四話 「お前は誰だ」と聞かれたなら
ネネリさんと一緒にナルの家の玄関から外に出る。
玄関の先には柄の悪そうな男達が小道の左右を挟むように囲んでいた。
男達は皆、手に曲剣を握っていて、皆身なりが悪い。
どう見ても堅気の人たちじゃないね。
ネネリさんと一緒に付いてきたナルが、いつのまにか私の腰にしがみつき怯えていた。
いやー、ナルくんにめっちゃ懐かれたねー。
怯えるナルを宥めながら男達の装備を見る。
男達は防具らしき防具を着ていない。
戦闘を意識していないのか、或いは防具を買うお金が無いのか。
その両方か。
まあ、どちらにしても闇社会の住人なのは変わりないね。
男達は見ていて不快な笑みを浮かべながら私達を囲んでいる。
下品だなぁ。
男達は曲剣を見せびらかしながら、私を威嚇している。
だが、突然片方の方角を囲んでいた男達が道を開けだした。
なんだろう?
私が疑問に思う中、男達が道を開けると二人の男が現れた。
一人はウールの服を着た長い金髪金眼の優男。
彼は金の指輪や首飾りを付けていて、それなりに身分が高いらしい。
優男は私を舐めまわす様に私を見ている。
こいつも下品だなー。
やっぱり、この武器を持った男達の仲間かな?
でも、腰に武器を下げていないね。
もしかして、雇い主?
「こいつが例の女かね?」
優男は隣で曲剣を携えている、もう一人の男に話しかける。
隣に立つ筋骨隆々で黒髪黒目のオールバックの男は、澄ました笑みを浮かべて私をみた。
「そうだ。この女だ。この女が仕事の邪魔をした」
剣で私を指さしながら、そう答えるオールバックの男。
周りの男達はオールバックの男に一礼している。
なるほど。
このオールバックの澄ました笑みを浮かべる男が、この柄の悪い男達のリーダーか。
で、この男二人の会話から察するに、要求はナルの引き渡し……かな?
優男が私に向かって歩いてくる。
「ご機嫌麗しゅう……お嬢様?何処の貴族様か知らないがね」
私に一礼しながら優男は気持ち悪い笑みを浮かべている。
どうやったら、そこまで笑みが気持ち悪くなるか逆に聞いてみたいよ。
てか、貴族じゃない。
権力はあるけどね。
私が支配主であることなど露知らずに貴族の令嬢と見ている優男は滑稽な演技をしながら言葉を続ける。
「ああ、仰らないで。何を隠そう私も貴族なのだよ……ああ、知っている?まあ、そうだろうねぇ、何処から見てもマール家なのだから」
知らないよ。
貴族じゃないから詳しくないよ。
この人みたいに、一人で話して一人で納得する人って居るよね。
しかも、一人で話して一人で納得する人ほど、自分の武勇伝ばかり話す。
正直どうでも良い。
「我が名はレオナルド・シュタイナー・サカキ・チャングン・マール=世界帝国!貴女も知っているマール家の三男だ!」
優男は腕を広げながら、声高々に自分の名前を披露する。
だから知らないよ。
てか、凄い変な名前だね。
貴族の名前だから仕方ないのはわかるけど、もうちょっとミドルネームにする洗礼名を選ぼうよ。
まさかマール=世界帝国より前の名前の全てが洗礼名じゃないよね?
親から貰った名前は無いのかな?
それに、マール=世界帝国って事は、他の国にもマール家があるんか。
総評、ひっどい名前。
「公爵家である貴族の私が何故こんな掃き溜めの様な場所に居るか……わかるかな?」
どうせナルを寄こせってことでしょ?
渡さないよ。
「私は其処にいる少年と母親に用があるのだよ。だからさっさと寄こしなさい」
ほらやっぱり。
ナルを寄こせって話だよね。
誰が渡しますか?
しかもネネリさんまで求めるのかいな。
貴族って怖いねー。
「渡してくれるのなら、特別に彼らの仕事を邪魔をした件を、ベッドの上で私を満足させるだけで手を打とう」
そう言いながら私の胸を見る優男。
ホントに視線が気持ち悪い。
そんな条件を呑むと本気で思っているのかな?
絶対に皆拒否すると思うんだけど、わざとかも?
最初から拒否されること前提で、拒否を聞いてから実力行使の段取りの予定だったり?
それか、私を貴族だと思っているみたいだから、家柄で絶対に吞むと思っている?
