55.ソータの結論(2)
俺は再び、地図に目を落とした。
「……で、テスラの闇を完全に封じ込めるためには……どう考えたって神器が必要になる。割れた宝鏡は俺が復元できるはずだが……」
「そうなのか?」
「ウルスラの動乱の際、トーマが神剣を手に取ったとき、ひどく錆びた状態だったらしい。多分、ずっと放置されていたからだろうな。だけどトーマが使っていくうちに力を取り戻し、水那と繋がり、闇を封印し……」
俺は神剣を掲げて見せた。
「もとの輝きを取り戻した。直接の契約者ではないトーマができたんだから、多分問題はないだろう。それに……勾玉のこともある」
「勾玉……?」
「代々のヒコヤの生まれ変わりが勾玉の欠片をジャスラに運び、ヤハトラの神殿にある勾玉に奉納していた。最後の欠片は俺の胸の中にあるが……そうやって勾玉も復元できた訳だから、宝鏡も例外ではないだろう」
「……しかし、宝鏡を動かせば、闇が……」
「それについては、ウルスラのシルヴァーナ女王に内々に頼んである」
心配そうに口を挟むアメリヤを制すると、アメリヤは訝しげな顔をした。
「シルヴァーナ女王……?」
「ユウ、説明してやってくれ」
フェルティガエについては俺にはよくわからないこともある。
面倒になってそう言うと、ユウはちょっと溜息をついた。
「ウルスラのシルヴァーナ女王は……そうですね、ちょっと想像を絶する力の持ち主ですね。彼女が本気になれば、それこそ世界征服も夢じゃないかな。たとえ――たった独りだったとしても」
「それほど……なのか……」
「ミュービュリからウルスラへ、ゲートも次元の穴も経ることなく、人間を瞬間移動させられる。ウルスラの領土はテスラよりかなり大きいんですが……4年前の神剣の騒ぎのときは、国土全部をほぼ覆い尽くす結界を張ったそうです」
「究極結界……完全防御か!?」
「そうです」
「何と……」
ミリヤ女王が驚きのあまり、言葉を失う。
完全防御……いかなる攻撃も侵入も阻む、まさに鉄壁の守りだったな、あれは。
ウルスラの血の力を借りたとは言うが……。
「……本人はいたって普通の女性ですけど」
そう言うと、ユウはクスリと笑った。
「つまり……女王自ら、テスラに足を運ぶというのか」
「ああ。朝日から女王に伝えてもらって……一応、了承は得た。内部的にも、どうにか対応できるらしい」
「なるほど……の……」
ミリヤ女王は考え込むと、扇をパチリと鳴らした。
「それで……三種の神器を完成させた後、どうやって闇を封じ込める気だ?」
「それは考え中だ」
「……何だと?」
ミリヤ女王がピクリと眉を震わせた。
「そんな不確かなことでいいのか」
「こればかりは、水那を助けて話を聞いてみないと……。勾玉と、勾玉の中の女神ジャスラに触れているはずだからな」
俺は腕組みをした。
「……ま、それ次第かな」
「何を……!」
「ミリヤ女王、しばしお待ちを」
アメリヤがいきり立つ女王を制する。
そして俺の方を見ると
「ジャスラに向かうのは……来月であったな?」
と静かな口調で言った。
「そうだ。暁の都合を考えたらそうなった」
「ミリヤ女王。それまでに……恐らく、託宣があるであろう」
「……」
「その託宣によっては――何をすべきか、もう少し見えてくるかも知れぬ。ソータにばかり押し付けるのも……」
「……」
「それを待ってはどうかと思うが」
「……ま、よいであろう」
ミリヤ女王はそう言うと、大きく息をついて深く椅子に腰かけた。
少し感情的になったことを、恥じているのかもしれない。
「……で、闇を封じ込めている楔は、その二か所の宝鏡だけなの?」
朝日が少し大きめの声で言った。
険悪になった場の空気を変えようとしているのかもしれない。
「楔としてはそうだが……多分、ダイダル岬にも何かある」
「何か……?」
「闇の波動がその前で堰き止められているからだ。ただ、神器じゃないな。俺にはさっぱりわからない」
「……ダイダル岬って、王宮のフェルティガエの遠視もきかない、不思議な場所……だったっけ?」
