ー第1幕ー
トリス南部地域のカテリーナ、その海岸近くに聳え立つ巨大な寺院こそが公国国宝とも称されるカテリーナ寺院だ。デュオン公国の大多数が信仰するバーサル信教の総本山とも言っておこう。イザベルは馬車に乗ったまま寺院の神道と呼ばれる特別通路を通り、寺院中心部の“バーサル堂”を目指した。
馬車から降りるとそこは広い野原だ。ここに来るのは3年ぶりになるだろうか。カテリーナ地方におけるカテリーナ寺院内を含めた8箇所同時多発テロ騒動以来になるだろう。
「随分と様変わりしましたのね。ここは」
イザベルがぼやくと数百寸先に頭を深々と下げて待つハシム一同が見えた。
「お待ちしておりました、イザベル様。ささっ、どうぞ講堂内へ」
「ええ、随分と肩が凝りましたわ。ヘンテコな話でもしましたら、もう二度と来ませんわよ?」
「とんでもない! これは画期的な話でありますぞ!」
久しぶりに目にするハシムはこれまでになく瞳を輝かせていた。余程の確信あっての話なのだろう。あくびをしながらも、その先にあるバーサル堂を目指す。空はだんだんと曇り始めている。雨が降るかもしれない。今晩はまたも堂内で宿泊することになりそうだ。
ハシムたちカテリーナ寺院高僧が滞在するバーサル堂は天井にいくつもかけてあるシャンデリアを光り輝かせ、デュオン城内顔負けの客室を照らしながらイザベルを迎えた。客室以外もこんな装飾がしてあるのだろうか。溜息を吐きながら彼女はソファーにゆっくりともたれかかった。
「イザベル様、何かこのおもてなしに不満でもございましたか?」
「いやね、3年前にあんなことがあったのに、随分元気そうだと思いましてね」
「人間辛いことがあっても、乗り越えて強くなるものです。それを教えてくれたのはイザベル様でございます。逆にそんな貴女が浮かない顔ばかりしてどうするのですか?」
「貴方、いまこの世界で何が起きているのかわかっていますの?」
「ええ! 左様です! その解決策を私どもで見つけたのです!」
イザベルはいよいよ怒号でもこの僧侶へ飛ばそうと思っていたが、そのまえにハシムが「待っていました」とばかりに古書を机に広げたので、止めることにした。
「これは?」
「これこそ先日見つけました“女神召喚”の資料でございます!」
「へぇ~、随分とそれらしい物じゃないですこと」
「間違いありませんよ。我々は早速召喚に成功をしたのですから」
「!?」
「ほほう、その顔はさっそく話を聴くお気持ちになりましたか?」
「いえ、召喚術や錬金術といった類は成功した例がない。それがこの世界の科学における常識です。貴方方の勝手に作った話だと私は……」
「そんな嘘つきませんよ。これは前代未聞です。我々はこの儀式をここに書いてあるように行い、女神召喚に成功した。これは新たな科学の発見でもあるのです。早速我々は――」
イザベルはさっとハシムの口のすぐ近くで手を広げて見せた。
「御託はいいですわ。そこまで言うなら、さっそくその女神様とやらを見せて下さいまし。今先ほど貴方は女神召喚に成功したと言いましたわ。確かにこの私の目の前で。今見せて貰えないのなら、それは嘘だということになりますわね?」
イザベルは広げた掌をLの字にしてハシムを指さした。
「はは……前座を楽しまれないとは困った御方だ。いいでしょう。それでは召喚を実行した地下に案内してさしあげましょう」
「?」
「ん? どうされたのです?」
「いや、先ほどから態度が変わらないと思いましてね」
「それは我々が成功したからですよ!」
「そう。じゃあ早速案内して貰おうかしら♪」
「なっ!?」
イザベルは懐から拳銃を取り出しハシムの頭に差し向けた。
「な、何をなさいますか!? 私どもが一体何をしたっていう……」
「バグラーンが勢いを成している今、貴方達がバグラーンに寝返って私の暗殺を画策しても可笑しくありません。今の世情が世情だけにね。女神様のもとへ私と貴方で向かいませんこと? ねぇ? ハシム?」
「ぐぬぬ……わかりました。会えましたら、その銃口を向けたこと、お詫びして貰いますぞ!」
「それは駄目ですわ。女神様と私とで話し合いできてからといたしましょう? ちょっとでも変なことしましたら、この引き金を引きますわよ?」
「わ、わかりました。むかいましょう」
どうやら女神とやらは本当にいるらしい。それがイザベルの首を傾げさせたが、彼女の推測どおりハシムは何やら悪巧みを考えていたに違いない。それが何なのかもわからないが……