14.クロスの正体
銀色のリボンを結んだ翌日からクロスがいなくなった。
猫だから、数日くらいいなくなっても戻ってくる……と思ってたんだけど、一か月たっても戻ってこなくて……。
部屋の窓辺に椅子を寄せて、緑色の葉っぱでいっぱいになった桜の木を見つめていた。
手元には、シフォンケーキ。
クロスがいなくてもお菓子作りは続けてる。
でも、食べてくれて感想を言ってくれる人……じゃなかった猫がいないと寂しい。
はあ……とため息をついていたら、桜の木の陰から黒い猫が見えた。
「……!?」
驚きのあまり声が出なくて、あわあわしているとにゃあんという声が聞こえた。
黒猫の首には銀色のリボンがある。
「クロス?」
そう声をかけると、黒猫はひょいっと私の部屋の窓枠を飛び越えて、入ってきて言った。
「ただいま」
私は立ち上がって、机の上にシフォンケーキを置くと床の上にいるクロスを抱き上げてぎゅっと抱きしめた。
「おかえり! どこいってたの! 心配したんだから~!」
そう言うとクロスはぺろっと私の唇を舐めて、そのあと頰ずりしてきた。
か、かわいいぃぃ~!
何度も何度も撫でているともぞもぞと身じろぎし始めたので、そっとベッドの上にクロスを乗せた。
私もベッドの縁に座ったら、クロスはそっぽ向きながら言った。
「……いきなりベッドか……」
「うん?」
「いや……まあ、その……ちゃんとわからせてやるよ」
何を言ってるのか理解できなくて首を傾げていると、クロスはベッドから床に降りて後ろ足だけで立った。
そして……ぼふんという言葉が似合いそうな煙に包まれた。
「え!?」
呆気に取られている間に煙はどんどん縦に伸びていき、ある程度の高さにまでなるとふわっと霧散した。
そして現れたのは、艶々とした真っ黒い髪と金色に近いトパーズ色の瞳。ロックな感じの真っ黒い服を着た目鼻立ちがはっきりとした男性だった。
デリック殿下よりもイケメンなんじゃないかっていう男性の首には……クロスにつけたのと同じ銀色のリボンがついている。
ぼけ~っと見惚れていたら、男性はベッドの縁……私の隣にぴったりとくっつくように座った。
「え!? 近くない!?」
わけがわからないままそう言うと、男性は言った。
「いつも抱きかかえてたり膝の上にのせているくせに何言ってるんだ」
「……膝?」
そんなことしたのはクロスだけだ。
「はは~ん。目の前で元の姿になったってのに信じられないんだな?」
「……元の姿?」
「改めて言おう。俺の名前はクロス・サマーヘイズ。別の大陸にある魔法大国の王子だ。こっちの大陸だと、魔王の息子ってこと」
目が点になるとはこういうときに使うんだろう。
クロスは魔王の息子……魔王の令息……。
たしか、据え置き型ゲーム機に移植版だかリメイク版だかで出た『スイーツ~恋する乙女~』に『魔王の令息』っていう隠しキャラが追加されてるってウワサがあったんだよね。
あはは……いや、まさかね……。
「まだ理解できない?」
クロスは私の腰に手を回しつつぎゅっと抱きしめてきた。
艶々な黒い髪が私の頰をかすめる。それはクロスを抱きしめているときに感じるのと同じもの。
「……クロス」
「やっと理解できたか」
頭よりも体のほうが理解するのって早いんだね。
クロスはほんの少し離れたかと思ったら、軽くとんっと口づけしてきた。
「な!?」
私が驚いているのも気にせず頰ずりを始める。
って、待って……さっき、猫の姿でも私の唇舐めたり、頰ずりしてなかった!?
「うわああああ……!」
恥ずかしくなって、叫ぶとクロスは耳元で言った。
「今さら恥ずかしがっても遅いんだよ……まあ、アーシュは俺の婚約者だし」
「こ……婚約者!?」
「ああ、それも説明しなきゃか……実は……」
魔法大国では、相手の首にリボンを結ぶのが婚約の証なんだって。
もちろん、お互い合意の上で結ぶもので、今回……そんな事情を知らない私が勝手に結んだものは無効になるはず……なんだけど。
「俺がアーシュを気に入ってるから有効にさせてもらった。というわけで、末永くよろしくな」
「気に……えええ!?」
気に入ってる……って好きって意味と違うんじゃない!?
とか思ったけど、もうツッコミを入れる元気がなかった。
私は机の上に置いていたシフォンケーキをクロスに差し出したあと、ベッドにもぐりこんでふて寝した。
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