朝日がユウの方を見て言った。
「それで確か……ユウは隠れてたのよね。こっそりサンを育てて」
「ヤ……ヒールがそう言ってたからね」
「それについては……われから説明する」
アメリヤは咳払いを一つすると、手に持っていた何かの本を広げた。
「前に預かった、フィラ創世期――つまり、女神テスラがまだ隠れていなかった頃の書物を憶えておるか?」
「私がお渡しした、何冊かの――かなり古い古文書ですよね?」
「そうじゃ。これは……その一部をわれが解読した物だ。結局、あの本の解読より先にソータが宝鏡を見つけたのだが……」
「まあな」
ちょっと誇らしげに言うと、ミリヤ女王が
「ちょっと黙っておれ」
と俺を叱った。
……ただ、苦笑していたので本気ではないと思うけど。
「今も、すべてを解読した訳ではないが……女神テスラがフィラを去った経緯が分からぬかと、その年代の部分の解読を試みた」
そう言うと、アメリヤは深呼吸をした後、解読した文章を読み始めた。
◆ ◆ ◆
女神テスラとヒコヤは長い間、フィラを見守り続けていたが……それも永久のことではなかった。
神器を手放したヒコヤ――その命が消えていくのを、たとえ女神テスラでも、止めることはできなかった。
世の理に逆らうことは……三人の女神を遣わした天界の特級神の意向に反する。
ヒコヤが死に……女神テスラはフィラの最も近くにある海岸から、その亡骸を見送った。
フィラの民も海岸からその背後の崖に至るまで、多くの人々がつめかけた。
ヒコヤの亡骸は遠く水平線の彼方に消え……やがて、藍色の夜が訪れた。
女神テスラは言った。
「神であるわれは……ヒコヤと添い遂げることは叶わぬ。でも、せめて……われの半身をこの地に残して行こう。ヒコヤと共に逝けぬ代わりに、ヒコヤと過ごしたこの場所を……全てのものから、守るために……」
女神テスラはヒトの形を解き放った。
辺りに眩しい光が広がり……フィラの民はみな、目を背けてしまった。
気が付くと……女神テスラの姿は忽然と消えてしまっていた。
“われの半身……永久に、この地で、ヒコヤと共に……”
そんな声が聞こえ――女神テスラの靄は遠く、北の方に飛んで行った。
ヒトから女神に戻ったのだ……と、誰ともなく言った。
そして……すべてのフィラの民が、北に向かって深く頭を垂れた。
女神テスラは遠い北の地で、このフィラと――今は袂を分かってしまったエルトラの地を見守り続けるのだろう。
残されたフィラの民は、女神テスラが残したという半身を探したが……見つけられなかった。
どこに残されたのかはわからないが、女神テスラの意思を継いでゆこうと、岬に祠を作った。
何も祀られてはいないが……女神テスラは、確かにここにいる。
――空の祠。
その場所は、いつかそう呼ばれるようになった。
ヒトになってヒコヤを愛した半身――それが、我々フィラの民を永久に見守っているのだ。
◆ ◆ ◆
「……つまり、ダイダル岬には……女神テスラ自身が眠っている……ということ……?」
朝日が大きく目を見開いて言った。
「この古文書の通りであれば……そうであろうな。また……北とは、あの北東の遺跡を指すのであろう」
アメリヤの言葉に、俺は大きく頷いた。
「じゃあ、ダイダル岬を調べれば……」
「それは――フィラの民として、断固反対するわ」
俺が言いかけると、それまでずっと黙っていたリオが強い口調で遮った。
夜斗の双子の姉で、今はフィラの長となっているらしい。この4年でも数えるほどしか会ったことがなかったんだが……かなりおっかない姉ちゃんだな。
「細かい経緯までは伝わっていなかったけれど――フィラの民は、ダイダル岬には足を踏み入れないの。フィラの民にとっての聖域なのよ」
リオがキッと俺を睨む。
「女神の半身を探るなんて、とんでもないわよ」
「まぁ……落ち着くのじゃ、リオネール」
アメリヤが深い溜息をついた。
