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前編

ヤンデレちっくなお話が書きたくて……。

ネタが降ってきたので勢いで執筆しました。

楽しんでいただければ幸いです。






美しい花々の咲き誇る庭。

暖かな日差しが射す庭の一角に、丸いテーブルセットが置かれていた。

テーブルには白いクロスが敷かれており、椅子は二つ。

クロスの上には、陶器の皿がいくつも置かれており、皿の上には美味しそうな一口サイズのケーキやクッキーなどのお菓子が並んでいた。

椅子にはそれぞれ腰掛ける人物がおり、これが二人で行われるお茶会であると示している。

それは男性と女性であり、二人きりであるということが、二人が親しい仲であることを証明していた。

ここ、ベルディア皇国では、婚約者や夫婦という深い関係以外の男女が、二人きりで過ごすことは良しとされないのである。

事実、彼らは将来を誓い合った婚約者であった。

それは本人たちの意思と裏腹に結ばれた、政略的なものではあったが。


「あまり、人の顔をジロジロ眺めるものではなくってよ」


紅茶を一口飲み、女が言う。

男の方はどこか楽しそうにふふ、と笑みをこぼし、それでも彼女から視線を外すことはなかった。


「相変わらず、私の婚約者は美しいと、惚れ惚れしていたところです」

「……そんなことを言うのは、この国ではあなたぐらいなのではなくて?」


どこか呆れた様子の彼女に、彼はにこりと微笑んだままである。

彼のその言葉が本心であると知っている彼女は、どこか居心地悪そうに溜息をついた。


「そうかもしれませんね。ですが、それはそれで結構。あなたのその艷やかな黒髪も、ルビーを思わす瞳も。美しいと思うのが私だけであれば、余計な羽虫がつかなくて済みますからね」

