5.幼いころに教わったえげつなさは、実は今も健在。
「坊」などという不思議な言葉にポカンとする俺に、男はさらにずずいと何かを押し出してきた。
「こちら、先代からです」
どうやら封筒のようだ。
ごめん、全然意味がわからない。
わからないが、なんだか状況がシリアス過ぎて、そんなこととても言い出せる雰囲気ではない。
とりあえず、押し出された封筒を手に取ってみる。
ヤバイ、自分の手がメチャクチャ手が震えてる。
身に覚えのない借金の借用書とか出てきたらどうしよう。
目の前で小刻みに震える封筒を、無言で凝視してしまう。
「お開けください」
「いや、でも、その……」
「――よもや開けられないとでも?」
ギラッと男の目が光った。
そしてふっと嗤う。
「仕方がありません。それならそれなりの覚悟を見せてもらいましょうか」
覚悟ってナニ!!!??
「いえいえ、喜んで拝見します! ハイ、喜んで!!」
思わず居酒屋的な良い子のお返事をしちまったじゃねえか!
そんなチキンな自分に絶望しつつ、封のされていない封筒から中身を取り出す。
もちろん、手は震えっぱなしである。
ガサガサと大きな音を立てながら広げた用紙には、流麗な筆文字が並んでいた。
内容を見るのは怖いから、とりあえず誰からの手紙かだけ先に見ようかな……
そんなチキン丸出しの考えで、先に、手紙の一番下を見ると――そこには「北村泰三」の署名。
あれ、なんだか、この名前、見覚えがある。
なんだっけ……
眉間にしわを寄せて、ぐぬぬと考える。
次の瞬間、パッとひとつの映像が頭に浮かんだ。
『いいか、坊。悪戯はな、いかにえげつなく、容赦なくやるかが大事だ』
『えげつなくー? ようしゃなくー?』
『そうじゃ。こんなことして大丈夫かな、とか、これ以上したら怒られるかな、とか、誰かが怪我をしたらどうしよう、とか、そんなことを考えたら負けじゃ』
『負けー』
『うむ。やるなら徹底的に。バレたくなければ証拠はすべて隠滅。思い知らせてやりたいときは、あらゆる手を使って骨の髄まで恐怖を教え込み、心の底から嘲笑え』
『あざわらうー』
無邪気な俺と、厳ついじいさんの、エゲつない笑顔。
「ああーーー!!!!」
思い出した、ガキの頃、隣に住んでいたじいさんだ。
すんげー阿呆なじいさんで、一緒になって色々な悪戯したっけ。
和服姿で、威厳があったけど、やることはそこらのクソガキ以下だった。
まあ、じいさんと一緒に悪戯しまくってた俺も俺だけど。
あのときじいさんに教えられたことは、その後の人生でとても役に立ちました。
ええ、面倒な連中に絡まれたときとかの撃退や、正義面した偽善者の心を折るのに、めっちゃ活用しましたとも。
なんだ、あのじいさんからの手紙か。
ちょっと気が楽になった――と思った次の瞬間、眉をひそめた。
なんであんなじいさんの手紙を、こんな強面集団がもってくるんだ?
もしかして、あの阿呆な悪戯を、ヤクザ連中にしかけたんじゃねえだろうな。
それで逆鱗にふれたとか、あるいはヤクザ連中に借金をしたとか。
なんでもいいけど、俺を巻き込まないでもらいたい。
とりあえず、どんなに助けを求める言葉が書いてあっても、遠慮なく見捨てよう。
そう固く決意する。
――じいさん、悪いが俺にできることは何もない。諦めて成仏してくれ。