に……?

少しだけ視線を逸らす。


「でも……やり過ぎな気が……」

「やり過ぎなものか」


先程よりも強い声でクライド様は語る。

驚いて顔を見合わせる。


「君の髪を切ったのに。君の髪は遠くから見ても美しかったのにな」


ああ、駄目だ。

咄嗟に俯いた。

絶対、顔が赤くなってる。心臓もうるさい。

クライド様に女として褒められた。それだけで勘違いをしてしまいそうになる。

落ち着け私。クライド様にそんな気は無い。褒めてくださった髪はもう無いのだ。


「本当はまた裸にさせて色々しようと思っていたけど、やめたよ。やり過ぎって言われたしね」

「……そうですか」


私の意思を少しは汲んでくれたのか。

俯いたまま一瞬だけクライド様の表情を窺った。

至極楽しそうに三日月の目で私を見つめていた。


「次は僕の言いたい事。と言うか聞きたい事かな」

「はい、どうぞ」

「マリーシャはどうなった?」


まだ顔が赤いかもしれないが、質問の意味が分からずに顔を上げ首を傾げる。


「クライド様も良くご存じのはずでは?」

「知っているけれど、社交界ではどう言われているのか気になってね」


現在、社交界にはアレンが参加している。

クライド様は先程言った通り怪我で療養中だ。

確かにクライド様や私が知っている事実と、社交界での話には差異があるかもしれない。


「分かりました」


結論から言うと、マリーシャは修道院へは行かなかった。

いや、行けなかったと言う方が正しい。

修道院は罪人を収容する場では無いからだ。

彼女は牢獄へ入る事になった。罪状は殺人未遂だ。

彼女の両親はそんな事は有り得ないと彼女を庇ったが、相手はクライド様もといフローレンス家だ。クライド様は実際にマリーシャに刺され、私とヘイレド様の証言もあり逃げる事は出来なかった。

マリーシャはクライド様を刺した時点で精神が壊れていたが、自身の裁判を通じてさらに壊れていった。

牢の壁をぼおっと眺めていると思うと、突然暴れはじめたり、クライド様やヘイレド様……そしてアイリーンの名を大声で叫び始めたりと何かと問題が多かった。

彼女の両親は彼女を病院へ入れる事を提案したが拒否された。

息子を傷つけられたクライド様のお父様が怒りに震えていたからだ。

マリーシャは問答無用で牢に入れられた。出て来る事が二度と無い北の監獄に収容された。

その後どうなったのかは私には分からない。

マリーシャについては以上だ。

フローレンス家は彼女の裁判に関わっている。結末は知っているはずだ。


「まあ、それは知っているのだけど」

「でしょうね……」

「社交界ではどんな噂が広がっている?」


社交界ではマリーシャは叶いもしない恋に惑わされクライド様を殺そうとし地獄に落ちた淫売女。と言われている。

マリーシャとクライド様が一緒に居る場面を見た人は同じく証言する。

『クライド様は嫌がっているように見えた』

彼女には婚約者が居る上、クライド様は女嫌い。

その婚約者はクライド様にとって友人なうえに、自他ともに認める女性嫌悪とくれば嘘でも愛を囁いているようには見えないのだろう。

誰もクライド様を悪く言う人間などいなかった。

むしろ怪我をして心配する声を沢山聞いて来た。

人徳だ。宰相の息子であるクライド様が人を騙すなんてありえないと皆思っているのだ。


「淫売女ねぇ」

「引き留めるために自ら髪を切り、クライド様を刺した気違い……ですかね」

「気違いかあ、まさにそんな感じだったね」


少しだけ声を出してクライド様は笑う。

マリーシャがした事を思い出す。気違いと言う言葉がしっくりくる。

彼女を気違いにしたのは紛れも無く私とクライド様が原因だが、罪悪感は無い。

私だって髪を切られた。だからおあいこだ。


「ヴィクトルは戻って来たかい?」

「いえ、ですがもうそろそろとの噂が」

「ふ~ん……」


にやついた顔で策を講じているクライド様をじっと眺める。

当初の計画通り三人を地獄に落とした。

最後の一人は計画に無かった動きをしたが許容範囲だ。

クライド様が怪我をした事だけが心残りだ。


「何故彼女は私を狙ったのでしょうか」


マリーシャは完全に壊れてしまった。

理由を聞く事は永遠に出来ない。


「……これは僕の勘だけど」


マリーシャはあの時あの瞬間、アレンの正体に気が付いたのではないか。


「あの瞬間、自分の置かれている状況がアイリーンととても良く似ていると気が付いたのかもしれない」


薄暗い物置部屋。部屋には自分の髪が散乱している。

私の時と状況は似ていると言える。クライド様がわざと似せた気がしないでもない。


「証明は出来ないのだけどね」


クライド様は一度長く息を吐き、怪我をした腕をさすった。


「衰えたかなあ。あの程度で怪我するなんて」

「クライド様は腕に覚えがあるのですか?」

「何の訓練も受けてない女性相手に後れを取るなんてありえなかったんだけどなあ」


クライド様は優秀な文官だ。

身体能力が高い気はしないが……


「昔は軍に居たから」

「えっ!?」

「意外だった?」

「……はい、びっくりです」


フローレンス家は代々優秀な文官を輩出している。

クライド様はそれに逆らいたかった。


「毎日訓練したよ。僕は意外と体を動かすのが好きみたい」

「やめてしまったのですか」

「やめたと言うか……父がうるさくてね。引き抜かれちゃった感じ」


クライド様は宰相の下に付く前は軍隊に所属していた。

とは言っても有事の際に最前線に立つのではなく、参謀のような事をしていた。

実績が認められるとあっという間に引き抜かれ、宰相の下に付くようになった。


「宰相にはなりたくないなあ」

「何故ですか?」

「つまんない上に激務だからね。軍に居た時の方がやりがいはあったよ」


やれやれと言いたそうな表情で紅茶を嗜むクライド様。


「冷めてきちゃったね」

「……そうですね」

「新しく淹れようか」


使用人を呼ぶために立ち上がるクライド様と同じように私も立ち上がった。


「私が淹れましょうか?」

「へえ、淹れる事が出来るの?」

「一般的な教養ですから」

「分かった淹れてみて」


紅茶を淹れる事は貴族令嬢にとっては一般的な教養だ。

ただ、クライド様の口に合うかは別の話だ。

淹れ方一つで風味が全く変わってしまう為、言い出してから少しだけ後悔した。

わざわざ使用人の手を煩わせたくなかったから提案したが、失敗したらまずいな。

私の気持ちを知ってか知らずか、結局クライド様は使用人を呼んだ。


「何か美味しい菓子でも持って来て。女性が好きそうなやつ」


クライド様が笑顔でそう言うと、使用人は少しだけ驚いた表情を浮かべた。

私の事を一瞬だけ見てから、かしこまりましたと言ってその場を離れた。

紅茶を淹れ直し、お菓子まで準備……話し合いは長くなりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