「本当、不思議な方だわ。……魔族の女にそんなことを言う人間は、きっとあなたくらいのものなのでしょうね」


彼女──ロゼリアは、人間ではない。

それはその陽の光を受けてきらりと輝く黒い髪と、彼を見やる赤い瞳が証明していた。

黒い髪と赤い瞳。

それは、魔族だけが持つ、特別な色素。

黒い髪だけであれば人間の中にも現れることがあるが、赤い瞳だけは、魔族以外に現れないのだ。

たいして、彼はダークブルーの髪と、アイスブルーの瞳を持つ人間だ。

黒に近い色素は、魔力が強い証。

魔力を持つものが少なくなって久しいため、彼が黒に近い色を持つと知られた時は大騒ぎになったものだ。

魔族の女と、人間の男。

二人が政略的なものとはいえ婚約者となっているのは、彼の立場が大きい。

アルベルト・ローゼ・ベルディア。

このベルディア皇国の、第三皇子である。

ベルディア皇国では第一皇子が皇太子となることが古来より決められており、アルベルトに皇位継承権はないに等しい。

しかし第一皇子や第二皇子の持たない魔力を持って生まれたことにより、ベルディア皇国にとっては重要人物でもあるのだ。

皇位継承権は持たない。しかし国は彼を手放せない。

だからこそ、この婚約話は彼にもってこいだったのだ。


人族と魔族は古来より幾度となく争いを続けていた。

魔族は多大な魔力を持ち、魔法を使えるものがほとんどであり、裏腹に人族に魔力持ちはほとんどいない。

力量の差は争いが始まる前から充分知られており──戦では、多くの人々が命を散らした。

このままでは、国民たちはどんどん減り、悲しみだけが増えて行く。

そのことを危惧した現皇帝が、数代前の皇帝時代より続いた戦に終わりを告げたいと、魔族に申し出たのだ。

魔族の王、つまり魔王は、それを受け入れた。

もともとこの争いは、魔族の住む国土や魔力に惹かれた数代前の皇帝が、一方的に始めたもの。

魔族側からすればあまりに弱すぎる人族を力に任せて虐殺するのも、手を抜きすぎてこちらが傷つくのも避けたいことだったのだ。

戦が終われば、その苦労もなくなるというもの。

皇帝の提案を受け入れた魔王は、提案通り和平条約を締結することに決めた。

魔王の取り決めに反対する魔族もおらず、和平条約の内容は魔族側と人族側、どちらかが不利益になるということもなく、あっさり締結されたのだ。

魔族と人族が和平関係にある。

それを証明するためにも、魔族であるロゼリアと、ベルディア皇国第三皇子であるアルベルトの婚約が決定したのだ。


魔族と人族、どちらも想像出来なかったといえば。

アルベルトがロゼリアと顔合わせの時に、彼女に見惚れた、ということくらいか。

ありたいていにいえば、アルベルトはロゼリアに一目惚れしたのだ。

そして婚約者として何度か顔を合わせ、話をし、時を過ごすうちに、彼女自身に惹かれるようになった。

ロゼリアもなんだかんだで自分に優しく接してくる人族の彼に絆されていったのか、二人は政略的なものとは思えないほど、仲睦まじくなっていた。

本来ならば、とっくに結婚しても良いのだが。

それに待ったをかけたのが、ベルディア皇国建国以来続くしきたりであった。

婚約は幼い頃から結んでもよいが、婚姻を結ぶのは、双方が18歳になってから、というもの。

アルベルトが婚約したのは10歳の時であり、現在は17歳。

つまり二人はベルディア皇国の法的に婚姻を結べないのである。


「ところで、アル」

「なんでしょう?」


愛称を呼ばれたのが心底嬉しい、といった様子で、アルベルトは微笑む。

これが人族ならば、皇族であるアルベルトの尊い名前を略するなんて!と大事になっていただろうが。

彼女は魔族。

そこまで人族の、ベルディア皇国が決めた煩わしいしきたりとやらに付き合う必要はない。


「いい加減に、アレを何とかしてくれないかしら?」

「……いい加減、というのは」


ロゼリアの心底面倒くさそうな言葉に、ニコニコと微笑んでいたアルベルトの表情が初めて曇った。

彼女のいう“アレ”というのは間違いなくアレのことだろう。

魔族としての余裕なのか、彼女は大抵のことに寛容だ。

器がひろいというか、面倒くさがりというか、ある程度のことは「あらそう」で済ませてしまう。

しかし、そんな彼女はつい先程「いい加減に」と口にした。

つまり、それは。

寛容すぎるほど寛容なロゼリアでも、これ以上見逃すことは出来ないと暗に告げているようなものだった。


「うるさいのよ。あなたといる時は姿を見せないくせに、アルが席を外している時ばかりやって来るの。そうして泣きながら、いかにアルを愛していて、いかにアルと将来を約束し、その仲を切り裂かれてどれだけ悲しいかと、何度も何度も訴えてくるの。……鬱陶しいったらありゃしない」


