41.シャロットの動機(1)
「……それでね。ソータさんとも相談したんだけど……今度の夏は、ちょっと無理そうなんだ。暁の予定も考えると……多分、冬になりそうだね。ソータさんの調査が思ったより長引いてね……遅くなるみたいだ。でも、その分シャロットの特訓の時間が十分に取れると思えばいいかな。……って……シャロット。ちゃんと聞いてる?」
ユウ先生がちょっと困ったような顔で私の顔を覗きこんでいた。
「あ、はい……聞いてます、はい」
「本当に?」
「はい。ジャスラに行くのが夏から冬に変更になったって話ですよね。その分、力になれるように修業を頑張ります」
私が力強く頷くと、ユウ先生は「抜け目ないな……」とボソッと呟いた。
「……ユウ先生、何だか元気になりましたよね。……アサヒさんのおかげですか?」
私が聞くと、ユウ先生はちょっと驚いて
「そんなに前は元気がなかった?」
と不安そうな顔をした。
ユウ先生は――半年前、ウルスラの次元の穴からミュービュリに行った。アサヒさんに内緒でアキラに会うためだ。
その頃は、もうすぐ倒れちゃうんじゃないかな、と思うぐらい弱っていた気がする。正直言って、フェルティガで視るまでもなかった。だから……私にあんな無茶なお願いをしたんだろう。
結果として、ユウ先生は何だかすっきりとした顔で帰って来たし、三ヵ月後にはアサヒさんもテスラに来たってことだし……めでたし、めでたし、なのかな?
「はい。だから……私の実験が役に立って、本当に嬉しいです」
「……そう」
「だから……シルヴァーナ様にも……役立てたいです……本当は」
俯いて呟く。……だけど、ユウ先生は何も言わなかった。
……そう。トーマ兄ちゃんとシルヴァーナ様の話になると……みんな微妙な顔をするんだ。どうしてかな。
ユズ兄ちゃんからはあれからも時折手紙が来ている。トーマ兄ちゃんは先生として頑張っているらしい。新しいことの連続で毎日忙しそうだけど、充実した日々を送ってるみたいだよ、と書かれていた。
それはまぁいいとして……じゃあ、いつになったらシルヴァーナ様を助けに来てくれるの?って思う訳。
アキラに聞いても「まだ一年目だしねー」という呑気な答えしか返って来ない。
別にウルスラに移住しろって言ってないのに……。「好きだよ」って言うことは、そんなに難しいことなのかな?
「ユウ先生!」
「えっ……何?」
「アサヒさんのことを好きな理由って何ですか? あと、初めてアサヒさんに好きだって言ったとき、どうして言おうと思ったんですか?」
「……はあ?」
ユウ先生があんぐりと口を開けて私をまじまじと見た。びっくりしたみたいだけど、照れている感じではない。
ちなみに同じ質問をソータさんにしたときは……真っ赤になって「アホかー!」と叫んで……逃げるように走り去ってしまったんだけど。
「何でそんなこと……聞くの?」
「シャロットは恋愛がわかってないとアキラが言うから……勉強しようと思って」
「……そんな質問をするようじゃ、確かに駄目だね……」
「えー?」
私が不満げに声を上げると、ユウ先生はクスッと笑った。
「こればっかりは……勉強じゃどうにもならないと思う。経験しないと。でも……」
「でも?」
「シャロットの将来を思うと……知らない方がいいかもね」
「儀式と両立しないからですか?」
「……まあね」
「それはそれ、これはこれ……って訳には……」
「それは恋愛じゃないよね。仮に、シャロットはできたとしても……相手はどうかな」
「相手?」
「女の人の方が……強いからね。圧倒的に」
そう言うと、ユウ先生は肩をすくめた。
その日の夜……私はシルヴァーナ様に呼ばれて私室に会いに行った。私が部屋に入ると、辺りに控えていた神官もみんないなくなった。
「今日……アサヒさんがいらしたでしょう?」
「あ……そうですね。ユウ先生と一緒に来られたんですよね」
「ええ。……いろいろあって、だいぶん時間が空いてしまったって……謝っていらっしゃったわ」
「そうなんですか……」
三ヶ月前、アサヒさんはミュービュリにアキラを置いて、本格的にテスラに移住したと聞いた。
ユウ先生がエルトラにいるときはエルトラに、フィラにいるときはフィラに、ウルスラに来る時はウルスラに……と、ずっと一緒にいるみたい。
