06.ナッツの絞り出しクッキー
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王立ヴィクトリア学院に入学して、初めての休日がやってきた。
私はこの日、絶対にやろうと思っていることがあった。
試作用のキッチンでエプロンをつけて、材料を並べる。
・バター
・砂糖
・薄力粉
・溶き卵
・牛乳
「今日は絞り出しクッキーを作るぞー!」
私は一人、腰に片手を当て、もう片手をグーにして上げた。
気合も入ったことだし、作ろう。
そもそもどうして絞り出しクッキーを作ることにしたかというと……。
前世でハマっていた女性向け恋愛ゲーム『スイーツ~恋する乙女~』。
意中の男性を攻略するためにヒロインがお菓子を作って手渡すってものだったけど、そのお菓子作りってね、ミニゲームだったんだ。
そのミニゲームのチュートリアルとして最初に作るのが『絞り出しクッキー』。
騎士団長の令息であるブライアン様との出会いイベントの次の休日に必ず作らされるんだよね。
それを思い出したから、作りたくなっちゃったんだ。
チュートリアルに出てくるだけあって、基礎が詰まってる。
まずは、常温に戻したバターを泡だて器でやわらかい角ができるまで混ぜる。
次に砂糖を加えて白っぽくふわっとなるまで混ぜる。
続いて、溶き卵、牛乳の順に少しずつ加えてよく混ぜる。
全部混ぜたら、ふるった薄力粉を加えて、ヘラでなじむように混ぜる。
とにかく混ぜる、混ぜる、混ぜる!!
これで材料はおっけー。
星口金をつけた絞り袋に入れて、天板にちょこんちょこんと絞り出す。
「むむっ! ちょっとてっぺんが崩れてるのが多いぞー……そうだ! ナッツをのせてごまかしちゃえ」
日の当たらない棚からすでに砕いてあるナッツが入った瓶を取り出した。
絞り出したクッキー生地の上に数粒ずつナッツをのせていく。
あとはちょうどよい温度のオーブンにクッキーの乗った天板を入れて……。
普段だったら焼き上がるまでお茶を飲んで待つんだけど、今回はたくさん作りたいので、この時間に次に焼く分の生地作りを~。
いい香りがしてきたら出来上がり~。
焼き上がったものをお皿に移して、また天板に生地を絞り出してナッツをのせて、オーブンへ……。
っていうのを何回繰り返したっけ?
気がついたら、大皿に山盛りの絞り出しクッキーが出来た。
これだけあれば、二~三日おやつに困らない。
一つかじってみれば、サクサクでおいしい。
「あら、いい香りね~」
香りにつられてお母さんが試作用キッチンにやってきた。
「香りだけじゃないから、食べてみて~!」
お母さんは大皿に山盛りの絞り出しクッキーをじっと見つめたあと、一つつまんでひょいっと口に入れた。
「うんうん、ナッツの飾りもかわいいし、味もいいわね。これだけあるなら、小分けにしてお父さんのお店に置いてもらって……お小遣い稼ぎさせてもらったらどうかしら?」
「お小遣い稼ぎ……?」
「そうよ。試作品が売れるかのテストとアーシュラちゃんのお小遣い稼ぎ! 一石二鳥でいいでしょう?」
「そ、そうだね!」
一人で全部食べようと思ってた……とは言えずに、頷いておいた。
「お父さんに頼んでおくから、アーシュラちゃんは小分けにしておいてね。あとレシピもよろしく~」
お母さんはそういうとすぐにお父さんがいる店のほうへと向かった。
ああ、私のお菓子パラダイスが~……。
私は肩を落としつつ、大皿いっぱいの絞り出しクッキーを小分けの袋に入れる作業を開始した。
袋に入れるときに、見た目が悪いものは別のお皿へ移した。
不格好なものなら、私のお腹に入れても文句を言われないだろう。
結局、拳くらいの大きさの袋が十個できた。
これは明日、私が店番するときに売ることにしよう……。
私は不格好な絞り出しクッキーとクッキーの入った袋を抱えて、自分の部屋へと向かった。
また窓辺へ椅子を運んで、外を見ながらクッキーを食べることにした。
裏庭に咲いていた桜はこの一週間で散って、葉桜になっている。
お皿を抱えて、絞り出しクッキーを一つつまんでは口の中に入れる。
もぐもぐ……しっかりバターと砂糖を混ぜたから、サクサクだ。
ゲームの世界なら、たぶん今ごろレイラちゃんも絞り出しクッキーを作ってるんだろうな。
そんなことを考えつつ、ぽいぽいと口にクッキーを入れていく。
不格好な絞り出しクッキーが半分まで減ったところで、にゃあんという鳴き声が聞こえた。
「おおう! この鳴き声はこの間の黒猫さんか?」
桜の木の陰から金色に近いトパーズ色の瞳をした真っ黒い猫……スノーボールをほぼ全部食べた黒猫が現れた。
黒猫はまたしても、ひょいっと窓を乗り越えて部屋に入ってきた。
そして、机の上に乗り、小分けにした袋を嗅ぎ始めた。
「わわわ! それはダメ~! それは明日、売り物にするやつだから……こっちのお皿にあるのなら食べてもいいよ」
私が慌ててそう声をかけると黒猫はにゃあんと鳴いて、机から飛び降り……今度は私の膝の上に乗った。
食べやすいようにお皿を寄せると、黒猫はがつがつと絞り出しクッキーを食べ始めた。
「慌てなくても、取ったりしないよ。ゆっくりお食べ~」
そう声を掛けたけど、黒猫はがつがつと食べ続けた。
そして、あっという間にナッツののった絞り出しクッキーを食べ終えた。
空っぽになったお皿を机の上に置き、黒猫に尋ねた。
「おいしかった?」
黒猫はにゃあんと鳴くと、私の首に頭を摺り寄せてきた。
「うおおお……あいかわらず、めっちゃかわいいようう!」
たぶん、おいしいって言ったんだと思う。
そして、お礼を兼ねて私に頭を摺り寄せてるんだよね!?
そっと背中を撫でると背中の毛が手に合わせてぞわわっと動く。
黒猫はのどをならしているから、きっと気持ちいいのだろう。
「とてもきれいな毛並み……きみはどこのおうちの子なのかな?」
首輪やリボンをしていないことが気になって、そう声を掛けたけど、にゃあんという返事しかなかった。
次話から短編と違う展開が入ります!
よろしくお願いします。