ー第7幕ー
アルカリ市の街外れ。誰も使わない廃墟となった山小屋にて、テッシモとアルテッシモの二人が来ていた。名目はキリアン女王陛下の使いがくる手筈で。
二人は玄関からアソーが入ってくると深々とお辞儀をした。しかしその直後に、黒い粒子が集まった縄に二人して捕縛された。転倒もしてしまう。
「がっ! 何をなさいますか!? アソー様!!」
「すいません。今日の用件はこちら様からのお達しです」
続けてゆっくりと入室したその女に二人の男は愕然とする。
「イザベルか……」
「イザベル様だ! この無礼者!」
「ぐわっ!!」
テッシモはアソーに頭部を激しく蹴られて失神をした。
テッシモとアルテッシモは下着1枚の姿にされ、山小屋の裏で木にはりつけられていた。外は雪が積もっている極寒だ。目前にいる女はかつて自分達を拷問していたトラウマそのもの。これ以上ない地獄がそこにあった。
「さて、久しぶりの尋問といこうかしら」
「ふ、ふざけるな! こんな寒い所で話なんかできるか! ごぶっ!」
反抗したアルテッシモの腹部にイザベルの鉄拳が炸裂した。
「かはっ……かはっ……うぅ……」
「嘘を言えば言うほど惨めに葬ってさしあげますわ。正直に答えなさい。私の夫と息子を殺したのは貴方達なの?」
「しら、知らねぇよ! お前の結婚だなんて、わざわざ調べもしねぇよ!!」
「そう、調べもしないのに遥々レイジにやってくるなんてたいしたものね?」
「だから知らねぇって言っているだろが!」
「貴方、どうやって市長選に立候補したというの? 誰の差し金よ?」
「そんなもの……言えるものかっ!」
「グハァッ!!」
イザベルは再びアルテッシモに鉄拳を見舞った。彼は吐血していた。
「ま、待て。わかった。ちょっとは話すよ」
「早くしなさい? もうこっちの方は長くもちませんことよ?」
「俺達は女王様のご愛顧で出所したよ。仕事をしたらな、全て大目にみてくれるって言ったのさ!」
「仕事? 女王?」
「おい、全ては話せれねぇよ! 話せばアイツに俺達が殺されてしまうだろ!」
「わかってないのね? 貴方達がここで死ぬか死なないかは貴方が決めないの。私が決めるのでしてよ! このボケナスが!」
イザベルはその鉄拳を今度はテッシモの頬に見舞った。彼は既にわかっていた。もう自分が生き残る術がここにない事を。だからこそ素直になれる筈もなかった。
「私にも少し動揺がありますわ。貴方達がしてしまったこと、それが女王によって作られたシナリオだとしたら……アソー、貴女にも訊ねなければならない」
「私は何も知りませんよ?」
「ふん、女王の側近でこのザマだ。やるならやれよ。もう怖くとも何ともないぞ! お前の鉄拳制裁なんて!」
「怖くない? よく言えましたわね。嘘おっしゃい! さっきから大嘘ばかりを垂らしている小者風情が!」
「嘘じゃねぇよ! 俺達が死ぬのも全部あのババァの計算のうえさ!」
「強がりを言って! 貴方が私の家族を殺したのは全部知っていますのよ!」
「じゃあ見せてみろ! どこにそんな事実があるのさ! ふふふ、ふふふふ」
「大嘘つきが。貴方の舌は何枚ありますの!? 言ってみなさい!」
「舌? 舌なんて1枚しかねぇよ!」
「また嘘をついて! 何枚も何枚も重ねているのでしょうが!」
「重ねてなんかねぇよ!」
「じゃあ舌をだしてみなさい! ほら! だしてみなさいよ!」
テッシモはベッと一瞬舌をだしてみせた。
「もっとだしなさいよ!」
さらにテッシモはベッと舌をだした。その刹那、イザベルの鉄拳が彼の顎へと直撃し、彼は勢いのままに下を噛み切ってしまった。「かはっ……かはっ……」と口から漏れていく彼の吐血と咳、アルテッシモは溜まらず言葉を吐きだした。
「待て! 待ってくれ! テッシモが言った仕事っていうのはさ、アンタの夫と息子を殺せっていう内容さ! ハァ……ハァ……そして! それを命じた人間がキリアン女王だっていう話だ! アンタには申し訳ないと思っているよ! 俺達だって……こ、殺したくなんかなかったさ!」
「そうでしたの。そうでしたのね」
「あ、ああ……本当にすまん……」
アルテッシモは涙を流し始めた。しかしそれは懺悔からくるものではなかった。そして緩んだその眉間に躊躇ない銃発が撃ち込まれた。続いてテッシモにも1発、その頭部に撃ちこまれた。
「お疲れ様です。ではキリアン邸へ戻りましょう」
復讐を終えて間もなく、あっけらかんとアソーは話しかけてきた。イザベルはただ頷いて返すだけだ。その後、山小屋は爆発され、二人の政治家は世からその姿を消された。
イザベルは馬車の窓から見える景色をずっと眺めていた――
キリアン邸に帰還した折、イザベルはアソーへ土産のワインをキリアンとアヴェーヌに渡すよう頼んだ。その日の晩にワインは渡され、アヴェーヌは口にした。
「!?」
ワインを口にしたアヴェーヌは驚いた。驚くような味だったからではない。
思い出したのだ。蘇ったのだ。ずっと心の片隅にあって忘れていたことを――




