12.パウンドケーキと好感度
原作どおりのストーリーを見たい一心で、ゲームの進行と同じように毎週お菓子を作り、売り出すことにした。
それを毎週のように買っていくヒロインのレイラちゃんを見て、少しだけ残念な気持ちにはなるけど、スチルを見るためだ! と思って考えないようにした。
そんなこんなで、気がつくと梅雨の時期になった。
この時期、ゲーム内では攻略対象者との好感度がわかるイベントが起こる。
ヒロインが攻略対象たちをお茶会に誘って、手作りのパウンドケーキを振舞うっていうもので、好感度が低いというか悪いと誘っても断られる。
普通程度だと、誘いには応じてくれるけどプレゼントをくれない。
好感度が高いとプレゼントをくれるし、最大状態になっていれば、ヒロインの瞳の色である紫色を含んだものをくれる。
私はそのイベントのために、パウンドケーキを作り始めた。
・小麦粉
・砂糖
・バター
・卵
バターと砂糖を白っぽくなるまで混ぜて、そこに溶き卵を混ぜて……最後に小麦粉を混ぜる。
型に流し込んで、オーブンで焼けば出来上がり。
もちろん、お店で普通に売る分も作らなくてはなので、大量生産だ。
手で混ぜるのは大変なので、生活魔法をフル回転で使う。
きっと、こうやって毎日魔法を使っていたから、魔力が高いのかもしれない。
「しかし……レイラちゃんはどうやって乗り切るのかな……」
私は焼き上がって粗熱が取れたパウンドケーキを袋詰めしながら、そうつぶやいた。
まわりには誰もいないから、完全にひとりごとだ……。
毎日のようにレイラちゃんを観察した結果、どうやら、逆ハーレムルートを狙っているみたいなんだよね。
どうしてそのルートを選んだのかはわからない。
攻略対象全員に、同じように愛想を振りまいて、お菓子を配って餌付けをしている。
今回の好感度チェックのイベントだって、全員が紫色を含んだプレゼントを贈ってきそう。
「現実で逆ハーレムってすごく大変そうなんだけどな~」
一応、コンフィ王国は一夫一妻制。国王だけ、世継ぎに恵まれない場合にのみ、側室を設けることが可能だけど、歴代の王様たちで側室を抱えてた人ってごく少数。
いくら逆ハーレムエンドに向かったとしても、将来的には旦那さんは一人に絞らなくちゃいけない。
誰を旦那さんにするかで、絶対もめると思うんだけど、どうするつもりなんだろう。
袋詰めしたパウンドケーキにかわいくリボンを巻けば、お店に置く分が完成だ。
全部で十本……こんなにたくさん作るなんて……自分で自分を褒めたくなった。
週が明けてすぐにレイラちゃんが動き始めた。
パウンドケーキの賞味期限的に、明日の放課後、お茶会を開くのだろう。
王太子のデリック殿下に耳打ちしていたり、魔法学者の令息のモーリス様に声を掛けている姿を見かけた。
きっと、私が見ていない場所で、宰相の令息のニコラス様や騎士団長の令息のブライアン様、学院教師のユリシーズ先生を誘っていたのかもしれない。
翌日の放課後、中庭が見えるテラス席に攻略対象の五人がいた。
ここなら少し離れた別のテーブルから素知らぬふりして覗けるから助かった!
「みなさん、座ってください」
レイラちゃんが椅子をすすめるとそれぞれがお互いの顔を見たあとに座った。
自分だけが誘われていたんだと思っていた! って感じかな。
「今日は私のために来てくださってありがとうございます」
にっこりと微笑むレイラちゃんは天使のようにかわいい。これはスチルにはなかったけど、……いい笑顔いただきました。
「レイラに誘われて、断るなんてありえないよ」
痺れるような低音ボイスでそう言ったのはデリック殿下。にっこり微笑んでいる。
すでに呼び捨てにするような仲なんだってことのアピールも忘れていない。
「デリック殿下だけだと心配だから、僕も一緒に来たんだよ」
少し高めの男性の声……これはニコラス様。
デリック殿下を心配しているのか、レイラちゃんを心配しているのかわからないセリフだね。
「あのこれ、つまらないものだけど」
そう言ってモーリス様がおずおずとぺらぺらとした紙袋を差し出した。
「まあ! ありがとうございます。開けちゃいますね!」
レイラちゃんは受け取ると嬉しそうに紙袋を開け、紫色の飾りがついた金属製のしおりを手に取った。
「わあ! なんてかわいらしいんでしょう……大事に使わせていただきますね」
これでモーリス様の好感度は最大値……っと。
嬉しそうなレイラちゃんの様子を見て、モーリス様は照れ笑いをしているようだ。
と言っても、髪の隙間から見える程度なんで、他からだとわかりづらいけど。
続いて、ブライアン様は薄紫色のハンカチを、ユリシーズ先生は紫色のリボンをつけた小さなテディベアを、ニコラス様は紫色の花がついたコサージュを渡した。
最後にデリック殿下が……。
「レイラに似合うと思って用意していたんだ!」
と言って、紫色の石……たぶん、アメジストがついたネックレスを渡していた。
婚約者がいるのにネックレスを渡すとか……こんな公衆の面前でやっちゃっていいのかな!?
結局のところ、五人とも紫色が含まれていて……好感度が最大値になっているっていうのがわかった。
プレゼントを渡し終わると、レイラちゃんがパウンドケーキを切り分けて、和やかな感じでお茶会をしていた。
ぼけ~っとその様子を見ていたら、ぽんっと肩を叩かれた。
「この感じはスージー!」
私はハッとしながら言った。
「ホントに幼馴染やめようかな……」
「やめないで~!」
何気ない会話ができる存在がいなくなるとか困るから! ホント、困るから!!
「で、なんでこんなところにアーシュラちゃんがいるのかな?」
「ほら、あれを……」
スージーににーっこりと微笑まれれば、答えないわけにいかない。
私は目線で少し離れた場所で繰り広げられているヒロインと攻略対象五名とのお茶会を指した。
スージーは私の向かいの席に座って、小声で言った。
「ピンク頭とアホの会を見てたってわけね。何か気になることでもあるの?」
「え、え~っと……」
ゲームのストーリーが実写化されていく様子を見ています……なんて言って伝わるわけがないので、言葉を濁したら、スージーは何かに気がついて目を見開きながら言った。
「もしかして、あそこでピンク頭が振舞っている『手作りのパウンドケーキ』っていうのが、アーシュラちゃんが作ったやつだったりするのかな?」
「あ、うん。私が作ってお店で売ってるやつだね」
うんうんと頷くと、スージーは眉間にしわを寄せて、口を閉ざした。
ブクマ・評価ありがとうございます!
次話は幕間の予定です