俺の家族
「・・・母ちゃん?」
笑顔を崩さないまま、一歩踏み出す女性。押されるように一歩下がろうとするも、自転車を持っているせいでうまく下がれない。
「・・・母ちゃんって言ったのかな?」
なんだろう。
笑顔を向けられてるのに、気温のせいだけではない汗が背中を流れていく。
気のせいか、斜めにかけたバッグの中のタマコ(今朝命名)も心なしか震えている気がする。
「てっちゃん?」
笑顔のまま襟もとに延ばされる手が怖い。
母の背後に雷雲が見える気がする。
「ら・・・・らら・・・・ラン子さん!!」
絞り出すように名前を呼ぶと、ようやく消えた威圧感にホッとする。
「おかえり~」
ただいまですよ。
がっくりとうなだれた俺は、母の運転する軽トラの荷台に乗せられて運ばれて行った。
BGMはドナドナです。
これいろいろと違反してないか?
実家についたのは、ちょうど昼飯時だった。
ただいま~と土間から上がる母、もといラン子さんについていく。
台所からはお帰りの声。
今日の昼飯は父ちゃん作らしい。
これなら期待できる。ぶっちゃけ母の料理は食えたもんじゃない。
「今ホッとしたでしょ。」
ラン子さんが振り向きざまにジト目でにらんできた。
なんのことでせうか?
とぼけて視線を逸らすが、無駄らしい。
この母は、なぜか無駄にカンがいい。
今日だって、大まかな時間しか言っていなかったのに、駅ではなく、徒歩ルートの坂道で待ち伏せとかどれだけカンが良く、かつ暇なんだと思ってしまう。
昔からそうだった。
ベッドの下に隠した青春の思い出・右手の友はきれいに揃えられリボンまでかけられて、机の上に置かれていた。
好きな子の写真は、いつの間にか額に入れられて机の上に飾られていた。
出せずに隠したラブレターは赤ペン先生よろしく添削され、もらった分はスクラップブックに貼られて、やはり机の上に置かれていた。もっともページが増えることはなかったが。
さすがに頭にきて、部屋に勝手にカギを付けたのは高校生になったとき。
しっかりロックしたはずの扉が、母のノックというにはあまりに凶悪な一撃で吹き飛んだのは、今ではいい思い出だ。
思えばあれからだな。母・・・ラン子さん逆らうのをあきらめたのは。
遠い目をしていると、台所から父が現れた。
50を過ぎた父は白髪の入り始めた長い髪を後ろで一本に束ね、両手で大きなお盆を持ち優しい笑顔で迎えてくれる。
なぜ、この父と、この母が一緒になったのかは、かなり大きな疑問だが、相変わらず夫婦仲は円満らしい。
頼むから、久しぶりに帰った息子の前でお帰りのチューとかやめてくれ。
せいぜい1、2時間だろうが。
40代と50代。悪いとは言わない。夫婦仲良しは実にめでたい。めでたいのだが、もうすぐ魔法使い突入の俺としては、まぶしすぎるんだよ!
「あぁあぁ。またかぁ~」
後ろから聞こえる、あきれた声。
振り返ると、3つ下の妹が腕を組んで立っていた。
「お帰り、てっちゃん。」
「ただいま」
諦めに満ちた目で見上げてくる妹よ・・・
うむ。
我が妹ながらかわいく育った。
もうじき26だというのに、せいぜいJKにしか見えない妹の形のいいつむじを見下ろしていると、
「てっちゃん?何考えてる?」
大地を揺るがすハスキーボイス
うぉう!母とよく似た外見にたがわず、見事に引き継がれた勘の良さ。
この妹に、「幼い」だの「ちび」だの言って無事だったやつがいただろうか。
いやいない。
久しぶりの家族は相変わらずだった。