11.シュークリームとしゃべる黒猫
授業が終わり、帰宅したけど気分はもやもやとしたままだった。
こういうときこそお菓子を作ろうと試作キッチンへ向かう。
棚や冷蔵庫の中をのぞいて、作るものを決めた。
「今日はカスタードクリームたっぷりのシュークリームにしよう!」
まずはシュー生地作りから……材料を用意して~っと。
・バター
・オリーブオイル
・水
・小麦粉
・卵
鍋にバターとオリーブオイル、水を入れて火にかけて沸騰させたら、火を止めてふるった小麦粉を入れて木べらで混ぜて……。よく混ざったらまた火にかけて……。
シュークリームは混ぜて混ぜての繰り返しだから、今日あった出来事なんて思い出す暇がない。
いい感じになってきたら火からおろして、溶きほぐした卵を加えて混ぜていく。生地が暖かいうちにどんどん手早く作業を進めていく。
混ぜて混ぜてよい感じの固さになったら、丸口金をつけた絞り袋に生地を入れて、天板に絞り出していく。
あとは焼けば出来上がり。
一気に作業を進めて……一息入れずに今度はシュークリームの中に入れるカスタードクリームを作る。
・牛乳
・砂糖
・卵黄
・小麦粉
カスタードクリームも混ぜて混ぜての繰り返し。
鍋に牛乳を入れて温めて、その間にボウルに卵黄と砂糖、小麦粉を白っぽくなるまで混ぜる。
混ぜたら、そこへ温まった牛乳を入れてまた混ぜる。
網で濾しながら鍋に戻して、よく混ぜながら火にかける。
とろみが出てきたら、素早く冷やして出来上がり。
あとは焼けたシュー生地に切り込みを入れて、そこにカスタードクリームを挟むだけ。
出来上がったシュークリームを持って、自分の部屋へと向かう。
窓辺まで椅子を引き、シュークリームののったお皿をテーブルに置いて、座る。
ふうっと一息ついてしまうと、昼間の出来事を思い出してしまった。
先週まで、私がお菓子を作っている時間にヒロインのレイラちゃんもお菓子を作ってるんだと思っていた。
それは私の思い込みで、レイラちゃんが渡していたお菓子は、私が作ったものだった。
ん? あれ? もしかしたら、レイラちゃんはお菓子作りに失敗したのかも?
ゲームをプレイしていたときだって、お菓子作りに失敗して何度もロードを繰り返した記憶がある。
ここは現実だから、セーブもロードもない。やり直しができないんだ。
だとしたら、完成品のお菓子を買いに来るのは仕方がないのかもしれない。
「ということは、原作どおりのストーリーを見たいなら、今までと同じようにお菓子を作ってお店で売ればいいんじゃない? そうしたら、レイラちゃんも助かるし、私も鑑賞できる。なんだ、バッチリじゃない!」
私はつい声に出していた。
悩みから解放されて、いい気分に浸っていたら、庭からにゃあんという声が聞こえてきた。
「おおう! 黒猫さん、今日はカスタードクリームたっぷりのシュークリームがあるよ~」
窓の外に向かってそう声をかけると、桜の木の陰から黒猫が現れて、そのままひょいっと窓を越えて、部屋に入ってきた。
黒猫はいつものようにテーブルに乗ると、にゃあんと一鳴きしてから食べ始めた。
いつもよりも食べるのが早い気がする。
「おいしい?」
「おいひい」
ん? あれ?
「……口にクリームついてるよ?」
「おっと……」
やっぱり返事してる。
黒猫は私に言われたのを気にして、片手で口を拭った。
そうか! ゲームの世界だから、猫もしゃべるんだね!
「黒猫さんって、しゃべれるんだね」
「む!」
「もしや、シュークリームに夢中になりすぎて、ついしゃべっちゃった?」
「ぐぬぬ……」
おおう! 耳を後ろに反らして、嫌そうな雰囲気を出してるよ!
しゃべれることがバレちゃって、自己嫌悪みたいな感じ?
「バレちゃったんだしさ、ついでにいろいろお話しようよ?」
私はそっと、黒猫の頭を撫でながらそう言った。
さっきまでの嫌そうな雰囲気が一変して、諦めモードに見える。
「……何を話すというんだ」
「食べたお菓子の感想とか? お菓子の好みとか話してくれれば、次はそれを作ったりとか?」
「……なるほど。それはいいな。よし、俺と会話する権利をくれてやろう」
不遜なセリフのわりに、私に頭を撫でられたままっていうね……このギャップはかわいい!
「わー……ありがとうございまーす……じゃ、まずは黒猫さんの名前を教えてくださいな」
私は棒読みな感じでお礼を言ったあと、名前を聞いた。
「俺の名前はクロスだ。……おまえは気味悪がったりしないんだな」
「おまえじゃなくて、アーシュラだよ。ゲームの世界だもん、気味悪くも怖くもないよ」
「ゲーム……? まあいいか。それよりもアーシュの作るお菓子の感想だったな」
クロスはいきなり私のことを愛称で呼び出した。
猫だから許されるけど、人間の男性だったら恋仲になってからじゃないとダメなんだからね!?
「アーシュの作るお菓子はすべて絶品だな。初めて食べるものがほとんどだが、どれもこれもうまい。特に今日の『しゅーくりーむ』とやらは、止まらなかった。中に入っているクリームがうまいのだろうな」
「あれはカスタードクリームっていうんだよ。今度、別のクリームも食べさせてあげるね」
「それはどんなものだ?」
「そうだね……プリンにたっぷりの生クリームとかのせたものとか」
「プリン?」
「ああそっか、プリンもこの世界にはないんだっけ」
「む?」
「ううん、何でもない。とにかく、またいろいろと作るから、食べて感想教えてよ」
「よかろう! 毎日作るがいい」
「ま、まいにち?」
「そうだ。そのために、俺はここに住むことにする」
「はあ?」
クロスはシュークリームを完食したあと、口についてたクリームを拭い、私のベッドの上へと移動した。
「ここは日当たりもよいし、適度に涼しい。毎日、お菓子が食べられる。最高な環境だ」
いや、まだ許可出してないんですけど!?
私はぽかんと口を開けたまま、ベッドでくつろぐクロスを見つめていた。
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