08.宰相の令息【ニコラス様との出会い】
休み明けの放課後、私は渡り廊下が見える茂みに隠れていた。
ゲームでは、学院に入って最初の休日にお菓子作りのチュートリアルが発生して、絞り出しクッキーを作ることになる。
たくさん作って王太子にプレゼントしてみようというストーリー展開になり、翌日、学院へ持っていく。
放課後、王太子を見つけてプレゼントするんだけど、その現場に王太子の幼馴染である宰相の令息が現れるんだよ。
これがヒロインと宰相の令息との出会いイベントになるの。
そして、その出会いイベントが発生するのが、校舎と校舎をつなぐ渡り廊下。
周りに人はいない状況で王太子にプレゼントするので、それをこっそり見学するためには茂みに隠れるしかなかったってわけ。
居心地悪い、茂みで音をたてないようにじっと待ち伏せしていた。
人の足音が聞こえてきて、ちょうど私がいる茂みのそばで立ち止まった。
「デリック殿下……お時間いただけますか?」
女性の声が聞こえてきたので、茂みの葉の隙間からそっと渡り廊下を覗いた。
金髪の男性とピンクブロンド色の髪をした女性……ヒロインのレイラちゃんが見える。
「何かあったのか?」
低音ボイスが響く。この声は王太子のデリック殿下の声だ。
「この間は助けていただきありがとうございました。お礼というには貧相ですが……手作りしたんです。よければ、食べてください」
レイラちゃんのセリフはゲームどおりだ。
デリック殿下は一瞬、レイラちゃんが持っているお菓子の袋をじっと凝視して……きっと鑑定魔法で毒がないか確認したんだと思う……問題ないとわかるとにこりと笑顔になり、受け取った。
「ありがとう。ここで食べてもいいかな?」
デリック殿下のセリフもゲームどおりだね。
レイラちゃんは恥ずかしそうにしながら、小さく頷いた。
デリック殿下は包みを解いて、中に入っていた絞り出しクッキーをつまむとひょいっと口に入れた。
ざくざくと咀嚼する音が聞こえてくる。
「これはなかなか……上にのっているナッツがいいアクセントになっているね」
あれ? 初めて作るお菓子だから、すごくシンプルなクッキーのはずなんだけどな。
ナッツなんてのっていたっけ?
「ありがとうございます」
レイラちゃんがそう言ったところへ、ばたばたと急ぎ足で近づく人物が現れた。
「デリック殿下! こんなところにいたんですか!」
少し高めの男性の声……おおお! 宰相の令息であるニコラス・フィンリー様の声だ!
前世の私はニコラス様の声が一番好きだったんだよね。
濃紺の髪にサファイアのように青い瞳をしたニコラス様は、メガネ男子!
王子王子した雰囲気の王太子デリック殿下と冷静沈着なメガネ男子のニコラス様。
この二人が並ぶと腐女子な方々が大喜びするんだよね。
そんな遠い過去を思い出しつつ、高鳴る胸を押さえながら、じっと三人を見つめる。
「やあ、ニコラス。ちょうどいいところにきたね。きみも食べてみなよ」
「え? はい?」
デリック殿下からクッキーを手渡されて、ニコラス様は首を傾げつつも食べた。
「これは! 生地とナッツ、二つの食感を一度に味わえるのにこの小ささ。味のバランスもよい。……これをどこで手に入れたのですか? デリック殿下!」
ニコラス様ってめっちゃ舌が肥えていて、味にうるさい人間なんだ。
だから、好みのお菓子を作って渡しても、なかなか攻略できなかったんだよね。
「目の前にいるレイラ嬢が手作りしたものをもらったんだ」
デリック殿下はにこにこしながら、クッキーの入った袋を見せた。
ニコラス様は大きく目を見開いて、驚くんだ。
「ワーズワース男爵家のレイラと申します」
「……フィンリー侯爵家のニコラスだ。……そこらの令嬢が手作りして……こんなにうまく作れるはずがない」
そして、疑わしそうな目を向ける。
そこへレイラちゃんがにっこり笑顔で言う。
「それでは、今度、ニコラス様のために作ってもっていきますね」
はい、ここが課金スチル【ニコラス様との出会い】のシーン!
にっこり笑顔のレイラちゃんと疑わしそうな目を向けるニコラス様が見つめ合ってるその向こうにはデリック殿下が少しむっとした顔をしているんだよ!
ああ~四枚目の課金スチルも見ることができてよかった!
私はレイラちゃんたちが去るまでずっとスチルと同じ場面を見れたことに感動して手を合わせていた。
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