7.シャロットの手紙(1)
《3月23日》
アキラ、げんきか。はじめてのおてがみ、かいた。よめ?
シルヴァナさま、トーマにいちゃんに、おてがみ、とどけた。少し、うれしそ。
カンジ、べんきょう中。これから、少しずつ、がんばる。
アキラに書いた初めての手紙……これで大丈夫かな?
私は首を捻りながらも、便箋を折り曲げた。
「姉さま、私もユズに書きたいの」
隣で私の様子をじーっと見つめていたコレットが、羨ましそうに言う。
「コレットはもう少し字の練習をしようね。私もユズ兄ちゃんに書くから、ちゃんと書けるようになったら一緒に出そうね」
私がそう言うと、コレットは「うん、頑張る!」と言ってパラリュス語の教本を真剣に読み始めた。
《4月10日 アキラからの手紙》
シャロット、手紙読んだ。
でも、日本語があんなに上手なのに、手紙になるとどうしてそんな変になるんだ? しゃべったまんまを手紙にすればいいのに。
オレは中学生になったよ。部活は弓道部にしたんだ。小学校と違って何だか忙しくなったけど、毎日楽しいよ。
じゃあ、短いけどこの辺で。
最初はパラリュス語、その後は疲れたのか日本語で書いてある。よくわからない言葉や漢字もあったけど、アキラは丁寧にルビを振ってくれていたから、どうにか読めた。
それにしても……ブカツとかキュウドウって何だろう?
「シャロット……アキラの手紙はどうだったの? 何かあった?」
シルヴァーナ様が、少し心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
多分、私が眉間に皺をよせながら読んでいたから、気になったんだろう。
「ううん……知らない言葉があったから、少し悩んだだけ。毎日楽しいって」
「……そう」
「シルヴァーナ様もトーマ兄ちゃんに送ったんでしょ? お返事来た?」
「ええ……ユズ経由でね。元気ですって」
ユズ兄ちゃん経由ってことは、トーマ兄ちゃん自身は書いてないってことか……。
そっか、パラリュス語、まだそこまで上手じゃないんだ。
でも、それじゃ意味ないんだけどな。もうちょっと何て言うか……シルヴァーナ様が喜ぶようなことをしてくれればいいのに……。
トーマ兄ちゃんに直接言いたいけど……まずは、ユズ兄ちゃんに聞いてみようっと。
私はもう一度アキラの手紙を見た。
最初の一文のパラリュス語は……全然不自然じゃない。とても上手だ。
アキラって本当に器用なんだよね。ちょっと羨ましい。
《4月15日》
アキラ、へんじ、ありがとう。アキラはパラリュスご、上手だね。
しゃべったまんまを手紙にしてみたよ。どう? おかしくないかな?
アキラ、ブカツってなに? キュウドウっていうのもよくわからなかった。次の手紙でおしえてね。
カンジ、2年生まで進んだよ。もうすぐおわりそう。
この手紙を送ってから1週間後、アキラからの手紙が届いた。
学校では、授業が終わった後にする活動があって、アキラはそこで弓で射る活動をする組に入ったそうだ。
弓と言えば……確か、アキラと初めて会ったとき、ソータさんが大きな獣を仕留めていたっけ。
アキラもきっと、印象が強かったんだろうな。
「姉さま、勉強ってどんな綴り?」
私の隣で一生懸命に手紙の下書きをしているコレットが聞く。
教えてあげると、コレットは「わかった!」と言って再び書き始めた。
そんなコレットをちょっと微笑ましく思いながら……私は今度はどんなことをアキラへの手紙に書こうかな、と考えていた。
そうだ、ユズ兄ちゃんにも手紙を書かなきゃ。
フェルポッドのおかげで、トーマ兄ちゃんもウルスラに来れるようになったんだし……8月の水祭りに招待しよう。
きっとシルヴァーナ様だって、トーマ兄ちゃんに会いたいはずだもんね。
《4月25日》
アキラ、部活とか、なかまって楽しそうだね。オレにとっては、アキラが部活のなかま、なのかな。
弓道って、ソータさんがやってたやつなんだね。ケモノをたおしたときのソータさん、すごかったよな。アキラもああいうふうに、なりたいの?
