小動物系後輩との出会い 前編
あれから生徒会の仕事がある花音と別れた後俺は一人で静謐に包まれた校舎を歩いていた。窓からは朝日が優しく廊下を照らし、春の涼やかな風が少し開いた窓から吹き込み俺の頬を撫でる。
こんな時間にわざわざ用事も無く登校する生徒は居ない。事実、俺だって花音と登校するという俺にとっての学校での一番楽しみなイベントが無ければこんな早くには登校しない。
一日くらいいいじゃないかと思わなくもないが、それでも好きな女の子とは出来るだけ長く一緒に居たいのだ。
「ふわぁ……」
まあそんな恋情も眠気という生理的欲求には勝てないわけで、つい欠伸を漏らしてしまう。
「教室に入って少し寝てようかな」
そう独りごちてぼんやりと歩いていると。
「うわっ……」
「きゃっ……」
廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。俺の方は少しの衝撃を感じるだけで済んだが相手の方はぶつかった衝撃で倒れてしまったらしい。俺の体重は同年代の平均よりちょっと軽いくらいだから、そのことからして相手は女の子か?
「ごめん……ぼーっとしてた……大丈夫か?」
「いえいえ……私の方も不注意でした」
そう言って立ち上がるその相手、その人の顔を見ると。
「っ…………」
「……どうかしましたか?私の顔に何か付いてますか?」
「いや……何でもない」
むちゃんこ可愛かった。美人か可愛いかと聞かれれば間違いなく可愛い系。小動物のような愛くるしさを兼ね備えた小柄な美少女が目の前に居た。というかなんかいい匂いするし。……ってあれ?
「えっ……もしかして君新入生?」
「はいそうです!えっと……年上ですよね?」
「ああ」
清峰高校には学年色というものがある。一年生が黄色で、二年生は緑、三年生は赤というものである。そしてその学年の色をしたリボン(うちの学校は珍しく男子の制服までリボンを付ける)を付けることが義務付けられていて、それで学年の判別が容易になるのだ。
そして彼女が付けているリボンの色は黄色。つまり彼女は高校一年生、新入生という事だ。
「というかどうしてここに?ていうかどうしてこんな時間に」
ここは高校一年生の教室があるようなエリアではなく、というかそもそもこんな時間に新入生が来ている事が謎だ。
「あの……私凄く方向音痴で……。自分の教室を探していたら迷っちゃったんです」
「なるほど……じゃあ俺がその教室まで案内してやるよ」
「え……いいんですか?」
「そのついでに他の教室の場所とかも教えてあげようか?」
「そ……そこまでして頂けるのですか?」
「ついでだよ、ついで。……というか君名前は?あっ、俺は 榎本 昴 っていうんだけど」
「えっ……まさかあの榎本先輩」
「どうしたんだ?」
いきなり頷いてしまって小さな声で何かを言う彼女。その声は小さ過ぎて何も聞こえなかった。
「……答えなきゃいけないですか?」
「えっ!!??」
名前聞いたら答えるの拒否られるなんて経験初めてなんですけど。えっ? まじで何で?
彼女も俺のそんな動揺を感じ取ったのか少しだけ逡巡して。
「……有楽 っていいます」
そう自分の名前だけを教えてくれた。
「……えっと名字は?」
「……教えません」
「ええ!?」
何で名前はOKで名字はNGなの!? ……基準が分からん。 もしかして名字が佐村河内とか小保方とか野々村とかそんなあれがあれな感じなのん?
まあ人には言いたくない事だってあるだろうし別に俺もそれを無理して聞き出したいとも思わない。
「はぁ……じゃあ案内するから付いてきて有楽ちゃん」
「え……は、はいっ! あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
まあ色々と引っかかることはあるが、こんな可愛い女の子の笑顔が見れたのだからそれはそれでいいとしよう。