2.行くも地獄、逃げるも――
――ピンポーン。
まさに酒を呷らんとした瞬間、それを邪魔するような音が響いた。
俺は、ピタリと動きを止めて、玄関のほうに視線を向ける。
勘弁してくれ。いったい誰だ。そもそも、この瞬間に来るか? 今まさに、風呂上がりのビールで至福の瞬間を迎えようとしているときに?
時計を見れば朝の10時。
誰かが訪ねてきてもおかしくはないが、この瞬間を邪魔された恨みはでかい。
――居留守使っちまおうかな……
そんな考えがちらっと頭をよぎる。
さしてセキュリティがいいわけでもない単身者用アパート。
じっとしていれば、中に人がいるかどうかなんてわかるわけがない。うん、そうしよう。
ビールの炭酸が抜ける前に、帰ってくれよ?
そう考え、息をひそめること一分。
玄関のチャイムはあれ以来、うんともすんとも言わない。
うん、諦めてくれたかな。
ほっと息を吐き出して、ソファに座り直す。
さあ、気を取り直して――
さあ、いざ飲まん、ビールちゃん!!
――ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン!!!!
「だああああ!!!! うるせえ!!」
しまった、思わず叫んでしまった。
ハッとして玄関のほうを見ると――
――ガンッガンッガンッガンッガンッ!!!!
すさまじい勢いでドアが乱打されはじめた。
――ですよね、いるのバレバレですもんね……
己の愚かさにため息しか出ない。
こういうツメの甘いところが、会社で阿呆っぷりをさらす原因のひとつだよな……
しかし、この容赦ないドアの叩きっぷり。
いったい誰がこの安アパートにやってきたのか。
――ガンッガンッガンッガンッガンッ!!!!
そんなことを考えている間にも、ドアは乱打されている。
――めっちゃ出たくないんですけど……
この状況で飄々と玄関を開けられる人がいるのだろうか。
というわけで。
このまま部屋にいると恐ろしいので、脱出したいと思う。
幸運なことに、俺の部屋はアパートの一階。玄関とは真逆の場所にある窓から簡単に脱出できる。ちなみに裏は畑である。
せっかくだからビールも持ってくかなー。
朝の散歩をしながらビールを飲むって最高じゃね? まあ、明らかにダメ人間の部類だけど。
財布と家の鍵をジーンズに突っ込み、片手に缶ビールを持ったまま部屋の奥にある窓に向かう。
鍵を外し、音をたてないようにそろそろと窓ガラスを開け、片足を桟に乗り上げたところで――
「おはようございます。お出かけですか」
「――へ?」
なにやらエライ魅力的なバリトンの声で朝の挨拶をされた。
――畑のおじちゃんでもいたのか?
なんだか嫌な予感を考えつつ、視線をそちらに向けると――
「わーおー……」
グラサンをかけ、黒スーツを着た強面サンたちがいました。
頬にはガッチリ傷痕がありましたとも、ええ。