まぁ、一緒といってもいつも隣にいる訳ではなく……ユウ先生が指導をしているときは、アサヒさんは治療師の話を聞いて回ったり、本を読んだりしているそうだ。
とは言え……ミュービュリでずっと働いていて――何て言うか、きちんと自立していたアサヒさんが、何で急にユウ先生にぴたりと寄り添っているのか、私は少し気になっていた。
「アサヒさんには……私の身体の事を調べてもらっていたの」
「……え……」
シルヴァーナ様の予想外の言葉に、私は驚いた。
「身体って……」
「闇が与える影響について。……ウルスラの闇は、テスラを脅かした闇と繋がっているって話だったでしょう? だから……」
「あ……」
そうか……それで……本格的に調べるためにテスラに移住したのかな、アサヒさんは。
「――ごめんなさい、シャロット」
シルヴァーナ様は頭を下げた。
「こればかりは……やっぱりどうにもならないみたいなの。私は……シャロットにお願いするしかない」
「シルヴァーナ様……」
「私とシャロットで一人の女王。……そう思って……いいのかしら? 本当に……辛くない? 我慢してない?」
「我慢なんて、そんな!」
私は立ち上がると……シルヴァーナ様の手をぎゅっと握った。
「自分の使命だと信じてる。次の冬……ミズナさんを助けて……テスラの闇も終わったら……その頃には、もう十五歳になってる。だから……大丈夫!」
シルヴァーナ様を安心させるために、私は元気に笑って見せた。
不安がないと言えば、嘘になる。でも……嫌だという感情はなかった。
シルヴァーナ様は……とても淋しそうに頷いた。
先月……長い間伏せっていた、シルヴァーナ様の母上が亡くなった。
私達は、ついに三人きりになった。覚悟はしていたけど……何とも言えない寂寥感が、王宮を取り巻いていた。
このままじゃいけない。まずは……シルヴァーナ様に元気を出してもらわなくちゃ。
そう思って……私は、
「ねぇ……トーマ兄ちゃんに本当のことを言おうよ」
と、思い切ってシルヴァーナ様本人に言ってみた。
「……いいえ」
シルヴァーナ様は私の手を振り払うと……ゆっくりと首を横に振った。
「私の事情に……巻き込む訳にはいかないの」
「だって……年に一回しか……会えないのに……」
「……そうね」
「トーマ兄ちゃんに……他に好きな人ができるかもしれないし……」
「……その方が……きっと幸せね。トーマにとっては……」
「いつか……会えなくなるかもしれないのに……」
「……」
シルヴァーナ様は何も言わなかったけど……淋しそうに微笑んだ。
「それでも……いい。どこかで……元気で……いてくれれば……」
……駄目だ、こりゃ……。やっぱりシルヴァーナ様が動くことはありえない。
トーマ兄ちゃんにどうにかしてもらわないと。
「――だから、シャロット……」
「え?」
シルヴァーナ様のオーラが、急に力を増した気がして、私はビクッとした。
「この話は……もう、これっきりよ」
「う……うん……」
私は急に怖くなって大人しく頷いた。
「……じゃあ、部屋に戻りなさい」
シルヴァーナ様は静かに立ち上がると、私にくるりと背を向けた。
怒っているんだろうか。それとも……泣いているんだろうか。
「ごめんなさい……シルヴァーナ様。私……言い過ぎた?」
急に後悔の念に襲われて……私は後ろからシルヴァーナ様に抱きついた。シルヴァーナ様の紫色のオーラがふわりと私を包んだ。
さっきとは違う……儚げな動きを見せる。
「いいえ……私が……弱いせいよ。だから……そんなことを言わせてしまうのね」
シルヴァーナ様は、自分が頼りないから……誰か頼れる人がそばにいればいいのに、と私が考えたから言った。――そう思ってるんだろうか。
そうじゃないのに。トーマ兄ちゃんだから……だから、なのに。
「あの……」
「もう少し待ってね。……強くなるから。だから……心配しないでね」
シルヴァーナ様は静かに言った。泣いてはいないけど……心が震えているのを感じた。
私は何も言えなくなって……黙って頷いた。
――女の人の方が強いなんて、ユウ先生の嘘つき。
それはアサヒさんとか、テスラの女王とか……ほんの一部だけだよ。
シルヴァーナ様みたいな……弱いのに、全然強くないのに、必死で強くなろうとしてる人だっているんだから。




