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46.トーマの本音(1)

“トーマ……元気ですか?”


 ユズに渡された紙飛行機――開くと、シィナの震える声が聞こえた。

 俺は思わず空を見上げた。

 別に――この彼方に、ウルスラがある訳でもないのに。


 シィナ……俺は、元気だよ。

 お前は……頑張ってるんだな。


 俺が知っている黒い髪、黒い瞳のシィナは……好奇心旺盛で、我儘で、頑固で――とても無邪気で可愛かった。

 いつも不安そうにしていて、俺が守らなきゃ、と思ってた。


 封印が解けて……金の髪、紫の瞳のシィナは……圧巻だった。

 結界を張っていたときのシィナは、圧倒的なオーラが取り巻いていた。

 とてもじゃないけど、気軽には近づけない存在になってしまったんだな……。

 俺は、そう思ってしまった。


 でも、実際には違っていた。

 あのとき……二人きりで顔を合わせたとき、シィナは俺が知っている不安定なシィナに戻ってしまった。

 そうなりたくないから――必死で、女王になろうとしていたんだよな。

 俺の記憶を消してまで――甘えてしまう自分を失くすために。

 それは……間違っていない、と思った。

 だから、俺は……記憶を失くしたままでいようと……シィナがなりたい自分になれるように、ずっと見守っていようと……そう、考えていた。



“トーマ。あの……水祭り……来ませんか?”


 シィナと再会してから……二度目の春。

 紙飛行機を開くと、シィナのそんな声が聞こえた。

 水祭り……って、何だ?