コレットも手紙を書いたんだよ。でもパラリュス語しか書けないから、コレットはユズ兄ちゃんに手紙を書いたんだ。
あのさ、8月にウルスラでは水祭りがあるんだ。今年は13日。
そのお祭りにさ、ユズ兄ちゃんとトーマ兄ちゃんをショウタイしようと思うんだ。アキラもぜひ来てほしいな。
ウルスラで一番大きなお祭りで、とってもキレイなんだよ。待ってるね。
「シルヴァーナ様、フェルティガエの配置換えの確認なんだけど……」
私が神官の名簿を持ってシルヴァーナ様の私室に行くと、シルヴァーナ様は何か白い紙を開いているところだった。
「そうね、最近新しく仕官したものね。……あ、ちょうどよかったわ、シャロット。ユズからの手紙が届いたの」
シルヴァーナ様がそう言って水色の紙飛行機を渡してくれた。
「ありがとう!」
シルヴァーナ様は持っていた白い紙切れに目を通すと、くすりと笑った。
「それ……何?」
「これは……トーマから、私に」
そう言うと、シルヴァーナ様は私にも見せてくれた。
「えっ、見ていいの?」と思ったけど……よく見ると、「祭り」「長い」とか、単語の羅列にしかなっていない。
「こ、これは……」
「トーマ……パラリュス語は、まだあんまり書けないみたい」
そう言うと、シルヴァーナ様はそれでもちょっと嬉しそうに笑った。
いや、シルヴァーナ様がいいなら、いいんだけど……。
トーマ兄ちゃん、もう少し頑張ってよ、と思った。
ユズ兄ちゃんからは、水祭りに行くということと、トーマのことはちょっと大目に見てあげて、としか書かれていなかった。
もう……何だかもどかしいなぁ……。
《5月3日》
アキラ、返事ありがとう。8月に会えるの、楽しみにしているね。
それで、トーマ兄ちゃんとユズ兄ちゃんも来るって。シルヴァーナさまもうれしそう。
きのう、ひさしぶりにユウ先生が来てくれたよ。サンのはねが大きくなってたよ。前より速くとべるようになったんだって。
しゅぎょうは新しいのになった。アキラもがんばってるよ、って教えてくれた。
追伸 カン字、だいぶん増えたでしょ? アサヒさんが、次のドリル持ってきてくれたよ。これからやるんだ。
「姉さま、綴りのお勉強したいの。どうしたらいい?」
アキラへの手紙を書き終えたところで、コレットが私の部屋にやってきた。
「勉強……いろいろしてるじゃない」
「書くお勉強はだいぶん前だったから……忘れちゃった。だから間違ってたみたいなの。……恥ずかしい」
コレットは女王になるためにいろいろな勉強をしている。
だけど、ウルスラの歴史や女王の話とかは喜んで聞いていたのに、読み書きの勉強はかなりつまらなそうだった。
多分、当時は全然興味が持てなかったんだと思う。
ユズ兄ちゃんに手紙を書いてみて、それじゃいけないって思い直したのね。
コレットは堪え性がないから、いい機会かも。
「そうね……」
私は本棚にざっと目を通すと、幼い頃に使っていた綴りの教本を取り出した。
「これね、私が使っていたの。この本の綴りが全部きちんと書けるようになったら、大丈夫よ。……できる?」
「うん!」
コレットは私から本を受け取ると、嬉しそうに笑った。
「頑張って……ユズに褒めてもらうの」
「そうだね。それ全部できたら、きっと褒めてくれるよ」
「うん!」
コレットは「ありがとう!」と言って私の部屋から出て行った。
傍についていたマリカはコレットを出迎えると、私に会釈をして、ちょっと笑った。
私達が手紙を書くようになってから王宮の中がちょっと明るくなったこと、嬉しく感じてるんだと思う。