「神の存在は高次元過ぎて、われらでは把握できぬだろう。女神テスラと接していた古のフィラの民ですら、探しても見つけられなかったのだ。それから何千年も経ち……触れたこともない女神の半身など……われらで見つけることができるとは思えぬ。……女神自身が近付いてくれぬ限りは……な」
「あ……そう……ですね……」
リオはホッとしたように息をついた。
「でも……ヒコヤの呼びかけになら……」
「可能性はあるが……そうまでして眠りを妨げる理由が、今のところはない」
朝日の問いに、アメリヤは叱りつけるように言った。
「女神は呼びつけるものではない。崇め奉るものだ。もし女神テスラが必要だと判断すれば……自ら姿を現す。それを待つしかないであろう」
「託宣……とか……?」
「そうじゃ」
そう言うと、アメリヤはパタンと本を閉じた。
「ソータよ。これは女神ジャスラにも言えることじゃ。無理に起こそうとしてはならぬ。ミズナを救い出すこと……まず、そのことだけを考えればよい。そして……そのときにわかったことをまず、われらに知らせてほしい。行動を起こすのは、それからじゃ」
「……わかった」
俺はゆっくりと頷いた。
女神とは――それほど高貴で遠い存在なんだな。ヒコヤの記憶を持っている俺から見ると――みんな愛すべき、魅力ある女性達だった。
ヒコヤは女神テスラを愛した訳だけど、女神ウルスラも、女神ジャスラのことも、とても大事にしていた。
……そうか……ヒコヤの、こういうところが女神たちも気に入っていたんだろうか。
それでも、俺はヒコヤ本人ではない訳だし……あんまり軽々しく立ち入っちゃ、駄目なんだろうな。
記憶があるから、妙に近い感じがしてたけど……そこは勘違いしてはいけない。
ジャスラに発つ前に聞いておいてよかった。
「……肝に銘じるよ」
俺が言うと、アメリヤは満足そうに微笑んだ。
会議を終えて――俺は与えられた自分の部屋に戻った。
窓を開け、藍色の空を見上げる。
近付いてくる冬の気配が……より一層、澄んだ空気を運んでくる。
水那――ついに、あと少しのところまで来たな。
本当に……長い、旅だったよ。
でも、やっと……お前に会える。
水那……。水那も少しは、俺に会いたいって思ってくれてるか?
――ええ。……早く……ずっと感じているだけだった颯太くんに――触れたい。
「……!」
不意に、水那の声が聞こえてきた。
返事が来ると思っていなかった俺は、思わず赤面してしまった。
「んが……何を……」
――ふふっ……。
「笑いごとじゃねぇっての……」
まったく……周りに誰もいなくてよかったよ。
思わず辺りを見回す。俺の部屋だから当然俺しかいない訳だが……それでもかなり恥ずかしい。
「……待ってろよ」
――ええ……。
胸の中の勾玉から、水那の気配が消えた。
再び眠りについたようだった。
俺はちょっと吐息を漏らすと、静かに窓を閉めた。
※改稿前、連載終了時のあとがきです。
N「……1ミリも話が進んでないね」
優「だからそう言ったやん……」
N「トーマとシィナの周りでわぁわぁ言ってる感じ?」
優「身も蓋もない言い方するなあ……」
N「要するに……『出来事』じゃなくて『人』に焦点を当てたってことだよね」
優「そう。いざ事が動き始めると主人公の二人に絞らざるを得ないから……その前に押さえておきたいポイントを押さえたって感じやね」
N「……ってことは……?」
優「次でラストです」
N「やっとか……」(←大きな溜息)
優「やっと、って言わんでよ!」
……という訳で、次は“やっとラスト”「天上の彼方」です。
※改稿後のあとがき
ほぼすべての章が10000字越えで驚きました。(←他人事みたいに……)
訪れてくださった方、たいそう読みづらかったことでしょう……。本当に申し訳ないです。
なお、最終更新日が「9月16日」となっていますが、これはこの最後の部分を割り込み投稿でいろいろやっていたところ、元の日時が消えてしまったせいです。
またもや手順ミスです。本当にすみません。
追加エピソード等は一切ありません。
誠に申し訳ありませんでした。