 俺は耳を近づけたが……それ以上、何も聞こえなかった。


「……ったく……」


 俺は紙飛行機を掴んだまま玄関を出ると、隣のユズの部屋のインターホンを鳴らした。


「おーい、ユズ!」

「何?」


 ユズがやや面倒臭そうにドアを開けた。

 ウルスラからの紙飛行機は、いつもユズの部屋に届く。

 ユズはそのうち、シィナから俺に宛てた紙飛行機だけ、俺の部屋に持ってくる。

 シャロットやコレットの手紙は普通に文章が書いてあるが、シィナの手紙は『声』だからだ。

 俺が一人で聞きたいだろうと、配慮してくれている。


「手紙、もう読み終わったか?」

「一応……何で?」

「シィナから水祭りに来ませんかって言われたけど、それ以上何もなくて訳が分からん」

「えー……」


 ユズがちょっと困ったような顔をした。

 とりあえず入って、と言われたので俺はユズの部屋に入った。

 相変わらず、本に埋もれた部屋だ。


 ユズによると、ウルスラでは8月に水祭りというウルスラ全土を上げた行事があって、とても美しいらしい。

 フェルポッドのおかげで俺も定期的にウルスラに行けるようになった。

 だから、是非この機会に遊びに来ないか……ということのようだ。

 ユズにはシャロットとコレットから手紙が来ていたので、そこに書かれていたらしい。


「8月……教採があるけどな」

「8月13日だから、終わってるんじゃない?」

「あ、そうか。……じゃ、行けるかな。ったく……もう少しちゃんと言ってくれよ……」


 『声』の紙飛行機は、一度開いたらもう二度と聞けない。

 シィナの声……もっと、聞きたいのに。

 せめて……もう少し長く話してくれないものだろうか……。


 うなだれていると、ユズがクスリと笑った。


「わかった、もっといっぱい喋るように僕から返信しておくよ。でも、トーマも貰い放しじゃなくて返事を書いたら?」

「俺?」

「パラリュス語、勉強してるんでしょ?」

「まぁ……」

「何だったら、僕が添削して……」

「それはいい」


 思わず言うと、ユズはますます可笑しそうにしていた。

 ……多分、俺の顔が赤かったからだろう。

 俺はユズに「じゃな」とだけ言うと、自分の部屋に戻った。


 返事……返事ね。

 手紙なんて……多分、一度も書いたことないぞ。……うーん……。

 しかも、パラリュス語……。


 ――かなり悩んだ挙句、俺は

『祭り、行く。手紙、ありがとう。嬉しい。でも、もっと長く。待ってる』

と書き連ねた。

 俺の語学力ではこれが精一杯で……これじゃシィナのこと責められないな、と思った。



 ウルスラに行くのは二年振りで……少し緊張した。

 俺はシャロットに言われた通り、二つのフェルポッドに掘削(ホール)を込めていた。


 テスラのフィラには古文書というものがあって、そこには掘削(ホール)についても書かれていたらしい。朝日さんがそのことを思い出して、調べてきてくれた。

 掘削(ホール)は、次元の穴を開けて別々の場所を無理矢理繋げる技で、別にパラリュスとミュービュリを繋げるもの、という訳ではないらしい。

 極端な話、ウルスラとテスラなども繋げられるんだそうだ。


 ただ、俺はそんなに力が強い訳ではなく、本来なら目覚めなかったかもしれないレベルだった。

 それが、フェエルティガエの血統と神器の契約、そして俺自身の意思――シィナの元へ行かなければという強い思い――でこんな形で現れた。

 だから、基本的にあまり難しいことはできず――今のところ、ウルスラの裏庭と俺の部屋を繋げるだけ、だった。

 でも……俺にとってはそれで十分だった。

 だって俺のこの力は――シィナに会うためだけに、生まれた力だから。


「じゃあ……行く?」


 身支度を整えたユズが俺の部屋に来た。


「ああ」


 俺は頷くと、フェルポッドの蓋を開けた。すぐに……その場に真っ黒い穴が現れる。


「おー、すごいな……」

「本当だね。テスラって……そんなに進んでいる国なんだ……」


 俺とユズはその真っ黒い穴に飛び込んだ。

 俺達が飛びこむとすぐに、入口は閉じてしまった。

 しばらくすると、足元に光が現れた。どうやら出口らしい。


「……よっと」


 穴から出ると、俺の足が雑草に覆われた地面を捉えた。

 ……ウルスラの裏庭だ。

 この庭は神剣(みつるぎ)が収められていた祠があって、今では女王の血族――つまり、シィナとシャロットとコレットしか入れない場所となっている。

 だから王宮の庭とは違って、何も手入れされていない。雑草が方々から顔を出している。


「ユズ兄ちゃん! トーマ兄ちゃん!」


 元気な声が聞こえて、シャロットが駆け寄って来た。

 白い上着に白いズボン。神官と同じ格好をしている。

 それでも……シャロットはかなりの美人に成長していた。背も随分伸びている。


「シャロット……久し振りだな!」

「うん!」

「すごく大人っぽくなったね」

「へへ……そうかな。とりあえず、中に入ろう。シルヴァーナ様もコレットも、首を長くして待ってるよ」


 シャロットの案内で、俺達は王宮内のある一室に案内された。

 それは中央の塔の奥で、前に来た時にも案内された部屋だった。

 女官や神官は誰ひとり見かけない。いたのはマリカだけだった。

