幕間5.魔王の令息 クロス視点
俺の愛しいアーシュは家の事情とやらで、毎週菓子を作っては売り出している。
初めのうちはどんなやつが買いに来ているのかとチェックしていた。
どこぞの公爵家の当主が素性を隠して、常連のおじさんと化していた。
この国の王妃も素性を隠して、常連のおばさんと化していた。
他にも様々な貴族がアーシュが作った菓子を楽しみにしていると知った。
たしかにアーシュが作る菓子は美味い。
絶品だ。
この世界で一番美味いと言い切ってもいい。
だから、食べたがる気持ちはわかる。
そう思っていたんだが、一人だけおかしなやつがいた。
ピンク色の頭のアホな女だ。
そいつは買った菓子を、自分が作ったと偽り、男を釣るために使っている。
男たちは菓子の美味さに惹かれ、それを作ったと偽っているアホな女に惚れていく。
偽るなど、許せん!
それはアーシュが作った菓子だ。
アーシュが作ったと理解した上で、美味いと言え!
アホな女とバカな男どもを監視していたら、アーシュと出くわした。
どうやら、アーシュはアホな女が男を釣るために菓子を使っていることを知っていたようだ。
そして、そのアホな女が男を釣っている現場を見るために、菓子を作っていたらしい。
他の男の笑顔が見たいだと?
許せるわけがなかろう!
すぐさま、辞めさせた。
ところが、アーシュの家族や常連客の貴族やらがうるさく、またしても売り出すことになった。
アーシュも俺のことを気にして、男を釣るための菓子は作らないようにしていた。
むしろ、俺のために菓子を作るなど、献身的な姿を見られたのが僥倖。
酔っていたとはいえ、アーシュの本心も聞けたしな。
よしとしていたのだが、どうやらまたあのアホな女は菓子を使って男を釣っていると知った。
そういえば、あのアホな女は、数年前、黒猫姿でこの国の王都を歩いていた時に出会ったアホな子どもにそっくりだ。
顔を会わすたびに、またたびつきの金色のリボンを投げてよこすというアホな子どもだった。
あんなアホな女に利用されるぐらいなら、すぐにでもアーシュを国へ連れ帰ろう。
そう決意して、アーシュの部屋へと向かったのだが、様子がおかしい。
「どうした? 何かあったか?」
ベッドでふて寝しているアーシュに声をかけると身じろぎをするだけで返事がなかった。
よくよく聞いてみれば、泣いているようだ。
すぐに黒猫から人型へと戻り、ふて寝しているアーシュの頭を撫でた。
「す、すーじーが……」
「アーシュの幼馴染が?」
男にでも取られたのかと思い聞いてみると、どうやら別の女と仲良くしているらしい。
「き、きらわれちゃったんだ……」
アーシュはそういうとヒックヒックと泣きだした。
声が漏れぬよう、部屋に防音の結界を張る。
「防音の結界を張った。好きなだけ泣いていいぞ」
するとアーシュは大声で泣き始めた。
弱っているアーシュもかわいいな……。
俺はずっとアーシュの頭を撫で続けた。
しかたない、今日のところは見逃しておいてやろう。