4.アパートの敷金は全額返してもらう主義です
仕事から離れた解放感あふれる土曜日の朝。
ビール片手にくつろごうとしたら、ドアを乱打され、窓から逃げようとしたら外に「ヤ」のつく職業っぽい人がいて、慌てふためき窓を閉めたら、ぶちやぶられた俺、笹本純太です。
何が起きているのか、さっぱり理解できていません。
理解はできていませんが、嫌な予感だけはひしひしとしています。
悪寒が俺の背中を全力疾走中。
「中に入ってもよろしいでしょうか」
慄く俺に礼儀正しく尋ねるオッサン。
嫌だよ、嫌だけど、断れるわけもない。
従順にうなずく俺に、男が外に向かって合図をする。
すると出るわ出るわの黒服グラサン男たち。
どこにこれだけ柄の悪い連中が隠れていたのか、ちょっと遠い目をしたくなる。
皆さん、わざわざ会釈をしてから、素早い動きで窓枠を乗り越えてくる。
正直、会釈よりも靴を脱いでいただきたかった。
畑からやってきただけあって、部屋中あっという間に泥まみれである。
缶ビール片手に呆然自失となっていると、最初に声をかけてきた男が、なぜか玄関に向かう。
男が玄関ドアを開けた先には、当然、黒服グラサンの男たち。
ですよねー……
チラリと見えた玄関ドアの表面は、べっこべこにへこんでいた。
マジか。これ、退去時に修復費用をとられるんじゃね?
俺、敷金は全額返してもらう派なんですが。
もはや乾いた笑いをこぼすことしかできない。
「お座りください」
「あ、はい。失礼します」
何故か黒服グラサンに促され、缶ビール片手に正座をする。
念のためお伝えするが、この家の家主は俺である。
いかに目の前の極悪面が堂々としてようと、家賃を払っているのは俺である。
まあ、そんなこと主張する勇気もないが。
借りてきた猫のようにかしこまる俺の対面には、黒服・グラサンのおっさんども。
皆さまお行儀よく、正座をしている。
ひい、ふう、みい……うーん、どう考えても十人以上いるぞ。
Tシャツ、スウェット姿に缶ビールを片手にして座る冴えないサラリーマンの俺。
そして、その向かいにめっちゃ美しい正座姿で並ぶヤの職業の皆様。
なんつうか、すげえ絵面だな、おい。
もはや逃げたいとすら思えない。ただ、生きて明日を迎えたい。
てか、俺、なにやったかな。
この間、コケた投資、もしかしてヤの皆様の資金源だったんかな。
いや、でもそのあとその人に勧めた案件、けっこう利益出したと思うんだけど。
それとも、この間別れた彼女、もしかしてヤのつく人の恋人だったとか?
いや、でも、別に俺が付き合いたいって言ったわけじゃねえし。
神妙な顔をしつつも、頭の中はもう大混乱である。
そんな俺を歯牙にもかけず、ちょうど正面に座った男が、おもむろにグラサンを取った。
うん、予想通り、メチャクチャ強面でした。
俺がガキだったら、絶対に泣きわめく。恐怖のあまり、すべてをなげうって泣きわめく。
オトナの今でも、正直泣きわめきたい。
やばい、手が震える。
そんな俺の前で、彼はサングラスを胸ポケットにしまうと、ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。
そして、それを畳の上に置き、すっとこちらに押し出す。
「坊、こちらを」
「――は?」
――坊ってなに?