どれにしろ、あの優男がヤバい奴には変わりない。
優男の横に立つオールバックの男を見る。
奴と、奴の部下は合わせて二十は居そう。
皆柄が悪そうな人たちで、全員堅気を搾取してきた様なヤバい目をしている。
正に皆アウトレイジ。
まあでも……
「あのさぁ……貴方達は周りが見えているの?」
私の挑発じみた言葉に男二人は目を細めた。
柄の悪い男達はヘラヘラ笑いだすが、二人は冷静に私を見ている。
へぇー……驕らないんだ。
ちょっと意外。
優男はオールバックの男に目配せ、オールバックの男が前に出た。
「嬢ちゃん、あんたこそ周りが見えてねぇ」
そういうオールバックの男は路地裏の角を剣で指さす。
その場所は私の護衛が潜伏している場所……
へぇ……分かってるんだ。
「確かに、それなりの数の伏兵が居るのは知っている。そこの屋上もだ」
ついでとばかりに屋上に居る護衛も剣で指をさす。
なかなか……できる男じゃないか。
彼は私の護衛の潜伏場所を指摘した後、剣を手で一回転して方に担いだ。
柄の悪い男達は、伏兵が居る事を今頃知って静かになる。
恐らく指摘されるまで男達は気が付かなかっただろう。
そんな部下達を他所に、彼は私に剣を向ける。
「だからなんだ」
私に剣を向けて、そう宣言する彼の瞳には自信に満ち溢れていた。
「確かに伏兵の隠密練度は高い!称賛だ。だがな、伏兵ってのはそれだけなんだよ……お前が思っている程、伏兵と言う兵科の戦闘練度は高くないんだ」
そう言う彼は、突然笑いだす。
「フッハッハッハッハ!俺は元世界帝国軍の隊長を務めたオルガス様だぞ!兵法ぐらい理解してるさ!素人と違ってな!」
彼は暫く笑い声を上げていたが、満足したのか瞳を瞑り、深呼吸の後に私を見た。
「さて、素人の嬢ちゃん。お前こそ周りが見えているのか?そっちは恐らく十人だろ?俺の部下はこんなんだが、戦闘に関しては伏兵なんかには負けはせん。こっちは二十人だ」
静かに聞く私に、男は最後の言葉を吐いた。
「で、どうする?条件を呑むか?」
その言葉を最後にオルガスと名乗った男は黙る。
なるほどね。
彼は伏兵と思っているみたい。
で、私の護衛に戦力で勝っていると……
まあ……勘違いも甚だしい。
「はぁ」
頭を抱えてため息をつく私。
そんな私を見てオルガスが訝し気に見つめている。
「まあ、確かに普通の伏兵ならそうだろうね……普通の伏兵ならね」
私の言葉を皮切りに、様々な場所に潜伏していた護衛達が動き出した。
屋上を駆け抜けながら迫る弓兵達。
様々な障害物を乗り越え迫る、魔法の杖を持った魔導士達。
窓から飛び出し、私やナル達と、男達の中に割って入る双剣士や剣士。
壁伝いに移動し位置取りをする回復術師。
そして護衛全員が位置に付きオルガス達を睨んだ。
オルガスは動揺している。
そらそうだろうね。
全員が全員、見ただけで分かる質の良い装備を使用しながらも、装備のデザインは実用性一辺倒。
しかも潜伏していたのは偵察に特化した伏兵の類だと思って蓋を開けたら、全員戦闘がメインの編成で構成された部隊。
正に潜伏する戦闘部隊。
これこそが、私の護衛であり切り札。
私が最初に白銀邸を出る時、マーカスから紹介して貰った護衛達。
その名も『白銀邸護衛軍 第一特殊作戦軍』それの第一班の方たち。
私の前に割って入ったのは、この世界には白銀邸にしか未だ無い、この世界で唯一の特殊部隊だった。
「で、ご感想は?」
笑顔で挑発する様に私はオルガスに聞いた。
目を泳がせるオルガス。
その反応が当たり前だよねー。
今まで見た事無い部類の部隊だからね。
「うっそだろ……なんだこれ……」
オルガスは声を震わせて護衛を一通り見回した後に私を見る。
「なにもんだよ……お前ナニモンだ!?」
声を荒げながら剣を私に向けて騒ぐオルガス。
公爵三男は呆気に囚われている。
私の手札を見た柄の悪い男達は完全に戦意を喪失しているようだ。
「俺が見た事も無い部隊に俺が見た事も無い装備……それに見た事も無い練度……」
騒ぐオルガスを静かに見つめる。
「こんな国家の切り札みたいな部隊を護衛にしているなんて……!お前ナニモンだ!答えろ!」
私に剣を向けながら叫ぶオルガス。
なんだかオルガスが少し可哀そうに思えてくるなー。
彼らはいつも通りに裏の仕事をしていただけなのだろう。
それが突然、見も知らぬ特殊部隊に訳も分からず負けて、訳も分からず拘束されたら悔しいとも思えないよね。
仕方ない。
姿を見せてあげるよ。
そんなオルガスに答える様に、私は静かにフードを上げた。
護衛以外の全員が驚く中、私は言う。
「お前は誰だと聞かれてもね……支配主だよ」
これで、誰に喧嘩を売ったか、分ったかな?