24.エンディング?
「なんで、現れないの? ちゃんと逆ハーに近い友情エンドにしたでしょ!」
私が泣き止んだころ、大講堂でレイラちゃんが叫んだ。
「逆ハー? 友情エンド?」
真横にいるスージーがレイラちゃんの言葉に怪訝な顔をした。
「……失敗したのね。それなら、やり直さなきゃ……そうよ、リセットしなきゃ!」
「ど、どうした? レイラ?」
「レイラさんどうしましたか?」
レイラちゃんの言葉にデリック殿下とユリシーズ先生が心配そうに気遣った。
でも、レイラちゃんは二人を見ていない。
もしかして、レイラちゃんも転生者?
しかも、ここをゲームの世界だと信じてるのか。
ここは乙女ゲーの世界と似ているけど、現実なんだよ。
「……リセットボタンなんてないよ」
私はボソッとつぶやいた。
それは隣にいるスージーにも聞こえないほど小さな声のはずだったんだけど、なぜかレイラちゃんの耳には入ったらしい。
レイラちゃんはぎゅんっていう音がしそうなほど、すごい勢いで私のほうを向いた。
「あんた……あのお店の店員じゃない!」
「レイラさん、落ち着いて」
「邪魔しないで!」
ブライアン様の制止を振り切って、レイラちゃんは私に近づいてくる。
「あんた、私のサポートキャラなんでしょ? だから、なんとかできるよね!?」
そして、レイラちゃんは私に掴みかかろうとした。
その瞬間、突風が吹いて、レイラちゃんはしりもちをついた。
とっさのことだったので、私は魔法を使っていない。
スージーはここまで強い魔法は使えない。
となると、一体誰か?
「嫌な予感がしてきてみれば、何をやってるんだ」
声の主は私の真横……というか肩の上から聞こえた。
銀色のリボンを首に巻いた真っ黒な猫。
そう……。
「クロス様!!」
え? なんで、レイラちゃんはクロスのこと知ってるの?
「クロス様! お待ちしておりました!」
レイラちゃんは慌てて立ち上がると蕩けるような笑みを浮かべた。
「大丈夫かい、レイラ?」
「ああもう、うるさい! 気安く名前を呼ばないでよ!」
デリック殿下の言葉にレイラちゃんは半ギレで答えた。
クロスはといえば、レイラちゃんの行動を無視して、すとんと肩から床へと飛び降りた。
そして、ぼふんといいそうな煙に包まれると黒猫から人型へと変身した。
周囲からどよめきが起こる。
そりゃ、変身なんて見たことないもんね。
スージーも口元に手を当てて目を見開いて驚いている。
初めてクロスが変身したときって、まだこの世界がゲームだと思っていたから驚かなかったけど、普通はそういった反応だよね。
「ああん! やっぱり、クロス様が一番カッコイイ! リメイク版の隠しキャラなだけあるわ~!」
クロスが人型になった途端、レイラちゃんはそう叫んだ。
「……リメイク版? さっきからピンク頭の発言おかしいんだけど、壊れたのかな」
スージーがぼそぼそとそんなことをつぶやいていた。
レイラちゃんのはしゃぎっぷりにモーリス様はドン引きしているようだった。
デリック殿下はレイラちゃんの発言にどうやら、傷ついたらしい。
きっと、自分が一番カッコイイと思っていたか、もしくはそう言われていたか……。
「レイラさん」
ニコラス様が意を決したように名前を呼ぶと、レイラちゃんはとても嫌そうな顔をしつつ振り向いた。
「もう、名前を呼ばないでって言ってるでしょ! お店に売っていたお菓子で餌付けされるような男に興味なんてないんだから!!」
「な、なにを言っているんだ? あれはレイラの手作りだろう?」
「違うわよ! ガーター商会ってところで売っていたお菓子よ! それをあんたたちは私の手作りだと思い込んで食べてたってだけ! わかったらさっさとどっか行って! 私とクロス様の邪魔をしないで!!」
レイラちゃんの言葉に攻略対象者の五人は絶句していた。
その姿を見て、レイラちゃんは満足したようで、こちら……クロスへと視線を向けた。
「さあ、邪魔者はいなくなりましたわ! クロス様~!」
レイラちゃんはそう言って突進してきた。
すると、突風が吹いて、またもレイラちゃんはしりもちをついた。
「触るな」
クロスは低い声でそういうと、すぐに私の背後へと回り、後ろから抱きしめてきた。
そして、私の頭の上に顎を置き、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
レイラちゃんは私とクロスとを交互に見ると目を見開きながら、叫んだ。
「な、な……何してんのよ! サポートキャラのくせに、なんでクロス様とくっついているのよ! 離れなさい!!」
「……どっちかっていったら、アーシュラちゃんがくっつかれているように見えるけど」
レイラちゃんの叫びに、真横に立っているスージーがつぶやいた。
「ほう、お前はわかっているようだな」
クロスは少しだけ機嫌よさそうな声を出した。
「ちょっと! 離れなさいって言ってるでしょ!!」
レイラちゃんはそういうと、私に向かって攻撃魔法を放ってきた。
……え?
私は魔力保有量が多いので、無意識のうちにぱんっと魔法を相殺した。
もし他の人に当たっていたらどうするつもりなんだ?
こういう人が多い場所で攻撃魔法を使った場合は、罰せられるってこともわからなくなった?
私はただ、唖然としていたんだけど、私を抱きしめているクロスはそうじゃなかった。
ただ無言で、空を掴むとぎゅっと拳を握って捻った。
たったそれだけの動作で、レイラちゃんは何か見えないものに拘束されて、その場に転がった。
ついでに声も塞いだようで、口をパクパク動かしているけど、何も音が出ない。
ここはヴィクトリア学院の大講堂。この場にいる全員が魔力保有者であり、魔法が使える者。
クロスが無言で行ったことがどれだけすごいことなのかを理解して、みんな黙った。
それは攻略対象者の五人も同じで、口を閉ざすと床に転がっているレイラちゃんとクロスとを交互に見ていた。
「やっと静かになったな」
クロスは周りの状況なんて、これっぽっちも気にすることなくそういうと、さっと、私のことを横抱きにした。
いわゆるお姫様抱っこってやつだ。
「え? ちょっと!?」
「卒業まで我慢するつもりだったが、もういいだろう」
そして、クロスはニヤッと笑うと、私の唇に自分の唇を押し付けてきた。
そのまま、ついばむように何度も何度も繰り返した。
ちょっと、待って……ここは大講堂のど真ん中で、人が見てる前なんだよ!?
私はどんどん顔が熱くなっていくのを感じた。
「うわ~」
スージーの声が聞こえてきたけど、クロスは私を離してくれない。
むしろ、だんだんと激しくなっていく。
私がぐったりしたころ、ようやく唇を離してくれた。
ちらりと周囲を見れば、レイラちゃんが怒りの形相でもがいている。
デリック殿下は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているし、ニコラス様は顔を引きつらせている。
モーリス様は視線をそらせたままだし、ブライアン様は気をつけの姿勢のまま硬直している。
ユリシーズ先生は大人の笑みを浮かべて、笑うのを堪えている感じだ。
スージーはといえば、見定めるかのようにクロスのことを見ていた。
「帰るぞ」
クロスは周囲に見せつけたあと、私を抱えたままその場をあとにした。