思い出しただけで苛立たしいのだろう。

ロゼリアの手にあるティーカップがぴしっ、と音を立て、次の瞬間には粉々に砕ける。


「ロゼ!」


悲鳴にも近い、アルベルトの声。

椅子をひっくり返して立ち上がったアルベルトは、滑らかな手袋に包まれたロゼリアの手を恭しく持ち上げた。


「……ああ、大丈夫よ。これくらいで怪我なんてしないわ」

「しかし、ロゼの手袋が汚れてしまった……!せっかく、ロゼに似合うだろうと作らせたのに……紅茶がかかったそんな汚いものは捨てて、すぐに新しいものを作らせよう」


普段はロゼリアに対して丁寧な言葉遣いを心がけているアルベルトだが、気が動転しているのか、言葉遣いが乱れている。

ロゼリアはそんなアルベルトの様子を面白そうに見やり、ふ、と紅を引いた赤い唇を持ち上げた。

アルベルトはポケットからハンカチーフを取り出すと、そっと、ロゼリアの手袋を拭き始める。


「……随分と馴染んできたようね」

「ええ、ようやく、ロゼと力を共有できます。あなたに対等に触れ合える日を、俺がどれだけ待ち望んだことか……!」


どこかうっとりとした様子で、アルベルトはハンカチーフ越しにロゼリアの手を撫でる。

愛おしげな優しい手つきに、ロゼリアはくすぐったいわ、と笑った。

先ほどはつい怒りに任せて魔力を溢れさせてしまったが、アルベルトが気にした様子はない。

つまりアルベルトがロゼリアの魔力に馴染んできたということだ。


ロゼリアとアルベルトは、互いに思い合うようになってから、ある儀式を行っていた。

それは魔族にだけ伝わる、魔族にとっての婚姻の儀。

互いの魔力を共有することにより、互いの存在をより間近に感じるためのものである。

もともと魔族は寿命が人族よりもかなり長く、子孫を残すための本能というのは希薄だ。

逆に、一度愛情を抱いてしまえば、死ぬまで相手を思い続ける。

しかし寿命は魔族それぞれにとっても異なるもの。

それに悩んだはるか昔の魔族が、この婚姻の儀を思いついたらしい。

互いの魔力を共有することにより、互いの強い思いを確認し合い、共に生き、そして、共に朽ちるのだ。

魔力を共有する場合、魔力の多い方が魔力の少ない方に魔力を分け与え、対等にするというもの。

対等になるからこそ、魔力により寿命が決まる魔族が、共に朽ちることが出来るのだ。


ロゼリアとアルベルトは婚姻の儀を行った。

ロゼリアの多大な魔力はアルベルトに流れ込み、魔力の平等を測っているのだ。

しかしやはり魔族と人族。

魔力差故にか、なかなかアルベルトに魔力が馴染まず、時間がかかってしまっているのだ。

この儀式により、アルベルトの寿命はうんと伸び、逆にロゼリアの寿命はうんと縮まった。

それでも構わないと思えるほどには──ロゼリアはアルベルトのことを気に入っているのだ。


「もう結構よ、アル」

「では手袋の処分を……」

「しなくて結構よ。あまり無駄遣いをするものではないわ、人族にとってお金とやらは大切なんでしょう?それに……これ、気に入ってるの。せっかくアルがくれたんだもの」


ロゼリアはアルベルトに触れられていない、反対側の手でパチン、と指を鳴らした。

途端、ロゼリアの手袋を汚していた紅茶のシミが、まるで意思があるかのように浮き上がる。

やがてシミそのものが丸い塊のようになると、ふよふよと空中に漂った。

と、同時に、テーブルに散らばっていたティーカップの破片が、自らの意思があるかのように動き出す。

破片同士は少しづつ、しかし素早い動きで互いに引っ付き合い、またたく間に元のティーカップの形に戻っていた。

ふよふよ浮かんでいた紅茶の塊は、きれいに元通りになったティーカップの中に収まる。

元通りである。先ほどの光景など、なかったかのように。


アルベルトはそんな光景を尻目に、感動したように手の甲で口元を覆っていた。

緩みっぱなしのだらしない顔を、ロゼリアに見せないためだ。

我慢が、できなかった。あまりに嬉しすぎて。


「ロゼが、ロゼが……俺の贈り物を気に入ってくれたなんて!こんな幸せなことがあるだろうか!?」


婚約者になってから、アルベルトはロゼリアに幾度となく贈り物をしていた。

体にぴったり合うであろうドレスや、彼女に似合うであろう宝石、美しい黒髪に見劣りしない髪飾りに、彼女の望む内容の書物。

最初は彼女の趣味に合わなかったのか使用されないものもあったが、最近では贈ったドレスやアクセサリーを身につけて会ってくれていたため、好みでは無いということはないと理解はしていたが。

気に入ってもらえているとまでは、思っていなかった。

あまりに嬉しい誤算だ。

感動のあまり、いっそ泣きそうにもなっているアルベルト。

ロゼリアはそんな彼の気持ちを充分すぎるほど理解しているのだろう、うふふ、と楽しそうに笑った。


──ああ、今日はなんて幸せな日だろう。


贈り物を気に入ってもらえていると知れて、二人きりで過ごせて、ロゼリアの美しい微笑みを何度も見られて!

彼女の素晴らしい魔法も披露してもらえたし、何より彼女の鈴を転がしたように愛おしい声で、何度も名前を呼んでもらえる。

今日ほど幸せな日は早々来ないのでは、と一瞬思い、しかしすぐにそれを否定した。

愛しいロゼリアと過ごせる日々に幸せを感じないことなどないのだから。

ロゼリアとの時間は永遠と思えるほど長いだろうが、しかし有限であることに違いはない。

つまりロゼリアと共に過ごす時間は、それだけでアルベルトを幸せにしてくれるのだ。


しかし──アルベルトの幸せは、次の瞬間には、あっさりと壊されてしまう。

二人きりであるはずのお茶会に。

闖入者が現れたことにより。



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