1.人生の分岐点はいつだって唐突に訪れる
人生の分岐点というものは、いつだって唐突に訪れる。
そう、平々凡々でモブキャラ的サラリーマンである俺、笹本純太にも――
過酷な一週間の仕事を終え、誰もが解放感に浸る土曜日の朝。
俺は心の底から週末を満喫していた。
平日の仕事がキツいからこそ、週末のありがたさが身に沁みる……
よく頑張った、昨日までの俺!
そして永遠に来ないでくれ、月曜日!
そんな阿呆なことを考える俺、笹本純太は、外資系金融企業に勤めている。
「外資系って金はいいし、長期の休みがとりやすいらしいし、絶対いいって! 一緒に入社しようぜ!」
そんな友人の軽い言葉に惑わされて安易な気持ちで入社したのが運のツキ。
――メッチャ、きつかった。
金がいい? そりゃこれだけ働きゃ給料くらい高いわ!
長期の休暇? 首にならないだけの実績があれば、どうぞご自由に。
ブラック企業も真っ青な非人間的な業務体制、心の底から震えあがる冷酷な実力主義社会。
お客に怒られ、課長に怒られ、先輩に冷たい視線を浴びせられる。
ちなみに俺を誘った友人は、入社一ヶ月で辞めていった。
俺も一緒に辞めようと思ったら、なぜか上司に懇々と説教をされ、気が付いたら辞職を撤回させられていた。
――解せん。やる気も根性もないはずの俺がなぜ引き止められ、そして働き続けているんだ?
そんな風に首を傾げつつも、なんだかんだで勤め続けて早五年。
三日に一回は「もうやめる、この案件が終わったら辞めてやる」と呟きながら、どでかい金と、恐ろしげな上司に神経をすり減らし、毎日働いている。
昨日は一週間の過酷な勤務をなんとか終え、重い身体を引きずって自宅に帰り、眠い目を擦りながらシャワーを浴び、ベッドに倒れ込んだ。
そして迎えた、土曜日。
目覚まし代わりに風呂に入った俺が向かうのは、一人暮らし用のこぢんまりとした冷蔵庫。
「ぐふふふ」
冷蔵庫の扉を開けると、こらえきれない笑みがこぼれる。
朝日のさんさんと差し込む土曜日の朝。
社畜の俺の唯一の楽しみは、昼間から呑む酒だ!
オトナになってよかったことなんて、酒がのめるようになったことだけだ。
金を自由に使えることもよかったと言えばよかったが、その金も自力で稼がないといけないと思うと、涙が出てくる。
どうして、人間が生きるのには金がいるんだろう。
今年こそ宝くじを買おうかな……
遠い目をしながら冷蔵庫から取り出した缶ビールをプシュッと開けたその瞬間――俺の人生の分岐点が訪れた。
すなわち、長い長い悪夢が幕を開けたのである。