18.ユリシーズ先生とリンゴジャム
スコーンとリンゴジャムのセットは瞬く間に売れた。
試作品ではなく、定番のお菓子だったから、売れ残るんじゃないかと心配していたんだけど、そんなことはなかった。
そして、翌日。
授業が終わって各自帰宅する時間に、レイラちゃんは学院教師のユリシーズ先生の元を訪れた。
場所はユリシーズ先生が私室のように使っている準備室。
私はどこにいるか、だって?
もちろん、外だよ。窓の外からこっそり覗いているよ。
時間は夕暮れで、だいぶ涼しくなったので、準備室の窓は盛大に開いていた。
これならばっちり、声が聞こえるね。
レイラちゃんが準備室に入るとユリシーズ先生はにこりと微笑んだ。
「いつも突然やってくるね」
「先生がそうさせてるんですよ」
レイラちゃんはそんな軽口をたたきつつ、抱えている袋をそっとユリシーズ先生に差し出す。
「今日は何を持ってきたんだい?」
「手作りのスコーンとリンゴジャムを持ってきました」
レイラちゃんは手慣れた様子で、準備室の戸棚にあるお皿やスプーンを取り出していく。
これまでユリシーズ先生に何度もお菓子を渡しているから、場所がわかって当然だね。
その間に、ユリシーズ先生が袋から、スコーンとリンゴジャムを取り出したんだけど、リンゴジャムの瓶を見て、めちゃくちゃ驚いているよ。
ゲームだとにこりと笑うだけなんだけど……もしかして、リンゴジャムの作り方間違えた!?
「このリンゴジャムは、どこのリンゴを使ったんだ!?」
ゲームとは全く違う雰囲気のユリシーズ先生がレイラちゃんにそう問い詰めた。
どこのリンゴ? 試作用キッチンに置いてあったものだからどこかわからない。
季節外れのリンゴだし、市場に出回ってないのかもしれない。
やらかしたかも!?
「えっと、その……」
レイラちゃんは目線を彷徨わせて、何も言えなくなった。
そして、ユリシーズ先生は自分でリンゴジャムの蓋を開けて、スコーンにたっぷりぬった。
って、ちょっとまってー!
ゲームだと、ここでヒロインがスコーンにたっぷりぬってあげて、ユリシーズ先生の口に運ぶんだよ。
つまり、あーんっ! っていうやつ。それがスチルなの。
それなのに、自分でぬって自分で食べちゃったよー!
ゲームのスチルと同じ場面が見れなくてショックをうけていたけど、食べたあとのユリシーズ先生の笑顔はスチルの絵と同じものだった。
「これは間違いない。昔住んでいた場所のリンゴだ!」
そういえば、この世界では真っ赤なリンゴって珍しいものだっけ。
それを使ったリンゴジャム。
しかも皮を使ってあるから、見ただけで昔住んでいた場所のものだって気づいて、いてもたってもいられず、自分で食べちゃった……ってとこかな。
ユリシーズ先生がレイラちゃんに向かって何か言っていたけど、もう耳に入らなかった。
スチルを見れなかったことがあまりにもショックだったみたい。
私はため息をつきながら、その場から離れた。
とぼとぼと中庭を歩いていたら、どこからか黒猫がやってきた。
銀色のリボンを首につけているので、クロスのようだ。
って、どうして学院にいるんだろう?
「何をやってるんだ」
首を傾げていたら、周囲に誰もいないのを確認したあと、クロスにそう問われた。
「えーっと……」
「ほう? 口ごもるようないかがわしいことをしていたんだな」
「ちがうの、ちょっと気になることがあって、準備室を覗いていただけで……」
「覗きはいかがわしいことではないのか?」
「うっ」
「アーシュは覗き魔というわけだな」
「ちがうの、ちがうのー!」
私はつい大きな声で叫んだ。
すると、クロスが両手で私の口をふさいだ。
といっても、黒猫姿なので、肉球がふにっていった感じ。
「声がでかい。詳しいことは家に帰ってから聞いてやろう」
私は渋々といった感じで、コクコクと頷いた。