50.暁のこれから
「ど……どうしよう……」
シャロットが青ざめた顔のままウロウロし出した。
「姉さま……シルヴァーナ様、ミュービュリに行っちゃった?」
コレットもオロオロしながらシャロットを見つめている。
「多分、そう……。あんな怖い顔をして……トーマ兄ちゃんに……どうしよう……」
「いやー、結果オーライじゃない?」
オレが言うと、シャロットとコレットが不思議そうな顔をしてオレを見た。
マリカはうんうんと頷いてオレの意見に賛同してくれている。
「トーマさんがすべてを知って……シルヴァーナ女王がめずらしく自分の感情だけで突っ走って、トーマさんに会いに行った。女王の立場も忘れて。……二人が本音で話せる、最大のチャンスだと思うけど」
「え……じゃあ……うまく……?」
「それは……わからないけど」
「視ないと!」
シャロットはそう言うと、バッと空中に手を翳した。
夢鏡を出そうとしているんだと気づいて、オレは慌ててシャロットの手を止めた。
「やめとけ! 悪趣味だから!」
「何で……」
「私も見たーい。お花が咲いてるところ……」
コレットが横から口を出す。
「コレット様、その場合はなおさら見ちゃ駄目です」
「えー……」
「とにかくやめて、シャロット。本当にマズイから。そっとしてあげて」
「私からもお願いします。シャロット様、どうか……」
「……」
シャロットはまだ納得していないようだったが、マリカの口添えもあってどうにか諦めてくれた。
オレはほっとして息をついた。
ユズルさんにも連絡しないと、と気づいて、スマホを取り出したけど……よく考えたらここはウルスラだ。届く訳ないよな。
ユズルさんにはテレパシーで連絡をし、まだ「お花が見たい」とごねるコレットをマリカに任せて……オレとシャロットはコレットの部屋を出た。
東の塔に向かう間、オレはずっと、さっきのトーマさんとシャロットのやり取りを思い返していた。
席は外したけど、シャロットはかなり大声だったし……内容が内容だったから、気になって立ち聞きしてしまった。
――シルヴァーナ様は闇の影響で、子供が生めないの。だから、それはオレが代わりにするんだ。
確か、シャロットはこう言っていた。
それって……?
「――で、何? アキラの聞きたいことって」
部屋に入るなり、シャロットがオレに向かって言った。
「えっ……え? オレ、何か言ったっけ?」
「顔に書いてあるもん」
「……」
シャロットがティーポッドからお茶を注いでくれた。
カップを受け取ると、とりあえずオレは一口飲んだ。
いつもはすごく美味しく感じるお茶のはずだけど――何の味もしなかった。
喉が乾きすぎて、おかしくなってるんだろうか。
「あの……さ」
「何?」
「また今度、って言ってた話……何だ? それ……自分には不必要だからって言ってたのと……関係ある?」
素直に聞くと……シャロットは黙ったままお茶を一口飲んだ。
そして……その眼差しを、真っ直ぐオレに向けた。
心臓が、ドキリと音を立てた。
「私には、使命があるの」
シャロットはオレを真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと言った。
オレ……やっぱり、シャロットのことが好きなのかもしれない。
そう自覚した途端……オレは、かなり昔に朝日に言われたことを思い出した。
――パラリュスの女王の一族はね、自由に恋愛できないの。国を守るために、決まった道しか歩けないの。シャロットも……もっと自由はないかもしれない。――大事な使命があるから。
そうだ……そう言っていた。だから――女の子としては、好きになるな、と……。
仲間以上の気持ちは持っては駄目だ、と……。
「……使命って……?」
――聞かない方がいい。
そう思ったのに……口から出たのは、正反対の言葉だった。
シャロットはゆっくりと俯くと
「――ウルスラの優秀なフェルティガエを迎えて、女王の後継者を生む。それが……私の使命なの」
と、自分自身にも言い聞かせるように、静かに――だが力強く、言った。
「……え……」
オレは思わず立ち上がった。
「それって……え?」
「あんまり説明させないで。さすがに、アキラには……」
そう言うと、シャロットは立ち上がって窓の方に行ってしまった。
オレからは、シャロットの綺麗な赤い髪と細い背中しか見えなくなった。
「ミズナさんを助けて……テスラの闇を浄化したら、私――」
「……」
「そしたら……もう、王宮からは出られなくなる。だから、その前に……動きたかったの。シルヴァーナ様を安心させたかった。ちょっと……無茶をしたかった、っていうのもあるかな」
「シャロット……」
「でね、どうしてそんなに急ぐかって言うとね」
シャロットはオレの言葉を遮った。
「私ね、パラリュスの……本音を言えば、パラリュスだけでなくて、ミュービュリもなんだけど……とにかく、世界中を廻りたいの。いろいろなものを見て回りたい。きっと、ウルスラの未来に繋がるものがある。……でもね、器がないからといって……私だけがそんな勝手に、自由に動く訳にもいかないじゃない。シルヴァーナ様やコレットは……女王としての使命を背負っているのに」
「……」
「だから、ウルスラの後継者問題を早く解消してしまいたいの。……そういうことなの」
「……そ……」
「ねぇ、アキラは?」
シャロットは再びオレの言葉を遮った。
……どうやら、この話はこれでおしまいにしたいようだ。
誰の意見も、聞きたくないのかもしれない。
「……オレ?」
「アキラは……フィラの、重要な家系の最後の一人だって聞いたよ」
「あ……まぁ……」
何か大事な話が多すぎて、頭がまとまらない。
間の抜けた返事になってしまった。
「アキラには……使命は、ないの?」
「……」
シャロットの言葉に……オレは、何も言い返せなかった。
気づいてしまった、シャロットへの気持ち。
知ってしまった、シャロットの使命。
オレが……果たさなければならないはずの、使命……。
ユウとヒールの意志を引き継げる、立派なフェルティガエになること。
それが、オレの目標だった。
でも、そんな漠然としたものじゃなくて……もっと具体的に考えないといけない時期に来ている。
そう気づいて――オレは、自分が真っ暗闇に呑み込まれるような……そんな気分になった。




