ー第4幕ー
翌日、目を覚ますともう一つのベッドにアヴェーヌの姿がなかった。慌てて化粧やら着替えやら済ませると、バーサル堂内を隈なく探し回った。そして一人の僧侶より、彼女が庶民らの通う大聖堂に向かったと耳にする。恥も危険も承知で神道を走り切り、一般講堂のエリアへその足を急がせた。
大聖堂では幾千人にも及ぶ人だかりができていた。皆聖堂の天井で浮き光輝く物体に興味を注がれていたのだ。ぎゅうぎゅうの人混みに紛れながらもイザベルは渾身の大声で彼女を呼んだ。
「アヴェーヌ様!! お戻りくださいまし!! 貴女のいるべき場所はここではありません!! 馬車を待たせております!! 今すぐに!!」
「お~! イザベル! 其方もここに来たか! 其方も浮かんでみろ! 面白いぞ~!!」
「え? え! うああああああああああああああああああ!?」
イザベルは不思議な力で大聖堂内高く飛び回った。最初は自分の意志ではなく、何者かに操縦されて飛びまわっていたが、次第に自分の思うまま飛びまわれるようになった。この突飛な現象に聖堂内に溢れたデュオンの民は大歓声をあげていた。
空飛ぶアヴェーヌとイザベル。彼女たちはそのまま大聖堂を抜け出して、カテリーナ地方上空を眺めて飛び続けた。
「はっはっは! どうやら空を飛ぶのも馴れたようだの。イザベルとかの」
「い、いい加減にしてくださいまし!! これでは世に貴女のことを知らしめるようなものですわよ!!」
「そう顔を赤らめて言うな(笑)全く説得力がないぞ~」
「もう! 遊びはほどほどにしてくださらないと……こっ!?」
イザベルが何かを言おうとした刹那、カテリーナ寺院の近域にて大きな爆発があった。茶色く濁った土煙が空へ舞う。2人は空に浮いたままその悲惨な光景を目の当たりにした。
「バグラーン一派ですわ。凝りもせずに今日も……」
「…………」
「貴女がただの人間でないことは出会いがしらに確認しました。だからこそ貴女には話すべきことがたくさんありますの。お遊びはここまでにして“私の願い”を聴いてくださらないかしら? 貴女は死ななくても、私は死にかねませんの」
「ああ、わかった。其方の話、じっくり聴かねばなるまい。落ち着いてからで」
イザベルは溢れる涙を零し、小さな雨粒を空から降らした。
巡礼帰りの庶民を狙ったテロはやはりバグラーン支持者によるものであった。その声明はカテリーナ寺院の総本部に届き、寺院へバグラーン諸派に帰依しろと記されていた。しかしこれはハシムらバーサル信教高僧らのみに伝え、イザベルには全く知らせもしなかった。それどころかイザベルとアヴェーヌに首都トリノへ即座帰省するよう勧めもしてきた。
イザベルは特に拒否することもなく馬車に乗り、トリノにあるデュオン城へとアヴェーヌを引き連れて急ぐことにした。カテリーナ寺院最高僧侶であるハシム、また参謀僧侶であるマドラム・マースは馬車が寺院を発つのを見送った。出発前、イザベルは申し訳程度に脅迫を迫ったことを詫びた。
「宜しいのですか? ハシム殿、あれは惑星1つぶんに相応する人間国宝ですぞ。千年に1度召喚できるかどうかもわからない……いたっ!」
ハシムはマドラムの頬を強くはたき、彼の持論を吐いた。黄土色のサングラスの奥からは彼の野望と本音が渦巻いて滲んでいるようだった。
「馬鹿野郎、ちゃんと資料読んだのか? ありゃあな、吸血鬼の化物だぞ。何度も雇用主の血を抜き取って殺してきたヤツだぞ。それで国一つ潰したって話まであるぐらいだぞ。最初からあの疫病神の女に疫病神ぶつけただけの話だよ。よく見とけ、そして今度来たレンプォンの遣いに伝えろ。ハシム・ダリルの大活躍によって、デュオンを自滅に追い込めたと。おまけに寺院も豪華になって大儲けだ。ガッハッハッ!」
「………………」
マドラムは杞憂していた。果たしてあのアヴェーヌが本当に疫病神なのか? もしかしたら違う存在として機能できたのではないかと。その答えはこの数日後に明白となるが、彼らは知る由もなかった――