 まぁ……ユズと俺のことは、まだ王宮内の人間にはちゃんと説明していないそうだから……仕方ないのかもな。


「シルヴァーナ様! 連れて来たよ!」


 軽くノックをして、返事を待たずにシャロットが扉を開ける。

 その途端――紫色の風が俺を取り巻いたのを感じた。

 俺は、息を呑んだ。


「――トーマ……」


 シィナがにっこりと、穏やかに微笑んでいた。

 前に会ったときに着ていたようなドレスではなく……もっと荘厳で、それでいて神秘的な――真っ白い衣裳だった。

 花嫁が身につけるような、長い白いヴェールを被っている。それらは紫色のオーラに包まれて、淡く輝いていた。

 まさに――女神、だった。


 紫色の風は……シィナのオーラだったんだな。

 それは、二年前にも感じたけど……あのときよりずっと、力が溢れ出ている気がする。


 俺が好きになった人は、やっぱり手が届かない存在で――こんな気持ちを抱くことすら、本当は許されないのかもしれない。

 ……そんな気にさせられて、一瞬声をかけるのを躊躇った。


『ユズ! お帰りなさい!』


 コレットが元気に駆け出してユズに飛びついていた。

 そのパラリュス語の声で、俺は我に返った。


「シィナ……久し振り」


 ようやくそれだけ言う。

 シィナはちょっと頷いて「お久しぶりです」と小さな声で答えた。

 金色の長い髪が……さらりと流れた。


『トーマ。トーマも、お帰りなさいなの』

「あ……」


 コレットが俺の腕を引っ張って見上げている。

 シャロットより一歳だけ年下のはずなんだが、コレットはまだまだ幼くて、小さい。

 パラリュス語なので何を言っているのかはちゃんとは分からなかったが、多分挨拶をしてくれたのだろう。


『コレット、こんにちは』


 どうにかそれだけ言うと、コレットがしかめっ面をした。俺の腕をぎゅっと握る。


『……トーマ、相変わらず言葉が下手なの……』

『次に来る時までに僕が教えるから……今は勘弁してあげて』


 ユズがどうにか宥めてくれたらしい。コレットはしぶしぶ俺の腕から手を離した。


『シャロット、いつまでそんな格好をしているの? コレットも……いつもの格好じゃ駄目よ。早く衣装に着替えないと……』

『あ、そうか』


 シィナに何か言われたシャロットは頭を掻くと、俺たち二人の方に振り返った。


「もうすぐだから、着替えてくる。ユズ兄ちゃんとトーマ兄ちゃんには特等席を用意したから、楽しみにしてて。マリカに案内してもらうから」


 シャロットはそう言うと、コレットの手を引いて慌てて部屋を出て行った。


「そっか……祭りの衣装なんだね。何か、感じが違うから」


 ユズの台詞に、シィナはちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。


「そうなの……。最後に、女神ウルスラに捧げる舞があって……その後、祭りの口上を述べなければならないの。毎年のことなんだけど……なかなか慣れないの」


 そう言って俯くシィナは、昔のシィナの面影があった。


「でも……今日のために努力したんでしょ? オーラがとてもきれいだし」

「ええ……」


 そうか……祭りの儀式があるから、女王としての務めを果たすために……磨いてたってことなのか。

 急に別次元の存在になったみたいで……何か勝手にショックを受けてたんだが。


「大丈夫だよ。本当に女神みたいだ。……楽しみにしてる」


 俺はちょっとホッとしてシィナに笑いかけた。

 シィナはちょっと驚いたように俺を見たあと、

「……うん!」

と言って、とても嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、昔と変わらなくて……俺はどう返したらいいか、分からなくなってしまった。


 

 俺はこれから先――どういう風にシィナと接していけばいいんだろう。

 シィナを黙って見守り続けることは……難しくはない。

 でも……苦しい。

 考えないといけないことが、たくさんあり過ぎて……。

 でも……もう今さら、他の人間を、なんて不可能だ。


 シィナの記憶がなかったとき、俺は一度だけ他の女性と付き合ったことがある。

 押し切られた形だったけど……長い髪が綺麗な人で、嫌いではなかった。

 でも……無理だった。一緒にいる意味がよくわからなかった。

 結局、1か月ぐらいで別れてしまって……。

 記憶がない時でさえそうだったのに、今となっては――もう、絶対に無理だと思う。

 一緒にいたいのは、支えたいのは――シィナだけなんだ。


 でも……俺のこの気持ちは、シィナにとってどうなんだろう?

 迷惑だよな? だって、シィナには女王の使命があるんだもんな。

 女王の……使命……。

 そうか……女王になるまでも、なってからも色々なことがあったから、まだなのかもしれないが……女王にはあの儀式があるんだったよな。


 やっぱり……邪魔する訳にはいかない。俺にはそんな権利はない。

 俺が馬鹿なことを言い出したら、シィナを困らせてしまう。

 せめて、シィナがその使命を果たすまでは……俺は、陰に徹しなければ。




※教採:教員採用試験の略。各都道府県で行われます。

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