20.ラム酒の効いたティラミス
お菓子を売り出さなかったのは、翌週だけだったんだけど、あんなに常連さんから苦情というか嘆願がくるとは思ってなかった。
それほど、私のお菓子って人気だったとは! まったく知らなかったよ。
喜ばれてるなら、作り甲斐があるってもんだよね。
というわけで、私は売り物用のお菓子作りを再開した。
前までは、スチルに関連するお菓子を作っていたけど、もうその必要はない。
だったら……。
「クロスが好きそうなものでも作ろうかな」
試作用キッチンで腕組みしながら、そうぽつりとつぶやいていた。
何を作ったら喜んでくれるかな。
うーん。ラム酒を効かせたティラミスなんてどうだろう。
よし、それにしよう!
・クリームチーズ
・砂糖
・牛乳
・生クリーム
・濃い目のコーヒー
・ラム酒
・ココアパウダー
・ビスケット
マスカルポーネよりもクリームチーズで作ったやつのほうが好きなんだよね。
本当はスポンジを底に敷きたかったんだけど、作るの面倒だったから、今回はビスケットで代用。
まずは、ビスケットを砕いて、そこに濃い目のコーヒーとラム酒多め、砂糖を入れてまぜまぜ。
次にクリームチーズを生活魔法で温めて、混ぜやすいように柔らかくして、そこに砂糖と牛乳を加えてなめらかになるまで混ぜる。
別のボウルに生クリームを入れて泡立てて、そこにさっき混ぜたクリームチーズを三回くらいに分けて混ぜる。
そうだ! クリームにもラム酒を少し入れておこうっと。
ムラなく混ぜたら、瓶の底に最初に作ったコーヒー&ラム酒につけたビスケットを敷いて、その上にクリームを半分くらいまで入れて、そのうえにまたビスケット、次にクリームって二層にする。
最後にココアパウダーをまぶして、完成!
そういえば、ティラミスを入れた瓶なんだけど、ガーター商会の印入りのものを使ったよ。
お父さんが考えたデザインがバッチリ反映されててすごくかわいい!
明日、売り出すティラミスは試作用キッチンの冷蔵庫に入れておいて、販売直前にラッピングしようっと。
片づけをしながら、ふと思いついた。
いつもは乙女ゲームに出てくるレシピ通りに作ったお菓子なので、特に味見をしない。
前世で何度も作ったお菓子だし、味見をしなくてもおいしくできてるって自信があるから。
でも、今回はマスカルポーネをクリームチーズにしたり、スポンジをビスケットにしたりとアレンジしたので、確認のため味見をすることにした。
瓶に入らなかった分のコーヒー&ラム酒につけたビスケットをお皿に盛って、そこにクリームをどばっとかける。二層にはせず、その上からココアパウダーをかければ、味見用になるでしょ。
スプーンですくって食べると、思っていたよりもラム酒が効いていたようでカッと熱くなった。
入れすぎちゃったかもしれない……。
売り出すときはラム酒が入っていることがわかるように札を置いておこう。
そんなことを考えつつ、味見を終えた。
***
「なんだか、ぽかぽかするな~」
私はそんなことをつぶやきながら、クロス用のティラミスとスプーンを持って部屋へと戻った。
部屋では黒猫姿のクロスがイスに座って待っていた。
「お待たせ~。今日はティラミスを作ったよ~」
私はなんだか、ふわふわとした気持ちのまま、机の上にティラミスとスプーンを置く。
「ささ、食べて食べて~」
クロスが気に入るんじゃないかと考えて作ったお菓子だし、ぜひとも食べて、感想を言ってほしい。
そう思って言ったんだけど、なぜかクロスは私の顔を見て首を傾げている。
「あれ~? どうしたの~?」
「いや、何でもない。これはスプーンを使って食べるのか」
「黒猫のままだと食べづらいよね~。ごめんね~」
私は謝ったあと、ベッドの縁へと座った。
なんでだろう。すごくふわふわする……。
クロスはまた私の顔を見て、首を傾げた。
「まあいいか。人型へと変わるから待ってろ」
「は~い」
ぼふんという煙のあと、人型のクロスが現れた。
うん、いつ見てもイケメン。
髪は真っ黒で黒猫のときと同じように艶々してて、瞳は金色に近いトパーズ色。
目鼻立ちがはっきりした背の高い男性。
首には銀色のリボンがついている。
婚約者の証だっけ。
私がつけたんだよね。
「ふふっ」
なぜか突然笑みがこぼれた。
クロスは私の様子を疑わしそうな目で見ている。
大丈夫だって、ちょっとふわふわしてるだけだから。
それよりも……。
「食べて~? クロスが気に入ると思って作ったんだから~……」
クロスは私の言葉に目を見開いて驚いた。
そのあとは、すぐにティラミスを食べ始める。
一口、口に入れた瞬間、カッと目を見開いた。
「ラム酒が入っているのか。もしや、味見したのか?」
「したよ~」
「……そうか」
クロスはそう答えたあと、黙々とティラミスを食べた。
「今までアーシュが作ってくれた菓子の中で、五本の指に入るうまさだった。ラム酒が効いていて、とてもいい」
「気に入ると思ったんだ~。よかった~」
私はへにゃっと笑った。
クロスはなぜか、私の隣に座ると向かい合うように両手を引っ張った。
「確認しておきたいんだが、アーシュは俺のことが好きなのか?」
「……どうだろう~?」
イケメンだし、私が作ったお菓子をおいしそうに食べてくれるし、感想も言ってくれる。
いいとこいっぱいあるよね。
あれ? 好きなのかな?
私がぼんやりとそんなことを考えていたら、鼻と鼻がくっつきそうなくらいまで顔を近づけてきた。
「……俺が気に入りそうな菓子を作るってことは、好きなんじゃないのか?」
「あ~? そうかも~」
そうだね。クロスが気に入るようなお菓子を作って、喜んでくれたらいいなって考えてた。
それって好きだから、思いつくことだよね。
「そっか~私って~、クロスのこと好きだったんだ~」
そうつぶやくと、クロスはぎゅっと抱きしめてきた。
なんか、ふわふわしすぎて体に力が入らないから、抵抗できない。
あ、好きな人だから、抵抗する必要がないんじゃないかな。
「……結婚するまで手出しできないと言ったのに、婚約者の前で酔っぱらうとは……」
「え~?」
クロスは大きなため息をつきつつ、私のことをずっとぎゅうぎゅうと抱きしめ続けた。