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新学年初日は入学式と宿題提出、そして簡単な事務連絡だけで終わったので昼前には家に帰ることが出来た。




 勿論、花音と帰宅したかったのだが生徒会の仕事と入学式の事後処理をしなければならなくて遅くなるということで先に帰った。




 そこから外で妹と一緒に昼食をとったあと、夕食までは家でラノベを読んでいたり、ソシャゲで時間を潰したりしていた。




 そして妹と夕食の準備をして、今現在妹と夕食中という訳だ。




「そういえば学校どうだった?」




「え……?」




「だから学校どうだったかって」




「ああ……うん……まあまあかな。友達も一人出来たし」




「友達ってどんな子だ?」




「うんと……一日話しただけだからまだはっきりとは分からないけど、明るくて可愛い子だった」




「へぇ……そうなんだ」




「それにしても私みたいな何の取り柄もなくて一緒にいても楽しくない子に話しかけてくるなんて物好きだね」




「自分で言っちゃうのかよ……」




「だって事実だもん。……それにしても私があまりにもつまらないから失望しちゃわないか凄く心配」




「考え過ぎだろ……」




「そうだといいんだけどね」




 そう何だか妙なテンポと抑揚のない声でネガティブ発言を連発する目の前の女の子はラノベとかにありがちな血の繋がらない妹とかではなく、まごうことなき俺と血の繋がった妹である 榎本 (かなで) だ。




 表情に乏しい整った顔、アホ毛がぴょこんと立つ眉のあたりまで伸ばした濡れ羽色の黒髪。




「というかお前はめちゃくちゃ可愛いんだからもっと自信持てって」




「そんな事言ってくれるの兄さんくらいだよ」




「それは周りの男が見る目ないのとお前に友達が居ないだけだ」 




「えっ……それ言っちゃう? ……まあ紛れもなく事実だけど」




「だってお前はそれでいいと思ってんるだろ」




「うん……友達がいっぱい居る学園生活も憧れるけど、でもそういうのはちょっと私には荷が重いかな」




「そうか……お前がそれでいいんならそれでいいよ」


 


 確かに友達が多く居るということは理想的なことなのかもしれないが、そうでないからといって気に病む必要はない。




みんな違ってみんないいってみすゞさんも言ってるしな。友達を多い事を美徳とする人も居ればそうでない人も居る。友達が多く居て楽しいと思う人もいればそうでない人も居る。




「……だけど居なさすぎるってのも問題だからな。やっぱ何かあった時に頼れる友達は居ないと困るぞ」




「うん……分かってる」




「よろしい」




 そう言って俺は妹の艷やかな黒髪を撫でる。彼女はちょっとだけ身じろぎして猫のように目を細めると。




「兄さんは本当に優しい」




「そうか?」




「兄さんは色々な時間を私の為に嫌な顔せず犠牲にしてきた……例えば好きな人を過ごす時間とか」




「……気づいていたのか?」




「兄さんの事はこの奏にかかれば全てお見通しなのです、勿論エッチな本の隠し場所も」




「……はあやっぱお前には敵わないな……というか今聞き捨てならないことがあった気が」




「ベットの下は余りにもテンプレ過ぎてダメダメ……どうだろうね例えば学習机の一番下の引き出しとかいいんじゃないかな?」




「うぉぉぉい!!!」




「兄さんはどちらかと言えば大きめな方が好きなんだね……きゃぁ」




「何故そこで胸を隠す!!」




 確かに俺の妹は標準よりかは大きめだけど……って何考えてるんだ俺!? ……というか何でこんな話になったんだ? とりあえずうん隠し場所は変えようと思いました、勿論学習机の一番下の引き出し以外で。




 ここで俺達兄妹の状況を軽く説明しておくと俺の父さんは外交官として、母さんはファッションデザイナーとして海外を飛び回っていて家を開けることが多い。




 俺達が中一の時までは近くに住んでいた父さんの妹、つまり叔母さんが俺たちの家に来て面倒を見てくれていた。




 でもその叔母さんの夫の人が転勤する事になって叔母さんも付いていくことになったので、そこからは俺と妹が協力して家のことをやるようになった。




 そして俺の妹は驚く事に中二の時にラノベ作家としてデビューした。だから俺は妹の作家としての活動と受験の両立をサポートする為に彼女が中三の間は家の仕事を俺がメインで受け持っていたのだ。




 それが俺が生徒会に入らず、部活にも所属せずにいた理由である。




 まあ勿論、花音との距離を縮めると言うことを考えれば生徒会に所属するのがベストだったのかもしれないが……。




「俺がやりたくてやったことだからお前は気にするな」 




「でも兄さんは私のせいで……」




 そう自分を責めようとする彼女の言葉を塞ぐように、俺は彼女の頬を軽く摘んだ。




「うあわあわ……」




「だから気にすんなって」




「……」




「俺はお前にそんな悲しい顔をさせる為にやってきた訳じゃない」




「……」




「折角お前は文章を書く才能があるんだからそれを生かせよ。……皆が楽しめるような物語を書くってのがお前のモットーなんだろ?」




「……うん」




「なら届けてやれよそんな物語を。皆を心の底から楽しませてやれ。俺はその為に全力でお前をサポートするから」




「……分かった兄さん」




「よろしい」




 俺は妹の髪を丁寧に何度も何度も撫で続ける。心地よい沈黙が流れてきてそんな沈黙に暫く身を任せていると彼女が。




「本当に兄さんが私の兄さんで良かった」




「はは……なんだそれ」




「絶対に兄さんが兄さんじゃなかったら兄さんの事を好きになっていた自信がある……勿論恋愛的な意味で」




「俺も奏が妹じゃなかったら好きになっていたかもなあ……勿論恋愛的な意味で」




「もし……兄さんが好きな人に振られたとして」




「おいおい縁起でもない事を言うなよ」


 


「そしたら私が兄さんを貰ってあげるから安心して」




 ここで何と言うのが正解なのだろうか。少し考えてみたが答えは見つからなかった。だから俺は咄嗟に浮かんだ言葉を出した。




「それは……嬉しいな」




「でしょ」


  


 そう言って奏は俺の腕に抱きついた。すると彼女の女の子らしい匂いがふんわりと鼻孔をくすぐって、そんな些細な事からも彼女の成長が感じられた。




 彼女も俺も同じ時間を長く過ごしてきた。その積み重ねに今がある。




「……兄さんが兄さんで本当に良かった」





 俺も……奏が妹で本当に良かった。



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